推しは未来の魔王様!?

柴傘

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番外編

貴方と共に

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薄れゆく意識の中、頭に思い浮かぶ愛しい人。
彼はいつだって俺の味方で、俺の恋人で…何処までも優しかった。


上手く力の入らない手で、僅かに膨らんだ下腹部を撫でる。


「…ごめん、ごめんねぇ」


掠れた声で紡いだ謝罪。
それはこの子に当てたものなのか、それともクロ様への謝罪なのか。


もう俺には、分からない。


嫌だ、死にたくない。
貴方と一緒に、この子を育てていきたい。
俺とクロ様の愛しい子。ちゃんと産んであげられなくてごめんね。


不甲斐ない母さんを、許して。


呼吸がどんどん浅くなる。
あぁ、もう駄目だ。ひどく眠い…きっともう、二度と目覚める事はない。


「…ごめ、なさい」


空気が漏れるような音での謝罪は、誰にも聞いて貰えなかった。




遠く、遠くから何かが聞こえる。


人々の阿鼻叫喚、騎士達の必死の抵抗の声、瓦礫が崩れる音。
戦争の真っ只中の、音。


俺は死んでしまったのではなかったのか。


そう思って目を開ければ、眼下に広がる壊れた祖国。
あぁ、俺の故郷が壊されているのか。
不思議と何の感情も湧き上がってこない。愛国心はあった筈なのに、今は何も感じない。


ふわふわと空に浮かんでいる俺は、何なのだろう。


魂だけの存在になってしまったのだろうか?
うっすら、手は透けていた。


「クロムウェル殿下、もうおやめ下さい!」


不意に聞こえた親友の声。
視線を向けると、リオが満身創痍で立っている。その目の前には、見た事がないような姿のクロ様。


怒りに染まった、黒い魔力。


あぁ、我が国はあの人を怒らせてしまった。
その挙句、見放されたのだ。
彼を止められる人物はもう…この世にいない。クロ様を止められるのは、俺だけだった。


かわいそうなリオ。ごめん、俺が死んだばっかりに。


親友に手を伸ばす。
向こう側が見えるほど透けている俺の手は、リオの顔をすり抜けた。
触れる事が出来ないのが、酷く悲しい。


「…うるさい、うるさいうるさい!レオを見殺しにしたこの国なんて消え去ればいい。既に王は死んだ、私が殺した!」
「そんな事をしても、レオは絶対に喜ばない!」


怒れるクロ様を鎮めようと、必死の説得を繰り返すリオ。
でももう、この人は止まらない。
この国を消し炭にするまで…決して。


リオから離れ、クロ様の頬に手を伸ばす。


案の定すり抜けた。
だけど、一瞬だけクロ様がこっちを向いたような気がする。


「…あぁ、レオ。すぐにそっちに行くからね」


そう言って笑ったクロ様の表情は、この世の誰よりも美しい。
世界で一番、綺麗で恐ろしい笑みだった。


とてつもない轟音が辺りに響く。


クロ様の最大魔法で、祖国は消し飛んでしまった。
彼ごと、全て。
何も無くなった土地を見下ろし、1人涙をこぼす。


黙って泣き続けていた時、地上がきらりと光る。


あそこは、リオが最後に立っていた場所?
不思議に思い近寄った瞬間、信じられない光景が繰り広げられていく。


みるみるうちに城が直り、人々の時間が巻き戻り始めた。


逆行は止まらない。
クロ様が生き返り、リオが生き返った。…俺も、生き返る。


何日、何週間、何ヶ月…何年。


世界が巻き戻る、新しい何かが始まる。
再び遠のき始めた意識の奥に、見知らぬ誰かが入り込んだ。
温かい、もう1人の俺。


…そう、君は春親って言うんだね。
おやすみ春親、これからよろしく。


願わくば、今度こそ貴方と共に歩む未来をこの手に。
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