悪役なので大人しく断罪を受け入れたら何故か主人公に公開プロポーズされた。

柴傘

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何もかも終わらせたくて婚約破棄を受け入れたのに、主人公が離してくれない。

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 幼い頃、高熱にうなされたときに夢を見た。

 ここではない、何処か別の世界。その世界で僕は社会人として日々過酷な業務をこなし、身を粉にして働いていた。
 そんな僕の楽しみは、BLゲームといわれる男性同士の恋愛を描いたゲームだった。休日や寝る前に少しずつプレイして、エンディングを回収して、スチルを集めて。

 僕は、BLゲームが大好きだった。そう、大好きだったんだ。

 僕の名前はシエル・クリステア。前世でプレイしていBLゲームの悪役になってしまった。
 最初は運命に抗おうと努力した。ゲームの中のシエルは我儘放題で横暴で、権力をかざし何でも自分の思い通りにしてきた。第二王子との婚約も、一目惚れしたシエルが我儘を言って父親に頼んだものだった。
 頭は悪いくせに、悪い事だけは大得意。根回しをして自分に罪が行かないようにして、気に入らない令息令嬢を貶めては心の底から笑っていた。

 根っからの悪人。シエルの評価は、そんな酷いものだった。

 だから僕は真面目に習い事も勉強もこなしたし、第二王子との婚約も王家からの打診だ。
 然し世界の強制力とは非常に強いもので、僕を妬んだり宜しく思っていない勢力からの嫌がらせで評判は悪い。だけど、第二王子は僕の味方になってくれた。それだけが、心の支えだった。

 でも僕は見てしまったんだ。信頼していた第二王子が、主人公と密会している所を。プロポーズしている瞬間を。

 とても見覚えのある光景だった。物語中盤、その時点で一定数の好感度を取得している攻略対象からの逆プロポーズ。あぁ、僕はもう駄目だ。
 その光景が余りにもショックで、心が引き裂かれてしまった。その日から僕は学園には赴かず、自宅療養と称して引きこもった。授業内容は家庭教師で事足りたし、両親は憔悴しきっている僕に何も言わず抱き締めてくれた。

 もう頑張らなくていい、お前は充分頑張った。そう言われて、涙が溢れた。

 今鏡に映る僕は、陰気臭い表情をしている。すっかり精神がすり減ってしまい、憔悴しきっていた。
 真っ黒な髪は毛先が少しパサついていて、肌の調子もあまり良くない。髪色と同じの黒い瞳は、憂鬱さに澱んでいた。目の下にくっきりと残る隈は、今は化粧で隠されている。

 僕付きのメイドが、心配そうに様子を伺っている。本当に、家族にだけは恵まれた。

 僕がどうにかシナリオを変える事が出来たのは、家族関係だけ。両親含め、邸の人間には十二分に愛されている。もう、それだけでいいんだ。
 お父様もお母様もとても優しい。それに、クリステア家には分家が幾つかある。僕が侯爵位を継がなくても、後継候補は何人かいる。

 だから僕は、どうなったって良いんだ。例え今日の卒業パーティーで、謂れのない罪で断罪されようとも。

 ◇

「シエル・クリステア!貴様との婚約を、今日この場を以て破棄する!」

 高らかに宣言する第二王子に、その目の前で一人立たされている僕。

 第二王子が並び立てた僕の罪とやらは、一切身に覚えがなかった。どうやら主人公に対して水をかけたり礼服を破ったり、階段から手下を使って突き落としたらしい。一体何の話だと言うんだ。
 僕はこの半年程王都の邸に引きこもっていた。勿論、家族以外誰にも会っていない。

 少し調べれば分かる筈だが、この王子はそう言った事はしていないんだろう。薄々勘付いてはいたが、あまり頭はよろしくないみたいだ。

「…畏まりました。それでは、僕は一度邸に戻り陛下からの沙汰が下るまで大人しくしております」
「相変わらず愛想が微塵も無いな。まぁ良い、早く私の前から失せろ!」

 苦々しく顔を歪めそう叫ぶ第二王子に恭しく頭を下げて、僕は立ち去ろうと踵を返す。

 しかしそれは、誰かが僕の真後ろに立っていた為に妨害された。思わず見上げると、そこには端正に整った綺麗な顔。
 この世界の主人公、ノヴァ・サスティア侯爵令息が立っていた。

 一体なんだろうか?悪役が退場する前に、文句の一つや二つでも言いにきたのか?

「ご無沙汰しております、シエル様。殿下との婚約を解消されるのは、本当ですか?」
「えぇ、まぁ…まだ正式ではありませんが、陛下と父の間で承諾されれば近いうちには」

 にこにこ、そんな効果音がついていそうなくらい上機嫌な主人公。

 僕が婚約破棄されたのが、そんなに嬉しいのだろうか?ゲームの中の主人公は、もう少し僕の事を哀れんでくれていた気がするんだけど。
 そんな事をぼんやりと考えていれば、彼は突然僕の前に跪く。余りにも急な出来事に脳の処理が追いつかなくて、まるで壊れ物を扱うように優しく手を取られるのを呆然と見ていた。

 そのまま手の甲に口付けられ、彼の視線が僕の顔を見上げる。まるで雲ひとつなく澄んだ青空のような瞳は、会場の証明を反射してキラキラと輝いていた。

「シエル・クリステア様。どうかこの俺、ノヴァ・サスティアと結婚して頂けませんでしょうか」

 思いもよらなかった公開プロポーズに、僕は半ば反射的に頷いてしまっていた。

 ◇

 その後は上に下にてんやわんやだった。僕と第二王子の婚約を正式に破棄し、新たにノヴァ様との婚約を結ぶ。

 結婚までに多少の婚約期間を設けないと世間体が悪いのと、単純に式を挙げるにはまだまだ準備不足だったので最低半年は婚約期間、結婚はその後という事になった。
 僕はあのプロポーズの後即帰宅。事の次第を両親に話し、今後の指示を待った。父はサスティア侯爵と話し合いをすると言って、三日間ほど家を空けた。

 結局、僕がノヴァ様と結婚しても良いと思っているなら好きにして良いとの事だった。

 なので取り敢えず婚約をしましょうと、ノヴァ様は言ってくれた。交流を重ね、その結果僕が結婚生活を送れないと判断したのなら婚約は解消しましょうと。
 両親はこのまま実家にいてくれても良いと言う。結婚はよっぽどの事がない限り一生に一度の事、よく考えてから結論を出しなさいと。

 僕としては、どちらでも良かった。第二王子との結婚の方が嫌だったので、僕を引き取って欲しいという物好きが居たらそこに嫁ごうと思っていたくらいだ。

 まさかその物好きが、主人公だとは微塵も思っていなかったけど。僕がシナリオに抗おうとしたから、ズレが生じてしまったんだろうか?
 でも可笑しい。ならば、あの時第二王子が主人公にプロポーズしていたのは一体なんだったんだろう?本来ならあの時のプロポーズを受ければ恋仲になり、断れば友愛ルートに移行する。

 友愛ルートの場合でも断罪は起こるが、その後僕は国外追放だ。主人公との結婚なんて、ありえない。

 その辺りは大分疑問に思ったが、考えるだけ無駄だろうと判断した。もう既に卒業パーティーは終わってしまっている。
 今日もこれから、我が家にノヴァ様がやって来る。その準備の為に着替えをしているのだが、メイドたちがそれはもう張り切っていた。とても良い笑顔で僕の事を着飾っている。

 ふと、その内の一人のメイドが髪飾りを取り出した。

「シエル様、今日は先日ノヴァ様に頂いた髪飾りをつけましょう!きっと、ノヴァ様もお喜びになりますよ!」
「う、うん…でも、そんな綺麗なの似合わないと思うんだけど…」
「何を仰いますか!シエル様に似合うように作られたと言っても過言ではないくらい、お似合いになりますよ!」

 有無を言わせず、少しだけ伸びた髪をハーフアップにされる。その結び目に水色の宝石が嵌められた髪留めをつけられた。
 彼の瞳と同じ色を身につけるのは、落ち着かない。あからさまにそわそわとしていれば、メイドの一人が嬉しそうに語り出す。

「ノヴァ様にとても愛されてますね。私たちは、シエル様を心から愛してくださる方が婚約者になってくれて本当に嬉しゅうございます」
「ち、違うよ。仮にも婚約者だから、贈り物をしただけで…」
「あら、シエル様。貴族の男児が己と同じ色を持つ装飾品を送る意味をご存知でしょう?愛ですわ、否定してあげないでくださいませ」

 彼女の悪戯な笑みに、ドキドキと心臓が早鐘を打つ。

 知ってる、それくらい。貴族の古くからの慣習として自分の色を入れた装飾品を贈るのは、生涯愛する事を誓うと言う意味だ。
 贈られた相手はその愛を受け入れ、自身の色を入れた物を贈り返し結ばれる。政略結婚が多い貴族社会では、滅多に起こることじゃない。

 分かってて、困ってるんだ。だって僕は、彼に返せるほどの愛はまだ持ってない。

「シエル様、ノヴァ様がいらっしゃいました」

 執事が部屋に入ってきて、彼の来訪を告げる。メイドたちは嬉しそうに笑み、僕はゆっくりと立ち上がった。

 …気が重いのと同時に、少しだけ楽しみもある。こうして人と会話するのは、久しくしていなかったから。
 裏表のない彼に、絆されている自覚はある。一緒にいてとても楽だ。
 彼は全力で僕を好きだと表現する。今までそんなことされた事がないから最初は戸惑ったけど、今ではすっかり慣れてしまった。

 同時に、嬉しいとも思う。我ながら単純だと思うけど、大切にされて嬉しくない人間など居ないだろう。

「シエル、今日も君は綺麗だな。あぁ、髪飾り付けてくれたんだな。良く似合ってる」
「いえ、そんな…素敵な贈り物をありがとうございます」
「そんなに畏まらないでくれ、婚約者なんだから。さぁ、行こうか」

 眩いばかりに笑う彼の手を取り、僕たちは邸の外へと出た。

 ◇

「わぁ…」

 思わず感嘆の声が漏れ出る。咄嗟に口を噤んだけど、しっかりと僕の声を聞いてしまっている彼は嬉しそうに笑うばかり。
 それが何だか照れくさくて、目許に熱が集まっていくのを感じる。誤魔化すように咳払いをすると、頭上からくすくすと笑い声が聞こえた。

 僕達は今、とある丘の上に来ている。あの後彼にエスコートされるままに乗った馬車は、王都の郊外へと向かった。

 馬車が止まり外へと出ると、そこには真っ黒で艶やかな毛並みを持つ馬が一頭待機していた。どうやらノヴァ様の愛馬らしく、これから僕を乗せて遠乗りに出かけたいらしい。
 乗馬は苦手だと正直に言えば、一緒に乗るから大丈夫だといわれた。その言葉を信じて馬に乗せてもらい、今に至る。

 目の前に広がる王都の美しい街並みは、僕の心を癒すのには充分だった。

「ここは、俺のお気に入りの場所なんだ。嫌な事があったりした時に此処にくると、何もかも吹っ飛んでしまう…これを、シエルにも見て欲しかった」
「…とても、綺麗です。今まで邸に籠もるばかりで、外の風景なんて見てこなかったから」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。…ねぇシエル、そろそろ気安くなってくれてもいいんじゃない?」

 ぎゅっと後ろから抱き締められ、何処か拗ねたような声音で彼が問う。

 婚約を結んだ直後、彼は僕に気安く接して欲しいといってくれた。家族以外には丁寧な言葉遣いを心がけていたので、待って欲しいと僕の方が言ったのだ。

 代わりにノヴァ様は、僕には気さくに接してくれている。それが何だかくすぐったいけど心地いい。
 だけどそろそろ、僕も心を開いてもいいかもしれない。卒業パーティー以降の彼の行動は、僕への気遣いと好意に溢れていたから。

 この人ならば、僕を愛してくれるかもしれない。諦めなくても、良いかもしれない。

「…ノ、ノヴァ」
「っ…もう一回」
「ノヴァ…っうわ、」

 意を決して彼の名前を呼び捨てすれば、先ほどよりも強い抱擁が返ってきた。

 密着しているせいで、彼の鼓動が伝わってくる。どくどくと早鐘を打っているそこは、彼の感情を如実に表していた。
 予想以上に喜ばれてて戸惑うけど、でもそれ以上に嬉しい。あぁ、僕はいつの間にか彼の事を好いていたらしい。とても今更な自覚に、思わず笑みをこぼしてしまう。

 くすくすと笑い続けていれば、ノヴァ様…ノヴァは、不思議そうに首を傾げていた。

 ◇

「あぁ、シエル。とても綺麗だ」

 そう言いながらうっとりと双眸を緩めるノヴァの姿に、照れ笑いを返す。

 僕は今、純白の衣装を身に纏っていた。そう、僕達の結婚式の際に着る衣装だ。
 デザインはノヴァがしてくれていて、ところどころ水色の宝石が縫い付けられている。それが光に反射するたび、衣装がキラキラと輝く。

 あの遠乗りの日、ノヴァにプロポーズの返事をした。彼なら、僕を裏切らないと思ったから。

 誰にもよそ見することなく、僕の隣に居てくれると確信した。ノヴァの瞳には、僕しか映っていなかったから。
 未だに酷く落ち込むことがある。だけどそんな時、ノヴァは決まって抱き締めてくれた。俺がずっと傍にいる、安心して欲しいと囁いてくれる。

 その言葉に落ち込んでいた心も浮上し、あっという間に元気になってしまう。

「やっぱり君には、白と水色が似合う。あぁ、本当に綺麗だ…あの人から奪えて、本当によかった」
「ふ、それは言い過ぎじゃないかな…それにノヴァは奪ったんじゃなくて、拾ってくれたんじゃないか」
「違うよ、虎視眈々とシエルを手に入れる機会を伺ってたんだ。あの人自ら手放してくれて、夢みたいだった」

 そう言って悪戯に笑う彼は、可愛らしさとかっこよさを兼ね備えている。

 こんなに素敵な人を旦那様に貰って、僕は幸せ者だな…そんな事を考えていれば、ノヴァが僕の額に口付けた。
 そのまま優しく抱き締められる。僕も自然とノヴァの胸元に顔を埋めて、彼の体温を享受する。彼の抱擁は、いつだって僕を優しく包んでくれる。

「今すぐにでも式を挙げたい。でも、こんなに綺麗なシエルを誰にも見せたくない」
「もう、またそんな事言って…僕には、ノヴァだけだよ」

 そう言って笑えば、ノヴァは心底嬉しそうに笑ってくれた。
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