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呪いのことばとお母さま
13:ちょっとしたボタンのかけ違え
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やく1年前まで、我が家にはとても古株のメイド長がいた。お父さまの乳母もしていた事がある彼女は、邸中の使用人たちから恐れられながらもとても信頼されていた。
彼女はとても厳しいけれど、それは全て公爵家の邸を家格にみあう質にたもつため。邸中を磨き上げ、お客さまには最高のおもてなしを…それがメイド長の口癖であり、誇りだった。
だけどそんなメイド長も、お母さまには形無しだった。2人はとても仲がよく、実の親子といわれても違和感がないほどだった。いつもはとても厳しいメイド長も、お母さまの前ではとっても甘かった。
ぼくが産まれて、お母さまが亡くなった。邸中のみんなが、喜びと悲しみのはざまにいた。
けれど彼女は、いつものように仕事をこなした。お母さまが亡くなって、使用人のなかでは一番悲しんでいるはずだったのに。彼女は気丈にふるまい、ほかの使用人たちもそんな彼女を見習った。
かく言うぼくも彼女のことはとっても信用していた。すこし…けっこう厳しいけど、ぼくを思ってのことだと信じていたから。愛の鞭だと、思っていたから。
けれどある日、そんなぼくたちの関係に一筋のヒビが入ることになる。
「ミーシャ様、新しいお洋服が届いたので着てみてくださいませ」
「うん!」
元気よく返事をしたあと、思わずくびをかしげる。彼女が持っていた新しい洋服は、明らかに女の子もののフリフリとしたドレスだったから。
フリルをあしらった服を何回も着たことはあるけれど、あくまで男の子用のものだったから受け入れていた。けれどこれは、明らかにちがう。彼女ともあろう人が、発注をまちがえてしまったのだろうか?
彼女はメイド長だから、他のメイドたちも口を出せずにいたみたいだ。ここはぼくが、ちゃんと教えてあげないと!
そう意気込んで、言葉にした。それが間違いだと気づいたときにはもう遅かった。
「それ、女の子のドレスでしょ?ぼく着れないよ」
「……そうですか、失礼しました」
数秒前までいつもの笑みを浮かべていた彼女が、すとんと表情をおとした。そう、正しくおとした。一瞬のできごとすぎて、びっくりしたぼくは呆然と彼女をみあげた。
そしてそのまま、彼女は部屋を出ていってしまう。怒らせてしまっただろうかとその場にいたメイドに視線を向ければ、そのメイドすら困惑していた。
その行動が、彼女らしくなかったからだ。ぼくにドレスを持ってきたのもそうだけど、彼女は普段あんなふうに突然無表情になったりしない。それどころか、常に品のいい笑みを口元に浮かべているというのに。本当に、どうしてしまったのだろうか。
「……どうしよう」
ぼくはメイドと顔を合わせ、二人して困ってしまったのだった。
◇
「さぁ坊ちゃま、こちらをお召し上がりくださいね」
「うん…」
そう言って差し出された紅茶とクッキーは、いつもと違う匂いがした。違うというか、どちらもいつものものより少しだけ香りが強かった気がした。
でも、彼女がくれたものだからと素直に口にする。匂いはやたらと濃いのに、味はなんだか薄くかんじた。変なクッキーと紅茶だなぁ。
そんな呑気な考えを数時間後に後悔するなんて、そのときのぼくは微塵もかんがえていなかった。
「…っぅ、うぅ…」
「坊ちゃま、すぐお医者様がいらっしゃいますよ」
「うん…」
そばにいてくれるメイドが、ぼくの頭をやさしく撫でてくれる。息がくるしくてからだがかゆくて、でも掻いたらもっと酷くなって。
腕や顔に無数の発疹ができていた。原因は不明で、今はお医者さまがくるのを待っている最中だ。メイドは氷水でひやしたタオルで、なるべくかゆくならないように冷やしてくれている。
この対処がてきさつなのかも分からない。けれど、いまのぼくは必死にかゆみを堪えることしかできなかった。
「ううん、これは酷いアレルギー反応ですな。坊ちゃまが今日食べたものを早急に調べましょう」
やってきたお医者さまの言葉に、メイドもぼくも驚きをかくせなかった。今日ぼくがくちにしたものは、普段から食べていたものだったから。
でも、アレルギーじゃなかったものが突然ダメになるパターンがあるのも知っているし、きっとぼくもそれなんだろうと無理矢理納得させる。
……そう言えば、今日のクッキーと紅茶はいつもと違っていたような気が。
そのことを素直にお医者さまに告げると、ぼくのそばにいたメイドが慌てて走りだした。代わりにやってきたメイドがお医者さまとすこしだけ話したあと、お医者さまが帰っていく。
お薬をちゃんと飲んだらすぐに効いて、かゆいのがだんだんとおさまってきた。あとはちゃんと何がアレルギーなのかを調べて、それを食べないように注意しないといけない。
メイドが持ってきてくれたホットミルクを飲んで、その日は早めに眠りについた。
「違う!私じゃない!私は何もっ…坊ちゃま、違います!」
「俺だって違う!坊ちゃまのアレルギーなんて知らなかったし、わざわざクッキーに混ぜるなんてするわけないだろう!」
翌日、邸の玄関ホールに二人の悲痛な声がひびく。どちらも数ヶ月前に入ってきたメイドと執事だった。あまり話したことはないけれど、悪い人には思えない。
彼らの前には、メイド長が立っている。ここから顔は見えないけれど、きっととてもきびしい表情をしているのだろう。
あの二人が、ぼくにわざとアレルギー食品を食べさせた犯人?でも、あの叫び声が演技だとはおもえない。本当にちがってたらどうしよう。
「黙らっしゃい!事実坊ちゃまは苦しんだのですよ、己の罪を認めて恥じなさい!」
バシンっと、鞭の音が響く。メイド長が二人を叩いた音だ。
あまりにも衝撃的な光景に、恐ろしくなって目を逸らしてしまう。それに気づいたメイドが、ぼくの背中を撫でて部屋へと誘導してくれた。
叱責されている二人が、必死にぼくを呼ぶ声が脳裏にこびりついて離れなかった。
彼女はとても厳しいけれど、それは全て公爵家の邸を家格にみあう質にたもつため。邸中を磨き上げ、お客さまには最高のおもてなしを…それがメイド長の口癖であり、誇りだった。
だけどそんなメイド長も、お母さまには形無しだった。2人はとても仲がよく、実の親子といわれても違和感がないほどだった。いつもはとても厳しいメイド長も、お母さまの前ではとっても甘かった。
ぼくが産まれて、お母さまが亡くなった。邸中のみんなが、喜びと悲しみのはざまにいた。
けれど彼女は、いつものように仕事をこなした。お母さまが亡くなって、使用人のなかでは一番悲しんでいるはずだったのに。彼女は気丈にふるまい、ほかの使用人たちもそんな彼女を見習った。
かく言うぼくも彼女のことはとっても信用していた。すこし…けっこう厳しいけど、ぼくを思ってのことだと信じていたから。愛の鞭だと、思っていたから。
けれどある日、そんなぼくたちの関係に一筋のヒビが入ることになる。
「ミーシャ様、新しいお洋服が届いたので着てみてくださいませ」
「うん!」
元気よく返事をしたあと、思わずくびをかしげる。彼女が持っていた新しい洋服は、明らかに女の子もののフリフリとしたドレスだったから。
フリルをあしらった服を何回も着たことはあるけれど、あくまで男の子用のものだったから受け入れていた。けれどこれは、明らかにちがう。彼女ともあろう人が、発注をまちがえてしまったのだろうか?
彼女はメイド長だから、他のメイドたちも口を出せずにいたみたいだ。ここはぼくが、ちゃんと教えてあげないと!
そう意気込んで、言葉にした。それが間違いだと気づいたときにはもう遅かった。
「それ、女の子のドレスでしょ?ぼく着れないよ」
「……そうですか、失礼しました」
数秒前までいつもの笑みを浮かべていた彼女が、すとんと表情をおとした。そう、正しくおとした。一瞬のできごとすぎて、びっくりしたぼくは呆然と彼女をみあげた。
そしてそのまま、彼女は部屋を出ていってしまう。怒らせてしまっただろうかとその場にいたメイドに視線を向ければ、そのメイドすら困惑していた。
その行動が、彼女らしくなかったからだ。ぼくにドレスを持ってきたのもそうだけど、彼女は普段あんなふうに突然無表情になったりしない。それどころか、常に品のいい笑みを口元に浮かべているというのに。本当に、どうしてしまったのだろうか。
「……どうしよう」
ぼくはメイドと顔を合わせ、二人して困ってしまったのだった。
◇
「さぁ坊ちゃま、こちらをお召し上がりくださいね」
「うん…」
そう言って差し出された紅茶とクッキーは、いつもと違う匂いがした。違うというか、どちらもいつものものより少しだけ香りが強かった気がした。
でも、彼女がくれたものだからと素直に口にする。匂いはやたらと濃いのに、味はなんだか薄くかんじた。変なクッキーと紅茶だなぁ。
そんな呑気な考えを数時間後に後悔するなんて、そのときのぼくは微塵もかんがえていなかった。
「…っぅ、うぅ…」
「坊ちゃま、すぐお医者様がいらっしゃいますよ」
「うん…」
そばにいてくれるメイドが、ぼくの頭をやさしく撫でてくれる。息がくるしくてからだがかゆくて、でも掻いたらもっと酷くなって。
腕や顔に無数の発疹ができていた。原因は不明で、今はお医者さまがくるのを待っている最中だ。メイドは氷水でひやしたタオルで、なるべくかゆくならないように冷やしてくれている。
この対処がてきさつなのかも分からない。けれど、いまのぼくは必死にかゆみを堪えることしかできなかった。
「ううん、これは酷いアレルギー反応ですな。坊ちゃまが今日食べたものを早急に調べましょう」
やってきたお医者さまの言葉に、メイドもぼくも驚きをかくせなかった。今日ぼくがくちにしたものは、普段から食べていたものだったから。
でも、アレルギーじゃなかったものが突然ダメになるパターンがあるのも知っているし、きっとぼくもそれなんだろうと無理矢理納得させる。
……そう言えば、今日のクッキーと紅茶はいつもと違っていたような気が。
そのことを素直にお医者さまに告げると、ぼくのそばにいたメイドが慌てて走りだした。代わりにやってきたメイドがお医者さまとすこしだけ話したあと、お医者さまが帰っていく。
お薬をちゃんと飲んだらすぐに効いて、かゆいのがだんだんとおさまってきた。あとはちゃんと何がアレルギーなのかを調べて、それを食べないように注意しないといけない。
メイドが持ってきてくれたホットミルクを飲んで、その日は早めに眠りについた。
「違う!私じゃない!私は何もっ…坊ちゃま、違います!」
「俺だって違う!坊ちゃまのアレルギーなんて知らなかったし、わざわざクッキーに混ぜるなんてするわけないだろう!」
翌日、邸の玄関ホールに二人の悲痛な声がひびく。どちらも数ヶ月前に入ってきたメイドと執事だった。あまり話したことはないけれど、悪い人には思えない。
彼らの前には、メイド長が立っている。ここから顔は見えないけれど、きっととてもきびしい表情をしているのだろう。
あの二人が、ぼくにわざとアレルギー食品を食べさせた犯人?でも、あの叫び声が演技だとはおもえない。本当にちがってたらどうしよう。
「黙らっしゃい!事実坊ちゃまは苦しんだのですよ、己の罪を認めて恥じなさい!」
バシンっと、鞭の音が響く。メイド長が二人を叩いた音だ。
あまりにも衝撃的な光景に、恐ろしくなって目を逸らしてしまう。それに気づいたメイドが、ぼくの背中を撫でて部屋へと誘導してくれた。
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