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或いは夢のようなはじまり
03 通学前
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「なにも、殴る事はないんじゃないかぁ?」
軽く吹けば揺れそうな薄いカーテンによって隔たれた二つの空間。
布越しの少女に背を向けた状態で、細いネクタイをワイシャツの襟に回しながら男が愚痴る。
その左目の周囲には、うっすらとではあるが青痣が見て取れた。時間と共に、痣はもっと濃くなるだろう。そうなれば、さながら出来の悪いパンダである。
少年っぽさもすっかり薄れた年齢だが、これではやんちゃ坊主そのものである。その顔を見たクラスメイトにどれだけ笑われるものか。
「グーだぞ、グー。ほら、女だったら平手打ちとか、もう少しそれっぽいもんがあるだろ?」
続けて抗議の意を口にする男ではあったが、その声音はどこか面白がっている様子もあり、今にも鼻歌を披露しそうな程に表情は緩んでいる。
「うるさいっっ!!」
まだ何か続けそうな男の声を、少女が一喝して黙らせる。
少女もまた男に背を向けたまま、衣擦れの音を立てないよう慎重に腕を動かしていた。
相手がどのような関係にある者でも、着替という行為の音を露骨に聞かせるのは恥ずかしい年頃である。
否。この男相手に過剰に気を遣う必要など無かった筈だが、今朝はどうにも調子がおかしい。
「……」
他人と比べ感情の起伏が激しい少女ではあったが、怒るにしてもポーズだけの冗談まじりの場合が多い。そんな少女の本気の声色に、男の表情から浮わついた笑顔が姿を消した。
少女が怒っているのは本当だった。
しかしそれは男に対してではなく、記憶の前後がはっきりしていないために、男が同じベッドに居たという状況が呑み込めていない自分自身への怒りだった。
週末毎の同衾など珍しくもない関係なのだが、昨晩の記憶がどうにも判然としない。いくら思考を重ねても出口のない迷路を彷徨うのみで、苛つく気持ちばかりが積まれてゆく。
しかし、そんな少女の怒りの原因を知りようもない男は、自分が何かしてしまったのではないかと考え始めてしまう。あるいは、少女が機嫌を損ねるような出来事が今朝になって発生しているのではないかと。
その考え方自体は間違ってこそいないものの、自身の思考だけで正解に至るには相当の難問であり、結果として見当外れなところへと答えが導かれてしまう事を責めはできないだろう。
「――おいっ!」
男は一息にカーテンを開け放つと、背を向けていた少女の両肩を掴んで強引に振り向かせる。
「ひょ?」
驚きのあまりに素っ頓狂な声を上げるも、男の耳に入ってはいない。その小さい右手を強引に掴むと、覗き込むようにして観察を始めた。
手の平と甲とを入念に観察しながら、時折やわやわと揉んだりして少女の反応を確かめてゆく。
ひとしきり確認し、問題が発見されない事に満足したのか、その右手を両手で包んだまま安堵の息を漏らした。
「ふぅ…。グーパンチなんてするから拳を痛めたのかと思った。鍛えていない拳なんてすぐに壊れるんだから、気をつけないとダメだぞ」
滅多に見せる事のない優しい笑顔に、少女は内心どきりとする。
無意味に尖っていた自分が無性に恥ずかしくなり、謝罪の意を見せようと口を開きかける――
「…おぉ」
男の視線が手にしていた少女の指先を通り越し、さらに下方へと延びていた。
なにかと思いその視線を辿ってゆくと、そこにはブラウスの裾から伸びた健康的な生脚と、白い布に包まれた魅惑の三角地帯の先端を覗かせていた。
「う~ん、何度見ても良い眺めだな」
感慨深く頷く男。しかし視線はワイヤーフックで固定されたかのように、微動だにする事もなく。
「……こんの、エロ魔人がぁっっ!!」
少女は、今度は左腕を振りかざしていた。
軽く吹けば揺れそうな薄いカーテンによって隔たれた二つの空間。
布越しの少女に背を向けた状態で、細いネクタイをワイシャツの襟に回しながら男が愚痴る。
その左目の周囲には、うっすらとではあるが青痣が見て取れた。時間と共に、痣はもっと濃くなるだろう。そうなれば、さながら出来の悪いパンダである。
少年っぽさもすっかり薄れた年齢だが、これではやんちゃ坊主そのものである。その顔を見たクラスメイトにどれだけ笑われるものか。
「グーだぞ、グー。ほら、女だったら平手打ちとか、もう少しそれっぽいもんがあるだろ?」
続けて抗議の意を口にする男ではあったが、その声音はどこか面白がっている様子もあり、今にも鼻歌を披露しそうな程に表情は緩んでいる。
「うるさいっっ!!」
まだ何か続けそうな男の声を、少女が一喝して黙らせる。
少女もまた男に背を向けたまま、衣擦れの音を立てないよう慎重に腕を動かしていた。
相手がどのような関係にある者でも、着替という行為の音を露骨に聞かせるのは恥ずかしい年頃である。
否。この男相手に過剰に気を遣う必要など無かった筈だが、今朝はどうにも調子がおかしい。
「……」
他人と比べ感情の起伏が激しい少女ではあったが、怒るにしてもポーズだけの冗談まじりの場合が多い。そんな少女の本気の声色に、男の表情から浮わついた笑顔が姿を消した。
少女が怒っているのは本当だった。
しかしそれは男に対してではなく、記憶の前後がはっきりしていないために、男が同じベッドに居たという状況が呑み込めていない自分自身への怒りだった。
週末毎の同衾など珍しくもない関係なのだが、昨晩の記憶がどうにも判然としない。いくら思考を重ねても出口のない迷路を彷徨うのみで、苛つく気持ちばかりが積まれてゆく。
しかし、そんな少女の怒りの原因を知りようもない男は、自分が何かしてしまったのではないかと考え始めてしまう。あるいは、少女が機嫌を損ねるような出来事が今朝になって発生しているのではないかと。
その考え方自体は間違ってこそいないものの、自身の思考だけで正解に至るには相当の難問であり、結果として見当外れなところへと答えが導かれてしまう事を責めはできないだろう。
「――おいっ!」
男は一息にカーテンを開け放つと、背を向けていた少女の両肩を掴んで強引に振り向かせる。
「ひょ?」
驚きのあまりに素っ頓狂な声を上げるも、男の耳に入ってはいない。その小さい右手を強引に掴むと、覗き込むようにして観察を始めた。
手の平と甲とを入念に観察しながら、時折やわやわと揉んだりして少女の反応を確かめてゆく。
ひとしきり確認し、問題が発見されない事に満足したのか、その右手を両手で包んだまま安堵の息を漏らした。
「ふぅ…。グーパンチなんてするから拳を痛めたのかと思った。鍛えていない拳なんてすぐに壊れるんだから、気をつけないとダメだぞ」
滅多に見せる事のない優しい笑顔に、少女は内心どきりとする。
無意味に尖っていた自分が無性に恥ずかしくなり、謝罪の意を見せようと口を開きかける――
「…おぉ」
男の視線が手にしていた少女の指先を通り越し、さらに下方へと延びていた。
なにかと思いその視線を辿ってゆくと、そこにはブラウスの裾から伸びた健康的な生脚と、白い布に包まれた魅惑の三角地帯の先端を覗かせていた。
「う~ん、何度見ても良い眺めだな」
感慨深く頷く男。しかし視線はワイヤーフックで固定されたかのように、微動だにする事もなく。
「……こんの、エロ魔人がぁっっ!!」
少女は、今度は左腕を振りかざしていた。
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