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或いは夢のようなはじまり
02 ヒロイン(仮)の寝起き
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「――んぅふぁっ!?」
普段の生活では絶対に発しないだろう、珍妙な叫び声と共に布団が跳ね上がる。
5月という、まだ肌寒さを感じる時期ではあった。しかしここ数日は暖かい日が続いていた事もあり、一枚だけだった軽い布団は僅かばかりに宙を泳ぐ軌跡を見せた。
「ぅ……ぇむぅ……」
強く閉じて開こうとしない瞼を片手の指先で揉みほぐしながら、少女はゆっくりと身体を起こす。
皺だらけの男性用サイズのTシャツの中、同世代女子の平均以上に育った胸が悩ましげに揺れ、その存在を必要以上に主張する――と言えば、なかなかに官能的な光景のように感じなくもない。
しかし実際には、涎の跡が残るだらしなく半開きになった口元と、どこを見ているのか分からない虚ろな視線。脱力の果てに丸められた背、そしてあちこちに跳ねまくった寝癖まみれの頭髪。
これを見てしまえば、百年の恋も一気に覚めてしまうのではないかという状況だった。もっとも髪に関してのみ言えば、強い癖毛のために寝相の悪さなど関係ないのだが。
「ぅぁはあああ~~」
これまた恥も外聞も知った事かとばかりに、大きく口を開いて欠伸をする。
喉の奥から絞り出される咆哮にも似た欠伸は、聞く者がいたら失笑するか呆れるか、もしかしたら、その豪放さに感心するかもしれない。
「……」
欠伸と共に力一杯伸ばした四肢を脱力し、思考を巡らせる。
とりあえず、自分の叫び声で目覚めたという事は理解した。しかし、一体どんな夢に対して叫んでしまったのかが思い出せない。
夢なんていうのはそんなものだと分かってはいるのだが、喉奥に魚の小骨が引っ掛かってしまったような、どうにもむず痒い状態だという自覚もある。
微妙に眉根が寄っているのも、寝起きの悪さばかりが理由ではないだろう。
「……むぅ…」
さして痒くもない頭を掻きながら、周囲に視線を巡らせてみる――とは言っても、瞼は相変わらず閉じたような状態にあり、カーテン越しに部屋を明るく染める陽光くらいしか感じられない。
ベッドの脇から両脚を床に投げ出すと、ぱふぱふと周囲の布団を叩き始める。
最近になって定着した眼鏡を探す癖であり、布団というフィールド内における自分の位置を確認する作業も含まれている。
眼鏡を置いてある定位置へと、直接に手を伸ばす真似はしない。
それというのも、迂闊にもミニサボテンを叩いてしまい、とんでもない目に遭ったという経験があるからだ。
どうして誕生日プレゼントにサボテンなんてくれたのよ、などという自分勝手なクレームをつけられた友人には理不尽なばかりの話である。
そうして自身の座っている位置を起点に、眼鏡の待つ方向へと手が伸ばされてゆく。
ぽふぽふ。
ぽふぽふぽふ。
ぽふぽふ。
ぺち。
「……んにゃ?」
明らかに布団とは違う何かを叩いた。
腕の伸ばし具合から見ても、我等が布団同盟国の領地であるにもかかわらず、だ。
ぺち。
とりあえず叩いてみた。
ぺちぺち。
ぺちぺちぺち。
叩きながら、その感触に近い情報を記憶の中から掘り起こしてみる。
程良い弾力と、意外と触り心地の良い表面。その微妙な温かさは、さながら人肌のごとく。無駄なたるみが無いあたりは、それなりに鍛えている男性の肌といった印象だ。
ぺちぺちと叩いていた行動も、いつの間にかまさぐるような動きになってゆく。
なだらかだった丘を越え、垂直の谷を登り、凹凸の激しい地帯へと差し掛かる。
はむ。
突然、その指先が何者かに咥え込まれた。
べにょり。
しかも、それは指先を大きく嘗め回してきた。
さらさらに乾いていた少女の指先が、たちまち生温かく濡れてゆく。
「――っぅひゃあっ!?」
一発で目が覚めた。
力なく閉じられていた瞼は大きく見開かれ、緩みまくっていた瞳の焦点も駆動音が聞こえんばかりの勢いで引き絞られる。
そして反射的に指を引き抜いていた。歯を立てられていたら酷い怪我を負う可能性もあったが、緊急時とあってはそんなものだろう。
ねっとりと濡れた右手を力なく垂れ下げ、少女はそんな事をしてくれた相手に視線を向けた。睨めつける表情が堂に入っているのは、眼鏡未着装ならではだ。
「よ、おはよう」
その半裸の男は、事も無げに右手を挙げて挨拶を寄越してきた。ベッドの右半分を占領するように仰向けのままの姿勢で。
顔見知りでなかったとしても、通学路の途中で言われたならば思わず挨拶を返してしまいそうな、そんな爽やかな挨拶だった。まさに晴天の朝に相応しい限りだ。
しかし少女は今日の天気を知りはしない。知っていたとしても、目覚めの心地悪さから爽やかな挨拶を返そうという気分ではなかった。
とりあえず。
「どうしてっ! ここでっ! 寝とるかーーっ!!」
指先の濡れた右手を固く握り、大きく振りかざしてみた。
普段の生活では絶対に発しないだろう、珍妙な叫び声と共に布団が跳ね上がる。
5月という、まだ肌寒さを感じる時期ではあった。しかしここ数日は暖かい日が続いていた事もあり、一枚だけだった軽い布団は僅かばかりに宙を泳ぐ軌跡を見せた。
「ぅ……ぇむぅ……」
強く閉じて開こうとしない瞼を片手の指先で揉みほぐしながら、少女はゆっくりと身体を起こす。
皺だらけの男性用サイズのTシャツの中、同世代女子の平均以上に育った胸が悩ましげに揺れ、その存在を必要以上に主張する――と言えば、なかなかに官能的な光景のように感じなくもない。
しかし実際には、涎の跡が残るだらしなく半開きになった口元と、どこを見ているのか分からない虚ろな視線。脱力の果てに丸められた背、そしてあちこちに跳ねまくった寝癖まみれの頭髪。
これを見てしまえば、百年の恋も一気に覚めてしまうのではないかという状況だった。もっとも髪に関してのみ言えば、強い癖毛のために寝相の悪さなど関係ないのだが。
「ぅぁはあああ~~」
これまた恥も外聞も知った事かとばかりに、大きく口を開いて欠伸をする。
喉の奥から絞り出される咆哮にも似た欠伸は、聞く者がいたら失笑するか呆れるか、もしかしたら、その豪放さに感心するかもしれない。
「……」
欠伸と共に力一杯伸ばした四肢を脱力し、思考を巡らせる。
とりあえず、自分の叫び声で目覚めたという事は理解した。しかし、一体どんな夢に対して叫んでしまったのかが思い出せない。
夢なんていうのはそんなものだと分かってはいるのだが、喉奥に魚の小骨が引っ掛かってしまったような、どうにもむず痒い状態だという自覚もある。
微妙に眉根が寄っているのも、寝起きの悪さばかりが理由ではないだろう。
「……むぅ…」
さして痒くもない頭を掻きながら、周囲に視線を巡らせてみる――とは言っても、瞼は相変わらず閉じたような状態にあり、カーテン越しに部屋を明るく染める陽光くらいしか感じられない。
ベッドの脇から両脚を床に投げ出すと、ぱふぱふと周囲の布団を叩き始める。
最近になって定着した眼鏡を探す癖であり、布団というフィールド内における自分の位置を確認する作業も含まれている。
眼鏡を置いてある定位置へと、直接に手を伸ばす真似はしない。
それというのも、迂闊にもミニサボテンを叩いてしまい、とんでもない目に遭ったという経験があるからだ。
どうして誕生日プレゼントにサボテンなんてくれたのよ、などという自分勝手なクレームをつけられた友人には理不尽なばかりの話である。
そうして自身の座っている位置を起点に、眼鏡の待つ方向へと手が伸ばされてゆく。
ぽふぽふ。
ぽふぽふぽふ。
ぽふぽふ。
ぺち。
「……んにゃ?」
明らかに布団とは違う何かを叩いた。
腕の伸ばし具合から見ても、我等が布団同盟国の領地であるにもかかわらず、だ。
ぺち。
とりあえず叩いてみた。
ぺちぺち。
ぺちぺちぺち。
叩きながら、その感触に近い情報を記憶の中から掘り起こしてみる。
程良い弾力と、意外と触り心地の良い表面。その微妙な温かさは、さながら人肌のごとく。無駄なたるみが無いあたりは、それなりに鍛えている男性の肌といった印象だ。
ぺちぺちと叩いていた行動も、いつの間にかまさぐるような動きになってゆく。
なだらかだった丘を越え、垂直の谷を登り、凹凸の激しい地帯へと差し掛かる。
はむ。
突然、その指先が何者かに咥え込まれた。
べにょり。
しかも、それは指先を大きく嘗め回してきた。
さらさらに乾いていた少女の指先が、たちまち生温かく濡れてゆく。
「――っぅひゃあっ!?」
一発で目が覚めた。
力なく閉じられていた瞼は大きく見開かれ、緩みまくっていた瞳の焦点も駆動音が聞こえんばかりの勢いで引き絞られる。
そして反射的に指を引き抜いていた。歯を立てられていたら酷い怪我を負う可能性もあったが、緊急時とあってはそんなものだろう。
ねっとりと濡れた右手を力なく垂れ下げ、少女はそんな事をしてくれた相手に視線を向けた。睨めつける表情が堂に入っているのは、眼鏡未着装ならではだ。
「よ、おはよう」
その半裸の男は、事も無げに右手を挙げて挨拶を寄越してきた。ベッドの右半分を占領するように仰向けのままの姿勢で。
顔見知りでなかったとしても、通学路の途中で言われたならば思わず挨拶を返してしまいそうな、そんな爽やかな挨拶だった。まさに晴天の朝に相応しい限りだ。
しかし少女は今日の天気を知りはしない。知っていたとしても、目覚めの心地悪さから爽やかな挨拶を返そうという気分ではなかった。
とりあえず。
「どうしてっ! ここでっ! 寝とるかーーっ!!」
指先の濡れた右手を固く握り、大きく振りかざしてみた。
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