群青の緋

竜田彦十郎

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或いは夢のようなはじまり

30 学園に到着・香月

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 直樹が校門を抜ける数分前、香月は学園前に到着していた。

「んー、そのうち修理しないとなー」

 走行にこそ問題のなかった自転車ではあったが、ライトの具合が良くなかった。
 僅かではあるが自転車が振動に揺れる度に明滅していたので、早々に修理に出さねばならないだろう。
 とりあえず今夜だけは耐えてもらいたいと思いながら、香月は校舎を見上げた。

「まずは、ここから駅まで移動ね」

 希理らがとったであろう、今日の経路を思い浮かべる。
 雪乃が入院している病院への経路は覚えている。
 肝心なのは病院からの帰路となるが、学園を起点とする事によって気付いていない何かが見えてくるかもしれない。

「直樹ったら、遅いわねぇ」

 あっさりと置き去りにしたという自覚があるのかどうか、香月は直樹がすぐに姿を見せない事に文句をつける。
 いっそこのまま一人で行動しようかとも思った香月だったが、黒髪の少女の言葉が脳裏に甦り足が止まる。

――貴女には学習能力というものが欠落している

 敵だと認めた相手の言葉になど耳を貸さねば良いのだが、落ち着いて考えてみれば思い当たる節もあり、一人で行動する選択肢は除外する。

「………」

 ばつが悪そうに頭を掻く香月。
 直樹を待つという、賢明な判断を下したのだという事を自覚できるだけに、直情的な自身の至らなさを感じてしまったからだ。

 直樹が到着するまで、5分とかからないだろう。
 香月は跨ったままの自転車から降りると、改めて深呼吸をした。

(さすがに教室からスタートする必要はないわよね……)

 そう自身に言い聞かせてみたが、実のところ校舎が放つ異様な雰囲気に対し、早く離れたい気持ちで一杯だったのだ。
 疑心暗鬼という言葉がある。その意味はもちろん香月だって知っている。
 怖い怖いと思うあまり、暗がりに何か居るのではないかと思い込んでしまうのだ。
 自分はそういった思考とは無縁だと思っていただけに、胸中に渦巻くなんとも言えない感情を持て余してしまう。

「そうだ。直樹を迎えに行けばいいのよね! 名案だわ!」

 とにかく一人で居る事が心細くなってきた香月は、来た道を戻って直樹と合流する事にした。
 そうと決めれば早速、自転車に跨り直し――

「――え?」

 視界の隅に捉えた人影に、反転しかけた身体を止めた。
 慌てて視線を戻したが、声を掛ける間もなく人影は校舎内の暗がりへと溶け込んでいった。

「キィ!!」

 これから捜索に行こうとしていた親友の名を呼んだ。
 行方不明だと思惟子によって知らされたクラスメイト。
 どうして学園に居るというのか。

(今のは……うぅん、見間違いなんかじゃない)

 人違いだという可能性も考えた。
 なにしろ目にしたのは後姿のみで、しかもほんの一瞬だ。
 それでも香月は、自分の直感を信じた。
 仮に人違いだったとしても、こんな時間の学園に生徒が居る事自体おかしい。
 自転車を投げ出すように倒し、香月は校門に駆け寄った。
 僅かに開いていた校門に身体を滑り込ませ、希理と思しき人影が消えた昇降口を目指す。

「……きっつ」

 校門を抜けた瞬間から、足元にまとわりつき、よじ登ってくる悪寒が全身を包もうとしているのが分かった。
 自然と足取りが重くなり、吐き気まで感じるようになってしまう。
 しかし希理の姿を見た以上、香月は自身に対し後退する事を認めない。

「気合いよ、気合い…っ!!」

 短く叫び、自身に喝を入れる。
 使命感にも似た決意に燃える瞳が輝き、香月の全身を覆う悪寒が吹き飛んだ。
 ここぞとばかりに香月は駆け、昇降口へと飛び込んだ。

 果たして、香月は気付いていたのだろうか。
 自分が校門前に到着した時点では、校門はぴったりと閉じられていた事に。
 倒れた自転車の車輪が寂しげに回転していたが、自分に注意を向けてくれる者はいないと察したのかどうか、そのままゆっくりと静止した。
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