群青の緋

竜田彦十郎

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或いは夢のようなはじまり

34 学園内遁走

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「ほ~ら、逃ゲろ逃げろ~」

 すぐ背後から、龍造寺の揶揄するような声が聞こえてくる。
 脚を動かし続け息も上がってきている香月とは対照的に、龍造寺の声は不思議な程に落ち着いている。
 そう長い時間でないとはいえ全力で走った香月は、速度を落として背後を窺った際にぎょっとしたものだった。

 香月の足は速い方である。
 それなりに走って距離を稼げたと思っていたのだが、視界の利かない霧の奥から龍造寺が姿を見せたのだ。
 焦点の合っていない下卑た笑いを口元に浮かべた龍造寺は汗ひとつかいておらず、落ち着き払った様子で歩いていた。

「ナんだぁ。鬼ごっこはお終イかぁ?」

 香月の見ていないところで走っているのかとも思ったが、澱みのない声音からはその仮説は間違っているだろうと確信にも近いものを感じた。

「ったく、もう!」

 止めかけた脚を蹴り出し、龍造寺に背を向ける。
 龍造寺の様子がおかしいのは、立ち込める霧のせいだろうと推察はできていた。
 まさか移動速度にまで影響を与えるとは信じ難かったが、状況からするに認めなくてはならないだろう。

「さぁて、とッ捕まえたらどこかラひん剥いてやろうか~」

 香月のすぐ背後で、龍造寺の角張った手が空を掻いた気配があった。

(ひええええっ!)

 叫びたい衝動を呑み込み、とにかく脚を動かす。
 今は何をおいても走る事に全力を傾けねばと、香月の本能が警告を発していた。

「どコまで逃げられルかな~? 捕まえたら即ハメだかラな~。抵抗する元気は残シておいた方がいイぞ~」

 ぎゃぱはばはと、普段の気弱な姿からは想像できない下劣な嘲笑を飛ばしながら追ってくる龍造寺。

(あいつ、絶対にぶっ飛ばす……!!)

 体格的に無理な話だと分かっているのだが、今は怒りであっても体を動かす原動力は必要だった。

 実のところ、香月の貞操観念はさして高くはない。
 お互いに利するものがあり、気持ち良ければ問題ないだろう的に考えている節がある。
 だが今の龍造寺に捕まったが最後、道具のように一方的に扱われる事は想像に難くない。
 そんな屈辱的な展開は御免蒙りたいところであるし、なにより香月は自分が面食いだという自覚がある。
 最低限、直樹レベルはクリアしてもらいたいと考えており、龍造寺の腐り落ちそうな今の顔など論外だ。

 とにかく今は、霧の中を闇雲に逃げ回るばかりの香月だった。
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