群青の緋

竜田彦十郎

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或いは夢のようなはじまり

44 決戦・1

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「――あぶねっ!?」

 その一撃を避けられたのは、奇跡にも近かったのではないかと直樹は思った。
 相対した存在が本当に鵺なのかどうか。
 必要以上に思考を割いてしまった結果、その虚を衝かれた形だ。

 咄嗟に転がって難を逃れた直樹だが、たった今まで構えていた床には深い爪痕が刻まれていた。
 そして一撃をくれると同時に、舞台上に舞い戻っている。

(一足飛びかよ!)

 目で追えない程ではなかったが、油断したり余所見をするような事があれば命取りになると証明されたようなものだ。

(注意力が削がれたところを狙ってくるとか、抜け目ないな)

 こちらの表情を読む、そして距離を取る狡猾さ。
 それに先に見せた不敵な笑み。あれは間違いなく直樹の――人間の言葉を理解している。
 鵺が鵺であるかどうかの真偽は、この際置いておくべきだと直樹は考えた。
 相手が何者であろうと、やらなければならない事に変わりはない。

(それに……鵺だっていうのなら)

 我知らず、直樹の口角が吊り上がる。
 物語の中でしか語られていない伝説の存在であるならば、自身の力がどこまで通用するのか試してみたい。
 その存在の力量を自身の力で試してみたい。

「やべぇ……楽しくなってきたぞ」

 本来の目的は香月を護り、この空間から脱する事だ。そこを履き違えてはいけない。

(大丈夫……大丈夫だ、うん)

 目的成就のため、目の前にある障害を排除するだけの話だ。
 その方法など十人十色。己に合ったもので問題などあろう筈がない。ないのだ。
 上着の裏地に収めている短めの木刀を両手に構え、直樹は改めて舞台上の獣――鵺に不敵なまでの視線を向ける。

「試させて貰うぞ、鵺!」

 キュキュッと靴底で床を鳴らしながら、直樹が体育館を駆ける。
 その無駄のない疾走は陸上選手もかくやというものだったが、鵺の瞬発力に比べれば遅いと言わざるを得なかった。
 直樹が向かってくる様子を舞台上から見下ろし、その距離が半分ほどになったところで鵺は跳躍した。
 直樹に向かって。

 先程の半分にまで距離が詰まっているのだ。鵺の直樹に対する攻撃の到達速度も半分。攻撃を受ける当事者にしてみれば、もっと短く感じた事だろう。

「――読んでるけどな!」

 直樹は交差した木刀を眼前に翳した。
 駆ける速度を落とさず、鋭く突き出された鵺の右前脚と正面からぶつかる。

【……!!】

 息を呑んだのは鵺の方だった。
 直樹が手にしていた武器が仮に真剣であったとしてもだ。
 双方の体重差と突進力とを考えれば、弾き飛ばされたのは直樹であった筈だ。
 ところが実際に直樹は押し返されるどころか鵺の突進を止めており、そればかりか手にした木刀は対峙する太い脚に深く斬り込まれていた。

「浅いか!」

 呻き声も上げずに距離を置いた鵺を目で追いながら、直樹は初めての一撃をそう評価した。
 自身の霊力を武器に纏わせる事により、霊的な存在に対し劇的な威力を発揮する。それが直樹が持つ、この場における最も効果的な戦術だ。
 技名などは無い。格好良い必殺技名を考えた時期も確かにあったが、実戦で技名を叫ぶなど攻撃のタイミングと自分の居場所を相手に伝えるだけの行為だと思い至ったのだ。
 そもそもこれは技術のひとつとして教えられたものであり、必殺の技でなければ秘伝の技でもないのだから。

【ふん。それなりに美味く仕上がってきたようだな】

 鵺が声を発した。
 発したと呼べる程に口を動かした様子もなかったが、その声はたしかに空気の振動を介して直樹の耳朶に触れた。

「すげえな、喋る事まで出来るのか」

 そのくらいはするだろうと直樹も予想していたが、実際に眼前の光景となれば驚嘆せずにはいられない。

(それにしても、美味く…ってなんだ?)

 言葉遊びのつもりなのか、人間の通念と違う部分なのか。
 思考に注意が逸れそうになって、慌てて意識を集中する。
 こうして隙を作らせる事こそが目的なのかもしれないのだ。

 そんな直樹を尻目に、鵺は深い裂傷を追った脚を軽く振る。
 血など出ていなかった脚が、癒着するように裂け目が塞がってゆく。
 ものの数秒もかからずに元通りだ。その仕上がりは、本当に傷を負っていたのかと疑いたくなる程である。

【………】

 その脚でしっかりと床板を掴み、鵺は直樹を睥睨する。

(やせ我慢しやがって)

 直樹は声に出さずに鼻を鳴らした。
 何も知らない者が見れば、直樹の劣勢を疑わなかったろう。
 傷を受けてもたちどころに塞がるのであれば、体躯に劣る直樹に勝ち目はないと。

 しかし、実情はそうでもない。
 血が出なかったという事は、霊的要素の比重が高い身体構成をしているという事であり、そんな相手にこそ霊力を纏わせた剣戟は絶大な威力を発揮する。

 鵺の攻撃が決まれば一撃で瀕死になってしまう体格差は如何ともしがたいが、そこを潜り抜ければ一気に勝利を引き寄せる事もできる。
 些細なミスも許されぬ、勝利への道標――

「――いいね!!」
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