群青の緋

竜田彦十郎

文字の大きさ
46 / 66
或いは夢のようなはじまり

45 決戦・2

しおりを挟む
 床板を抉るように蹴る音が体育館内に響いた。
 鵺が音速以上で移動できるのならば、音が聞こえた時点で直樹は生きてはいない。
 妖怪の類に物理法則が適用できるかどうかはさておくとして、鵺が飛び掛ってきた事を察知した直樹は全力でその場から飛び退く。
 目で追えなくもない速度とはいえ、それなりの距離を置かねば視認してからの対応では追いつかない。

「――ふっ!」

 短く息を吐きだしながら、木刀を構える。
 初撃への対応はタイミングが取り難いが、飛び出してきた後ならば対応は充分に可能だ。
 直樹の方から打って出る事ができないのは歯痒いが、鵺以上の速度と距離が叩き出せない以上は待ちの戦法も已む無しだ。

【――!!】

 直樹が居た場所に鵺の爪が深く食い込み、木材の破片と埃が大量に舞い上がる。
 煙幕にも似た状況。その向こう側で一瞬だけ鵺の影が止まるのが見えたが、息もつかせず飛び退いた直樹に向けて飛び掛かってくる。

(こいつ、バカなのか――?)

 直線的な動きと速度があるために、単純なカウンターのみでも攻撃力は十分に出る。
 戦闘が長引けば体力の消耗が懸念されるが、同時に体内で霊力を練る事にもなるので一長一短だ。
 人間の言葉を解するのだ。単調な攻撃では返り討ちになるくらいは考えつくだろうに、それでも鵺の攻撃は直線的だ。

(こっちが追い付けないくらい、スピードを上げようってのか?)

 考えられなくもないが、そう思わせる事がフェイントになる可能性もある。

(とにかく集中! ――さぁ、こい!!)

 交差させた木刀を自在に動かせるよう、指先の感触を確かめる。
 どんな攻撃がこようとも受け切ってみせる。そう息巻く直樹だったが――
 立ち込める煙の奥から飛び出してきた攻撃は、直樹の予想に反して弧を描いたものだった。

「――っ!?」

 直樹が驚愕したのは、攻撃の軌道が直線ではなかったからではない。それだけだったならば問題なく対処できていた筈だ。
 直樹の持つ木刀の間合いの外側から迫るのは拳だった。
 先程までの猛々しい虎模様の脚とはまったく違う。全体的に剛毛で覆われてこそいたが、細い五指を握り込んだそれは、まさしく拳であった。

(他にも仲間が!?)

 そんな存在など微塵も感じさせてはいなかったが、鵺が創り出している空間であるならば納得せざるを得ない。

「く……っそ!」

 腹を抉り、胸を砕き、顎から脳天を割らんと迫る拳を身を引いて躱す。
 直撃こそ避けたものの、凄まじい拳圧が直樹の鼻先を掠める。
 その拳は霊力を帯びていない木刀の柄頭を引っ掛け、バランスを崩した直樹を容易く弾き飛ばした。

(しくじった……!)

 鼻腔の奥に涙と血の匂いを感じながら、直樹は急いで構え直す。
 今の攻撃で木刀は手を離れてしまい、上着の裏に残っている伸縮式の警棒で凌ぐ他ない。
 当然のように、そんな直樹の劣勢を見逃す相手ではなかった。
 直樹が構え終わるのを待たず、大きな影が飛び込んでくる。

「――なっ!?」

 飛び込んできた影の姿を見て、またしても直樹は固まる。
 その四肢は猿であり、胴体は鵺と同じく狸。そして頭部は虎であった。胴体の陰で揺れる蛇の尾がちらちらと直樹を盗み見ている。
 四肢と頭部が入れ替わってこそいたが、その合成具合はどう見ても鵺そのものである。

(二匹目の鵺!?)

 反射的に最初の鵺を探そうと視線が泳いでしまい、眼前の鵺の接近を許してしまった。

(やべ…っ!)

 咄嗟に警棒でガードするも、振り抜かれた尾の一撃によって直樹は吹き飛ばされる。
 扉の外れている倉庫に突っ込み、盛大な音と共に埃を舞い上げた。

(ロッカーで助かった……!)

 背を叩き付けられたロッカーが緩衝材の役目を果たした事で、咳き込む程度の軽傷で済んだ。
 倉庫なのだし上手い具合にマットでもあればと思わなくもなかったが、待ち構えていたのがコンクリートの壁や突起物でなかっただけ僥倖と言えるだろう。

「警棒は……おシャカか」

 直角に折れ曲がった警棒だったが、代わりとなる武器が無い以上はおいそれと手放す事もできない。

【………!】

 距離を保ちつつ、鵺は倉庫内で身を起こす直樹を睨めつけている。
 その鵺の表情が――ぐにゃりと歪んだ。

「おいおい……!」

 表情を歪めた、ではなく、波打つように変形をしていた。それは顔だけでなく頭部に広がり全身にまで及ぶ。
 CG映像を見ているようなモーフィングが行われ、その頭部は蛇となって先割れした赤い舌をしゅるりと覗かせた。
 驚愕する直樹を尻目にまたしても鵺の全身は歪み、猿の頭部へと変異した。最初に見た鵺のものだ。
 鵺がもう一体出現したのではなく、身体の部位を入れ替える事によって攻撃方法を変えていたのだ。

 面倒な敵が増えた訳ではなかったのは幸いだが、結果として直樹は窮地に陥っている。
 絶体絶命という程ではないにしろ、そうなるのは時間の問題とも言える。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...