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或いは夢のようなはじまり
48 割れる、石
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果たして、どのタイミングで何をすれば間に合ったのか。
「――! ……!!」
直樹の名を叫んだつもりの香月だったが、それはちゃんとした言葉になっていたのかどうか。
香月自身の耳に、自分の声は雑音のようなものにしか聞こえなかった。
「………」
そんな香月に気付いたのか、直樹が視線を向けてきた。
だが、視線を動かしただけでは香月の姿を捉える事はできなかったようだ。緩慢な動作で体ごと香月の方へと向けてゆく。
まるで錆びついた機械人形のように動きは重く、その瞳に漲っていた強い意志の光は今にも消えそうに波打っている。
「…………」
香月を認めた直樹は震えるように口を動かしたが、その口からは言葉はおろか呻き声の一片さえも漏れ出てくる事はない。
それも道理である。
なにしろ、直樹の首はそれよりも太い鵺の尾が貫いていたのだから。
気道は塞がれ、首の骨も残されてはいない。
皮と僅かな肉のみで繋がっている直樹の首は、皮肉にも貫かれた鵺の尾によって支えられている状態だった。
「……」
それでも直樹は口を動かそうとする。
逃げろと言いたいのか、護るという決意を完遂できなかった事への詫びか、それとも夢心地に譫言を紡ごうとしているのか。
――もういい。十分だ。
香月はそう叫んだ。つもりだった。
直樹の身体はもう死んでいる。この世に神の御業があるのだとしても、あそこまで損壊した肉体を戻すなど無理に決まっている。
それでも直樹は、その想いの強さで身体を動かそうとしている。
今、直樹を襲う激痛はどれほどのものなのか。直樹の圧し包む苦痛はどれほどのものなのか。
香月には到底理解できぬものであるし、或いはそんな感覚など直樹はとうに感じていないのかもしれない。
だが香月の目には、直樹の姿は痛々しく映っている。
香月を想うが故に、どんな無理さえも通そうとする直樹の姿は、あまりに痛ましくて見ていられたものではない。
自分なんかのために、そこまで頑張らなくていい。
残されてしまう自分だが、なるようになる。どうとでもなる。
だから、早く楽になってくれ。
「――!!」
鵺の尾がぶるりと震え、直樹の首から離れた。
皮と僅かばかりの肉しか残されていない直樹の首は重力に抗う事もできずに――ぶちり、と落ちた。
床を打つ鈍い音が響き、香月の耳にも届く。
その時には、既に香月は床を蹴っていた。
「な――直樹ぃぃぃぃっ!!!」
遠目に見ても、直樹の瞳からは光は完全に喪われている。
その名を叫んだところで直樹は何の反応も示さない。
それでも香月は駆けずにいられなかった。身体が勝手に動くのだ。
「――っ!!」
爪先が積もった埃で滑って転び、急いで起き上がるも足がもつれて転び、顎や額を何度も打ち付けてしまう。
トレードマークの眼鏡を落とした事にも気付かず、転がるようにして直樹の頭を抱え込んだ。
「うそ……嘘よ、こんなの。絶対に、認めないんだから……っ!」
頬摺りするように直樹の頭を抱え込む香月だが、止まらぬ涙のせいで直樹の最期の表情すら満足に視認出来ない。
抱え込んだ顔に触れれば、触り慣れたラインが直樹のものだと認識できるが、急激に熱の失われてゆく様子が既に物言わぬ骸であるのだとも痛感させてしまう。
【まだ足りぬか。それなりに期待はしていたのだがな】
落胆の色を隠そうともしない声が、周囲の空気を震わせる。
それは鵺のものであったが、香月の耳には届いておらず、聞こえていたのだとしてもその言葉の意味するところは理解できなかったろう。
「違うわ……だめ……みとめない………」
――ぴき
泣き疲れとショックとで、香月の意識は次第に希薄なものになってゆく。
目蓋が重くなり、歪んでいた視界が暗い色に落ち込んでゆく。
敵である鵺の前で無防備な姿を晒すなど自殺行為に等しかったが、香月はその流れに抗う事なく意識を手放した。
――ぱきり
意識が完全な闇に呑まれる直前、香月は何かが割れる音を感じた気がした。
「――! ……!!」
直樹の名を叫んだつもりの香月だったが、それはちゃんとした言葉になっていたのかどうか。
香月自身の耳に、自分の声は雑音のようなものにしか聞こえなかった。
「………」
そんな香月に気付いたのか、直樹が視線を向けてきた。
だが、視線を動かしただけでは香月の姿を捉える事はできなかったようだ。緩慢な動作で体ごと香月の方へと向けてゆく。
まるで錆びついた機械人形のように動きは重く、その瞳に漲っていた強い意志の光は今にも消えそうに波打っている。
「…………」
香月を認めた直樹は震えるように口を動かしたが、その口からは言葉はおろか呻き声の一片さえも漏れ出てくる事はない。
それも道理である。
なにしろ、直樹の首はそれよりも太い鵺の尾が貫いていたのだから。
気道は塞がれ、首の骨も残されてはいない。
皮と僅かな肉のみで繋がっている直樹の首は、皮肉にも貫かれた鵺の尾によって支えられている状態だった。
「……」
それでも直樹は口を動かそうとする。
逃げろと言いたいのか、護るという決意を完遂できなかった事への詫びか、それとも夢心地に譫言を紡ごうとしているのか。
――もういい。十分だ。
香月はそう叫んだ。つもりだった。
直樹の身体はもう死んでいる。この世に神の御業があるのだとしても、あそこまで損壊した肉体を戻すなど無理に決まっている。
それでも直樹は、その想いの強さで身体を動かそうとしている。
今、直樹を襲う激痛はどれほどのものなのか。直樹の圧し包む苦痛はどれほどのものなのか。
香月には到底理解できぬものであるし、或いはそんな感覚など直樹はとうに感じていないのかもしれない。
だが香月の目には、直樹の姿は痛々しく映っている。
香月を想うが故に、どんな無理さえも通そうとする直樹の姿は、あまりに痛ましくて見ていられたものではない。
自分なんかのために、そこまで頑張らなくていい。
残されてしまう自分だが、なるようになる。どうとでもなる。
だから、早く楽になってくれ。
「――!!」
鵺の尾がぶるりと震え、直樹の首から離れた。
皮と僅かばかりの肉しか残されていない直樹の首は重力に抗う事もできずに――ぶちり、と落ちた。
床を打つ鈍い音が響き、香月の耳にも届く。
その時には、既に香月は床を蹴っていた。
「な――直樹ぃぃぃぃっ!!!」
遠目に見ても、直樹の瞳からは光は完全に喪われている。
その名を叫んだところで直樹は何の反応も示さない。
それでも香月は駆けずにいられなかった。身体が勝手に動くのだ。
「――っ!!」
爪先が積もった埃で滑って転び、急いで起き上がるも足がもつれて転び、顎や額を何度も打ち付けてしまう。
トレードマークの眼鏡を落とした事にも気付かず、転がるようにして直樹の頭を抱え込んだ。
「うそ……嘘よ、こんなの。絶対に、認めないんだから……っ!」
頬摺りするように直樹の頭を抱え込む香月だが、止まらぬ涙のせいで直樹の最期の表情すら満足に視認出来ない。
抱え込んだ顔に触れれば、触り慣れたラインが直樹のものだと認識できるが、急激に熱の失われてゆく様子が既に物言わぬ骸であるのだとも痛感させてしまう。
【まだ足りぬか。それなりに期待はしていたのだがな】
落胆の色を隠そうともしない声が、周囲の空気を震わせる。
それは鵺のものであったが、香月の耳には届いておらず、聞こえていたのだとしてもその言葉の意味するところは理解できなかったろう。
「違うわ……だめ……みとめない………」
――ぴき
泣き疲れとショックとで、香月の意識は次第に希薄なものになってゆく。
目蓋が重くなり、歪んでいた視界が暗い色に落ち込んでゆく。
敵である鵺の前で無防備な姿を晒すなど自殺行為に等しかったが、香月はその流れに抗う事なく意識を手放した。
――ぱきり
意識が完全な闇に呑まれる直前、香月は何かが割れる音を感じた気がした。
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