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或いは夢のようなはじまり
63 終幕
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「どうやら、間に合ったようだな」
消えゆく粒子の向こう側から姿を見せたのは、玲怏だった。
鵺だったものの残滓が消え去るのを待たずに直樹に歩み寄ると、その腕を軽く振って直樹を掴む手を残らず消し飛ばした。
「ああ、口惜しや、口惜しや……」
その言葉に引き寄せられるように、直樹と玲怏の視線がドッペル直樹へと向けられた。
ドッペル直樹は既に人の形をした影となっており、どんな表情をしているのか見て取る事はできない。
「あと少し…、あと、ほんの少しだったのにのぅ……」
その口調は先程までの軽いものではなく、しわがれた老人を想起させた。
地が出てしまっているのか、己という個を保てなくなっているのかは分からない。
「あぁ……かづきぃ……」
はっきりとしていた声も掻き消えそうに滲み、指の形さえ無くなってしまった手を香月に伸ばそうとする。
しかし、影は香月に届く前に薄くなり、消えた。
鵺のような余韻もなく、気配も何も残ってはいない。
「……終わったのかしら?」
玲怏の背後から、黒髪の少女が姿を見せた。
相方に任せてのんびりと歩いてきたといった様子だ。
「あぁ。たった今、終わったところだ」
玲怏の言葉に、直樹は大きく息を吐いた。
鵺と、ドッペルゲンガーと。
当事者でなければ。目の前で起きた事でなければ。今夜見たものはすべて悪い夢だったのだと、笑って済ませてしまいそうだ。
本当に、笑って済ませたい気分ではあった。
玲怏の足下に遺された、小さな頭蓋骨さえ見えていなければ――
「それじゃあ、帰りましょ。睡眠不足はお肌の敵だものね」
そのまま直樹の横を素通りした少女だったが、何かを思い出したように足を止めた。
「そうそう。明日にでも、神社までいらっしゃいな。
別に来なくても構わないけど、お互いに得る物のある話ができると思うのよ」
直樹の返答を待たず、少女は片手をひらひらと振って闇の中へと消えていった。
「…俺としては、来る事を勧めるがね」
玲怏は足下の頭蓋骨を拾い上げると、事も無げに握り潰した。
乾いた音を立てて骨は砕け、細かな破片も小さな破裂音を連続させながら砕けていった。
直樹は無言のまま香月の傍らに寄り、ゆっくりと抱き上げた。
「今日は疲れたろう。手を貸そうか?」
「…いや、大丈夫だ」
呟くように返し、直樹もまた帰路についた。
ゆっくりとその背が小さくなるのを見届け、玲怏もまた少女を追うように歩を進める。
「わざわざ声を掛けてあげるなんて、妙に優しいのね?」
街灯の届かぬ位置で、少女が黒髪を揺らしていた。
気配遮断も完璧に行えており、すぐ近くにいたとは直樹も気付いていないだろう。
「柄じゃないのは分かっているんだがな。今夜限りの共闘だとも限らんだろう?」
少女から視線を外し、玲怏は耳の裏を小さく掻いた。
玲怏が今夜だけでも直樹の評価を上げているのは、少女も理解していた。
興味の無さそうな顔色をしてこそいるが、仲間に引き入れたいと考えているだろう事も。
あえてそこまでは言葉にはしなかったが。
そうね、と少女が歩を進める。
その背を追おうとした玲怏は、少女の手にある一本の苦無に目が止まった。
「それは?」
少女が様々な武器の心得を持っている事は承知していたが、苦無を所持していたという記憶はない。
「これね、すぐそこで拾ったのよ。使い勝手も良さそうだし、貰ってきちゃった」
「貰ってきた…って。誰かが落としただけかもしれないじゃないか」
苦無などと物騒な物を落としていく者などトラブルの予感しかないと、自身で口にしながら考える。
拾った場所に捨ててきなさいと、母親ならば叱るところだ。
「これを探しているっていうなら、いずれどこかで会う事になるかもね」
もう私のだけどねと、少女は悪戯っぽく笑うのだった。
消えゆく粒子の向こう側から姿を見せたのは、玲怏だった。
鵺だったものの残滓が消え去るのを待たずに直樹に歩み寄ると、その腕を軽く振って直樹を掴む手を残らず消し飛ばした。
「ああ、口惜しや、口惜しや……」
その言葉に引き寄せられるように、直樹と玲怏の視線がドッペル直樹へと向けられた。
ドッペル直樹は既に人の形をした影となっており、どんな表情をしているのか見て取る事はできない。
「あと少し…、あと、ほんの少しだったのにのぅ……」
その口調は先程までの軽いものではなく、しわがれた老人を想起させた。
地が出てしまっているのか、己という個を保てなくなっているのかは分からない。
「あぁ……かづきぃ……」
はっきりとしていた声も掻き消えそうに滲み、指の形さえ無くなってしまった手を香月に伸ばそうとする。
しかし、影は香月に届く前に薄くなり、消えた。
鵺のような余韻もなく、気配も何も残ってはいない。
「……終わったのかしら?」
玲怏の背後から、黒髪の少女が姿を見せた。
相方に任せてのんびりと歩いてきたといった様子だ。
「あぁ。たった今、終わったところだ」
玲怏の言葉に、直樹は大きく息を吐いた。
鵺と、ドッペルゲンガーと。
当事者でなければ。目の前で起きた事でなければ。今夜見たものはすべて悪い夢だったのだと、笑って済ませてしまいそうだ。
本当に、笑って済ませたい気分ではあった。
玲怏の足下に遺された、小さな頭蓋骨さえ見えていなければ――
「それじゃあ、帰りましょ。睡眠不足はお肌の敵だものね」
そのまま直樹の横を素通りした少女だったが、何かを思い出したように足を止めた。
「そうそう。明日にでも、神社までいらっしゃいな。
別に来なくても構わないけど、お互いに得る物のある話ができると思うのよ」
直樹の返答を待たず、少女は片手をひらひらと振って闇の中へと消えていった。
「…俺としては、来る事を勧めるがね」
玲怏は足下の頭蓋骨を拾い上げると、事も無げに握り潰した。
乾いた音を立てて骨は砕け、細かな破片も小さな破裂音を連続させながら砕けていった。
直樹は無言のまま香月の傍らに寄り、ゆっくりと抱き上げた。
「今日は疲れたろう。手を貸そうか?」
「…いや、大丈夫だ」
呟くように返し、直樹もまた帰路についた。
ゆっくりとその背が小さくなるのを見届け、玲怏もまた少女を追うように歩を進める。
「わざわざ声を掛けてあげるなんて、妙に優しいのね?」
街灯の届かぬ位置で、少女が黒髪を揺らしていた。
気配遮断も完璧に行えており、すぐ近くにいたとは直樹も気付いていないだろう。
「柄じゃないのは分かっているんだがな。今夜限りの共闘だとも限らんだろう?」
少女から視線を外し、玲怏は耳の裏を小さく掻いた。
玲怏が今夜だけでも直樹の評価を上げているのは、少女も理解していた。
興味の無さそうな顔色をしてこそいるが、仲間に引き入れたいと考えているだろう事も。
あえてそこまでは言葉にはしなかったが。
そうね、と少女が歩を進める。
その背を追おうとした玲怏は、少女の手にある一本の苦無に目が止まった。
「それは?」
少女が様々な武器の心得を持っている事は承知していたが、苦無を所持していたという記憶はない。
「これね、すぐそこで拾ったのよ。使い勝手も良さそうだし、貰ってきちゃった」
「貰ってきた…って。誰かが落としただけかもしれないじゃないか」
苦無などと物騒な物を落としていく者などトラブルの予感しかないと、自身で口にしながら考える。
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「これを探しているっていうなら、いずれどこかで会う事になるかもね」
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