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或いは夢のようなはじまり
62 末路
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【ふむ。意外と近くに居たか。あれも足止めくらいには使い道があったという事か】
地に縛られた直樹を見て取った鵺は、ニタリと口角を歪めた。
「おーおー、首だけで動くとは。執念深さというか、僕らにゃ想像もつかない世界だな」
呆れたような、感心したような溜め息を吐きながら、ドッペル直樹はそっと離れて香月へと歩み寄る。
鵺の目的が直樹である事は間違いない筈だが、ついでとばかりに襲われては堪らない。
今の鵺であれば撃退は出来るが、香月の安全を最優先とするのがこの場での正解だ。
「君みたいな特殊な経緯を持った人間ってのは、彼らからすると至上の御馳走みたいなものらしくてさ。排斥力との利害が一致してるってとこだね。
そこの首は死に損ないではあるけど君を喰らうぐらいは出来るだろうし、下手に抵抗しない方が苦しまずに逝けるんじゃないかな」
「………」
直樹は、ずりずりと近付いてくる鵺から目を離さない。耳に入ってくる軽い調子の言葉を聞き流している訳ではないが、言われるがままに鵺の餌食になるつもりはなかった。
(こいつはこう言っていた。『一時的にでも』と)
そして、強制力がさして強くない事も。
これは、直樹にかけられている拘束が時間経過で解けるのではないかと考えたのだ。
もちろんこれは都合の良い期待でしかないが、直樹は黙って喰われるだけの諦念に包まれてはいない。
【さて、お前を喰らう事によってどの程度の力を得られるものかな。あらたな力をこの身に落とし込む事ができれば、ここまでの苦労も報われるというものだが】
直樹は鵺の表情を読み取る事ができなかったが、人間であったならば、手の届くところにあるお宝を前に興奮に打ち震えている場面なのだろう。
つまり――
(見えていないんだな)
直樹を捕らえる手のいくつもがその白さを薄れさせ、消えかかっている事に。
注意深く観察する事を怠っていなければ、さっさと直樹に喰らいかかっていて然るべき場面なのだ。
頭部のみとなってしまったために、注意力が散漫になってしまっているのか。或いは、白い手がその力を失うまでの正確な時間を把握しているのかもしれない。
【それでは、いただくとしようか――】
世界の意思はともかく、運命の類は直樹を見捨ててはいなかったようだった。
「――こっちを、喰らっとけ!!」
左半身が解放された直樹の、狙い澄ました一撃が鵺を見舞った。
【――――――ッ!!!】
直樹としては拳を目に突っ込んでやりたいところだったが、時間差で貼り付いた右腕が解放に至らず、鼻先を叩くので精一杯だった。
抉り込むように放った拳は、それでも文字通りに鵺の鼻先を砕き想像以上の効果をを上げたものの、そこまでが限界のようだった。
【ぬうっ!! ぬぐっ! ふぬぬぬぬーーーッ!!】
激痛にのたうち回る鵺に弾かれるように押し倒された直樹は、またしても地面に拘束される事となってしまった。
【おのれッ! こうまで刃向かうかっ! こうなれば地獄の苦しみを味わわせながら喰らってやるぞッ!!】
両の目を潤ませながらも、そこには憤怒の炎が滾っていた。
「できるもんなら、やってみろ!」
負けじと鵺を睨み返す直樹ではあったが、さすがにここまでかという思いが過る。
鵺がどのようにして直樹を喰らうかはすぐに分かるのだろうが、頭からバクリとはいかないのだろう。
それならばそれで、片目くらいは潰してやろうと思わなくもない。
【まずは―――ッ!!】
手も足も出なくなった直樹に近付いた鵺は、天まで届けとばかりに顎を大きく開いた。
「―――!!」
「……、……ん?」
襲いくるであろう激痛に備えて歯を食いしばっていた直樹だったが、数秒経っても何も起こらない。
時間差を置いて油断した瞬間を狙うのだとしても、長すぎる間があった。
「…ちっ」
ドッペル直樹の舌打ちが合図となった。
直樹が目を開くと、鵺は大口を開けたまま固まっていた。
瞳は直樹に向けられてはいたが、狂気じみていた光は跡形もなく抜け落ち、ビー玉のような無機質な光沢を放つのみだった。
鵺は絶命していた。
その輪郭がぼやけるように崩れ、細かい粒子となって広がってゆく。
ひと呼吸遅れて鵺の中心部に大きな亀裂が入ると、ばくりと左右に割れて一気に崩れ落ちた。
質量がある筈の頭部が崩れる音は砂山のそれよりも優しく、それでいて儚く、猛威を振るったとは想像できないほどに美しかった。
地に縛られた直樹を見て取った鵺は、ニタリと口角を歪めた。
「おーおー、首だけで動くとは。執念深さというか、僕らにゃ想像もつかない世界だな」
呆れたような、感心したような溜め息を吐きながら、ドッペル直樹はそっと離れて香月へと歩み寄る。
鵺の目的が直樹である事は間違いない筈だが、ついでとばかりに襲われては堪らない。
今の鵺であれば撃退は出来るが、香月の安全を最優先とするのがこの場での正解だ。
「君みたいな特殊な経緯を持った人間ってのは、彼らからすると至上の御馳走みたいなものらしくてさ。排斥力との利害が一致してるってとこだね。
そこの首は死に損ないではあるけど君を喰らうぐらいは出来るだろうし、下手に抵抗しない方が苦しまずに逝けるんじゃないかな」
「………」
直樹は、ずりずりと近付いてくる鵺から目を離さない。耳に入ってくる軽い調子の言葉を聞き流している訳ではないが、言われるがままに鵺の餌食になるつもりはなかった。
(こいつはこう言っていた。『一時的にでも』と)
そして、強制力がさして強くない事も。
これは、直樹にかけられている拘束が時間経過で解けるのではないかと考えたのだ。
もちろんこれは都合の良い期待でしかないが、直樹は黙って喰われるだけの諦念に包まれてはいない。
【さて、お前を喰らう事によってどの程度の力を得られるものかな。あらたな力をこの身に落とし込む事ができれば、ここまでの苦労も報われるというものだが】
直樹は鵺の表情を読み取る事ができなかったが、人間であったならば、手の届くところにあるお宝を前に興奮に打ち震えている場面なのだろう。
つまり――
(見えていないんだな)
直樹を捕らえる手のいくつもがその白さを薄れさせ、消えかかっている事に。
注意深く観察する事を怠っていなければ、さっさと直樹に喰らいかかっていて然るべき場面なのだ。
頭部のみとなってしまったために、注意力が散漫になってしまっているのか。或いは、白い手がその力を失うまでの正確な時間を把握しているのかもしれない。
【それでは、いただくとしようか――】
世界の意思はともかく、運命の類は直樹を見捨ててはいなかったようだった。
「――こっちを、喰らっとけ!!」
左半身が解放された直樹の、狙い澄ました一撃が鵺を見舞った。
【――――――ッ!!!】
直樹としては拳を目に突っ込んでやりたいところだったが、時間差で貼り付いた右腕が解放に至らず、鼻先を叩くので精一杯だった。
抉り込むように放った拳は、それでも文字通りに鵺の鼻先を砕き想像以上の効果をを上げたものの、そこまでが限界のようだった。
【ぬうっ!! ぬぐっ! ふぬぬぬぬーーーッ!!】
激痛にのたうち回る鵺に弾かれるように押し倒された直樹は、またしても地面に拘束される事となってしまった。
【おのれッ! こうまで刃向かうかっ! こうなれば地獄の苦しみを味わわせながら喰らってやるぞッ!!】
両の目を潤ませながらも、そこには憤怒の炎が滾っていた。
「できるもんなら、やってみろ!」
負けじと鵺を睨み返す直樹ではあったが、さすがにここまでかという思いが過る。
鵺がどのようにして直樹を喰らうかはすぐに分かるのだろうが、頭からバクリとはいかないのだろう。
それならばそれで、片目くらいは潰してやろうと思わなくもない。
【まずは―――ッ!!】
手も足も出なくなった直樹に近付いた鵺は、天まで届けとばかりに顎を大きく開いた。
「―――!!」
「……、……ん?」
襲いくるであろう激痛に備えて歯を食いしばっていた直樹だったが、数秒経っても何も起こらない。
時間差を置いて油断した瞬間を狙うのだとしても、長すぎる間があった。
「…ちっ」
ドッペル直樹の舌打ちが合図となった。
直樹が目を開くと、鵺は大口を開けたまま固まっていた。
瞳は直樹に向けられてはいたが、狂気じみていた光は跡形もなく抜け落ち、ビー玉のような無機質な光沢を放つのみだった。
鵺は絶命していた。
その輪郭がぼやけるように崩れ、細かい粒子となって広がってゆく。
ひと呼吸遅れて鵺の中心部に大きな亀裂が入ると、ばくりと左右に割れて一気に崩れ落ちた。
質量がある筈の頭部が崩れる音は砂山のそれよりも優しく、それでいて儚く、猛威を振るったとは想像できないほどに美しかった。
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