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はじまり
010 渦中の男
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「おっ、加瀬が来たぞ!」
教室の扉を開けた二人を迎えたのは、その場にいるクラスメイト全員の視線だった。正確には、注視されているのは圭の方だが。
「ちょ、なんだぁ!?」
状況が呑み込めないまま、圭は瞬く間に20人からのクラスメイトに取り囲まれてしまっていた。
「例の事件現場、めっちゃ悲惨な事になってるんだって?」
「飛び下りた奴が加瀬に直撃したって本当か?」
「集団飛び下り、実は次期教祖の座を狙う陰謀だって?」
「っていうか、ここにいる加瀬君は幽霊なんかじゃないよね?」
矢継ぎ早に言葉を浴びせられ、圭はやっと理解した。この町に起きた、かつてない惨事に巻き込まれてしまった当事者の体験談を聞きたくて仕方がないのだ。
何処から漏れたのかは不明だが、ひとたび聞きつけられた噂はその真偽に関係なく多くの者の耳に届く事になってしまったようだ。
見れば、違うクラスの者も人だかりの中に紛れ込んでいるのが見て取れる。
「こらぁ! あんたたちぃ! 圭ちゃんから離れ……むぎゃ」
圭に群がる無遠慮な生徒達を散らそうと声を張り上げた眞尋だが、声ばかりか身体ごと人垣に呑み込まれてしまう。
(眞尋…っ!)
咄嗟に手を伸ばそうとした圭だったが、周囲の人間が一斉に自分に向かってくる圧力は想像以上に激しく、眞尋を救い出すどころか自身の立ち位置さえおぼつかない。
「お前ら…っ!」
声を荒げ、眼前の同級生を力ずくで押し退けようとした瞬間、喧噪に埋まる空気を裂くように何者かの手が打ち鳴らされた。
それは混沌とした教室の空気を一気に引き締め、その場に居合わせている者全ての動きを止めるに十分の効果を伴っていた。
「はいはい、興味本位で群がったりしない! 全員席に戻って!」
凛とした声が響き、圭を取り囲んでいた全員が毒気を抜かれたように一人また一人と離れてゆく。
そして最後に残されたのは圭と眞尋と、場を収拾した一人の女生徒。
「大丈夫だった、加瀬君?」
クラス委員長だった。
きちんとアイロンがかけられた制服、三つ編みにされた揺れる黒髪、広く晒された綺麗な額、細い銀縁眼鏡に彩られた端正な目元。
委員長というイメージを絵に描いたようなスタイルだが、野暮ったさはなく、精悍な印象を与えてくる。
たった今まで目の前に広がっていた騒ぎに呆れたような、それでいてどこか面白がっているような表情を浮かべていた。
「あ、ああ……助かったよ。ありがとう」
人の波に呑まれて尻もちをついていた眞尋に手を差し伸べながら、圭は改めて委員長に視線を向けた。
厳つい苗字で呼ばれる事を嫌うこの女生徒は、いつしか役職でもある『委員長』を愛称として皆から親しまれている。
折目正しくクラス委員長としての使命に燃える彼女ではあるが、過度に厳しい訳でもなく、クラスの中心人物として誰もが認めている存在である。
理想的なまでの委員長然とした姿に感銘を受けるのか、隠れファンクラブがあるとの噂がまことしやかに囁かれてもいる。
そんな噂はさておき、実を言えば圭は彼女が苦手だった。
特に親しいでもない相手を他の者と同じように愛称で呼ぶ事には照れにも似た抵抗があり、だからといって苗字で呼べば激怒する相手である。気軽に声を掛けられるような距離から離れていくのは無理からぬ流れといえた。
それに、雑談をしていれば自然と人が集まってくるような存在だ。
どちらかといえば地味な性格の圭は、馴染みにくい印象を抱いていた。
「まぁ、加瀬君が渦中の人だっていうのは事実みたいだしね。皆も悪気がある訳じゃないから許してあげてね」
腰に手を置き、さらりと周囲を一瞥する仕草も、華やかでありながらも気取った印象はない。
どこで身に付けたものなのか圭には知り得なかったが、そういったひとつひとつの所作が総じて彼女に視線を集めさせるのだろう。
「別に怒ったりなんてしてないよ」
圭は正直に言った。
突然の事に驚きこそしたが、周囲の人間の事件への関心が予想以上に高い事を知らされた思いだった。
「暫くは色々と注目も浴びて大変だろうけど、何かあれば力になるから。遠慮なく声を掛けてね」
三つ編みでなければその髪を優雅に揺らめかせただろう、流れるように踵を返し委員長は自分の席へと戻っていった。
(力になって貰わないといけないような事態にならないのが、望ましいんだけどな)
そう思う圭だったが、あえて言葉にするのは止めておく事にした。
せっかくの厚意を無碍にするのは褒められた行為ではなかったし、それ以上に、散ったとはいえ自分に向けられている多くの視線を恐れたからだった。
委員長のファンクラブというものが実在するならば、不用意な発言は無駄に敵を増やすだけだ。
「……ぶぅ」
言葉もなく着席する圭に倣うように眞尋もまた自分の席に向かったが、その表情はどうにも面白くなさそうだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一樹が堂々と登場したのは一時限目終了後の事だった。
暫くは例の女性相手に色々と話し掛けて頑張ってはみたものの、少し目を離した隙に姿を消してしまったという。
当然というか、ロクに会話も成立しなかったとの事で、名前を知るどころではなかったそうだ。
夢での事もあり、心のどこかで期待をしていた圭だったが、やはり縁の無い相手だったのだと思う事にして朝の出来事は忘れようと決めた。
教室の扉を開けた二人を迎えたのは、その場にいるクラスメイト全員の視線だった。正確には、注視されているのは圭の方だが。
「ちょ、なんだぁ!?」
状況が呑み込めないまま、圭は瞬く間に20人からのクラスメイトに取り囲まれてしまっていた。
「例の事件現場、めっちゃ悲惨な事になってるんだって?」
「飛び下りた奴が加瀬に直撃したって本当か?」
「集団飛び下り、実は次期教祖の座を狙う陰謀だって?」
「っていうか、ここにいる加瀬君は幽霊なんかじゃないよね?」
矢継ぎ早に言葉を浴びせられ、圭はやっと理解した。この町に起きた、かつてない惨事に巻き込まれてしまった当事者の体験談を聞きたくて仕方がないのだ。
何処から漏れたのかは不明だが、ひとたび聞きつけられた噂はその真偽に関係なく多くの者の耳に届く事になってしまったようだ。
見れば、違うクラスの者も人だかりの中に紛れ込んでいるのが見て取れる。
「こらぁ! あんたたちぃ! 圭ちゃんから離れ……むぎゃ」
圭に群がる無遠慮な生徒達を散らそうと声を張り上げた眞尋だが、声ばかりか身体ごと人垣に呑み込まれてしまう。
(眞尋…っ!)
咄嗟に手を伸ばそうとした圭だったが、周囲の人間が一斉に自分に向かってくる圧力は想像以上に激しく、眞尋を救い出すどころか自身の立ち位置さえおぼつかない。
「お前ら…っ!」
声を荒げ、眼前の同級生を力ずくで押し退けようとした瞬間、喧噪に埋まる空気を裂くように何者かの手が打ち鳴らされた。
それは混沌とした教室の空気を一気に引き締め、その場に居合わせている者全ての動きを止めるに十分の効果を伴っていた。
「はいはい、興味本位で群がったりしない! 全員席に戻って!」
凛とした声が響き、圭を取り囲んでいた全員が毒気を抜かれたように一人また一人と離れてゆく。
そして最後に残されたのは圭と眞尋と、場を収拾した一人の女生徒。
「大丈夫だった、加瀬君?」
クラス委員長だった。
きちんとアイロンがかけられた制服、三つ編みにされた揺れる黒髪、広く晒された綺麗な額、細い銀縁眼鏡に彩られた端正な目元。
委員長というイメージを絵に描いたようなスタイルだが、野暮ったさはなく、精悍な印象を与えてくる。
たった今まで目の前に広がっていた騒ぎに呆れたような、それでいてどこか面白がっているような表情を浮かべていた。
「あ、ああ……助かったよ。ありがとう」
人の波に呑まれて尻もちをついていた眞尋に手を差し伸べながら、圭は改めて委員長に視線を向けた。
厳つい苗字で呼ばれる事を嫌うこの女生徒は、いつしか役職でもある『委員長』を愛称として皆から親しまれている。
折目正しくクラス委員長としての使命に燃える彼女ではあるが、過度に厳しい訳でもなく、クラスの中心人物として誰もが認めている存在である。
理想的なまでの委員長然とした姿に感銘を受けるのか、隠れファンクラブがあるとの噂がまことしやかに囁かれてもいる。
そんな噂はさておき、実を言えば圭は彼女が苦手だった。
特に親しいでもない相手を他の者と同じように愛称で呼ぶ事には照れにも似た抵抗があり、だからといって苗字で呼べば激怒する相手である。気軽に声を掛けられるような距離から離れていくのは無理からぬ流れといえた。
それに、雑談をしていれば自然と人が集まってくるような存在だ。
どちらかといえば地味な性格の圭は、馴染みにくい印象を抱いていた。
「まぁ、加瀬君が渦中の人だっていうのは事実みたいだしね。皆も悪気がある訳じゃないから許してあげてね」
腰に手を置き、さらりと周囲を一瞥する仕草も、華やかでありながらも気取った印象はない。
どこで身に付けたものなのか圭には知り得なかったが、そういったひとつひとつの所作が総じて彼女に視線を集めさせるのだろう。
「別に怒ったりなんてしてないよ」
圭は正直に言った。
突然の事に驚きこそしたが、周囲の人間の事件への関心が予想以上に高い事を知らされた思いだった。
「暫くは色々と注目も浴びて大変だろうけど、何かあれば力になるから。遠慮なく声を掛けてね」
三つ編みでなければその髪を優雅に揺らめかせただろう、流れるように踵を返し委員長は自分の席へと戻っていった。
(力になって貰わないといけないような事態にならないのが、望ましいんだけどな)
そう思う圭だったが、あえて言葉にするのは止めておく事にした。
せっかくの厚意を無碍にするのは褒められた行為ではなかったし、それ以上に、散ったとはいえ自分に向けられている多くの視線を恐れたからだった。
委員長のファンクラブというものが実在するならば、不用意な発言は無駄に敵を増やすだけだ。
「……ぶぅ」
言葉もなく着席する圭に倣うように眞尋もまた自分の席に向かったが、その表情はどうにも面白くなさそうだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一樹が堂々と登場したのは一時限目終了後の事だった。
暫くは例の女性相手に色々と話し掛けて頑張ってはみたものの、少し目を離した隙に姿を消してしまったという。
当然というか、ロクに会話も成立しなかったとの事で、名前を知るどころではなかったそうだ。
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