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はじまり
020 デートのおわり
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「要さんのあの様子じゃ、あっちも二人きりでデート気分って事にはならなかったみたいね」
苦笑を浮かべ、いつまでも向けてくる眞尋の恨めしそうな視線をものともせずに穂は圭へと振り返る。
まさか一樹の言ったように愛の語らいを再開するつもりなのかと圭は身構えたが、穂の放つ雰囲気はそういったものとは違っていた。
「……本当は黙ったままでいようかと思ったんだけどね。要さんを見ていたら、ちゃんと言わないといけない気がして」
僅かにトーンを落としたその声は、まだ隠している事があると言外に語っており、圭の身体に緊張が走る。
これ以上、まだ何かあるというのか。
「実はね。今日デートに誘ったのは、千沙都姉さんに頼まれたっていうのもあるのよ」
圭の心に屋上で出会った非常勤講師の笑顔が浮かび、同時に僅かばかりの失望感が生まれた。
穂が圭を連れ出そうと張り切っていたのは、桂木千沙都に頼まれたから故のものだと。
そして『姉』という言葉を使ったという事は、二人は苗字こそ違えども血縁、あるいはかなり近しい関係にあるのだと窺える。
「でも、頼まれたっていうのはほんの切っ掛けに過ぎないのよ。圭くんとお近付きになりたかったっていう気持ちは本当よ?」
穂の弁解の言葉も、圭はどこまで信じて良いのか分からなかった。
千沙都からも圭を誘う言動があった以上、穂に対してそれなりに強く頼んできたのだろう。
昨日、今日と、あれほどまでに圭の関心を引こうとしていた穂の行動。
裏にそういった事情があると知れば、疑念が生まれるのも当然であった。
「圭くん……?」
表情を曇らせたままの圭はなんと反応を見せて良いのか分からず、穂の呼び掛けにも黙する事しかできなかった。
隠そうとしていた事を正直に打ち明けてくれた。
その点だけでも穂を信じるには足る材料の筈だが、一度生まれた疑念は圭の口を重くさせてしまう。
今この場で穂を赦す言葉を出せる程に、圭は人生経験を積んではいない。
そうしたい気持ちはあるのだが、それをどんな言葉で表せば良いのかが分からない。
「……その、彼女はどうして俺を?」
かろうじてそれだけを口にする。
穂個人の件を保留にするとしても、その穂を動かした張本人である千沙都の真意は知りたかった。
これはもう、緋美佳の知り合いだからなどという理由では納得できないレベルのものだ。
「…えぇと」
穂は言い淀んだ。
言いたくない事なのかとも思ったがそうではなく、どう説明するべきかと迷っている感じだ。
「……。私も、話の真偽は確かめていないんだけど……」
珍しく口篭もるような発言から察するに、とんでもなく非現実的な事を言い出すのではないかという予感がしたが、圭もこの数日だけで十分にそんな体験を繰り返している。
何を言われても動じない心構えはできているつもりであり、無言で頷き言葉の先を促した。
暫しの逡巡。
そして圭に向けられた瞳からは決意の色が窺えた。穂の形の良い唇がゆっくりと開かれる。
「――――」
しかし、圭の耳に穂の声は届かなかった。
おそらくは圭だけではなく、声を発した筈の穂本人でさえも聞き取る事はできなかっただろう。
何故なら、二人の耳に飛び込んできたのは甲高い悲鳴を上げるサイレンだったからだ。
「な…っ!?」
何が起きた?
圭は弾けるように席を立つが誰が答えてくれる筈もなく、近くの者達も同じように周囲を見渡す以外に何もできてはいない。
施設内のすべてのスピーカーから鳴り響くサイレンは、救急車よりも消防車よりも、明らかに人の意識に緊急事態を告げるだけの音量を伴っている。
仮に徹夜明けで深い眠りに落ちている者が居たとしても、確実に叩き起そうという強い意志がその音には込められていた。
サイレン自体はほんの数秒だったが、突然の事に思考を奪われた圭には数倍以上の長さに感じられた。
『緊急事態発生。緊急事態発生。侵蝕者が発生しました。
施設内にいる皆様は係員の指示に従って、速やかに最寄りの避難エリアへと移動してください。
これはアトラクションではありません。繰り返します。侵蝕者が――――』
そしてフェイドアウトしようとするサイレンに被せるように流れてきたアナウンスは、誰もが息を呑む事態を告げていた。
苦笑を浮かべ、いつまでも向けてくる眞尋の恨めしそうな視線をものともせずに穂は圭へと振り返る。
まさか一樹の言ったように愛の語らいを再開するつもりなのかと圭は身構えたが、穂の放つ雰囲気はそういったものとは違っていた。
「……本当は黙ったままでいようかと思ったんだけどね。要さんを見ていたら、ちゃんと言わないといけない気がして」
僅かにトーンを落としたその声は、まだ隠している事があると言外に語っており、圭の身体に緊張が走る。
これ以上、まだ何かあるというのか。
「実はね。今日デートに誘ったのは、千沙都姉さんに頼まれたっていうのもあるのよ」
圭の心に屋上で出会った非常勤講師の笑顔が浮かび、同時に僅かばかりの失望感が生まれた。
穂が圭を連れ出そうと張り切っていたのは、桂木千沙都に頼まれたから故のものだと。
そして『姉』という言葉を使ったという事は、二人は苗字こそ違えども血縁、あるいはかなり近しい関係にあるのだと窺える。
「でも、頼まれたっていうのはほんの切っ掛けに過ぎないのよ。圭くんとお近付きになりたかったっていう気持ちは本当よ?」
穂の弁解の言葉も、圭はどこまで信じて良いのか分からなかった。
千沙都からも圭を誘う言動があった以上、穂に対してそれなりに強く頼んできたのだろう。
昨日、今日と、あれほどまでに圭の関心を引こうとしていた穂の行動。
裏にそういった事情があると知れば、疑念が生まれるのも当然であった。
「圭くん……?」
表情を曇らせたままの圭はなんと反応を見せて良いのか分からず、穂の呼び掛けにも黙する事しかできなかった。
隠そうとしていた事を正直に打ち明けてくれた。
その点だけでも穂を信じるには足る材料の筈だが、一度生まれた疑念は圭の口を重くさせてしまう。
今この場で穂を赦す言葉を出せる程に、圭は人生経験を積んではいない。
そうしたい気持ちはあるのだが、それをどんな言葉で表せば良いのかが分からない。
「……その、彼女はどうして俺を?」
かろうじてそれだけを口にする。
穂個人の件を保留にするとしても、その穂を動かした張本人である千沙都の真意は知りたかった。
これはもう、緋美佳の知り合いだからなどという理由では納得できないレベルのものだ。
「…えぇと」
穂は言い淀んだ。
言いたくない事なのかとも思ったがそうではなく、どう説明するべきかと迷っている感じだ。
「……。私も、話の真偽は確かめていないんだけど……」
珍しく口篭もるような発言から察するに、とんでもなく非現実的な事を言い出すのではないかという予感がしたが、圭もこの数日だけで十分にそんな体験を繰り返している。
何を言われても動じない心構えはできているつもりであり、無言で頷き言葉の先を促した。
暫しの逡巡。
そして圭に向けられた瞳からは決意の色が窺えた。穂の形の良い唇がゆっくりと開かれる。
「――――」
しかし、圭の耳に穂の声は届かなかった。
おそらくは圭だけではなく、声を発した筈の穂本人でさえも聞き取る事はできなかっただろう。
何故なら、二人の耳に飛び込んできたのは甲高い悲鳴を上げるサイレンだったからだ。
「な…っ!?」
何が起きた?
圭は弾けるように席を立つが誰が答えてくれる筈もなく、近くの者達も同じように周囲を見渡す以外に何もできてはいない。
施設内のすべてのスピーカーから鳴り響くサイレンは、救急車よりも消防車よりも、明らかに人の意識に緊急事態を告げるだけの音量を伴っている。
仮に徹夜明けで深い眠りに落ちている者が居たとしても、確実に叩き起そうという強い意志がその音には込められていた。
サイレン自体はほんの数秒だったが、突然の事に思考を奪われた圭には数倍以上の長さに感じられた。
『緊急事態発生。緊急事態発生。侵蝕者が発生しました。
施設内にいる皆様は係員の指示に従って、速やかに最寄りの避難エリアへと移動してください。
これはアトラクションではありません。繰り返します。侵蝕者が――――』
そしてフェイドアウトしようとするサイレンに被せるように流れてきたアナウンスは、誰もが息を呑む事態を告げていた。
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