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はじまり
025 避難・4
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「どうしたよ。一人だけさっさと戻ってくるなんて」
避難エリアに辿り着いた眞尋を出迎えたのは、意外そうな顔をした一樹だった。
「……うん」
力ない歩みを止め、眞尋は生返事をする。
俯き加減の表情には、やるせなさと絶望感が色濃く滲んでいるようにも見える。
暫しの沈黙。
普段の姿からは想像もできない落ち込みようを前に、一樹は一瞬だけ視線を外す。
その先には、穂を横抱きにして駆けてくる圭の姿があった。
さすがに全力疾走という訳にもいかず、避難エリア到着には今少しの時間を要するだろう。
「なんか、自信なくしちゃったよ……」
断片的ではあるが、これまでの推移を見ていた一樹は大体の事情を察していた。
今日一日で想像以上の仲へと進展を見せている圭と穂の姿に、眞尋はショックを隠し切れないのだ。
無理もない、一樹もそう考える。
誰に憚る事なく好意を表し接してきた眞尋を差し置くようにして、それ以上の位置へと一足飛びに現われた委員長――穂という存在。
一樹らが二人を発見するまでにもそれなりにデートを楽しんでいただろう事に加え、たった今、この上ない危機的状況を乗り切ったのだ。
そこに居合わせた男女の結びつきを強くするという流れは想像に難くない。
映画であれば、このまま二人は結ばれてしまうのはお約束だ。
もちろん、そんな安易に結ばれた男女は永く続きはしないというのも同時に語られる事ではあるが、それは後々の話であり、当事者にとってみれば『今』こそが大事なのだ。
客観的に見て女性としての魅力は眞尋に分が悪いとはいえ、眞尋の熱愛ぶりがあまりに突出していたために対抗する者など出てくる筈がないという驕りもどこかにあったろう。
もっと突き放した言い方をしてしまえば、さっさと男女の関係に進展させられなかった眞尋に敗因があるという事になってしまうが、一樹はこの小柄な少女をこそ応援したいと思っていた。
(しかしなぁ……)
眞尋の気持ちが切り替わらなければ、巻き返せるものも巻き返せない。
元気印がトレードマークだった眞尋をここまで落ち込ませる程に、今日一日の間に起きた出来事は濃密であったという事だ。
「ほら、アレだ。吊り橋効果って奴だろ。圭だって男なんだし、その時に目の前にいた女にちょっと欲情しちまったってだけさ」
もっと上手い説明は出来ないものかと、一樹は自身を叱責した。
男目線で端的な表現をすれば確かにそうなるのだが、そんな理屈が果たして傷心の眞尋に通じたものか。
「ここに居ると暗い顔を圭に見せる事になるぞ。少し奥に隠れてた方がいいかもな」
どちらかと言えば、必要以上に密着している二人の姿を眞尋に見せ続けてはいけないと感じていた。
そうなれば、立ち直れない程に打ちのめされてしまう可能性すらある。
ここは眞尋を隠した上で、見えぬ姿に意識を向けさせるように圭に働きかけた方が良いだろう。
「うん、そうするよ…」
一樹の勧めるままに人混みの中へと消えてゆく眞尋。
避難エリアはシティ内に6つ存在する。
このエリアが特に人の集まりやすい場所だという事はないだろうが、少なくはない人数が敷地内に集中しているのだ。一旦隠れてしまえば、そうそう見つけだす事もできないだろう。
(さてと…)
間もなく到着するだろう二人を見遣り、思考を再開する。
ここはやはり、体よく二人を引き離す事から始めるべきか。
侵蝕者に囲まれている間は難しいだろうが、怪我人の移送を一刻も早く行うように避難エリアの責任者に掛け合ってみよう。
圭に眞尋を探しに行かせ、自分が穂に付き添うような形にもっていければこの場での展開としては最上なのだが。
(そうとも。非公認ファンクラブの利潤を追求したいとかじゃなく、純粋に友人の恋の手伝いがしたいだけなんだぜ?)
心の中で誰にともなく言い聞かせる一樹の口元に、隠し切れない笑みが浮かぶ。
そして避難エリアの責任者を探しに向かう足取りも、どこか楽しげにステップを刻んでいた。
『「底上げ」を始めるぞ! 今度はヘマするんじゃねえぞ!!』
圭達が避難エリアの境界内に踏み込んだ事を確認した警備主任が檄を飛ばした。
先の重火器誤射による人的被害拡大は免れたものの、全ての電熱柵はその本来の機能を停止していた。
これにより『底上げ』と警備員らに称される機能が避難エリア内の人間の命を守る最後の砦となる。
足の裏に生じた地鳴りに機械的なものを感じ、圭は足を止めて振り返った。
いくつものモーターと機械式ジャッキが一斉に唸りを上げ、避難エリアを震わせていた。
騒いでいた客も全身を揺り動かされ、次第に言葉少なになってゆく。
「…すごい」
ほんの少し前まで自分達が立っていた地が遠のく様を見て穂は呟き、圭も息を呑んでその光景を見守っていた。
無数の頑強な支柱に担ぎ上げられ、直径50メートルを超す避難エリア中心部が浮いてゆく姿は壮観の一言だ。
やがて揺れは収束し、地上7メートルの位置で『浮島』と化した避難エリア。
これは侵蝕者の特性を考えれば絶対的とも言える防御策であり、あとは哨戒部隊なり、その本隊によって侵蝕者が一掃されるのを待つだけだ。
「助かった…のか」
やっと安心できると感じた圭の四肢から力が抜けて尻をついた。
腕の力で支え切れなくなった穂の身体が腹部に伸し掛かってきたが、今はその重さこそが生きている証だと実感させてくれた。
「お疲れ様、圭くん」
無傷の片足を器用に動かして圭の上から降りると、穂は肩を寄せ合うようにして隣に座る。
強い興奮状態のせいか、骨折したと思われる足首の痛みが薄いのは嬉しい限りだ。
改めて下方に目を向ければ地は遠く、ここでもまた人類の技術の集大成の一端を見た思いがした。
そして、眼前の状況を理解出来ていないのか、愚直なまでに前進を続ける侵蝕者の群れ。
その数も時間と共に膨れ上がってはいたが、そのすべてを潰して山を築いたとしても、避難エリアの床下にさえ届かないに違いない。
避難エリアに辿り着いた眞尋を出迎えたのは、意外そうな顔をした一樹だった。
「……うん」
力ない歩みを止め、眞尋は生返事をする。
俯き加減の表情には、やるせなさと絶望感が色濃く滲んでいるようにも見える。
暫しの沈黙。
普段の姿からは想像もできない落ち込みようを前に、一樹は一瞬だけ視線を外す。
その先には、穂を横抱きにして駆けてくる圭の姿があった。
さすがに全力疾走という訳にもいかず、避難エリア到着には今少しの時間を要するだろう。
「なんか、自信なくしちゃったよ……」
断片的ではあるが、これまでの推移を見ていた一樹は大体の事情を察していた。
今日一日で想像以上の仲へと進展を見せている圭と穂の姿に、眞尋はショックを隠し切れないのだ。
無理もない、一樹もそう考える。
誰に憚る事なく好意を表し接してきた眞尋を差し置くようにして、それ以上の位置へと一足飛びに現われた委員長――穂という存在。
一樹らが二人を発見するまでにもそれなりにデートを楽しんでいただろう事に加え、たった今、この上ない危機的状況を乗り切ったのだ。
そこに居合わせた男女の結びつきを強くするという流れは想像に難くない。
映画であれば、このまま二人は結ばれてしまうのはお約束だ。
もちろん、そんな安易に結ばれた男女は永く続きはしないというのも同時に語られる事ではあるが、それは後々の話であり、当事者にとってみれば『今』こそが大事なのだ。
客観的に見て女性としての魅力は眞尋に分が悪いとはいえ、眞尋の熱愛ぶりがあまりに突出していたために対抗する者など出てくる筈がないという驕りもどこかにあったろう。
もっと突き放した言い方をしてしまえば、さっさと男女の関係に進展させられなかった眞尋に敗因があるという事になってしまうが、一樹はこの小柄な少女をこそ応援したいと思っていた。
(しかしなぁ……)
眞尋の気持ちが切り替わらなければ、巻き返せるものも巻き返せない。
元気印がトレードマークだった眞尋をここまで落ち込ませる程に、今日一日の間に起きた出来事は濃密であったという事だ。
「ほら、アレだ。吊り橋効果って奴だろ。圭だって男なんだし、その時に目の前にいた女にちょっと欲情しちまったってだけさ」
もっと上手い説明は出来ないものかと、一樹は自身を叱責した。
男目線で端的な表現をすれば確かにそうなるのだが、そんな理屈が果たして傷心の眞尋に通じたものか。
「ここに居ると暗い顔を圭に見せる事になるぞ。少し奥に隠れてた方がいいかもな」
どちらかと言えば、必要以上に密着している二人の姿を眞尋に見せ続けてはいけないと感じていた。
そうなれば、立ち直れない程に打ちのめされてしまう可能性すらある。
ここは眞尋を隠した上で、見えぬ姿に意識を向けさせるように圭に働きかけた方が良いだろう。
「うん、そうするよ…」
一樹の勧めるままに人混みの中へと消えてゆく眞尋。
避難エリアはシティ内に6つ存在する。
このエリアが特に人の集まりやすい場所だという事はないだろうが、少なくはない人数が敷地内に集中しているのだ。一旦隠れてしまえば、そうそう見つけだす事もできないだろう。
(さてと…)
間もなく到着するだろう二人を見遣り、思考を再開する。
ここはやはり、体よく二人を引き離す事から始めるべきか。
侵蝕者に囲まれている間は難しいだろうが、怪我人の移送を一刻も早く行うように避難エリアの責任者に掛け合ってみよう。
圭に眞尋を探しに行かせ、自分が穂に付き添うような形にもっていければこの場での展開としては最上なのだが。
(そうとも。非公認ファンクラブの利潤を追求したいとかじゃなく、純粋に友人の恋の手伝いがしたいだけなんだぜ?)
心の中で誰にともなく言い聞かせる一樹の口元に、隠し切れない笑みが浮かぶ。
そして避難エリアの責任者を探しに向かう足取りも、どこか楽しげにステップを刻んでいた。
『「底上げ」を始めるぞ! 今度はヘマするんじゃねえぞ!!』
圭達が避難エリアの境界内に踏み込んだ事を確認した警備主任が檄を飛ばした。
先の重火器誤射による人的被害拡大は免れたものの、全ての電熱柵はその本来の機能を停止していた。
これにより『底上げ』と警備員らに称される機能が避難エリア内の人間の命を守る最後の砦となる。
足の裏に生じた地鳴りに機械的なものを感じ、圭は足を止めて振り返った。
いくつものモーターと機械式ジャッキが一斉に唸りを上げ、避難エリアを震わせていた。
騒いでいた客も全身を揺り動かされ、次第に言葉少なになってゆく。
「…すごい」
ほんの少し前まで自分達が立っていた地が遠のく様を見て穂は呟き、圭も息を呑んでその光景を見守っていた。
無数の頑強な支柱に担ぎ上げられ、直径50メートルを超す避難エリア中心部が浮いてゆく姿は壮観の一言だ。
やがて揺れは収束し、地上7メートルの位置で『浮島』と化した避難エリア。
これは侵蝕者の特性を考えれば絶対的とも言える防御策であり、あとは哨戒部隊なり、その本隊によって侵蝕者が一掃されるのを待つだけだ。
「助かった…のか」
やっと安心できると感じた圭の四肢から力が抜けて尻をついた。
腕の力で支え切れなくなった穂の身体が腹部に伸し掛かってきたが、今はその重さこそが生きている証だと実感させてくれた。
「お疲れ様、圭くん」
無傷の片足を器用に動かして圭の上から降りると、穂は肩を寄せ合うようにして隣に座る。
強い興奮状態のせいか、骨折したと思われる足首の痛みが薄いのは嬉しい限りだ。
改めて下方に目を向ければ地は遠く、ここでもまた人類の技術の集大成の一端を見た思いがした。
そして、眼前の状況を理解出来ていないのか、愚直なまでに前進を続ける侵蝕者の群れ。
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