めぐり、つむぎ

竜田彦十郎

文字の大きさ
26 / 72
はじまり

026 二人の退魔師

しおりを挟む
「てやあああっ!」

 突如、凛とした咆哮が空気を震わせた。
 数体の侵蝕者が形を崩し、そのまま再生する事もなく土塊へと還った。

 その声を聞きつけた避難エリアの外周近くに居た者達は、一体何事かと声の主を探した。
 目敏い者が我先にと指を差し、その位置が明らかにされる。
 緋色の袴と白い袖が夕闇に踊っていた。
 次々と侵蝕者を打ち崩す、代表的な退魔師の装束を目にした人々の間から期待と称賛に満ちた声が上がった。

 歓声に後押しされた訳ではないだろうが、退魔師に助力するかのように次々と照明が点灯する。
 イベント時のギガンティックシティを不夜城にするだけの総光量である。たちまち避難エリア一帯は真昼の如き視界を得た。
 当の退魔師はその眩しさに僅かに目を細めたが、すぐさま目を見開くと次なる敵へと矛先を向ける。

「…緋美姉!?」

 艶やかな黒髪が装束の裾よりも大きく靡く姿を見て、圭はその名を呟いた。
 もちろん、緋美佳が退魔師である事は周知の事実だ。
 その年代では他の追随を許さない程に、稀有な才能に恵まれているという事も。
 生まれながらに背負った使命に臆する事なく立ち向かう緋美佳自身の姿勢もまた、その能力を際限なく伸ばしている。

 その緋美佳が地を蹴り、宙を舞い、次々と侵蝕者を打ち伏せてゆく姿は力強さ以上に美しく、見る者すべてを魅了した。
 しかしそんな緋美佳を前に、圭は初めて出会った者を見るような思いを抱いてしまう。
 敵と相対したその凛々しさは、まるで命が輝くかのように美しく。だが同時に、いつ掻き消えるやもしれない儚さを感じさせたからだ。

 日常では見せる事のない決死の覚悟。自分の立つその場が死地であると理解する者のみが持ち得る眼光。
 目の前の年若い退魔師はそういった覚悟をも呑み込んだ上で戦っているのだ。

 そこに圭の知っている姉代わりでもある緋美佳という女性は存在しない。
 在るのはただ死の運命さえも厭わない一人の退魔師だ。

 逆手に構えた左手の短刀が照明を反射させて幾重にも煌めき、人間を脅かす存在である筈の侵蝕者があっけなく崩れ落ちてゆく。
 まるで魂を抜かれでもしたかのように、人の形を失した土塊は二度と立ち上がる事はない。

 手の届かなくなった無力な人間達を追うよりも先に排除すべき存在を察知したのだろう。
 避難エリアを中心に集まっていた侵蝕者の群れは、一斉に緋美佳へとその腕を向けた。
 それまでは背後より迫り、危なげなく侵蝕者排除を遂行していた緋美佳だが、侵蝕者の標的が自分に集中してしまってはそう簡単にもいかなくなるだろう。
 加えて、戦っている間にも侵蝕者はその数を増やし続け、今や100体近い数が照明の下に晒されている。
 このままのペースで戦闘が続けば、増援の到着を待たずして緋美佳の体力が尽きてしまう事も考えられる。

 心配半分に緋美佳の動きを追う圭だったが、別の一角に動きが生まれたのを視界の隅に捉えた。
 それが人間であれば何事かと振り返るものだが、そういった反射行動のない侵蝕者は背後からの攻撃に、一体、また一体と土に還されてゆくのみだった。

「ほいほい……ほほいっと、ね」

 微妙に緊張感の抜けた声に誘われるように、侵蝕者が次々と崩されてゆく。

「姉さん…!」

 穂の声を受け、圭は目を凝らしてみる。
 そこには学校で見たままのスーツ姿に外套マントを着用した千沙都を認める事ができた。

 左手に退魔符の束を携え、右手に構えた鞭を振るっては数体の侵蝕者をまとめて刻んでゆく。
 一回の攻撃を耐える侵蝕者もいたが、二度三度と攻撃を受けるうちに口惜しそうに崩れ落ちてゆく。
 昨日会ったばかりの顔を見間違えよう筈もなかったが、その表情はやはり戦う者特有の精彩を放っている。

 強いて緋美佳との違いを挙げるならば、口元に微かな笑みを作っている事だろうか。
 それが意図してのものなのかは圭には判別できなかったが、緋美佳にはない余裕のようなものを感じさせていた。

「はいはい、邪魔しないでねぇ」

 鞭を大胆に操り侵蝕者を蹴散らしながら、千沙都は緋美佳が舞う位置に向けて突き進んでゆく。
 全ての侵蝕者が緋美佳に向いていた事もあり、呆気ないほどに早く二人は合流を果たした。

「やっほー、鴫澤さん。待たせちゃったかしら?」

 努めて軽い調子の千沙都に対し、緋美佳は無言で会釈をしたのみだった。
 緋美佳とは対照的とも言える態度の千沙都だが、どのような性格の人物か圭は知らない。
 対侵蝕者における一線級の退魔師である事は知っていたし、聞こえてくる活躍も華々しいものばかりだが、僅かばかり会話を交わした際に見た表情は果たして千沙都の素顔だったのだろうか。

「さぁて、ちゃっちゃと片付けないとね」

 鞭をゆったりとしならせながら、千沙都は一瞬だけ避難エリアの方向……圭へと視線を向けた。
 それは知人が侵蝕者の脅威に晒されている状況を憂いているというよりも、なにかを期待しているかのような色を帯びている。

「…千沙都さん」

 千沙都の視線の意味に気付いたのだろう。緋美佳が非難めいた声を掛ける。

「んもぅ。そんなに怒った顔をされたって、私にはどうしようもないんだからぁ」

 苦笑を漏らしつつ、千沙都は大きく鞭を振りかぶった。
 同時に緋美佳が低い姿勢で駆ける。

 千沙都の鞭が敵の集団を撹乱し、その間隙を縫うように緋美佳が刃を振るうのが二人のチームとしての戦い方だった。
 連携を取るばかりでなく、状況に応じて距離を開けては互いに暴力的なまでの戦闘力を解放する。
 そうして緩急をつける事によって相手のペースを惑わし、常に有利な状態を保つのだ。

(だけどなぁ……)

 千沙都は心の中でひとり呟く。
 叉葉山ギガンティックシティは海上に造られた、事実上の孤島である。
 侵蝕者対策も兼ねての海上建造だった筈だが、それが逆に足を引っ張る結果となってしまっている。
 援軍はいずれ来るに違いないが、航空輸送機でも使わない限り、急激な戦力増強は期待できそうにない。

 今日はこれまでにないシビアな戦いになりそうな予感がする。
 だが、それはいつもの事ではないか。
 命を賭した戦いに予定調和など存在しない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...