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はじまり
026 二人の退魔師
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「てやあああっ!」
突如、凛とした咆哮が空気を震わせた。
数体の侵蝕者が形を崩し、そのまま再生する事もなく土塊へと還った。
その声を聞きつけた避難エリアの外周近くに居た者達は、一体何事かと声の主を探した。
目敏い者が我先にと指を差し、その位置が明らかにされる。
緋色の袴と白い袖が夕闇に踊っていた。
次々と侵蝕者を打ち崩す、代表的な退魔師の装束を目にした人々の間から期待と称賛に満ちた声が上がった。
歓声に後押しされた訳ではないだろうが、退魔師に助力するかのように次々と照明が点灯する。
イベント時のギガンティックシティを不夜城にするだけの総光量である。たちまち避難エリア一帯は真昼の如き視界を得た。
当の退魔師はその眩しさに僅かに目を細めたが、すぐさま目を見開くと次なる敵へと矛先を向ける。
「…緋美姉!?」
艶やかな黒髪が装束の裾よりも大きく靡く姿を見て、圭はその名を呟いた。
もちろん、緋美佳が退魔師である事は周知の事実だ。
その年代では他の追随を許さない程に、稀有な才能に恵まれているという事も。
生まれながらに背負った使命に臆する事なく立ち向かう緋美佳自身の姿勢もまた、その能力を際限なく伸ばしている。
その緋美佳が地を蹴り、宙を舞い、次々と侵蝕者を打ち伏せてゆく姿は力強さ以上に美しく、見る者すべてを魅了した。
しかしそんな緋美佳を前に、圭は初めて出会った者を見るような思いを抱いてしまう。
敵と相対したその凛々しさは、まるで命が輝くかのように美しく。だが同時に、いつ掻き消えるやもしれない儚さを感じさせたからだ。
日常では見せる事のない決死の覚悟。自分の立つその場が死地であると理解する者のみが持ち得る眼光。
目の前の年若い退魔師はそういった覚悟をも呑み込んだ上で戦っているのだ。
そこに圭の知っている姉代わりでもある緋美佳という女性は存在しない。
在るのはただ死の運命さえも厭わない一人の退魔師だ。
逆手に構えた左手の短刀が照明を反射させて幾重にも煌めき、人間を脅かす存在である筈の侵蝕者があっけなく崩れ落ちてゆく。
まるで魂を抜かれでもしたかのように、人の形を失した土塊は二度と立ち上がる事はない。
手の届かなくなった無力な人間達を追うよりも先に排除すべき存在を察知したのだろう。
避難エリアを中心に集まっていた侵蝕者の群れは、一斉に緋美佳へとその腕を向けた。
それまでは背後より迫り、危なげなく侵蝕者排除を遂行していた緋美佳だが、侵蝕者の標的が自分に集中してしまってはそう簡単にもいかなくなるだろう。
加えて、戦っている間にも侵蝕者はその数を増やし続け、今や100体近い数が照明の下に晒されている。
このままのペースで戦闘が続けば、増援の到着を待たずして緋美佳の体力が尽きてしまう事も考えられる。
心配半分に緋美佳の動きを追う圭だったが、別の一角に動きが生まれたのを視界の隅に捉えた。
それが人間であれば何事かと振り返るものだが、そういった反射行動のない侵蝕者は背後からの攻撃に、一体、また一体と土に還されてゆくのみだった。
「ほいほい……ほほいっと、ね」
微妙に緊張感の抜けた声に誘われるように、侵蝕者が次々と崩されてゆく。
「姉さん…!」
穂の声を受け、圭は目を凝らしてみる。
そこには学校で見たままのスーツ姿に外套を着用した千沙都を認める事ができた。
左手に退魔符の束を携え、右手に構えた鞭を振るっては数体の侵蝕者をまとめて刻んでゆく。
一回の攻撃を耐える侵蝕者もいたが、二度三度と攻撃を受けるうちに口惜しそうに崩れ落ちてゆく。
昨日会ったばかりの顔を見間違えよう筈もなかったが、その表情はやはり戦う者特有の精彩を放っている。
強いて緋美佳との違いを挙げるならば、口元に微かな笑みを作っている事だろうか。
それが意図してのものなのかは圭には判別できなかったが、緋美佳にはない余裕のようなものを感じさせていた。
「はいはい、邪魔しないでねぇ」
鞭を大胆に操り侵蝕者を蹴散らしながら、千沙都は緋美佳が舞う位置に向けて突き進んでゆく。
全ての侵蝕者が緋美佳に向いていた事もあり、呆気ないほどに早く二人は合流を果たした。
「やっほー、鴫澤さん。待たせちゃったかしら?」
努めて軽い調子の千沙都に対し、緋美佳は無言で会釈をしたのみだった。
緋美佳とは対照的とも言える態度の千沙都だが、どのような性格の人物か圭は知らない。
対侵蝕者における一線級の退魔師である事は知っていたし、聞こえてくる活躍も華々しいものばかりだが、僅かばかり会話を交わした際に見た表情は果たして千沙都の素顔だったのだろうか。
「さぁて、ちゃっちゃと片付けないとね」
鞭をゆったりと撓らせながら、千沙都は一瞬だけ避難エリアの方向……圭へと視線を向けた。
それは知人が侵蝕者の脅威に晒されている状況を憂いているというよりも、なにかを期待しているかのような色を帯びている。
「…千沙都さん」
千沙都の視線の意味に気付いたのだろう。緋美佳が非難めいた声を掛ける。
「んもぅ。そんなに怒った顔をされたって、私にはどうしようもないんだからぁ」
苦笑を漏らしつつ、千沙都は大きく鞭を振りかぶった。
同時に緋美佳が低い姿勢で駆ける。
千沙都の鞭が敵の集団を撹乱し、その間隙を縫うように緋美佳が刃を振るうのが二人のチームとしての戦い方だった。
連携を取るばかりでなく、状況に応じて距離を開けては互いに暴力的なまでの戦闘力を解放する。
そうして緩急をつける事によって相手のペースを惑わし、常に有利な状態を保つのだ。
(だけどなぁ……)
千沙都は心の中でひとり呟く。
叉葉山ギガンティックシティは海上に造られた、事実上の孤島である。
侵蝕者対策も兼ねての海上建造だった筈だが、それが逆に足を引っ張る結果となってしまっている。
援軍はいずれ来るに違いないが、航空輸送機でも使わない限り、急激な戦力増強は期待できそうにない。
今日はこれまでにないシビアな戦いになりそうな予感がする。
だが、それはいつもの事ではないか。
命を賭した戦いに予定調和など存在しない。
突如、凛とした咆哮が空気を震わせた。
数体の侵蝕者が形を崩し、そのまま再生する事もなく土塊へと還った。
その声を聞きつけた避難エリアの外周近くに居た者達は、一体何事かと声の主を探した。
目敏い者が我先にと指を差し、その位置が明らかにされる。
緋色の袴と白い袖が夕闇に踊っていた。
次々と侵蝕者を打ち崩す、代表的な退魔師の装束を目にした人々の間から期待と称賛に満ちた声が上がった。
歓声に後押しされた訳ではないだろうが、退魔師に助力するかのように次々と照明が点灯する。
イベント時のギガンティックシティを不夜城にするだけの総光量である。たちまち避難エリア一帯は真昼の如き視界を得た。
当の退魔師はその眩しさに僅かに目を細めたが、すぐさま目を見開くと次なる敵へと矛先を向ける。
「…緋美姉!?」
艶やかな黒髪が装束の裾よりも大きく靡く姿を見て、圭はその名を呟いた。
もちろん、緋美佳が退魔師である事は周知の事実だ。
その年代では他の追随を許さない程に、稀有な才能に恵まれているという事も。
生まれながらに背負った使命に臆する事なく立ち向かう緋美佳自身の姿勢もまた、その能力を際限なく伸ばしている。
その緋美佳が地を蹴り、宙を舞い、次々と侵蝕者を打ち伏せてゆく姿は力強さ以上に美しく、見る者すべてを魅了した。
しかしそんな緋美佳を前に、圭は初めて出会った者を見るような思いを抱いてしまう。
敵と相対したその凛々しさは、まるで命が輝くかのように美しく。だが同時に、いつ掻き消えるやもしれない儚さを感じさせたからだ。
日常では見せる事のない決死の覚悟。自分の立つその場が死地であると理解する者のみが持ち得る眼光。
目の前の年若い退魔師はそういった覚悟をも呑み込んだ上で戦っているのだ。
そこに圭の知っている姉代わりでもある緋美佳という女性は存在しない。
在るのはただ死の運命さえも厭わない一人の退魔師だ。
逆手に構えた左手の短刀が照明を反射させて幾重にも煌めき、人間を脅かす存在である筈の侵蝕者があっけなく崩れ落ちてゆく。
まるで魂を抜かれでもしたかのように、人の形を失した土塊は二度と立ち上がる事はない。
手の届かなくなった無力な人間達を追うよりも先に排除すべき存在を察知したのだろう。
避難エリアを中心に集まっていた侵蝕者の群れは、一斉に緋美佳へとその腕を向けた。
それまでは背後より迫り、危なげなく侵蝕者排除を遂行していた緋美佳だが、侵蝕者の標的が自分に集中してしまってはそう簡単にもいかなくなるだろう。
加えて、戦っている間にも侵蝕者はその数を増やし続け、今や100体近い数が照明の下に晒されている。
このままのペースで戦闘が続けば、増援の到着を待たずして緋美佳の体力が尽きてしまう事も考えられる。
心配半分に緋美佳の動きを追う圭だったが、別の一角に動きが生まれたのを視界の隅に捉えた。
それが人間であれば何事かと振り返るものだが、そういった反射行動のない侵蝕者は背後からの攻撃に、一体、また一体と土に還されてゆくのみだった。
「ほいほい……ほほいっと、ね」
微妙に緊張感の抜けた声に誘われるように、侵蝕者が次々と崩されてゆく。
「姉さん…!」
穂の声を受け、圭は目を凝らしてみる。
そこには学校で見たままのスーツ姿に外套を着用した千沙都を認める事ができた。
左手に退魔符の束を携え、右手に構えた鞭を振るっては数体の侵蝕者をまとめて刻んでゆく。
一回の攻撃を耐える侵蝕者もいたが、二度三度と攻撃を受けるうちに口惜しそうに崩れ落ちてゆく。
昨日会ったばかりの顔を見間違えよう筈もなかったが、その表情はやはり戦う者特有の精彩を放っている。
強いて緋美佳との違いを挙げるならば、口元に微かな笑みを作っている事だろうか。
それが意図してのものなのかは圭には判別できなかったが、緋美佳にはない余裕のようなものを感じさせていた。
「はいはい、邪魔しないでねぇ」
鞭を大胆に操り侵蝕者を蹴散らしながら、千沙都は緋美佳が舞う位置に向けて突き進んでゆく。
全ての侵蝕者が緋美佳に向いていた事もあり、呆気ないほどに早く二人は合流を果たした。
「やっほー、鴫澤さん。待たせちゃったかしら?」
努めて軽い調子の千沙都に対し、緋美佳は無言で会釈をしたのみだった。
緋美佳とは対照的とも言える態度の千沙都だが、どのような性格の人物か圭は知らない。
対侵蝕者における一線級の退魔師である事は知っていたし、聞こえてくる活躍も華々しいものばかりだが、僅かばかり会話を交わした際に見た表情は果たして千沙都の素顔だったのだろうか。
「さぁて、ちゃっちゃと片付けないとね」
鞭をゆったりと撓らせながら、千沙都は一瞬だけ避難エリアの方向……圭へと視線を向けた。
それは知人が侵蝕者の脅威に晒されている状況を憂いているというよりも、なにかを期待しているかのような色を帯びている。
「…千沙都さん」
千沙都の視線の意味に気付いたのだろう。緋美佳が非難めいた声を掛ける。
「んもぅ。そんなに怒った顔をされたって、私にはどうしようもないんだからぁ」
苦笑を漏らしつつ、千沙都は大きく鞭を振りかぶった。
同時に緋美佳が低い姿勢で駆ける。
千沙都の鞭が敵の集団を撹乱し、その間隙を縫うように緋美佳が刃を振るうのが二人のチームとしての戦い方だった。
連携を取るばかりでなく、状況に応じて距離を開けては互いに暴力的なまでの戦闘力を解放する。
そうして緩急をつける事によって相手のペースを惑わし、常に有利な状態を保つのだ。
(だけどなぁ……)
千沙都は心の中でひとり呟く。
叉葉山ギガンティックシティは海上に造られた、事実上の孤島である。
侵蝕者対策も兼ねての海上建造だった筈だが、それが逆に足を引っ張る結果となってしまっている。
援軍はいずれ来るに違いないが、航空輸送機でも使わない限り、急激な戦力増強は期待できそうにない。
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