めぐり、つむぎ

竜田彦十郎

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はじまり

035 ザナルスィバの基礎知識

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 圭は校舎裏を起点として、校庭の外周を黙々と走ってゆく。
 校庭中央では、隣のクラスを含めた男子クラスメイトが通常通りに体育授業を行っている。
 意図的に足を運ばない限り、校舎裏の特訓は誰に見られる事もないだろう。

 例の事件で負ってしまった後遺症のリハビリの一環として『地道な走り込みが有効』という診断書が発行され、そのためにクラスメイトとの別行動が可能となっている圭である。
 走り込みがどうリハビリに繋がるのか、まったくもって意味不明だ。
 だが、事情を知らされない者への説明がそうなっている以上、そういう体で進める他ない。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


『ザナルスィバというのは、幾多の知識を抱えた寄生体……という認識がされているわね』

 緋美佳が去った後に行われた会話が圭の脳裏に蘇る。

 これまでに判明しているザナルスィバについての説明であり、今現在の圭が認識している状態の確認も含めてのものだ。
 寄生という言葉に一瞬嫌悪感を覚えたが、事実関係としては概ね間違ってはいないのだろう。
 圭は無言で頷いたが、先代のザナルスィバである大宇宙昂と会話をしている事は伏せておいた方が良いような気がした。

『寄生体が何を求めているのかは不明だけれど、宿主となった者に対し、それまで蓄積された知識を自由に使わせる事を許しているわね』

 これにも頷く。
 もっとも、数百年を――或いは千年すらも越して得てきた膨大な量の知識である。
 それだけの量を個人の脳で扱える筈もなく、必要に応じて小出しにする使い方になってしまうのは当然だろう。
 だが、それではどんな知識を有しているのか宿主である圭にも分からないという、非常に扱い難いものになってしまっている。

 必要な時に必要な知識が引き出せるのかどうか、或いは本当にその知識を持っているのかどうか。
 全てが上手く合致すればこの上ない戦力になるのだろうが、そうでなければお荷物もいいところだ。
 ただ、ギガンティックシティにおける対侵蝕者戦に見られたように、肉体を使用した戦闘は一線級の退魔師にも引けを取らない事が証明されている。

『……で。その存在意義なのだけど、正確なところは不明ね。
 過去の文献の中にそれらしい人物が何度か登場しているけれど、発祥に至っては文献が残されている時代よりも古いようなのよね』

 確認されている文献のいずれもが人外の存在との戦いであり、ザナルスィバは牙と爪を持たない人類にとっての矛であるとの見解である。
 圭が無意識に見せた行動こそが、それを裏付けていると言ってよいのだろう。

『それから、確定ではないのだけれど』

 声のトーンを落として千沙都は続けた。

『ザナルスィバの宿主となった人間の生活圏に、侵蝕者出現の傾向があるわ』

 その言葉に圭の心音が跳ねた。
 つまり、これからは圭の周辺に侵蝕者が多く出現する……可能性が高いという事だ。
 そのせいで緋美佳が危険な任務に赴く事に至ってしまったのだとしたら、圭は自身の存在を許せなくなってしまう。

『……もしかして、俺を宇宙にでも放り出せば侵蝕者問題は万事解決って事になります?』

 冗談めかして口にした圭だったが、両隣に座った二人の少女にはそうは聞こえなかったらしい。
 不安と非難とが入り混じった視線に挟まれ、迂闊な発言を少しだけ後悔する事になった。

『そういった声がある事も、否定はしないわ』

 圭の言葉を肯定的に返答した千沙都へと、圭に向けられていた視線がそのまま移動する。
 睨むだけでは足りないのか、手を出さんばかりに腰を浮かしかけた二人の眼前に差し出しされた掌が制した。

『まぁ、聞きなさいな。そういった後ろ向きな考えを、人類の歴史は否定しているのよ。
 ザナルスィバを排除しても人類を敵視する存在が消滅するとは誰も考えていないし、宿主が死ねば次なる寄生先を探すだけ。
 そもそも、ザナルスィバって一人じゃないのよ?』

 最後の言葉には圭自身も驚いた。
 大宇宙昂から教えられた基礎知識に、そんな事は含まれていなかったからだ。
 基礎として覚える必要がなかっただけか、それとも知らなかっただけなのかは今の時点では判断つきかねるところだ。
 その表情を見た千沙都は、したり顔で言葉を繋ぐ。

『ひとつの国に一人、っていうのがこっち・・・の世界での通説ね。
 敷地面積が極端に狭い国や、侵蝕者と戦うための組織が国によって確立されている土地での確認がされているわ』

 千沙都の言葉からではひとつの国に一人という根拠がどこにもないように思われたが、退魔師特有の基準というものが何かあるのだろう。
 異議を立ててみたところで無駄な時間が費やされるだけなので、ここは素直に頷く。

『…そもそもさぁ』

 圭と同じく無言で頷くばかりだった眞尋が口を開いた。
 不満げなその表情は、釈然としないものを感じているのだろう。

『なんで圭ちゃんが、そのザ…なんとかの宿主に選ばれたの?』

 真っ当な疑問だった。
 なってしまったものは仕方がないと、圭はどこかで割り切っていたのかもしれない。
 集団飛び降り自殺などという、非常識極まる事件に巻き込まれたのである。
 オマケ的に何かくっついてきた程度の認識であったとしても仕方のない事ではあったが、言われてみれば圭がザナルスィバになった事の説明が為されていない。

『その疑問はもっともなところだけれど、残念ながらザナルスィバの宿主に選ばれる条件っていうのは分かっていないのよ』

 嘆息と同時に、どこか納得した気持ちだった。
 そうでなければアレイツァも圭の命を狙ったりせずに、自身がザナルスィバの宿主になるための手段を講じているだろう。

『まぁ、圭くんが宿主になっちゃったのは事実だし、その力を十二分に発揮するためには特訓あるのみだと思うのよね』
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