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再会
大好きな幼馴染
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祖父と一緒に、人の気配があまりしない道を歩く。
(近所って言ってたけど…この道、どこに行くんだろ……)
店もなければ、人が住めそうな家すらない。
少し不安になって、当たりを見回していると、小さな家が目に入った。祖父はその家を目指して歩いているようだった。
(ここが…さっき言ってた家……?)
トタン屋根の家。壁は、ところどころ剥がれかかっている。少し風が吹くと、カタカタとテープでとめてある窓が揺れた。家の周りを囲む塀も壊れていて…不気味な家が建っているその場所だけが、なんだかとても異質だった。
「ごめんください。」
ギッ、と軋む音がして、ドアが開く。
中から現れたのは、背が低く、線の細い男の子だった。
男の子は、ゆのかの祖父に嬉しそうな顔を向ける。
「あっ、おじちゃん!!
こんにちはっ、今日はどーしたの??」
「こんにちは。お母さんはいるかい?」
「うんとねー、ちょっとお買い物に行ってるよ!」
祖父も、楽しそうに男の子と話をしている。
「実は…今日から私の孫が、家で一緒に暮らすことになったんだ。
その挨拶に来たんだよ。ほら、ゆのか。」
「……………。」
祖父の後ろにいたゆのかは、顔をちょこっとだけ出した。だが、人見知りのゆのかは、言葉が出てこない。
(何を話せば…いいの…?)
すると男の子は、悲しみを吹き飛ばすような笑顔をゆのかに見せた。
「ぼくの名前は航!
君はっ?」
眩しさを感じさせるほどの声の明るさに、ゆのかは圧倒された。
(この子…どうして、私に……明るく話せるんだろ………
すごいなぁ…………ののかみたい……)
黒い髪。色白で、目は細い。背はゆのかより低く、年下のように見えるが、祖父は同い年と言っていた。
華奢で、着ている服もところどころほつれているのが見える。家の様子からしても、貧乏であることが分かる。
だが、航の笑顔からそんな苦労は一切見えてこない。
「ゆのか…です。」
「ゆのかちゃんって言うんだ!よろしくね!!
いっしょの学校、通うの?てんこーせー?」
「え…えっと……」
「お家はこのへん?…そっか!おじちゃんちにすむんだから、すぐそばだ!!
あ!じゃあさ、今から遊ぼーよっ!!」
「…………え?」
ゆのかは、全く会話についていけてない。だが航は、気にもしてないようだった。
「で、でも…お荷物、かたづけないと……」
ようやく航の言っている言葉を理解して、絞り出した返事が、これだった。
「そんなことは心配しなくていい。
遊んでおいで?航くんも、留守番は私に任せなさい。」
「いいの?!やったぁ!!!」
祖父の言葉を聞いた瞬間、航はゆのかの手を、勢いよく引っ張った。
「わっ…」
「ゆのかちゃんっ、行こ!!」
航が走り出す。ゆのかもつられて、駆け足になった。
「あっ、そーだ!
ねーねー、ゆのかちゃんはぼくのこと、何てよんでくれるのっ?」
かと思えば、航はすぐに足を止め、急な質問を繰り出す。
ゆのかが答える前に、航は既に言葉を並べていた。
「お母さんは航ってよぶし、近所のおじさんは、航坊ってよぶし…お友達には航くんってよばれてるよっ!ゆのかちゃんは??」
「えっ…?えっと……」
無邪気に聞かれて、ゆのかは慌てて考える。
(はじめて会ったのに…よびすては、ちょっと……でも…くんを付けるのも…なんかなぁ………)
ゆのかは、“航くん”と呼ぶのにどこか違和感を感じた。
(なんていうか……ものすごく失礼だけど、同い年のお友だちっていうより、弟みたいな………あ。そうだ。)
ゆのかは小さな口を開いた。
「航ちゃん……じゃ、だめ?」
「えぇーーっ?!
それじゃあ、女の子みたいじゃん!!」
航は不満そうに、頬をぷくっと膨らませた。
……その顔が、なんだか面白くて
「……くすっ」
ゆのかは思わず、笑ってしまった。
「でも、ゆのかちゃんならいいよっ!」
航も嬉しそうな顔をして、許してくれた。
両親が亡くなってから
ののかと、離ればなれになってから
ゆのかが初めて…笑った瞬間だった。
「ねぇ、ゆのかちゃん!
さっき、本気出してなかったでしょっ?早く行きたいから、全力で走ろっ!」
航は、ゆのかの手を引っ張って、せかした。
(航ちゃんに合わせて走っていたけど…本気で、いいのかな?)
ゆのかはほんの少し得意気になった。
「いいの?」
「もっちろん!」
「分かった。
どこに行くの?」
「公園だよ!
お友だちの大和くんとー、よしくんとー、みぃちゃんがいるんだけど……みんなやさしいから、きっと、すぐにお友だちになれるよっ!」
ゆのかと航は、公園に向かって走り出した。
◇◇◇
それから1年が経ち、ゆのかは10歳になった。
「今日のケイドロさー、みぃちゃんが怒りながら大和を追いかけてて、面白かったよね!!」
帰り道、航がニコニコ笑いながらゆのかに話しかける。
「大和ってば、変顔しながら逃げるから、本当に面白くて笑っちゃった。
航ちゃん…足、速くなったよね?私、絶対追いつかれないって思ってたのに、航ちゃんにつかまって、悔しかった。」
「まぁね!ぼく、ヒミツの特訓してるから!!」
航は、えっへん!と胸を張った。
「ヒミツの特訓?」
「うん!近所のおじさんが、教えてくれるんだ~
……まぁ、すぐよしくんが、ゆのかを助けちゃったけどさ!特訓したのに~っ!!」
「よしくん、走るの嫌で、木の上に隠れてたんだって。」
「えええええっ?!
何それ!!ぼく、全然気づかなかった!!!」
「ふふっ。私も助けてもらうまで、全然分からなかったよ?」
泣いてばかりだったゆのかは、すっかり元気になっていた。
たまに、両親やののかのことが恋しくなることもある。だが、ののかにいつか絶対会わせると、祖父が約束してくれた。ゆのかは、それが楽しみで仕方なかったのだ。
それに、ゆのかの周りにいる大好きな人達は、いつも優しくて、寂しくなることはなかった。ホペ州での暮らしも慣れてきて、仲のいい友達もできた。
(航ちゃんに、みぃちゃん…大和に、よしくん。)
特に航はこの1年間、ずっとゆのかのの側にいてくれた。
登下校も、学校のクラスも一緒。放課後は航の家で宿題をして、その後遊びに行く。休みの日も一緒に遊ぶことが多かった。
今日だって、5人で遊び終わって公園から帰るところだ。
(航ちゃんは、すごく優しい。
公園からなら、航ちゃん家の方が近いのに…いつも、ちょっと遠回りして、私の家まで送ってくれる。)
普段も、ゆのかに元気がないと航はすぐそのことを見抜いて、たくさん笑って、励ましてくれた。
そんな航の事が、ゆのかは大好きだった。
(みぃちゃんの“好き”とは、ちょっと違うけど……
なんていうか、何でも話せる妹みたいで…そういう好き。)
家の様子は、1年前とあまり変わっていない。祖父やお手伝いさん達は相変わらず優しいし、祖母は相変わらず素っ気ない。
(あ…そういえば、トワの王様と王子様が亡くなって、禁海法っていう法律ができたんだっけ。)
島であるホペ州は、周りが海に囲まれていることもあり、海産業を営む州民も多くいる。禁海法を施行するとなると、彼らの生活が困窮してしまう。
それに祖父は、ゆのかが海が好きであることをよく知っていた。可愛い孫のためにも、そんな法律は施行しないと決めていたのだ。
(だから、最近…おじいちゃんとおばあちゃんが、そのことで大喧嘩してるんだよね。)
近隣の州は、禁海法を施行していない。だが、少し離れた大きな州では、施行されることになった。
大きな州と繋がりをもち、権力を誇示したい祖母は、禁海法をやるべきだと主張し、祖父と毎晩大喧嘩しているのだ。
(意見が割れて……この間は、お皿も割れて……ちょっとだけ、怖かったっけ…)
物に当たる喧嘩など見たことないゆのかは、喧嘩の時間だけは心臓が縮こまる思いをしていた。祖母が物に当たり、普段優しい祖父が声を荒らげている時は、ずっと耳を塞いでいる。
ゆのかは、祖母をあまり好きにはなれなかった。
喧嘩のことはもちろん、暇さえあれば、祖父のいない時に
『波花も、あんな男にそそのかされなければ今も生きていたでしょうに……娘のあなたが“そんな物”を弾くなんて、どうかしているわ!!』
『州長の孫だというのに、あんな貧相な家の子と遊んで…この州の品格が落ちたら、あの人はどうするつもりなのかしら?』
と、大好きな父や航の悪口を言ってるのだ。ゆのかに、わざと聞こえるように大声で。
ちなみに、“そんな物”というのは父の形見のギターのことで…祖母は、波花が父のせいで死んでしまったと、よく怒鳴り散らしている。
(1回だけ“そんなことない”って、言ってみたけど…全然聞く耳を持ってくれないんだよなぁ……)
そんな祖母の前でギターを弾くなんて、ゆのかにはできなかった。
祖母は家にいることの方が多い。だからギターをたくさん弾けず、ゆのかは寂しかった。
(ギターが可哀想だけど…仕方ないよね……
あーあ……こんな事になるくらいなら、ののかにギターを、渡すべきだったなぁ。)
ののかの方がギターが得意でよく父に教わっていたため、余計にそう感じてしまう。
しばらくして、ゆのかの家に到着した。
「航ちゃん。いつも送ってくれて、ありがとう。」
「ぼくだって、ゆのかにいつも宿題教えてもらってるし、朝はいつも来てもらってるから、おたがいさまだよ!……それに」
航はそこで言葉を止めた。なぜか、ほんの少し顔が赤いように見える。
「航ちゃん…?」
「ううん!何でもないっ…
ばいばいっ、ゆのか!また明日っ!!」
元気いっぱいの航。いつもの挨拶。
「うん!
航ちゃん、また明日ね?ばいばい。」
小さくて幸せな世界は、ある日突然なくなって
どんなに泣いても、願っても…元に戻ることは決してなかった。
(それでも…航ちゃんが、友達になってくれたから………なんとか、立ち直れた。)
たった1人の妹とは、簡単に会えなくなってしまったけど
ゆのかはようやく…ごく普通の、当たり前に存在する…幸せな日常を送ることができるようになっていた。
だからゆのかは、忘れていた。
“当たり前の幸せ”は……実は、当たり前ではないことを
ちょっとした狂いが生じると、簡単に壊れてしまう、脆いものだということを
『また明日っ!!』
その明日が…二度と来ないかもしれないということを………
(近所って言ってたけど…この道、どこに行くんだろ……)
店もなければ、人が住めそうな家すらない。
少し不安になって、当たりを見回していると、小さな家が目に入った。祖父はその家を目指して歩いているようだった。
(ここが…さっき言ってた家……?)
トタン屋根の家。壁は、ところどころ剥がれかかっている。少し風が吹くと、カタカタとテープでとめてある窓が揺れた。家の周りを囲む塀も壊れていて…不気味な家が建っているその場所だけが、なんだかとても異質だった。
「ごめんください。」
ギッ、と軋む音がして、ドアが開く。
中から現れたのは、背が低く、線の細い男の子だった。
男の子は、ゆのかの祖父に嬉しそうな顔を向ける。
「あっ、おじちゃん!!
こんにちはっ、今日はどーしたの??」
「こんにちは。お母さんはいるかい?」
「うんとねー、ちょっとお買い物に行ってるよ!」
祖父も、楽しそうに男の子と話をしている。
「実は…今日から私の孫が、家で一緒に暮らすことになったんだ。
その挨拶に来たんだよ。ほら、ゆのか。」
「……………。」
祖父の後ろにいたゆのかは、顔をちょこっとだけ出した。だが、人見知りのゆのかは、言葉が出てこない。
(何を話せば…いいの…?)
すると男の子は、悲しみを吹き飛ばすような笑顔をゆのかに見せた。
「ぼくの名前は航!
君はっ?」
眩しさを感じさせるほどの声の明るさに、ゆのかは圧倒された。
(この子…どうして、私に……明るく話せるんだろ………
すごいなぁ…………ののかみたい……)
黒い髪。色白で、目は細い。背はゆのかより低く、年下のように見えるが、祖父は同い年と言っていた。
華奢で、着ている服もところどころほつれているのが見える。家の様子からしても、貧乏であることが分かる。
だが、航の笑顔からそんな苦労は一切見えてこない。
「ゆのか…です。」
「ゆのかちゃんって言うんだ!よろしくね!!
いっしょの学校、通うの?てんこーせー?」
「え…えっと……」
「お家はこのへん?…そっか!おじちゃんちにすむんだから、すぐそばだ!!
あ!じゃあさ、今から遊ぼーよっ!!」
「…………え?」
ゆのかは、全く会話についていけてない。だが航は、気にもしてないようだった。
「で、でも…お荷物、かたづけないと……」
ようやく航の言っている言葉を理解して、絞り出した返事が、これだった。
「そんなことは心配しなくていい。
遊んでおいで?航くんも、留守番は私に任せなさい。」
「いいの?!やったぁ!!!」
祖父の言葉を聞いた瞬間、航はゆのかの手を、勢いよく引っ張った。
「わっ…」
「ゆのかちゃんっ、行こ!!」
航が走り出す。ゆのかもつられて、駆け足になった。
「あっ、そーだ!
ねーねー、ゆのかちゃんはぼくのこと、何てよんでくれるのっ?」
かと思えば、航はすぐに足を止め、急な質問を繰り出す。
ゆのかが答える前に、航は既に言葉を並べていた。
「お母さんは航ってよぶし、近所のおじさんは、航坊ってよぶし…お友達には航くんってよばれてるよっ!ゆのかちゃんは??」
「えっ…?えっと……」
無邪気に聞かれて、ゆのかは慌てて考える。
(はじめて会ったのに…よびすては、ちょっと……でも…くんを付けるのも…なんかなぁ………)
ゆのかは、“航くん”と呼ぶのにどこか違和感を感じた。
(なんていうか……ものすごく失礼だけど、同い年のお友だちっていうより、弟みたいな………あ。そうだ。)
ゆのかは小さな口を開いた。
「航ちゃん……じゃ、だめ?」
「えぇーーっ?!
それじゃあ、女の子みたいじゃん!!」
航は不満そうに、頬をぷくっと膨らませた。
……その顔が、なんだか面白くて
「……くすっ」
ゆのかは思わず、笑ってしまった。
「でも、ゆのかちゃんならいいよっ!」
航も嬉しそうな顔をして、許してくれた。
両親が亡くなってから
ののかと、離ればなれになってから
ゆのかが初めて…笑った瞬間だった。
「ねぇ、ゆのかちゃん!
さっき、本気出してなかったでしょっ?早く行きたいから、全力で走ろっ!」
航は、ゆのかの手を引っ張って、せかした。
(航ちゃんに合わせて走っていたけど…本気で、いいのかな?)
ゆのかはほんの少し得意気になった。
「いいの?」
「もっちろん!」
「分かった。
どこに行くの?」
「公園だよ!
お友だちの大和くんとー、よしくんとー、みぃちゃんがいるんだけど……みんなやさしいから、きっと、すぐにお友だちになれるよっ!」
ゆのかと航は、公園に向かって走り出した。
◇◇◇
それから1年が経ち、ゆのかは10歳になった。
「今日のケイドロさー、みぃちゃんが怒りながら大和を追いかけてて、面白かったよね!!」
帰り道、航がニコニコ笑いながらゆのかに話しかける。
「大和ってば、変顔しながら逃げるから、本当に面白くて笑っちゃった。
航ちゃん…足、速くなったよね?私、絶対追いつかれないって思ってたのに、航ちゃんにつかまって、悔しかった。」
「まぁね!ぼく、ヒミツの特訓してるから!!」
航は、えっへん!と胸を張った。
「ヒミツの特訓?」
「うん!近所のおじさんが、教えてくれるんだ~
……まぁ、すぐよしくんが、ゆのかを助けちゃったけどさ!特訓したのに~っ!!」
「よしくん、走るの嫌で、木の上に隠れてたんだって。」
「えええええっ?!
何それ!!ぼく、全然気づかなかった!!!」
「ふふっ。私も助けてもらうまで、全然分からなかったよ?」
泣いてばかりだったゆのかは、すっかり元気になっていた。
たまに、両親やののかのことが恋しくなることもある。だが、ののかにいつか絶対会わせると、祖父が約束してくれた。ゆのかは、それが楽しみで仕方なかったのだ。
それに、ゆのかの周りにいる大好きな人達は、いつも優しくて、寂しくなることはなかった。ホペ州での暮らしも慣れてきて、仲のいい友達もできた。
(航ちゃんに、みぃちゃん…大和に、よしくん。)
特に航はこの1年間、ずっとゆのかのの側にいてくれた。
登下校も、学校のクラスも一緒。放課後は航の家で宿題をして、その後遊びに行く。休みの日も一緒に遊ぶことが多かった。
今日だって、5人で遊び終わって公園から帰るところだ。
(航ちゃんは、すごく優しい。
公園からなら、航ちゃん家の方が近いのに…いつも、ちょっと遠回りして、私の家まで送ってくれる。)
普段も、ゆのかに元気がないと航はすぐそのことを見抜いて、たくさん笑って、励ましてくれた。
そんな航の事が、ゆのかは大好きだった。
(みぃちゃんの“好き”とは、ちょっと違うけど……
なんていうか、何でも話せる妹みたいで…そういう好き。)
家の様子は、1年前とあまり変わっていない。祖父やお手伝いさん達は相変わらず優しいし、祖母は相変わらず素っ気ない。
(あ…そういえば、トワの王様と王子様が亡くなって、禁海法っていう法律ができたんだっけ。)
島であるホペ州は、周りが海に囲まれていることもあり、海産業を営む州民も多くいる。禁海法を施行するとなると、彼らの生活が困窮してしまう。
それに祖父は、ゆのかが海が好きであることをよく知っていた。可愛い孫のためにも、そんな法律は施行しないと決めていたのだ。
(だから、最近…おじいちゃんとおばあちゃんが、そのことで大喧嘩してるんだよね。)
近隣の州は、禁海法を施行していない。だが、少し離れた大きな州では、施行されることになった。
大きな州と繋がりをもち、権力を誇示したい祖母は、禁海法をやるべきだと主張し、祖父と毎晩大喧嘩しているのだ。
(意見が割れて……この間は、お皿も割れて……ちょっとだけ、怖かったっけ…)
物に当たる喧嘩など見たことないゆのかは、喧嘩の時間だけは心臓が縮こまる思いをしていた。祖母が物に当たり、普段優しい祖父が声を荒らげている時は、ずっと耳を塞いでいる。
ゆのかは、祖母をあまり好きにはなれなかった。
喧嘩のことはもちろん、暇さえあれば、祖父のいない時に
『波花も、あんな男にそそのかされなければ今も生きていたでしょうに……娘のあなたが“そんな物”を弾くなんて、どうかしているわ!!』
『州長の孫だというのに、あんな貧相な家の子と遊んで…この州の品格が落ちたら、あの人はどうするつもりなのかしら?』
と、大好きな父や航の悪口を言ってるのだ。ゆのかに、わざと聞こえるように大声で。
ちなみに、“そんな物”というのは父の形見のギターのことで…祖母は、波花が父のせいで死んでしまったと、よく怒鳴り散らしている。
(1回だけ“そんなことない”って、言ってみたけど…全然聞く耳を持ってくれないんだよなぁ……)
そんな祖母の前でギターを弾くなんて、ゆのかにはできなかった。
祖母は家にいることの方が多い。だからギターをたくさん弾けず、ゆのかは寂しかった。
(ギターが可哀想だけど…仕方ないよね……
あーあ……こんな事になるくらいなら、ののかにギターを、渡すべきだったなぁ。)
ののかの方がギターが得意でよく父に教わっていたため、余計にそう感じてしまう。
しばらくして、ゆのかの家に到着した。
「航ちゃん。いつも送ってくれて、ありがとう。」
「ぼくだって、ゆのかにいつも宿題教えてもらってるし、朝はいつも来てもらってるから、おたがいさまだよ!……それに」
航はそこで言葉を止めた。なぜか、ほんの少し顔が赤いように見える。
「航ちゃん…?」
「ううん!何でもないっ…
ばいばいっ、ゆのか!また明日っ!!」
元気いっぱいの航。いつもの挨拶。
「うん!
航ちゃん、また明日ね?ばいばい。」
小さくて幸せな世界は、ある日突然なくなって
どんなに泣いても、願っても…元に戻ることは決してなかった。
(それでも…航ちゃんが、友達になってくれたから………なんとか、立ち直れた。)
たった1人の妹とは、簡単に会えなくなってしまったけど
ゆのかはようやく…ごく普通の、当たり前に存在する…幸せな日常を送ることができるようになっていた。
だからゆのかは、忘れていた。
“当たり前の幸せ”は……実は、当たり前ではないことを
ちょっとした狂いが生じると、簡単に壊れてしまう、脆いものだということを
『また明日っ!!』
その明日が…二度と来ないかもしれないということを………
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