夢の音を奏でます!〜第1話 始まりの唄〜

水澄 涼海

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再会

失われた明日

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◇◇◇

 次の日の朝になった。

「おはよう!ゆのかです!
 航ちゃん起きてる?学校、行こ!」

 航の家のドアを、トントントンと3回叩いた。
 帰る時はよく、航に家までついてきてもらうが…朝は逆に、ゆのかが迎えに行くことが多かった。

(航ちゃん……また、寝坊かなぁ。)

 毎朝、航の母が大声で叩き起こしているにも関わらず、航は全然起きられないのだ。
 だからこうして、ゆのかが航を迎えに行き、航の母と2人で航を急かす。それがゆのかの朝の日課になっていた。

 航の母は、たとえ他所の子どもでも、悪いことをしたら叱るくらい、とてもしっかりしている人だった。
 その昔、うっかり遅い時間まで遊んでいた航とゆのかは、心配かけ、航の母にものすごく怒られた。
 もちろん、これが普通の子だったらまだ分かるが…ゆのかは、州長の孫。
 トワでは、州が半独立状態になっている。そのため、州はまるで1つの小さな国のようで……“州長”はその州の王様のような存在だ。そんな王様の孫を本気で叱る人は、珍しいだろう。

(そもそも、すごいのは私じゃなくて、おじいちゃんだから……他の州出身の私は、何も偉くないんだけどね。)

 それでも、航の母は明るくて元気な人で、航と同じように他の州から来たゆのかのことも、実の子のように良くしてくれている。航には父がいないが、母と2人で仲良し家族だ。

(…あれ?)

 ドアをノックして、しばらく経つ。だが、何も反応がない。

(いつもなら…『あと1分待ってっ!』って、航ちゃんが慌ただしい返事をして
 その後、航ちゃんのお母さんが、『いつも待たせてごめんね~』って、笑顔で出てきてくれるのに……
 今日は、2人の声が聞こえない…)

 今まで、こんなことがなくて、胸がざわついた。
 ドアノブを回してみる。キィ……と不安な音をたてて、ドアが開いた。

(鍵…かかってない……)

 航の家に初めて来た時は、不気味に感じていたが、何度も遊びに来ているうちに、全然そんなことは思わなくなった。
 むしろ、この家は居心地がいい。祖母の高級で広い部屋なんかより、ずっと。

(でも、今は……“今だけ”は…違う。)

 玄関から見た薄暗い家の中が、まるで…入ったら二度と戻れない洞窟のようだった。
 唾をゴクリと飲む。

「おじゃましまーす………」

 意を決して、家の中に入る。嫌な臭いが鼻を突き刺す。

(何?この臭い……
 昨日、航ちゃんに来た時は……こんな臭い、しなかったのに……)

 思わず手で鼻を覆う。初めて嗅ぐ異臭に、ゆのかは困惑した。
 廊下を進み、突き当たりの部屋の前に立つ。

「こ…航…ちゃん…?」

 ここまで来て呼んでみても、返事はなかった。
 手のひらが汗ばんだ。まるで、この家の人が消えてしまったかのような雰囲気に、不安が募る。

「っ……航ちゃん!
 航ちゃんのお母さんっ……どこ?!」

 ゆのかの声は、静かな部屋に吸い込まれて消えてしまった。
 ふと、ある部屋の扉が目に入る。

(確か、あの部屋は……航ちゃんと航ちゃんのお母さんが、寝る部屋…)

 ドクン。と、心臓が重く鳴る。扉に伸びる手が震えた。
 嫌な臭いが…どんどん、どんどん、強くなっていく。

「………っ。」

 ゆのかは、寝室に繋がるドアを開けた。
 ベッドが2つ、並んでいて…そのうちの1つには、見覚えのある女の人が寝ていた。

(航ちゃんの…お母さん……
 まだ、寝てる…?ってことは……なぁんだ。寝坊しちゃっただけなんだ……)

 深い溜め息が漏れる。どうやら緊張して、ずっと無意識に息を止めていたようだった。

(じゃあ、私が今、起こせばいいよね…?)

 気持ちを落ち着かせて、ベッドに近寄る。
 いつものように、元気に挨拶をすればいい。

「航ちゃんのお母さん!
 おはよ~!起きてっ?」

 笑顔で航の母に、ベッドの上から抱きついた。
 その時……触れた手が、ひやりとした。

「…………え?」

 ぬくもりのない航の母は…人形のように動かなかった。
 極度の緊張状態だったゆのかは、いつの間にか鼻の感覚が麻痺していて
 何かに触発されたかのように……あの嫌な臭いがよみがえる。

(これ……まさか…血の匂い……?)

 バッ!かけてあった布団をはぐ。

「ひっ………!」

 航の母の腹には、血溜まりができていて
 その瞬間、目の前の人が死んでいることを理解した。

「きゃあああああああああっ!!」

 ゆのかは、力が抜けて………へなへなと、その場に座り込んでしまった。




 その後、たまたま家の前を通りかかった人が、ゆのかの悲鳴を聞きつけ……家に入ってきて、医者を呼んでくれた。
 しかし…航の母が目を覚ますことはなかった……

 それだけではなく……家にいるはずの航が、どこにもいなかった。まるで、神隠しにでもあったかのように、忽然と姿を消したのだ。

(航ちゃんっ…!!)

 いつも元気で、たまに頼りないが、ゆのかに笑顔を灯してくれた航。
 航がいなければ……ゆのかは、両親の死と妹との別れから立ち直ることはできなかった。
 だから、航が居なくなったと聞かされた時のショックは、耐え難いものだった。

『残酷かもしれねぇが……航坊もどこかで、殺されてるかもな…』

 近所に住む男達は、そう言っていた。

(……そんなはず、ないもん。)

 航は生きていると、信じたかった。だが…
 “当たり前”と思っていた明日は、当たり前じゃない。両親の死で…痛いほど分かりきっていたこと。

(航ちゃん…どこに、いるの…?
 会いたいよ……)

 ゆのかは泣いて、悲しむことしかできなかった。


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