夢の音を奏でます!〜第1話 始まりの唄〜

水澄 涼海

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君を絶対…

目も綺麗

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◇◇◇

 船から降りて、ゆのかは再び、ホペ州に足を踏み入れた。
 目的地は、決して戻りたくなかったゆのかの家。父の形見で宝物のギターを取りに帰ってきた。

(誰にも…見つかりませんように……)

 ゆのかの願いが叶ったのか、禁海法きんかいほうのおかげか…海とホペ州を隔てる巨大な壁の傍には、誰もいなかった。
 だが、少し街中を歩くと、人も増えてくる。ゆのかは絶えず、辺りをキョロキョロ見渡していた。

(使用人さんが…私のことを、諦めるなんて、思えない……
 おばあ様と、航ちゃんが帰ってくるまでに…死ぬ気で私を、捜しているはず……)

 自分が不在の時に、ゆのかに逃げられたとなれば、祖母はおそらく、ゆのかを監視していた者を、クビにするだけでは気が済まないはず。他の者にも、飛び火するかもしれない。
 きっと今頃、使用人総出で、血眼になって、ゆのかを捜しているだろう。

(それなのに…“この服”を着て…本当に、大丈夫かな…?)

『ゆのかが着てた黒い服じゃ、逆に怪しいから…これ、着ていけ!』

 シャワーを浴びた後、あいるにそう言われ、服を渡された。
 確かに、あいるの言っていることは一理ある。家出をしたのは夜。だからゆのかは、目立たないよう、わざわざ黒い服を選んだ。太陽が顔を出した今、全身黒ずくめでは、逆に目立ってしまう。
 だが、ゆのかは、納得していなかった。

(ちょっと、派手っていうか………目立つっていうか……
 うぅっ…落ち着かない………)

 色とりどりのフルーツが描かれた真っ白なシャツに、伸縮性のあるジーンズ生地のパンツ。
 普段、校則をきちんと守った制服か、部屋着か…たまにパーティーでドレスを着るくらいだったゆのかにとって、Tシャツ1枚というカジュアルな服装で出歩くのは、少し抵抗があった。

(首も、スースーしてるし…落ち着かない…)

 ちなみに、髪はウィッグをつけて、上から白いロゴの入った紺色のキャップを被っている。これまで、髪を切りに行く暇もなく、ずっと伸ばしっぱなしにしていた髪は、ウィッグのおかげで現在茶髪で緩くウェーブがかったボブとなっている。

「ねぇ。」
「……!!」

 うみが突然、ゆのかに話しかける。ゆのかの体は、ビクン!と飛び跳ねた。
 ちなみに、うみはずっと、ゆのかの横を歩いていた。だが、人に見つからないようにと、無言で壁の内側に入ってきて、そのままだった。

(こんな、強くて格好いい人が……一体、私なんかに何の用だろう………?)

 頭をフル回転させて、うみのゆのかへの用事を、必死に探し出す。
 けど、そんなものは見当たらず…ゆのかは覚悟を決めて、返事をする以外、方法はなかった。

「は…………い……」
「変装、誰にやってもらったの?」
「え……あ……
 あいる…さん……です……」
「そうなんだ。
 雰囲気、結構変わったよね。そういうのも似合ってるじゃん。」
「…………へ?」
「普段は、そういう服着るの?」
「あ……や………その……」

 風のように過ぎていく他愛のない会話に、ゆのかはついていけない。

(今、何て言われた……?
 えっと…褒めてもらったら…お礼を言って………質問もされたから、答える……
 なんて言えば…いいの…?“身に余るお言葉、感謝いたします”は、固いかな…?でも、友達みたいに話すのは、絶対違うし……)

 気取ったパーティーでは、返事に定型文があるため、こんなに言い淀むことはない。だが、家に戻るという極度の緊張状態で、フランクに話されても、人見知りのゆのかは対応しきれない。

(ありゃ。
 結構緊張してるなぁ。)

 うみからすれば、普段女子と話す時と、あまり変わらないスピードで喋った。内容も、いつもと大して変わらない。普通なら、何かしらの反応があるはずだ。

(それでも、こんなに会話できないってことは…やっぱ、『ギター壊す』って言ったことに、ビビっちゃったかな?
 目も全然合わないし……ここは一旦、誤解を解くしかないか。)

「あのさ、」
「あのっ…」

 2人の声がかぶる。うみは目を丸くし、ゆのかはもう一度体を震わせた。

「ん?」
「あ…ご……ごめん…なさい…」
「全然。どうしたの?」
「や…その……えっと……」

 沈黙が流れる。ゆのかは、なんて言えばいいのか、分からなくなってしまった。

「ごっ……ごめん…なさい……」
「何が?」
「え…その……」

 ここ数年、ずっと自分を押し殺して生活してきたゆのかは、自分の気持ちを伝えることが難しくなり、意見を主張することさえ、恐怖を感じてしまう。

(言葉を遮っちゃって……?
 それは、さっき謝ったっ……じゃあ、なんて言えばいいか、分からないから……?
 でも…そんな、まだ言葉が拙い子どもみたいな言い訳……通用するの…?
 そもそも……こんなことに巻き込んで…その謝罪も、できてないし……おにぎり作る手間をかけたのに……それも、謝ってない…………)

 ゆのかは…Tシャツの裾を、ギュッと握る。

(早く…何か言わなきゃ……この人を、イライラさせちゃう………
 この人、怒らせたら………私…きっと、どうすることも、できない………)

 だが、ゆのかの思いに反して、言葉が詰まってしまう。
 ゆのかの手が、カタカタ震えた。

 すると、その手が掴まれた。

「え……ひゃっ」

 うみに手を引っ張られて…気づけば、ゆのかは建物の壁に背を預けていた。
 そして、うみが、ゆのかに覆い被さるように、壁に手をついている。

(え……?
 え…ええっ?!)

 目の前には、うみの顔。体同士は、かなり近い。

(何…これ……なんで私……こんな体勢になっているの…?
 こんな、至近距離で…怒られるの……?!早く何か、言わなきゃ……えっと……えっと……!!)

 いわゆる“壁ドン”を、人生で初めてされたゆのかは、怒られると思い込みビクビクしてしまう。

(こんな状況、星さんに見られたら…半殺しじゃ済まないだろうなぁ。)

 うみは、今にも泣き出してしまいそうなゆのかを見て、苦笑いした。

「ごめんね?ちょっと我慢してて。」
「……っ、あの…」
「しー。」

 うみは人差し指を、自分の唇に当てた。すると

「おい、全然いねぇぞ?!」
「まさか、マジでもう別の州にいるんじゃねぇだろうな?!!」

 野太い声が、この辺り一帯に響き渡る。
 うみの体の後ろから、見覚えのある服を着た男2人が見えた。

(あの人達…家の人!!)

 高貴な兵隊の制服のような服は、州長の使用人であることを表す。
 ホペ州民は皆、そのことを知っているため…ピリピリした雰囲気の使用人からとばっちりを受けないように、逃げるように道をあけた。
 そんな緊迫した状況の中で……ただ1人、うみは笑っている。

「馬鹿だよね。目当ての人が、こんなに近くにいるのに、気付かないなんて。」

 余裕げに笑ううみに、ゆのかは違和感を覚えた。

(この人……どうして……あの2人が、私の家の使用人さんだって分かったの…?)

 しかも、ゆのかが使用人の存在に気づく前に、うみはゆのかの手を引いていた。
 理由を聞こうかどうか迷ってしまう。すると…

「おいオマエら!!
 朝っぱらから、イチャつくんじゃねぇよ!!」

使用人の怒りの矛先が、最悪の方向に向いてしまった。視線は、明らかにゆのか達の方を向いている。
 ゆのかは硬直して……うみの背中の向こう側から目が離せなくなってしまった。
 おそらく、ゆのかを一晩中捜した疲れが溜まっているのだろう。使用人はイライラをぶつけるように、ゆのか達に近づいてくる。

(やだっ…こっち来る………私って、気づかれたら……家に、連れ戻される!!)

 するとうみは、なんの躊躇もなく、ゆのかの顎を軽く持ち上げて、自分の視線と合わせた。

「アイツらと、目、合わせちゃ駄目。」
「?!!!」
「大丈夫だよ。俺だけ見てて?」

 青と言うには深く、海面に反射する光のように煌めいた瞳が…ゆのかの目に飛び込んでくる。
 その瞬間…ゆのかは、なんとも言えない気分になった。
 だがそれは、決して嫌な気分ではなくて

(すごく、澄んだ……紺碧の、瞳……)

恐怖すら忘れてしまう…不思議な感覚だった。

「海……」
「ん?」
「目も…海、みたい………綺麗…」

 うみは、そんな目を細めて笑う。

「くすっ……そっちか。
 ありがと。またそんなこと言ってくれるんだ。」

 ゆのかだけに聞こえるように、うみは囁く。ゆのかは、ハッと我に返った。

(思わずっ…口に出しちゃった…!!)

 どうやら、無意識に言っていたようで…ゆのかは慌てて、手を口に当てた。
 絶対に捕まってはいけない人達が、すぐそばまで迫っている。そんな危険な状態で、無意識に喋ってしまう自分が、ゆのかは信じられなかった。


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