夢の音を奏でます!〜第1話 始まりの唄〜

水澄 涼海

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君を絶対…

ガイドしてよ

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「おいっ、聞いてんのか?!!」

 大声に、ゆのかの肩がビクン!と跳ね上がる。
 これだけ怒声を浴びさせても、一切動かないゆのかとうみカップルに、使用人の怒りは頂点に達していた。

「オマエら…いい加減に」
「よせ!!今、んな事してる場合じゃねぇだろ!?」

 2人のうちのもう1人が、怒鳴っている使用人を止めた。

「けど、アイツら生意気じゃねぇか!!
 このまま放っておいたらっ、州長様の見てないとこで好き勝手するかもしれねぇだろ!」
「オマエはバカか?!!!!
 あの方を一刻も早く見つけなければ、その州長様からっ、重い処罰を課せられるんだぞ?!!放っておけ!!!」

 “あの方”が、ゆのかを指していることに、ゆのかとうみはすぐに気づいた。

「チッ…命拾いしたな!!」

 捨て台詞を残して、使用人達はゆのかを捜しにどこかへ行ってしまった。
 使用人の気配がなくなると、うみはゆのかからゆっくり離れた。

「大丈夫?突然、びっくりしたでしょ?
 高そうな制服着た男2人が、殺気だだ漏れでこっちに来るから、やばいかなぁって思って。隠しちゃった。」
「い…え……」
「じゃ、気を取り直して行こっか。」

 平然と歩き始めたうみに、ゆのかは驚きを隠せない。

(使用人さんと…結構…距離、あった。
 私は……気づかなかった。それなのに、この人は…なんで、気づけたの…?)

 うみの超人ぶりに、ゆのかは言葉を失いながら、後をついて行く。

「でもさ、いくら髪型が全然違うからって…化粧してる訳でもないのに、気づかないって、おかしくない?」
「あ……その…
 使用人…とは……親しく…なくて……面識…も…あまり、ない…ので………」
「そうなの?
 まぁ、結果オーライだけどさ。それでも、雇い主がせっかく可愛い格好してるんだから、ちょっとくらい気づいて欲しいよね。」
「え……や……
 大丈夫…です。」
「………………。」

うみが静かになった。

(会話……終わった。)

 ほ…と、小さく安堵の息を吐いた。
 ゆのかは、話すこと自体あまり得意ではない。話し続けるくらいなら、静かになってしまった時の気まずさを耐える方がまだマシなのである。

、なんかやだなぁ。」

 だがその安心は、一瞬でこの男に崩されてしまった。

「え…………?」

 唐突に、“やだ”と言われたゆのかは…思わず、反応が遅れてしまう。
 それまで笑顔が多かったうみが、難しい顔をしているのを見て、ゆのかはまた、生きた心地がしなかった。

「エール号、乗るんだよね?」

 ゆのかがさっきまで乗ってた、船の名前だ。
 うみが、何を言いたいのか分からず…ゆのかは、曖昧に頷くことしかできなかった。

「てことは俺達、仲間になるんだよね?」
「あ……はい…」
「じゃ、敬語はなし。タメ口使ってよ。
 俺だけじゃなくて、他の人にもね。」
「…?!」
「え、そんなに驚くこと?
 だって、これから一緒に生活していくのに、いちいち面倒でしょ。」

 どうやら、とは敬語のことだったらしい。

(私が何か…気に障ったことをしたのかと思った……よかった。
 でも……強くて、怒られたらどうなるのか、分からないのに……馴れ馴れしくため口になるなんて、無理だよ……)

 ゆのかは、深呼吸した。

「でも……そ、の……
 と…年上……です…し…」
「いや、あいるさんと星さんには、普通に喋ってんじゃん。」

 ゆのかは、何とかしてタメ口を断ろうとそれっぽい理由を探し出したものの、うみにすぐさま言い返されてしまう。

(どれくらい年上か、知らないけど……どう見ても、あいるさんと星さんの方が年上。しかも、階級だって副船長なのに…うみさんに敬語使うのは…確かに、変なのかな……?
 それなら…実は、あの2人に敬語使わない方が、おかしいってこと…?)

 悶々と考えるゆのかに、うみは優しく言った。

「そんなに気になるなら、2人を呼ぶ時みたいに、さん付けすれば大丈夫。
 他の人達もそんな感じだから。敬語使うと、逆に変だよ?」
「じゃ…あ……うみ…さん……?」
「ぶっ。」

 うみは思わず、吹き出してしまった。

「待って。まさか今、俺にさん付けした?」
「え……はい…」
「ふっ…はは!」

 船員は誰も、うみのことを“うみさん”なんて呼ばない。星が溺愛している例の6歳児でさえ、うみを呼び捨てにする。フォーマルな場面でなければ、初対面の人でさえすぐに打ち解け、せいぜい君付けされる程度。
 そんなうみを、ゆのかがあまりにも警戒しているので…うみは、腹を抱えて笑った。

「ゆのか。目立っちゃ駄目なんだよ?
 だからあんまり、笑わせないで。」

 だが、そんなことを知らないゆのかは、なんとか我慢して静かに大爆笑しているうみを、怪訝そうに見ることしかできなかった。

(じゃあ……“うみ君”って呼べば、いいの…?)

 状況がよく飲み込めないが…使用人に見つからないためにも、“うみさん”と呼ぶのはやめた方がいいらしいことを思い知った。

「いいこと考えた。
 ゆのか。せっかくだから、ガイドしてよ。」
「………。」

 ガイド。この州の案内をしろということだろう。ゆのかは思わず、ポカンとしてしまう。

「俺さ、ホペ州来るの初めてなんだよね。
 せっかくゆのかは、ここのこと知ってるんだし…ガイドしてもらわないと、勿体ないと思わない?
 ゆのかもゆのかで、敬語なくす練習できるし。ほら、やってみてよ。」

 会話が苦手なゆのかにとって、盛大な無茶振りだが、うみに“嫌だ”とは言えなかった。

(だって……逆らったら、どうなるか…分からないし…………
 でも……この州の、良いところなんて……今は、ないよ……)

 ゆのかの祖母が州長になってから、当然のように禁海法きんかいほうが施行された。そして、近隣の大きな州との交流が盛んになり、その州に影響されて、軍事関係に力を入れるようになった。
 結果、“騎士団”と呼ばれる者の地位が、州民と比べて遥かに高くなってしまった。騎士団の中には、ゆのかの家の使用人として働いている者もいて、先程の輩はそれに該当する。
 うみにされた壁ドンのように、少しでも気に食わないことがあると、ことごとく“指導”が入る。酷い時は、兵隊が州民に暴行することもあり、州長であるゆのかの祖母はそれを大目に見ていた。
 州民は、兵隊を恐れるようになり、気づけばホペ州には、活気がなくなっていた。

 とはいえ、強くて怒らせたら怖そうなうみに、逆らうことなどできないゆのかは、紹介できるものを頑張って探した。

「あれ…学校。」

 ゆのかは、校舎らしき大きな建物を指さした。

「あそこに通ってたの?」
「通う…予定、だった…中学…」
「そうなんだ。他は?」

 ゆのかの生い立ちを聞いていたうみは、それ以上その中学について話を広げることはなかった。

(深く、聞いてこない……触れて欲しくないって、思われたかな…?
 でも、その通りだから…ありがたいな……えっと、他には…)

 ゆのかは、辺りを見回す。だが、2人はちょうど住宅街に入ってしまい、珍しい物はない。

「……家。」

 悩んだゆのかは、その辺にある家を指さした。
 もちろんゆのかは、ボケようだなんて思っていない。真面目にガイドをしようと思って、真面目に紹介できるものを探しただけだ。

「ぶっ……そうだね、家だね。」

 それが面白くて仕方ないうみは、なんとか目立たないように笑いを堪えようとする。

(う……笑われた……)

 すると、ゆのかの足元にタンポポの花が咲いているのを見つけた。

「あ…お、お花!」
「……。」

 うみは、大笑いしないように、口を固く結んだ。だが、口角は上がりきっている。それを見たゆのかはムキになって、紹介できるものを一生懸命探した。

「木……!」
「…………。」
「じゃ…あ……石…」
「ゆのか。こっちから振っといて、申し訳ないけど…面白すぎるから、一旦終わりにしよっか?」

 それからうみは、声に出さないで大爆笑した。声が出ていたら、イケメンがゲラゲラ笑う貴重な様子が見られただろう。
 もちろん、紹介した木は、立派な大木でもなんでもなく、そこら辺に生えている何の変哲もない木だし、石に関しては、偉人の墓や石碑などではなく、道端に転がっている小さなもの。そんなどこにでもあるようなものを、真面目に紹介するゆのかが、面白くて仕方ない。
 だが、当の本人は、うみが笑ってる理由など分かるはずもなかった。

(私…ガイドに、向いていないんだろうな……)

 ちょっとだけ落ち込む。すると、目の前に、見慣れた場所が現れた。

「公…園………」

 これまで暗かったゆのかの表情が、少しだけほころんだ。声は相変わらず小さいが、ガラス玉のようにキラキラしている。
 その公園は、昔、幼馴染とよく遊んだお気に入りの場所だった。

(わぁ…久しぶりに、来た……!)

 ブランコに鉄棒。砂場に丸太。ジャングルジムに、小さな山の上から遊べる滑り台。山のふもとにはトンネルもある。
 午前中の遊ぶには早い時間ということもあり、子どもは1人もおらず、ガランと静まり返っている。
 だが、ゆのかは何一つ変わっていない公園を見て、胸が熱くなった。

(ホペ州に来て、航ちゃんに出会ったあの日…連れてこられたのが、この公園だった………
 みぃちゃん達とも出会った場所だったっけ…)

 両親を亡くし、妹と離ればなれになり
 何日もかけてやって来たホペ州で、初めて友達ができたあの日が、懐かしい。

幼馴染みんなに会っちゃいそうで……ここには、来ないようにしていたんだっけ…
 最後に見れて…よかった。)

 ゆのかは、目に焼き付けるように、公園をジッと見つめた。


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