夢の音を奏でます!〜第1話 始まりの唄〜

水澄 涼海

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君を絶対…

君を絶対…

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 一方でうみは、目の前で起こったことに、度肝を抜かれていた。

(ゆのか…今、ちょっと笑った…?
 マジで??)

 見間違いかと錯覚するくらい、小さく、ほんの一瞬だけ、ゆのかの表情が柔らかくなった。
 ずっと、何かに怯えていたゆのか。あいると星と話している時ですら、どこか苦しそうで。うみは、自分が笑わせたわけでもないのに、無性に嬉しくなった。

「もしかして…例の、よく遊んでた公園?」

 うみの問いかけに、ゆのかは首を縦に振った。

「じゃあ、ちょっとだけ、遊んでいこうよ。」

 その瞬間、ゆのかの表情は青ざめ、固まった。

(誰かに見つかったら…どうするの?
 それこそ……航ちゃんに、見つかったら?)

 ゆのかにとって、今最も恐れていることは、家に連れ戻されること。
 既に多くの使用人が、ゆのかを血眼になって捜している。さっきだって、見つかりかけた。
 遊ぶ時間がないことは明白で。ゆのかは、僅かな勇気を振り絞って、口を開いた。

「ぎっ…ギター……は………?」
「遊んだら取りに行く。」

 返ってきたのは、絶望的な言葉だった。

(航ちゃんと、おばあ様は……絶対に、急いで帰ってこようとしてる……
 もしかしたら………もう、とっくの昔に、ホペ州に戻っていて……すぐ傍に、いるかもしれないのに……?)

 それでも、“遊ぼう”と悠長に言われたことに、ゆのかの小さな体が震えた。

(でもっ…この人の言うことを聞かなかったら…私は……)

 今、ゆのかが頼ることができるのは、ついさっき出会ったばかりの、うみだけ。
 もしこの場で、うみがゆのかを見捨てたら、力のないゆのかは、ほぼ確実に使用人に捕まる。

(だからゆのかは、俺の言うことを聞かざるを得なくて
 それを利用して…俺は、ゆのかをもう一度笑わせたいためだけに……ゆのかを怖がらせてでも、わざと危険な道を選んでる。
 本当…我ながら、我儘だよなぁ……笑わせたいから怖がらせるとか、矛盾しすぎだし。)

 家に連れ戻される不安と、うみに逆らえない恐怖の狭間で、ただ怯えることしかできないゆのか。うみの罪悪感は、一瞬で溢れた。

(……でも、初めてだったから。)

 ゆのかはずっと、気を張りつめている。
 そんなゆのかが、あんなにも穏やかな顔になったのは、この公園を見た時が初めてだった。
 きっと、宝物ギターと同じくらい、大切な場所なんだと思うと、引き留められずにはいられなかった。

「大丈夫だよ。」

 ゆのかの頭に、大きな手が伸びる。

「っ……!!!」

 ゆのかは、ビクン!と体を強ばらせて、今にも泣き出しそうで
 そんなゆのかを、安心させるように、うみは微笑んだ。


「君を絶対…守るから………」


 大きな手は、ゆのかの頭を殴ることなく、繊細な物を扱う時のように、そっと触れているだけだった。
 帽子から伝わる優しさに、ゆのかは、胸が苦しくなる。

(守る…って………何…?)

 これまで、周りにいた人は皆、強い力を存分に振るい、誰かを傷つけてでも、自分の思い通りにしようとする者達ばかりだった。
 そんなゆのかを、いつか必ず助けると、約束してくれた幼馴染はいた。
 だが、今すぐこの苦しい状況から、ゆのかを守ってくれる人なんて……いや、守れる人なんて、誰もいなかった。

(“守る”なんて…誰からも、言われたことない言葉……簡単に、信じて…いいの…………?)

 小さく呼吸をする。

「どう…して……?」

 戸惑うゆのかの口から出たのは、感謝の言葉ではなかった。

「相手は…冷血でっ…残酷な人……で……あなたが…っ、怪我、するかも…しれない…のにっ……
 どうして……会った…ばかりの…他人の、私を…守って、くれるの……?」

 自信に満ちていて、強くて、自由なうみ。
 そんな人が、怪我するリスクを背負ってまで、ゆのかを守り、助けてくれる理由が、ゆのかには分からなかった。
 うみは、笑っていた。静かに、そして綺麗に。
 それまで、恐怖でしか揺れなかったゆのかの心臓が…なぜか今、聞こえるくらい大きく脈打った。

副船長あいるさんに言われたから…とか?」
「えっ………」
「冗談だよ。」

 ゆのかは、ポカン、と目を見開いた。うみはその隙をついてゆのかの手を取ると、そのまま軽く引っ張って、公園の中に入った。

「っ…?!」
「大丈夫だよ。おいで?」

 その言葉につられて、ゆのかも歩き出す。不思議と、嫌な感じはしなかった。
 ブランコの前にたどり着いた時、うみの足は止まった。

「星さんが、トレジャーハンターの話をしたの、覚えてる?
 実は俺も、トレジャーハンターなんだよね。財宝狙う奴らと、ずっと戦ってきたの。」

 トレジャーハンターは、金や銀のような財宝を見つけて稼ぐ職。財宝を狙う輩との戦闘は日常茶飯事で、強くなくてはならない。
 あいるがうみに、ギター奪還の代わりを頼んだのも、うみがトレジャーハンターで強いからだ。

「だから、ゆのかの言う…“強くて冷血で残酷な人”……なんて、今までたくさん出会ってきた。
 財宝のためなら、なりふり構わず襲ってくる奴なんて、掃いて捨てるほどいたし……それまで優しかった人が、金が絡んだ瞬間、裏切って殺されかけたなんてこともあったよ。」

 人間不信になりそうな話に、ゆのかは少し、震えた。
 震えが手を伝って、うみに届く。うみは、苦笑いした。

「そういう奴らと、ずっとやり合ってきた身からすると…ぶっちゃけ、航ちゃんとやらも、大して怖くないんだよね。」

 うみは、手を離した。そして、ブランコに座る。
 キッ…と、金属の軋む音だけが響く。戸惑うゆのかは、ブランコに座ろうとしない。
 うみはそんなゆのかに、優しく微笑んだ。

「ゆのかのこと、絶対守りきる。
 じゃなきゃ、ここには寄ってないよ。」
「………。」
「遊ぼ。せっかく、通りかかったし…当分、来れないだろうし。」

 星は、“ホペ州に戻ってこれるのは、最低でも5年かかる”と言っていた。

(じゃあ…1番長くて、どれくらいかかるの?
 おばあ様や航ちゃんが、ずっと私を捜し続けて……ずっと、捕まえようとしていたら?)

 うみが言った“当分”が、“永遠”になる可能性があることに気づいて、ゆのかは無性に泣きたくなった。
 ゆのかは、うみの隣のブランコに座った。
 ひんやりした鎖を握ると…懐かしい感覚に、陥った。
 脆くて、儚くて。でも、とても綺麗な思い出が、頭を駆け巡る。

(懐かしいなぁ……)

 幼馴染達の笑い声が、聞こえた気がした。瞳に涙が滲む。

「靴投げ、知ってる?」
「……?」
「ブランコこいで、靴を飛ばすの。」

 うみは、ブランコを漕ぎ始めると…あっという間に、最高点に達して
ポーーーーーン、と…靴は、高く、遠くに飛んでいった。
 どこまでも飛んでいきそうな速さ。そのままうみの靴は、地面に墜落した。

(すごい……靴って、あんなスピードで飛んでいくんだ…………)

 ゆのかは、隕石のような靴に、目を奪われた。

「ゆのか、勝負。飛ばしてみてよ。」
「……え?」

 ゆのかは、戸惑った。どう考えても、あんな遠くまで飛ばせるわけない。

(でも………やってみたい…かも。)

 一方で、胸が高まっていた。
 足を精一杯振って、ブランコを漕いだ。目の位置が、徐々に高くなる。
 頭の中でぐちゃぐちゃしていたものが、振り落とされるような気がした。タイミングを見計らって、ゆのかは足を大きく振り上げる。

「あ…れ…?」

 ゆのかの靴は…視界から忽然と消えた。
 思わず左足で、ブランコを止める。少しゆらゆら揺れながら、靴の行方を探すものの、見当たらない。

「………痛っ。」

 突然、頭に衝撃が走った。
 足元には、遠くに飛ばしたつもりの靴が転がっていた。

(なんで…?!)

 ぶつかった場所を押さえて混乱するゆのかに、うみはとうとう、我慢できなくなってしまった。

「ぶっ…あははははは!!
 大丈夫?ふふっ…痛くなかった?」

 盛大に笑ううみに、思わずムッとしてしまう。

(絶対…心配なんか、していない!)

 うみは、そんなゆのかを気にもせず、横に倒れたゆのかの靴を元の向きに戻す。

「そりゃ、足を真上にあげたら、靴は頭に降ってくるでしょ。」

 ゆのかの靴の投げ方が下手だったため、靴は頭の真上に飛ばされて、そのまま落ちてきたのだった。
 うみは思い出し笑いを少しすると、ゆのかの帽子に手を伸ばした。

「っ……!!」

 ゆのかは、反射的に顔を背けた。

「大丈夫。砂、落とすだけ。」
「え…………?」
「ゆのかを傷つけたりしないよ。」
「っ、ひゃ…」

 うみは優しく帽子に触れて…ついた砂を落とす。
 大きい手。でも、うみがゆのかをぶつような気配はない。

(そっか…おばあ様じゃ……ない、か…)

 ゆのかは少し安心した。

「はい、落ちた。」
「あ……」
「前に飛ばす感じだよ。
 次は笑われないといいね。」
「…!」

 ゆのかは一気に悔しくなり、靴投げの練習をすべく、再びブランコを漕ぎ始めた。


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