夢の音を奏でます!〜第1話 始まりの唄〜

水澄 涼海

文字の大きさ
24 / 35
君を絶対…

たった1つだけ…?

しおりを挟む
◇◇◇

 しばらくブランコで遊び、2人は公園を後にした。
 靴投げで、うみには勝てなかったものの、コツを掴み、真っ直ぐ前に飛ぶようになった。最終的には距離も伸ばせた。

(楽しかった…………でも)

 公園を出る直前までは、満足感に溢れていたが、そうは思っていられない状況になってしまった。

(この角を曲がって…少し歩いたら………家。
 逃げたい……でも、駄目…………大事なギターが…取り戻せなくなる…………
 それに、今逃げたら…使用人さんに、捕まるかもしれない……この人から、離れちゃ駄目………)

 家に近づくにつれて…何かに体が支配されるように、動きがぎこちなくなる。足取りは重く、手はガタガタ震えていた。

(大丈夫…大丈夫…怖く、ない………
 ちょっと…家に、戻るだけ…………大丈夫だから……)

 手をギュッと握りしめるが、力が入らない。

「大丈夫?」

 ゆのかの体が、ピクッ!と強ばった。

「え…?」
「まぁ……ほぼ初対面の俺を、信用しろっていうのも、ちょっと無理があるけどね。」

 うみはクスッと笑った。爽やかで、どこか憂いを帯びていた。道を歩く女性達が、顔を赤らめてうみの方を振り返る。

(信用してないって、思われてる…?
 もしかして…それで、気分が悪くなった……?)

 だが、ゆのかの顔は真っ青だった。
 家に近づくプレッシャーで、何もかもが良い方向に考えられない。うみの微笑み1つさえ、何かあると思い込んでしまうほど、ゆのかは追い詰められている。

(そんなことない、って…訂正、しなきゃ…………
ただ…家に行くのが……怖いだけ……
 ……って、違う。怖くない。さっき、言い聞かせたでしょう…?)

 深呼吸して、落ち着かせようとも……浅い呼吸しかできない。
 すると、うみが突然、クルリと方向転換して、ゆのかの目の前に立った。

「…!!!」
「だから、驚きすぎだって。」

 思わず後ずさりしてしまうゆのかを見て、うみは苦笑いした。少しかがんで、ゆのかと目線を合わせる。

「今更だけど…無理させて、本当にごめん。
 怖いかもしれないけど…あと少しだけ、頑張ってくれないかな。」

 すぐに震える体。関われば関わるほど見えてくる、怯えた表情。
 ゆのかの限界が、とっくの昔にきていることに、うみは気づいていた。

(できれば、安全圏で待っていて欲しかった。
 でも、アウェイな場所で、1人でギターを探すくらいなら……家やこの州のことを知っているゆのかを、守りながら行く方が、早いし確実なんだよね。)

 うみは、まだ怯えているゆのかに、安心できるよう優しく声をかけた。

「あ。でも、歩けなくなったら、すぐ言っ」
「私っ…!」

 ゆのかは、うみを遮った。今までそんなことはなかったので、うみは驚きの表情を見せる。

(怖くないっ……だってさっき、言い聞かせたから………怖く…ない!!)

 ゆのかは、何とか悟られまいと、必死に言葉を続ける。

「大……丈、夫…
 無理…して…ない……怖く、ない…………大…丈夫…………」
「……なんで、そんなこと言うの。」

 それまでとは違う低めの声色。ゆのかの体は、ビクッ…と震えた。

(え……この人…怒ってる……?
 なんで…………?)

 さっきまで、にこやかだったうみが、少し怒ったような表情を見せている。理由が分からないゆのかは、頭が真っ白になった。

「誤魔化すなら、もっと上手にやらないと。無理してるの、バレバレだよ?」
「そん…な……無理、なんて…して…ない……」
「よく言うよ。色々、抱え込んでるくせに。」

 心の隅々まで見透かされそうな気分になる。ゆのかは、うみを見ていられなくなって、目を逸らした。

「そ…そんなこと……ない…」

 うみは、決して怒っているわけではない。頑なに弱音を吐かないゆのかに、意地になっているだけだった。
 だが、それでもまだ、バレバレの嘘をくゆのかに…うみはとうとう、口にしてしまった。

「へぇ。じゃあ、聞くけど。
 ゆのかが、家出した理由…“頑張る意味が見いだせなくて”“意味のない生活から逃げたかったから”って言ってたけど…それ、本当なの?」

 時が止まったように感じた。

(………………え?)

 うみは、ゆのかを…真っ直ぐ見つめている。

「本当は…もっと別の理由があったから、家出したんでしょ?」

 ドクン、と大きな音が聞こえる。
 鋭利な刃物が心臓を引き裂き、その血が口から出てきそうな感覚に襲われる。

「…………っ!!」

 猛烈な吐き気。頭痛が酷い。生暖かい春風に、身震いする。
 だがゆのかは、そんなこと、気にもならなかった。

(なんでっ……どうして…?!
 “あの事”…隠してるって……なんで…っ、気づかれたの……?!!)

 隠し通せたと、これでもう触れられることはないと、完全に油断していた。

(これから、仲間に、なる人っ………隠し事なんかしちゃ…嘘なんかいちゃっ…駄目で……
 でも…本当の事を言ったら………あいるさんと星さんに、全部伝わって…っ、2人に絶対、嫌われる……)

 気を失いそうな不意打ちに、血の気が引く。息が吸えない。酸素がどんどん奪われていく。

(もし…嫌われたら?
 私は、大好きな2人に見捨てられて…ののかにも、会えなくて………それどころかっ、航ちゃんに捕まって…また…罰を受けることになる…?)

 最悪のシナリオが、頭の中で完成した。

(家出のこともあるから…きっといつも以上に、重い罰……
 それだけじゃない…………っ、私は、また…人を傷つけ続ける地獄のような生活に…戻らなきゃいけないの…?)

 視界が、ぐわんぐわんと揺れている。それでも、“家には戻らない”という強い意志で、なんとか小さい体を支える。

「…っ、ち…がっ…違、い……っます……ほん…とに…私、が……弱…くて…だから…っ………」

 だが、どんなに強い意志を持とうとも…一度怪しまれてしまったこの状況を打破することは、ゆのかにはできなくて
 結局、うみにまた、嘘をくことになってしまい……そのことが、ゆのかを余計に苦しめた。

 すると、うみはしゃがんで、俯いたゆのかの顔を覗き込んだ。ゆのかの体が、ビクン!と飛び跳ね、半歩後ずさりする。

「なーんだ。そうだったんだ~」

 明るい声。強ばった体の力が、思わず抜けていく。

「え…………?」
「疑っちゃって、ごめんね。
 話聞いてる感じ、頭良いみたいだからさ。本当に勉強嫌なのかな?って、思っただけ。」
「え…あ……」
「でも、そうだよね。俺はエール号で自由気ままに生きてるから、あんま想像できないけど…どこかに縛られるなんて、考えただけでも鳥肌立つもん。
 いくら頭良くても…そりゃ、そんな家、出ていきたくなるよね~」

 うんうん。と納得するうみに…ゆのかの震えは、いつの間にか止まっていた。
 吐き気も頭痛も、目眩も収まっている。呼吸もだいぶ楽になっていた。

(誤魔化せた……?
 よかった………これで、船を追い出されずに…済む…………)

 心臓はまだ速く動いているものの、うみはニコニコ笑っている。ゆのかは安堵の溜め息を吐いた。

(あぶな……)

 一方で…うみは内心、ヒヤリとしていた。
 ゆのかが怖がる顔は、嫌という程見てきた。だが、今にも倒れそうなくらい青ざめて、ふらつき、絶望に覆われたあの顔は、今が初めてだった。

(あれ、過呼吸起こしてたよね…?冗談抜きで、倒れる寸前で…それだけトラウマになってる隠し事ってこと…?)

 星とあいるは、ゆのかの隠し事がきっと重いものであると、見当がついていた。ゆのかがこうなることすら、予測していたのだろうか。

(そんな隠し事を…出会ったばかりの俺に、言うわけがない。あれほど親しいあいるさんと星さんにさえ、打ち明けられてないっていうのに…)

 それを、無理矢理聞き出そうとする自分の愚かな行動に…うみは猛省していた。

(しかも、星さんに、探るなって言われたのに……本当、悪い癖がついたよな…)

 財宝を扱うトレジャーハンターにとって、信用できる人物を見極める能力は、必要不可欠だ。だから、うみは、常に人の真意を暴こうとする癖がついている。

(でも…今、目の前で震えてるは…身一つで海に飛び込んで、過去にたくさん大事な人を失って…尋常じゃないほど、何かに怯えていて…いつも苦しそうで……
 どう見ても……欲に目がくらんで、嘘をいているわけじゃないだろ…………)

 少しは顔色が良くなったゆのかを見て、うみはホッとした。

(あそこまで怖がらせたなら、本当は土下座レベルだけど…さっきのゆのかの嘘が、俺にバレてるって知られたら、引きずりかねない。
 落ち着け……今するべきことは、敵しかいないゆのかの家から、ゆのかを守りながらギターを奪還すること。ゆのかの宝物を取り返して…ゆのかを喜ばせること。
 ゆのかの隠し事を暴いて、怖がらせることじゃない。)

 この状況での正解は、ゆのかの嘘が通じたと、ゆのかに思い込ませることだ。だからうみは、咄嗟にゆのかの嘘に乗っかったのだ。

「でも、本当にしんどかったら、遠慮なく言ってね?
 エール号の先輩だし…一応ゆのかより、1年長く生きてるからさ。」

 隠し事の話から、何気なくフェードアウトすると……ゆのかは、目を丸くした。

「え……?」
「ん?」
「え……そ、の…
 17…歳……?」
「あれ、何その反応。もっと年寄りかと思った?」

 うみは、いたずらっぽくゆのかに聞いた。
 長身で、物腰柔らかなのに、堂々として、かなりの自信があるうみ。ゆのかから見て……少なくとも、立ち振る舞いは、たった1つ違いには見えなかった。

(勝手に…20歳ぐらいかなって…思ってた……)

 だが、確かによく見せるあどけない表情は、高校生でも違和感はない。

「年寄り…じゃ、なくて……その…もっと、年上…か、と………」
「うっわ。俺、老け顔?やだなー。」

 うみがおどける。

(老け顔って……顔は、年相応なのに。)

 極度の緊張から逃れ、安心したせいか…面白いと思える余裕が、ゆのかに生まれていた。

「あはっ…」

 クリクリした深い緑の瞳が、細くなる。キュッと、口角がほんの少しだけ上がった。
 ゆのかは思わず、声に出して、笑っていた。

(わっ…笑っちゃった…?!今の、絶対……失礼、だよね…?!)

 うみは、驚いた表情で黙り込む。ゆのかはほんのり顔を赤くして、慌てて謝罪した。

「ご…ごめん…なさい………」
「笑った…?」
「!!
 ごっ…ごめ……」
「なんで謝るの?
 今の」

 “笑顔可愛い。もっと見せてよ。”……なんて言いかけたキザったらしい台詞を、うみは慌てて飲み込んだ。

(それは流石に、ゆのかには駄目。引かれる。)

 うみは、ニコッと笑って誤魔化すことにした。

「…いや。
 さっき俺も笑っちゃったし。それでおあいこ。」
「……?」

 何も知らないゆのかは、不思議そうにうみを見た。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。 真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。 婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。 白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

処理中です...