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君を絶対…

今、うみは…

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◇◇◇

 見つけた階段で3階まで駆け上がり、曲がりくねった通路を走り抜ける。
 こんなにも堂々と廊下を走っているにも関わらず、幸運なことに2人は誰にも会わなかった。
 ギターのある部屋を目指していると、ある部屋の前で使用人が1人立っていた。
 2人は廊下の影に隠れた。うみが様子を窺う。

「あの部屋?」

 うみが後ろを振り向くと、ゆのかは膝に手をついて、息を切らせていた。

「っ……っ……
 そっ………」

 気づかれまいと、ゆのかは荒い呼吸を必死に押し殺しながら、うみに返事をする。

「……この距離なら聞こえないから。
 深呼吸しよ。我慢すると体に悪いよ?」

 うみの言う通り…2、3回深呼吸して、息を整える。

「聞いて大丈夫?」
「あ……う…ん……」
「おばあ様って、ギター嫌いなんだよね?
 なんで、ギターの部屋に見張りなんかつけてるの?」
「あの、部屋…他にも…貴重な、置物や……絵画……書籍…書類…たくさん、ある…から……」
「なるほどね。入ったことある?」
「最近…は……全、然……」
「了解。
 さっきの方法でいこっか。ここに座ってて。」
「は…い………」

 うみは、部屋の前の使用人に話しかけようとした。その時だった。

「侵入者だぁっ!!」

 下の方から、怒鳴り声が聞こえる。

「とっとと捕まえろ!!!」
「上の階に行ったらしいぞ!!!」
「登れええええっ!!」

 足音が徐々に大きくなっていく。

(この声…使用人さん達っ……
 侵入者って…私達のことだよね?ってことは、侵入したのが、ばれちゃってるってこと…?!)

 こちらに近づいてくる気配に、ゆのかの体は強ばった。

「流石に見つかるの早かったかー。
 アイツら、どっかに閉じ込めとけばよかったかな?」

 うみは呑気に呟いた。

「走れる?…こっち!」

 ゆのかの手は、うみに引っ張られた。

(…って、ええええっ?!)

 うみが、使用人がドアの前に立つギターの部屋に向かって、突進しているのだった。

「ちょっ……み、見つかる…っ!!止っ…ま…」
「いや、もう見つかってるし。」
「あ……そっ…か…」

 部屋の前の使用人が、走る2人に気づき、ギョッと目を丸くする。

「なっ…お前らっ、誰だぁっ?!!」

 だがうみは、スピードを緩める気はない。
 うみは、空いている右手で…懐の中から何かを出した。

「手をあげろ。」
「何っ、拳銃?!!」

 うみの言葉通り、使用人が手をあげようとした、その瞬間。
 パァンッ!!
 乾いた音が、容赦なくゆのかの耳をつんざいた。

(……え?
 今の……何………?)

 スローモーションのように、使用人が倒れていく。だがうみは、そんな使用人を気にもせず、ドアの方へ向かう。

「おいっ…今の音……」
「銃声だぁっ!!急げええ!!!!」

 喉が渇く。強烈な心臓の音だけが、ゆのかの中で響いた。


(今、うみは…人を……殺した?)


 かろうじて働く頭で考えられたことは…最悪な展開。
 ゆのかは、うみに掴まれた手を思いっきり振り払う。うみの手は、簡単にほどけてしまった。
 まさか、離されると思っていなかったのだろう。うみは、後ろを振り向いて怪訝そうな顔をする。

「どうしたの?急がないと…」

 うみが、はぐれた手を差し出す。だがゆのかは、その手を、頑なに受け取らない。

「わっ……私は!!」
「ゆのか…?」
「そこまでしてっ…ギター…欲しくない…!!」

 突然、態度が変わったゆのかに、うみは驚いた。

「急に、何言って…」
「ギター…なんてっ………いらない、って…言ってるの…っ!!」

 ゆのかは震えながら、これまで聞いたことのない強い口調で、うみに怒鳴った。

「そんなことで、怒ってるの?」
「そんな…こと………?」

 うみが、人を殺したことを…“そんなこと”と言っていることが、ゆのかには信じられなかった。

(うみも…おばあ様や航ちゃんと、同じで…………自分がよければ……他の人なんて……どうでも、いいの…?
 っ、私…うみのこと…信じてたのに…!!!)

 再び、この家に足を踏み入れることが、不安で仕方なかった。それでも守ってくれるうみを、信じることが心地よくなっていた。
 そんなうみが、命を奪うことに躊躇いがないなんて……ゆのかは、裏切られた気分だった。

「…待って、ゆの」
「やっ………来ないで…!!!」

 ゆのかは、近寄るうみを拒絶した。
 うみは、一定の距離をあけて立ち止まった。

「嫌ならここで言う。
 ゆのか、誤解だよ。この使用人さんを、よく見て欲しい。」

 うみの訴えに、ゆのかは戸惑った。
 惨劇を目の当たりにする勇気を、なんとか振り絞って、使用人を見る……だが、使用人の周りの床は、何の変哲もないただの床だった。

(あれ…?撃たれたら…床が、血でいっぱいになってるはずだよね…なんで床は、綺麗なままなの……?
 ……っていうか)

「ンガァ………グゥー…スー…」

 使用人は、大きないびきをかいていた。明らかに眠っている。

(でも…さっき、うみは確かに……発砲していたし…音も聞いたのに…どういうこと……?)

 混乱していると…うみの笑い声が、クスッと聞こえてきた。
 うみは、ゆのかの前に先程の拳銃を出した。

「実はこれ、見た目は拳銃なんだけど…引き金を引くと、銃弾じゃなくて、麻酔針がでてくるんだ。名前は“スピガン”。
 昔は、吹き矢で眠らせてたんだけど…それを、ある仲間が改良してくれたんだ。」

 その見た目に、ゆのかは体をピクッ…と震わせるが……使用人を殺したわけでなく、ただ眠らせただけのうみを、拒絶することはなかった。

(な、なんだぁ………)

 ゆのかは、体の力が抜けて…ヘナヘナと、その場に座り込んでしまった。
 と、なれば、盛大に勘違いしてしまったゆのかがすることは、1つしかない。

「あ、あの……そ…の……
 疑って…ごめ」
「本物だと思った?」

 うみはしゃがんで、ゆのかと目を合わせた。何で答えれば、うみの気を悪くしないか…ゆのかは、返事に迷ってしまった。

「見れば寝てるって分かるから、ちゃんと説明しようと思わなかったんだけど…
 いきなり拳銃こんなの出てきて、大きい音が出たら、誰だってびっくりしちゃうよね。怖がらせて、本当にごめん。」
「…!
 あ…謝る……のは…っ、わ…たし…の……方」
「ふふっ。そんなことないよ?
 ゆのかは、優しいね。」
「え……?」

 うみは、目を細めてゆのかを見つめる。怒っている様子も、気分を害している様子もないようだった。

「使用人さんに追いつかれちゃうし……そろそろ部屋に入ろっか。」

 そう言って、うみはなぜか眠っている使用人の服を触り始めた。

「あの…何、して……」
「ちょっと物色してるんだけど……あーった。これかな?」

 物騒な言葉を使いながら、宝物を探し当てた子どものような表情をするうみ。その手には、細長い金色の鍵が握られていた。
 そのまま、目の前の鍵穴に差し込む。
 カチャッ
 鍵は回り、ギィ……と、重々しい音を立ててドアが開く。2人は部屋の中に入った。


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