夢の音を奏でます!〜第1話 始まりの唄〜

水澄 涼海

文字の大きさ
27 / 35
君を絶対…

今、うみは…

しおりを挟む
◇◇◇

 見つけた階段で3階まで駆け上がり、曲がりくねった通路を走り抜ける。
 こんなにも堂々と廊下を走っているにも関わらず、幸運なことに2人は誰にも会わなかった。
 ギターのある部屋を目指していると、ある部屋の前で使用人が1人立っていた。
 2人は廊下の影に隠れた。うみが様子を窺う。

「あの部屋?」

 うみが後ろを振り向くと、ゆのかは膝に手をついて、息を切らせていた。

「っ……っ……
 そっ………」

 気づかれまいと、ゆのかは荒い呼吸を必死に押し殺しながら、うみに返事をする。

「……この距離なら聞こえないから。
 深呼吸しよ。我慢すると体に悪いよ?」

 うみの言う通り…2、3回深呼吸して、息を整える。

「聞いて大丈夫?」
「あ……う…ん……」
「おばあ様って、ギター嫌いなんだよね?
 なんで、ギターの部屋に見張りなんかつけてるの?」
「あの、部屋…他にも…貴重な、置物や……絵画……書籍…書類…たくさん、ある…から……」
「なるほどね。入ったことある?」
「最近…は……全、然……」
「了解。
 さっきの方法でいこっか。ここに座ってて。」
「は…い………」

 うみは、部屋の前の使用人に話しかけようとした。その時だった。

「侵入者だぁっ!!」

 下の方から、怒鳴り声が聞こえる。

「とっとと捕まえろ!!!」
「上の階に行ったらしいぞ!!!」
「登れええええっ!!」

 足音が徐々に大きくなっていく。

(この声…使用人さん達っ……
 侵入者って…私達のことだよね?ってことは、侵入したのが、ばれちゃってるってこと…?!)

 こちらに近づいてくる気配に、ゆのかの体は強ばった。

「流石に見つかるの早かったかー。
 アイツら、どっかに閉じ込めとけばよかったかな?」

 うみは呑気に呟いた。

「走れる?…こっち!」

 ゆのかの手は、うみに引っ張られた。

(…って、ええええっ?!)

 うみが、使用人がドアの前に立つギターの部屋に向かって、突進しているのだった。

「ちょっ……み、見つかる…っ!!止っ…ま…」
「いや、もう見つかってるし。」
「あ……そっ…か…」

 部屋の前の使用人が、走る2人に気づき、ギョッと目を丸くする。

「なっ…お前らっ、誰だぁっ?!!」

 だがうみは、スピードを緩める気はない。
 うみは、空いている右手で…懐の中から何かを出した。

「手をあげろ。」
「何っ、拳銃?!!」

 うみの言葉通り、使用人が手をあげようとした、その瞬間。
 パァンッ!!
 乾いた音が、容赦なくゆのかの耳をつんざいた。

(……え?
 今の……何………?)

 スローモーションのように、使用人が倒れていく。だがうみは、そんな使用人を気にもせず、ドアの方へ向かう。

「おいっ…今の音……」
「銃声だぁっ!!急げええ!!!!」

 喉が渇く。強烈な心臓の音だけが、ゆのかの中で響いた。


(今、うみは…人を……殺した?)


 かろうじて働く頭で考えられたことは…最悪な展開。
 ゆのかは、うみに掴まれた手を思いっきり振り払う。うみの手は、簡単にほどけてしまった。
 まさか、離されると思っていなかったのだろう。うみは、後ろを振り向いて怪訝そうな顔をする。

「どうしたの?急がないと…」

 うみが、はぐれた手を差し出す。だがゆのかは、その手を、頑なに受け取らない。

「わっ……私は!!」
「ゆのか…?」
「そこまでしてっ…ギター…欲しくない…!!」

 突然、態度が変わったゆのかに、うみは驚いた。

「急に、何言って…」
「ギター…なんてっ………いらない、って…言ってるの…っ!!」

 ゆのかは震えながら、これまで聞いたことのない強い口調で、うみに怒鳴った。

「そんなことで、怒ってるの?」
「そんな…こと………?」

 うみが、人を殺したことを…“そんなこと”と言っていることが、ゆのかには信じられなかった。

(うみも…おばあ様や航ちゃんと、同じで…………自分がよければ……他の人なんて……どうでも、いいの…?
 っ、私…うみのこと…信じてたのに…!!!)

 再び、この家に足を踏み入れることが、不安で仕方なかった。それでも守ってくれるうみを、信じることが心地よくなっていた。
 そんなうみが、命を奪うことに躊躇いがないなんて……ゆのかは、裏切られた気分だった。

「…待って、ゆの」
「やっ………来ないで…!!!」

 ゆのかは、近寄るうみを拒絶した。
 うみは、一定の距離をあけて立ち止まった。

「嫌ならここで言う。
 ゆのか、誤解だよ。この使用人さんを、よく見て欲しい。」

 うみの訴えに、ゆのかは戸惑った。
 惨劇を目の当たりにする勇気を、なんとか振り絞って、使用人を見る……だが、使用人の周りの床は、何の変哲もないただの床だった。

(あれ…?撃たれたら…床が、血でいっぱいになってるはずだよね…なんで床は、綺麗なままなの……?
 ……っていうか)

「ンガァ………グゥー…スー…」

 使用人は、大きないびきをかいていた。明らかに眠っている。

(でも…さっき、うみは確かに……発砲していたし…音も聞いたのに…どういうこと……?)

 混乱していると…うみの笑い声が、クスッと聞こえてきた。
 うみは、ゆのかの前に先程の拳銃を出した。

「実はこれ、見た目は拳銃なんだけど…引き金を引くと、銃弾じゃなくて、麻酔針がでてくるんだ。名前は“スピガン”。
 昔は、吹き矢で眠らせてたんだけど…それを、ある仲間が改良してくれたんだ。」

 その見た目に、ゆのかは体をピクッ…と震わせるが……使用人を殺したわけでなく、ただ眠らせただけのうみを、拒絶することはなかった。

(な、なんだぁ………)

 ゆのかは、体の力が抜けて…ヘナヘナと、その場に座り込んでしまった。
 と、なれば、盛大に勘違いしてしまったゆのかがすることは、1つしかない。

「あ、あの……そ…の……
 疑って…ごめ」
「本物だと思った?」

 うみはしゃがんで、ゆのかと目を合わせた。何で答えれば、うみの気を悪くしないか…ゆのかは、返事に迷ってしまった。

「見れば寝てるって分かるから、ちゃんと説明しようと思わなかったんだけど…
 いきなり拳銃こんなの出てきて、大きい音が出たら、誰だってびっくりしちゃうよね。怖がらせて、本当にごめん。」
「…!
 あ…謝る……のは…っ、わ…たし…の……方」
「ふふっ。そんなことないよ?
 ゆのかは、優しいね。」
「え……?」

 うみは、目を細めてゆのかを見つめる。怒っている様子も、気分を害している様子もないようだった。

「使用人さんに追いつかれちゃうし……そろそろ部屋に入ろっか。」

 そう言って、うみはなぜか眠っている使用人の服を触り始めた。

「あの…何、して……」
「ちょっと物色してるんだけど……あーった。これかな?」

 物騒な言葉を使いながら、宝物を探し当てた子どものような表情をするうみ。その手には、細長い金色の鍵が握られていた。
 そのまま、目の前の鍵穴に差し込む。
 カチャッ
 鍵は回り、ギィ……と、重々しい音を立ててドアが開く。2人は部屋の中に入った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...