夢の音を奏でます!〜第1話 始まりの唄〜

水澄 涼海

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君を絶対…

お父さんのギター

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 部屋には、様々な州から取り寄せられた調度品や、贈り物が置かれていた。家に飾りきれなかった分と、家の雰囲気に合っていないものの置き場となっている。棚には、歴史書や本、そして帳簿などの書類の束が大量に並んでいた。
 部屋の奥の方まで棚はそびえ立っていて、造りはまるで、図書館のようだった。

(確かに、このドアを見張る使用人は…鍵を持っていても、おかしくないし……だからわざわざ、鍵のある4階まで行かなかったのも、納得できるけど…
 あんな短い時間で、鍵って見つかるものなの……?)

 使用人は、ボタンやらチェーンやらがついた凝ったデザインの服を着ていた。しかも、服の生地は少し厚い。
 上から触っただけでは、あの小さな鍵を見つけるのは、かなり難しいように見える。しかも、束になっているわけでもない、細長く薄い鍵1つを。

「どうしたの?」

 不思議そうな視線を感じたうみは、ゆのかに聞いた。

「あ……なんで……鍵の、場所……分かったの…かな、て……思い…まし………思っ…た。」
「あぁ。実はこの人…俺がスピガン見せるちょっと前に、左胸を押さえててさ。
 スピガン見せた直後だったら、心臓を押さえていたのかもしれないけど…侵入者俺達を認識した後のことだったから、気になって。探したらあっただけ。たまたまだよ。」

 ゆのかは、目を丸くした。

(それは…“たまたま”って、言わないような……)

 伊達に、顔がいいだけのお調子者ではない。何度も言うようだが、それなりの実力がうみにはあるのだ。

 部屋の1番奥に辿り着いた時、ゆのかは目を見張った。

「……っ!!」

 高級な物が溢れかえるこの部屋の中で、ひときわ異彩を放っていた古びた机。
 その上には……忘れ去られたように、大きな黒いケースが埃を被って置いてあった。
 一見、形は歪だが、ゆのかにとって馴染みの深い物。うみは、黒いケースを覆っている何年分もの埃を払って、ケースを開けた。

「これが、ゆのかの宝物?」

 そこには、1本のギターがあった。
 ケースは汚れ、弦は錆びついているが……ボディは艶を持ち、べっこう飴のような優しい色をしていた。僅かに入る日光が反射して、ゆのかの顔を照らす。
 ゆのかは近寄って、ギターをそっと持ち上げて背を見る。

“奏多”

 色褪せた父のサインに…ゆのかは、涙が溢れそうになった。

(お父さんの…ギター……!)

 懐かしさと愛しさで、胸がいっぱいになる。

「っ、うん…!」

 潤んだ瞳。だが、口元は綻んでいる。それを見たうみも、嬉しくなった。

「それじゃ、帰ろっか。」
「うん…」

 その時、部屋のドアが、勢いよく開く音がした。続けて、ドタバタと乱暴な足音が聞こえてくる。

「おいっ…いたぞ!侵入者だ!!」
「もう逃げられねぇからな?!大人しくしろ!!」

 2人の前に姿を現したのは、怒りの形相をした使用人達だった。手には、立派な長剣が握られている。

(この人達……っ、普段騎士団として、働いている人達だ…………みんな、強い人…………)

 パッと数えただけでも、10人はいる。その10人は、退路を塞ぐようにジリジリと近づいてきて、今にも2人に飛びかかりそうだ。
 うみは、ゆのかを庇うように前に進み出た。その顔に浮かぶ不敵な笑みに、使用人達は思わず足を止めた。

「あーあ。見つかっちゃったか。
 俺達さ、ギターこれが欲しかっただけなんだよね。他は何も興味ないから、見逃してくれないかな?」

 ギターのケースを掲げると、使用人は鼻で笑った。

「ハッ、そんなガラクタが欲しいわけないだろう?!!」
この家に侵入し、挙句使用人に暴行を加えた目的は何だ!!!」
「今言ったじゃん。」
「何だとっ?!!!」

 血の気の多い若い使用人が、うみを睨みつけた。

「この家はなぁっ、ホペ州長様の邸宅だ!!てめぇらっ、タダじゃおかねぇぞ?!!」
「お前達。待ちなさい。」

 少し年配の使用人が、他の使用人を制した。

「青年よ。何か理由があるのだろう?
 私達は今、少し立て込んでいてね。本当のことを話せば、君達に危害を加えず逃がしてやろう。」
「何を言ってるんですか?!!」
「後ろにいる彼女は恋人かな?
 彼女からも言ってやってくれ。彼に、本当のことを話すようにと。
 このままでは、若い奴らが黙っていられない。私でも止めるのに限界がある。」

 穏やかで、物腰柔らかな言葉。

(まぁ…逃がすなんて、間違いなく嘘だろうなぁ。)

 だが、うみはそんなものには引っかからなかった。

(恋人って…まさか、私のこと…?でも、“彼女”って、私しかいないよね……?
 私って、気づかれてない……?何か言った方が…いいのかな……?)

 ゆのかは釈然としないまま、うみを見上げる。
 うみは人差し指を自分の唇に当てた。それが“黙っていて”の合図だと察して、ゆのかは頷いた。
 うみは、使用人達の方に向き直った。

「じゃあ、本当のことを言うね。俺達は、このギターを返してもらいに来ただけだよ。」
「やれやれ。まだそんな戯言を抜かしているのか。」

 年配の使用人は、肩をすくめた。

「私はもう、知らんぞ?
 …おい、お前達」
「ぶっ…ははっ!
 へぇ。マジで分かってないんだ。この家の人達って本当、職務怠慢が多すぎ。」

 高らかに笑って、ゆのかの頭へ手を伸ばした。

「ちょっとごめんね。」

 暗い部屋。大勢の使用人。
 視界が、一気にひらけて…全てのものが、ゆのかの目の中に飛び込んでくる。窓から溢れる一筋の光が、照らしていた。
 ゆのかが、ウィッグと帽子がなくなったことに気づいたのは…うみにとられてから、数秒後のことだった。
 氷のように固まる部屋の中で、ゆのかの髪はキラキラ輝いている。

「なっ……な…………」
「ゆ……ゆのか様ぁっ?!!」

 あたりは騒然とした。それもそのはず。夜通し捜し続けたゆのかが、目の前にいるのだから。

「このギターはこのの物。俺達はそれを返してもらいに来ただけ。
 本当のことは言ったよ?それは、アンタ達が1番よく知ってるでしょ。」

 反論する者は、誰もいなかった。ギターを“ガラクタ”と罵った使用人は、顔を青くさえしている。

「お、おい……どーするんだよ……」
「航様いねぇし、とっとと捕まえれば……」
「バカ!手荒い真似して、ゆのか様に下手にチクられたら…オレ達終わりだぞ?!!」

 この後どうするか、ザワザワと話し合う声だけが部屋に響く。なかなかどかない使用人に、うみは痺れを切らした。

「早く逃がしてもらえないかな。」
「何を喋らせているっ…早く捕まえろ!!!」
「し…しかし……」
「おー、怖い怖い。
 こんな狭いところで暴れたら、部屋がぐちゃぐちゃになるだけじゃなくて……ゆのかにまで当たりそうだね。俺も、こんな物騒な物持ってるし。」

 うみは、スピガンを取り出して、ゆのかの方に向けた。
 嘘だと分かってるゆのかは、至って平常心だったが……拳銃そっくりな見た目に、使用人達はさらに動揺している。

(ゆのか。窓、開けられる?)

 うみに囁かれる。ゆのかは頷いて、窓の鍵に手を伸ばした。

(きっと…窓から逃げるんだ……さっきの塀みたいに、ロープを使って。)

 少し高い位置に、鍵を見つけた。ゆのかは、つま先立ちをして、手を伸ばした。

「君…そちらのお方は、どなたか知っているかな?」
「知ってるよ。アンタ達が血眼になって捜してるでしょ。」
「その通り。では、なぜそんなに必死になって捜しているか分かるかな?
 この州で最も尊い…州長様のお孫様だからだよ。」

 年配の使用人が、しみじみと語り始めた。どうやら威嚇から、説得する方法にシフトチェンジしたらしい。

「ゆのか様は、次期州長になられるために、勉学に励んでいた。
 きっとそれが、プレッシャーになられていたのだろう。思わず、家を飛び出してしまったが……帰るに帰れないところを君に惑わされ、このような奇行に走っている。違うかい?」

 うみは、何も言わなかった。言い返せないと判断した使用人は、いい気になって口を開く。

「君がしていることは、ただの誘拐だ。だが、今ゆのか様を返してくれれば…罪には問われない。」
「俺は、ここの州民じゃないけど…それでも罪になるの…?」
「この州で罪を犯したなら、当然だろう?
 ちなみにホペ州は、法律が厳しくてね。重い罰を、受けることになるだろう……おそらく無期懲役が課せられる。
 ましてや、ゆのか様はホペ州長のお孫様。州長のお怒りを、買ってしまったら…君は、この州での最高刑、死刑を受けることになってしまう。」

 使用人は、難しい顔をしたうみに優しく微笑んだ。説得が通じたと、安堵する様子が隠しきれていない。まさか、うみが時間を稼ぐために話しているなんて、思いもせずに。


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