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君を絶対…

“綺麗な名前”なんて、言うんだもん。

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「君は、まだ若い。
 何を血迷ったかは知らんが…このままでは、君の人生を棒に振ることになる。それは嫌だろう?
 だから、ゆのか様を返してくれるね?」

 使用人は、うみに都合のいいように優しい言葉をかける。

(血迷ってる…ね。
 誘拐が罪だの、いろいろ言ってるけど…………うみ自体、この州では罪みたいなもんなのに。)

 ふと、怯えるゆのかと出会った時のことを思い出す。うみは、静かに笑った。

(ゆのかを助けることが罪なら……俺は、喜んで受け入れるよ。)

 カチャン
 ありったけの力を込めて、ゆのかは窓を開錠することができた。
 そのまま、窓を押し出す。埃っぽい部屋に柔らかい風が入ってきた。
 窓を開けたゆのかに、うみは笑いかける。

「ゆのか、よくやったね。」
「なっ…」
「おいっ、逃がすな!!!」
「ごめんね。ゆのかはもう、俺達の仲間だから。」

 うみは即座に、右手でギターケースを持って、左腕でゆのかを持ち上げた。

「……え?」

 突然、うみに担がれたゆのか。そしてうみは、開いた窓から勢いよく、飛び出した。

「っ、きゃああああああ!!!」

 紐でゆっくり降りると思っていたゆのかは、完全に油断していた。まさか、何もなしに飛び降りるなんて思うはずもない。

(こっ…ここ…っ……ここっ、3階!!)

 ドンッ!と、着地の音がする。
 一瞬とはいえ、落ちていく危うい感覚にゆのかは目が回った。うみは、ゆのかをそっと降ろして地面に座らせる。

「ゆのか、ごめん。大丈夫?」
「大………じょ…ぶ…です…………」

 全く大丈夫ではないが、なんとか返事をしておく。
 ぐらぐらする視界で、辺りを見渡すと、庭で警備をしていたはずの使用人が数名、なぜか地面に倒れていた。

(なんで…倒れてるの……?)

 ゆのかが疑問に思った時だった。

「あ、いた!!
 おーい!うみぃぃーーっ!!」

 声の方を見ると、赤髪の男がそこにいた。足元には、これまた数名の使用人が倒れている。

「お。ナイスタイミング。」

 うみが呟くと、夕焼けのように赤い髪の男は、こちらへ駆け寄ってきた。
 背は高いが、うみほどではない。年も、おそらくそんなに変わらないだろう。
 ネコみたいな瞳。チラッと、八重歯が見える。耳には、ピアスが何個もついていて…一見、荒くれ者の中にいてもおかしくない風貌をしている。だが、うみに向けてる笑顔は無邪気だ。

(……誰?)
 
 ようやく焦点が合ったゆのかは、赤髪男を見上げる。

「時間ぴったりだね。」
「おーよ!
 入口のヤツらと、ついでに帰ってきたヤツら全員、片しといたぜ!!」
「めちゃくちゃ助かる。
 今から逃げるんだけど、一足先にこれを船まで運んでくれないかな?」

 うみはゆのかのギターケースを、その男に渡した。

「高価な物だから、丁寧に持って帰ってね。」
「おうっ!
 コレ、ソイツの?」

 赤髪男が突然、ゆのかの方を向いた。

(……!!!)

 人見知りのゆのかは、バッ!と目を逸らす。

「そうだよ。じゃ、よろしく。」
「……ぁ、の…っ……」

 俯きながら、うみの足をつつく。知らない人に、大切なギターを預けることが、とてつもなく不安だ。

「大丈夫。
 コイツも、エール号の船員だよ。俺やあいるさんや、星さんの仲間。」

 うみはしゃがんで、ゆのかを安心させるように、ニコッと笑う。

「だから、預けていい?」
「………。」

 ゆのかは、首を縦にコクンと振った。

「じゃ、よろしく。スカイ。」
「おう!
 じゃ、また後でな!!」

 “スカイ”と呼ばれた男はニッと笑って、ギターケースを持って、風のように去っていった。

「後でちゃんと紹介するね。
 俺達も行こっか。」
「う…ん………」

 ゆのかは、立ち上がろうとする。だが、体が重い。力を入れようとも、全く力が入らず、その場から動けない。
 まるで、別人の体ではないかと錯覚してしまいそうで、ゆのかは戸惑った。

「ゆのか?」

 うみが不思議そうにゆのかを見る。

「あ…の……」
「もしかして、立てない?」
「ご…ごめん……な…さい………っ!」

 このままでは、逃げることはできない。体が震えて、涙が出てきそうになる。

「大丈夫だよ。謝らないで?
 きっと、疲れちゃったんだよ。さっきも、びっくりさせちゃったし。」

 ゆのかに気にさせないように言ってみたものの、ゆのかの耳には全く届いていない。

(時間、ないのに…ここで止まったら、捕まっちゃうのにっ……どうしよう…っ、どうしよう?!)

 焦る気持ちが募る。カタカタ震えるゆのかを見て……うみは、もう一度しゃがんだ。

「ちょっとごめんね?」

 整った顔が、ゆのかを覗き込む。

(なんだか…楽しそう…?
 気のせい…だよね。だって、こんな状況で)

 その時、ゆのかの体がグンと宙に浮いた。

「え…?」

 体の左側が温かい。膝の下と肩が、“何か”で支えられている。
 ゆのかは、必死に状況を整理して…その“何か”が、うみの腕だと気がついた。
 見上げると、うみの顔。体は地面から、離れていた。

(これ…まっ…まさか…
 おっ…お、お、お、お姫さまだっこっ…!?)

 そう。ゆのかはうみに、お姫さまだっこをされていたのだった。
 心拍数が、一気に上昇する。顔が熱くて、うみを見れない。

(たっ…た、確かに……立て、なかった……けどっ……私を抱えて、逃げることなんて、できないよね?!)

 こんな恥ずかしいことを、出会ってまだ一日の男に、される訳にはいかない。

「う…うみ…っ……あ……私っ、降り」
「走るよ。掴まってて?」

 だがうみは、ゆのかの声を聞かず、すごい勢いで走り出した。

「とっ、止まっ……やっ!!」

 振り落とされそうになるのを堪えて…ゆのかは、目の前にあるものに、ギュッと掴まった。
 恥ずかしさと、振り落とされないかという不安が入り交じる。だがうみが止まる気配は、全くと言っていいほどない。

「止まれぇぇぇっ!!!」

 ゆのかの気持ちを代弁するかのように、使用人の声が後ろから聞こえてきた。

「ゆのか。目、閉じてて?」

 うみに言われるがまま、ゆのかは目をつぶる。
 うみは、後ろからの殺気に集中して、体を5cm右にずらした。
 ビュンッ!!さっきまでいた場所に、木刀が振り下ろされる。
 ザァアアアアッ!!と、砂が擦れる音とともに、うみは止まりながら、後ろを振り返る。

(3人……家の中にいた奴らか。)

 うみがニヤリと笑うと、使用人の1人が、もう一度木刀を振り下ろした。
 うみは、狙いを定めて、ガラ空きのみぞおち急所を思いっきり蹴り上げる。

「ガハッ!!」

 グギッ、と嫌な音がして、使用人は地面にうずくまった。
 別の使用人も間髪入れずに、剣を持って突進してきた。

(コイツは…右手。)

 剣をかわして、右手を地面に叩きつけるように叩き落とす。
 剣が、ガシャン!と、地面で回った。

「グッ、ああああああああ!!!」

 苦痛で顔が歪む。おそらく、骨にヒビは入っているだろう。

(あと1人……あ。)

 背後から、足音が聞こえる。最初に攻撃してきた使用人のもので、後ろから襲いかかってくるようだった。
 その使用人は、うみが油断したと思っていたのだろう。ほんの少し重心をずらすと…使用人の木刀が、最後の1人の頭をクリーンヒットした。

「何っ?!」

 おそらく脳しんとうを起こして、最後の1人は倒れた。

(急所にエグい攻撃もしていることだし…コイツ1人くらいなら、振り切れる。)

 倒れてる2人の合間を縫っていくように、うみはその場を駆け抜ける。

「ま…待ちあがれっ……クソッ!!」

 悔しそうに叫んだ使用人は、みぞおちへのダメージが大きいようで……ゆのかを抱えているハンデがあるにも関わらず、うみに追いつく様子はなかった。
 戦いの音が聞こえなくなったゆのかは、おそるおそる目を開けると、ちょうど家の門から出るところだった。

(追いかけてこない……うみが、倒したの…?)

 ゆのかを抱き上げながら、使用人達を倒し…ゆのかを抱き上げてるのに、走るのが速いうみに……ゆのかは、恥ずかしいを通り越して、驚くことしかできなかった。


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