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第1章

side ロイ 貴族の子供

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俺はロイ。平民出身だから苗字はない。体躯に恵まれたことを活かして剣を学び、晩翠ばんすいの騎士団に入団した。晩翠の騎士団は王国直属の騎士団の中でも実力派の騎士団で、生まれや出身は拘らない。だからこそ自分も今こうして団員の証明として騎士団の剣を所持しているのだ。

でもまぁ平民出身の俺をよく思わない人間は正直沢山いる。それは騎士団の中にでもあるし、仕事相手の貴族もそうだ。貴族の警護に駆り出されて派遣されると、高確率で出身を確認されるし、答えると嫌な顔をされる。酷い時には人を変えてくれと言われることもある。うちの団長はそういうのをよく思わない人なので、気にするなとは言ってくれるけど、やっぱり少し気にしてしまう。

だからこそ、オーウェン公爵から警護の依頼が舞い込んだ時、俺は嫌な顔をした。団長に呼び出されて詳細を聞き、次の任務が貴族の子息の警護だと知った時、俺の隣には先輩のルークさんもいた。そう、何故か俺とルークさんが指名されたのだ。件のオーウェン公爵に。

貴族が人を指名してくることは珍しくない。けれど、大体その場合は貴族出身の奴を選ぶ。でも俺は平民だ。ルークさんだって一応は貴族の出身だけど、名高い訳ではない。だからこそ俺は不思議だったのだ。オーウェン公爵は、何故俺達を選び、指名したのか。そして何故団長はあんなにも嬉しそうにしていたのか。


…その理由を知ったのは、オーウェン公爵家に派遣された後だった。


ルークさんは、俺より先輩でうちの騎士団の中じゃ頭が切れる人だ。作戦にもよく参加しているし、団長からの信頼も厚い。任務の指揮官に任命されることもしばしばだ。対して俺は、正直頭はそこまで良くはない。平民出身だというのもあるが、元々勉強が好きではないし、難しいことを考えるより身体が動くタイプなのだ。母親からは良く脳筋と言われるが、あながち間違ってはいない。

つまり、ルークさんと俺は戦いのタイプが違うのだ。俺は力特化型で、ルークさんは頭脳型。大人数の作戦で一緒になることはあっても、ペアを組むことはほとんどない。相性が良いとは思えないというのが正直なところだ。そう思っていたのはルークさんも同じだったようで、オーウェン公爵の部屋に通された後、ルークさんは静かに尋ねた。


「……何故、私とロイを指名したのか、お伺いしても?」


その言葉に、オーウェン公爵はスッと目を細めた。その気迫に思わずぞくりと身体が震えた。…この人は、ただの貴族侮ってはいけない人だ。本能が、そう告げた。


「私の息子…セトが毒殺されかけたことは知っているね?」

「はい。事前に渡された調査依頼書に記載されていましたので」

「…セトは、奇跡的に目を覚ました。けれど、それまでの記憶を全て失った」

「…!」


ぴくりとルークさんの眉が上がる。この情報は、調査依頼書には書かれていなかった。


「正直ね、まるで別人なのだ。実の父親でも驚く程に………逞しくなった」

「逞しく…ですか」

「そうだ。我が子の成長を喜ぶべきなのかもしれない。…けれど、私にはどうも、不安定に見えて仕方ないんだ。…長男として、生まれ変わらなければならないと感じさせてしまったのではないかと」

「記憶がなくなる前のセト様は、どのような人なったのですか?」

「とても、臆病な子だった。引っ込み思案で、家族の前でしか笑わない慎重な性格だった。だからこそ、社交界デビューを心配していたのだ」


事前に目を通した資料には、社交界デビューの予行練習として開催したパーティーで毒を飲んだとあった。練習が必要だと判断するほど、コミュニケーションに難ありな子供だったのかもしれない。


「護衛を付けようと思ったのは、毒殺されかけたことが大きな理由だ。セトは無事だったとはいえ、全ての毒が抜け切った訳ではないし、今後も狙われる可能性はある。…でももうひとつは、一人にしておくのは少々不安だという、親心さ。君達は過保護だと思うかもしれないけどね」

「…親は子を心配するものですから」

「そう言ってくれると助かるよ」


公爵は微笑んだ。その表情からも、息子を心から愛していることが伝わる。微笑ましい空気の公爵とルークさんを見ながら、俺は内心、悪態をついた。親に愛され、何でも与えられ、ぬくぬくとぬるま湯に浸されたまま生きて、金の価値を知らずに、なんの苦労することもなく大人になって、身分の低い者を見下す貴族が、俺は心底嫌いだったからだ。

下らねぇ。爵位とかネームバリューとか、プライドとか品の良さだとか。くだらない見栄張って、人を傷つけることも厭わずに金にしがみついて、権力に物言わせて。

庶民のことなんて、人間だとも思ってねぇんだどうせ。



一言も発さない俺を公爵が一瞥した。俺は慌てて心の中の悪態を掻き消した。


「話が逸れたね。それで、君達を指名した理由…だったかな?…そうだね、端的に言うとセトに合うと思ったから。そして、オーウェン公爵家として恥じない騎士に相応しいのは、君達しかいないと思ったから。これが理由だよ」

「相応しい…ですか?」


いつも冷静なルークさんが動揺したのが分かる。かく言う俺も動揺していた。今まで平民なことを罵られることはあっても、望まれることはただの一度もなかった。それを今、この人は“相応しい“と言ったのだ。


「君達の家柄、性格、戦闘能力、騎士団での普段の様子や周りからの評価まで、全て調べさせて貰った。その上で、君達が最も信頼出来ると判断した。私はプライドが高く用心深いのでね。実力があり、信用出来る人間しか屋敷に置きたくないのだよ」

「…」


俺もルークさんも押し黙った。全てを調べた上で、俺達を選んだ。俺が平民出身なのも知っていて、俺を選んだ。俺とルークさんは、タイプは違えと実力はある。じゃないと、うちの騎士団には居られない。


団長が嬉しそうにしていたのは、この人が、ちゃんと能力や実力を見ている人だったから。団長の大事にしている能力と、芯のある人間性を、この人も求めていたからだ。そのことに気づいて、俺は漸く今目の前にいる男がではないことを悟った。


────怖い。


単純にそう思った。この人は、怖い。敵に回してはいけない。


ルークさんも同じことを感じたのかもしれない。その顔は少し青くなっているように見えた。




数日後、俺達2人は正式にオーウェン公爵家の子息、セト・オーウェンの護衛になり、当の本人と相見えることとなった。今日はオーウェン公爵と共に買い物に行くらしい。冬の始まりを知らせるような涼しい風が吹く中、馬車の前で新しい主を待つ。

子供の護衛なんて、と俺は思っていた。生意気で、どうしようもないガキだったらしばき倒してやる。そんなことを思っていたら、小さな塊が屋敷の中から出てきた。

あどけない顔立ちは、本当に6歳なのかも怪しいほど幼い。サファイアのように青い目が、父親を見て細まり、そしてやがてこちらを見て、まんまるに見開かれた。

公爵に抱き上げられた彼と、同じくらいの目線になる。不思議そうな目線を無視して、公爵に紹介されるがままこちらから挨拶を述べた。


「ロイと申します。よろしくお願いしますセト様」

「ルークです。以後お見知り置きを」


普通は立場の上の者から挨拶をするんだが、セト様の目の前に居たのが俺だったので、仕方なく自分から挨拶した。その意図を汲んでくれたのか、ルークさんは特に何も言わなかった。流石、気遣いの出来る男。ルークさんのそういう所が、俺は好きだし尊敬している。


セト様はじっと俺達を見つめていた。騒ぎ出す訳でもなく、はしゃぐこともなく、静かにじっと、何かを考えているようだった。


「俺は今後、屋敷から出ても良いのですか」


やがてその小さな口から飛び出したのは、そんな言葉だった。予想外の言葉に俺は驚いていたが、公爵がその質問の意図を問うと、彼はこう続けた。


「父上や母上のご迷惑にはなりませんか」


俺は面食らった。正直、舐めていたのだ。この子供を。

何不自由なく育てられて、甘やかされてきた子供だと思っていた。我儘で、傲慢な貴族の子息だと思っていた。だから、挨拶も淡白にした。

でも、違う。の子供は、こんな質問をしない。この子供は、理解しているのだ。自分に護衛が付くのかも、自分が今世間的にどんな立場なのかも、自分の行動が与える影響も。

この買い物の意味にも気づいていた。紋章がない馬車にも、公爵の地味な服装にも、姿を隠せるような自身の服装にも全て。たった6歳で、ここまで察することが出来るものなのか?…少なくとも俺が同じ歳の頃は無理だったように思う。


その後も公爵の問いかけにつらつらと答えていく子供を見て、俺は身震いした。そして、自分の愚かさを恥じた。

決めつけていた。貴族は愚かで、傲慢な存在だと。でも、全てがそうな訳じゃないと思い知らされた。この目の前の親子によって。

貴族にだって立場はある。時には、命を狙われることもある。…必死に生きている場合だって、あるのだ。こんな小さな子供が、大人の身勝手な思惑によって命を落としかけた事実がある。それを忘れてはならないと俺は思った。今までの思い込みと先入観を捨て、俺は新しい主を護ろうと誓った。彼を侮辱した自分自身を、許してはいけない。


簡単な挨拶だけで直ぐに買い物に出発した。オーウェン公爵は、俺の反発心に気づいていたのかもしれない。俺達とセト様は殆ど会話のないまま、目当ての店に到着してしまった。


親子が買い物している間、俺とルークさんは外で待機していた。店の出入り口を見つめながら、俺は横にいるルークさんに話しかける。


「ルークさんは、どう思いました?」

「…セト様のことかな?」

「はい」


ルークさんは目を細めて、ひとつ息を吐いた。


「……聡明な方だと思ったよ。6歳であの考察力は大したものだ。流石は名高いオーウェン家の跡取り。…そして、」

「そして…?」


彼の眉毛がすっと下がった。親子が店から出てくる様子はない。それでも、ルークさんはこちらを見ることなく続けた。


「公爵様が言っていたことが、分かったような気がした。…あの方は、何とも言えないがあるね」

「…危うさ…」

「うん。上手く言語化出来ないんだけどね。まだ6歳なのにあそこまで大人にならなくてはいけなかったんだと思うと、少し切なくなるね」


6歳で、殺されかけたことがある。たった6年生きただけで大人の事情を悟ることが出来る位にまで成長して、親に遠慮して、世間体も考えて、自分の立場を理解して。

大人にならなくちゃいけなかった、6歳の子供。


「貴族だろうが平民だろうが、子供には幸せでいて欲しいと願ってしまうよ、私は」


ルークさんが悲しそうに笑った。ルークさんも、一応は貴族の家柄で。でも三男だから跡を継ぐ可能性は無いに等しい。だからこそ爵位の高い家柄の女性と婚約し、婿養子として嫁ぐことを親から命じられた過去があると、昔話してくれた。それが嫌で、騎士団に入ったとも。

もしかしたら彼も、貴族の子供として苦い思いをした幼少期があるのかもしれない。平民の俺には分からないけど、どんな立場でも苦悩はあるんだと、そんなことを思う。


知っていけたら良いと、俺は思った。新たな主を、これからもっと知ることが出来たら、俺の中の貴族の固定概念もぶち壊れるかもしれない。

愛することは出来なくても、認めることは出来るかもしれない。理解することは、出来るかもしれない。きっと、彼の傍に居れば分かるだろう。己の先入観を恥じた今日のように。大人びた子供を、少しでも恐怖や理不尽な憎悪から遠ざける盾となろう。彼が少しでも長く、子供で居られることを願おう。


柄にもなくそんなことを思いながら、俺は主がまだ出てこない店の出入り口に向き直した。




数分後、様子を見に行ったらルークさんが傷だらけの獣人の子供を抱えて出てきたのと、身に付けていた上着を脱いだ状態で出てきた子息を見て、俺はその場でひっくり返りそうになったのであった。
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