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第四章
リーヴァ=リバーヴァ-03
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いない。いない、いない…!
俺はリーヴァの姿を探して、一時避難場所内を彷徨っていた。アジ=ダハーカの仲間も騎士団も一緒になって近辺を捜索してくれている。だが、彼女の姿はたったひとつの証言を残して忽然と姿を消してしまっていた。
ボランティアの女性による証言。
逃げ遅れた老人がいると聞いて、キャンプ地へと引き返していった…。
それだけである。もちろん、証言した女性の身元も確認した。が、全く問題ない。問題なのは、誰がリーヴァにその情報を流したのか… 未だ誰もその部分に関する情報を掴めないでいたのだ。あの混乱の中、誰が逸れてしまっても不思議ではなかった。しかし、それがよりによってリーヴァだとは…。
「ライヴ、本当に申し訳ない。私の落ち度だ。責めるならいくらでも責めてくれてもいい。私としては全力で彼女の居場所を探す用意がある」
「いえ、これは俺自身の責任です。決してローンさんの責任ではない。連中がリーヴァを狙っていると知っていながら、何もできなかった俺の落ち度だ…」
ローンは俺の肩を叩きながら、「本当にすまない」とだけ言った。
「ほらほら、何暗くなってるの? あのメッドが言ったんでしょ? 我が手中にあるって。ならば片っ端から洗っていくしか無いじゃない。それに、ウチには優秀な情報屋だっているしね!」
ヘリン=イリュフレントだった。こういう時にはムードメーカーのヘリンの存在が本当に助かる。
「で、またこの男がいるのだが…」
シュタークに首根っこを掴まれたヌッツがそこにいた。なんともいいタイミング… というか、良すぎやしないか?
「ええ、本日もまっことお日柄も麗しく…」
「麗しくない。こっちは非常事態が起きて感情が高ぶってるんだ」
「まぁまぁライヴさん、そこは抑えて抑えて。それよりも、大事なお話がございます。少しばかり、お耳を拝借してもよろしいでしょうか?」
「それは、この場で話すにはマズいことか?」
「勿論でございます。おっと、決して疑われるようなことではありません。ただ、少しばかり気にかかることが…」
「…わかった。皆さん、少しばかり席を外します。リーヴァの件についてはまたあとで」
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を知るものは幸せである。心豊かであろうから。だからこそ皆に伝えよう、勇敢なる戦士たちの伝説を。さて皆さん、こんばんは。司会進行役のブレンドフィア=メンションです。ご機嫌いかがですか?
前回のお話では、少女リーヴァ=リバーヴァがアムンジェスト=マーダー卿に拐われた事実に触れてきました。では、何故この普通の少女がさらわえるようなことになってしまったのでしょう? かつて私が出演した映画では、彼女に何らかの秘密が隠されているといった内容でストーリーが構築されていました。それは魔法のような不思議な力… でもあくまでヒロイックファンタジーの域を出ていませんでした。では史実ではどうだったのでしょう?…」
「マーダー卿の性癖…もう一つの通り名”メッド=クラウン”の名にふさわしく、おそらくですが、ライヴ少年に大きく揺さぶりをかける事が目的だったのではないでしょうか?」
そう語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授である。
「彼は敵と認めた相手に対し、その相手を無抵抗なまま甚振ることを好んでいました。それは伝承や伝奇でもおなじみの通りです。また、ウィクサー首長国の捕らえた敵兵は皆串刺しにして国境に並べたりと、残酷な一面も持ち合わせていました。それらの事実は、このオベリスクに刻まれたレリーフの中に描かれています。そこには鬼神と化したマーダー卿の姿として表現されているのです。ですから、この時のライヴ少年の心中たるや計り知れません」
「ですがその一方で、非常にリアリストであった一面も、このマーダー卿は持ち合わせていたようです」
そのように語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「彼が無駄な戦いを避けるために、そう言った人の恐怖心を上手く利用していたと考えられています。それは”恐怖公”の名を冠することになった少年時代の敵討ちにおいて、その後暫くは強盗などの被害が減ったという珍しい記録が残っています。おそらくですが、そういう猟奇的な事件を起こすことで人の恐怖心を煽り、自体を最小限に留めるという彼自身が編み出した一つの方法論ではなかったのではないでしょうか?」
◇ ◇ ◇ ◇
俺はアジ=ダハーカに戻り、自室にヌッツを招き入れた。あれだけ狭く感じていた俺の部屋が、リーヴァがいなくなっただけでこんなにも広く感じる。本当に思いもよらなかった。俺はベッドに腰掛け、ヌッツをデスクの椅子に座らせる。
「で、俺だけに何の話があるっていうんだ?」
「ライヴさん、あなたは烏という存在をご存じですか?」
「いや、初めて聞くな。空を飛ぶ、あの烏じゃなくて?」
「ハイ、我々情報を商うものの間でも謎の多い存在です。一人であるとも言われてますし、ひとつの集団であるとも言われています。なんでもクリーアを雇うだけで天下を取れるだけの情報を収集できるとか。私どものようなコミュニティでは到底扱えないような機密事項でも簡単に手に入れてしまうと聞きます。他の方にこの話をしましても『都市伝説』扱いされてしまいますので、このような手段に出た次第で…」
「で、そのクリーアがどうしたって?」
「はい、おそらくですがこの度の一件にこのクリーアが深く関わっていると思われます」
俺はヌッツを見た。とても嘘を言っているようには思えない。だが、少しカマをかけてみようと思った。
「それにしては、随分と詳しいじゃないか。実はヌッツ、あなたがそのクリーアの一員であっても不思議ではないよな?」
「へ?」
「……」
「ええッ!? め、滅相もない。もしそうだとしたら、私ならば全員の前でこの話をします」
「いや、逆もあるよな。誰がクリーアに関わっているか疑心暗鬼に陥らせるって策もありえるよな?」
「そ、そんな…」
俺はヌッツの表情を深く観察した。その結果は… シロ。もし万が一関連があったとしても、その自覚なしにやっていると言ったところだろう。ヌッツはその顔いっぱいに汗をかきながら、否定する。
「いや、すまなかった。どうやら俺の勘違いだったようだ。どうか気にしないでくれ」
「本当ですよ、ライヴさんも人が悪い…。試すにしても質が悪すぎです!」
「ハハハ… 本当に申し訳なかった。これも癖になっててね。ヌッツさんは”人狼ゲーム”って知ってますか?」
「人狼…? 一体何なんです、それは?」
「ちょっとした鬼当てゲームですよ。会話の中からたった一人の鬼を見破るという内容のゲームなんです。そういった内容のゲームは、この世界にはないのかな?」
「まるで別の世界から来たようなことを言うんですな? 少なくとも、私は聞いたことはありません」
「そうか。では話を元に戻そう。そのクリーアがどのように関わっているって?」
「アジ=ダハーカの関係者の中に、クリーア、もしくはクリーアに関わっている人物がいます。そうでないと、こうもピンポイントで、しかも、こうも早くあっさりとリーヴァさんを目的にメッド=クラウン卿がやって来るとは思えない。彼はクリーアを雇っていると噂される一人でもあります」
「ふむ。それで?」
「ライヴさんも不思議に思いませんでしたか? リーヴァさんの居場所をああもピンポイントで押さえられるという不可思議な現象に。例え私が優秀なエージェントであったとしても、そこまでの情報は扱えません。それに、時折ですが、アジ=ダハーカの動きを的確に把握しているとも取れる帝国軍の動きもあります。こういった内容だからこそ、ライヴさんだけにお話したのです」
ナルホド。確かに一理ある。
「俺はクーリアは一人ではなく、一つの組織だと考える。そのほうが腑に落ちるからだ。難民キャンプに潜むテロリストを見つけるのと同じく、俺達レジスタルスや難民たちの中からクリーアに関連した人物を特定するのはほぼ不可能に近いだろう」
「ほほう。…ほぼ、ですか?」
「そう、”ほぼ”だ。決して不可能ではない。読みさえ間違えなければ、おそらく尻尾を出すだろう」
「やはりあなたにお話してよかった。くれぐれもご注意なさいませ」
「わかった、ありがとうヌッツさん。で、俺としてはお願いがあるのだけれど、聞いてもらえるかな?」
「わかりました。で、私は何をすればよろしいんで…?」
◇ ◇ ◇ ◇
「お待たせしました。ヌッツとの話は無事に終わりました」
「で、どんな話を聞いたんだ?」
「ちょっとした商売の話だよ、マーン。大したことではない」
「気になるわね。一体どんな儲け話を拾ってきたのかしら?」
「ヘリンさん、それも内緒です。儲け話とは秘匿性が高いから儲け話なんですよ」
「それもそうね。わかったわ、もとの話に戻りましょう。リーヴァの居所に関してなんだけど…」
「それよりも、ローンさん。俺達はこれからどのように展開するつもりですか?」
「それはどういう意味かな、ライヴ?」
「言葉の通りです。個人的な事情で作戦に遅れを生じさせる訳にはいかない。リーヴァもこのようになることは覚悟していた。
これはある意味で仕方のないこと…。でも戦は機を逃せば勝てるものも不可能になります。勿論、リーヴァのことは心配ですし、なんとしても救出したい。ですが、本作戦の二の次とするべきです」
「ちょっと…」
「どうしたの、フラウ?」
「無理しなくてもいいのよ、誰だって大事な人を奪われたら…」
「……」
俺は瞳でフラウの言葉を制した。
「…わかったわ。そういうことね。それ以上は何も言わない。でも、後悔するかもしれないわよ?」
「ボクは納得出来ないわ!」
「シェスター…」
「ボク、あんたがそういう男だとは思いもしなかった! 信じてたのに…。この人でなし!」
「な、どうせコイツはこういう男なんだよ。人情の欠片もないってか。ハッ!? 随分と御大層にできてるんだな、お前のココは!」
マーンが俺の胸を指差した。
「自分の彼女より、戦局のほうが大事とはよ!」
「…心配してくれてありがとう。でも、今はこうするしか無いんだ。…わかってほしい」
「…ライヴ、いいんだな」
ローンが重い口を開いた。俺はローンと目を合わせ、頷いてみせた。
「勿論です。リーヴァの件はいずれなんとかします…」
「もう、知らない!」
その場に耐えきれなくなったシェスターがその場を去ってしまった。
「では、今から1時間後にブリーフィングをする。間に合うよう、各自準備をすること!」
「私、シェスターのところに行ってくるわ」
フラウが手をあげてくれた。俺はただ一言「…頼む」としか言えなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ディーパ・ティイから更に西へ62Giz(約100km)に、ちょっとした城下街があった。アーサーハイヴである。未だ帝国の影響下にあるこの街は、グリーティスタンの各地方へと通じる要所のひとつとなっていた。もしマーダーが通るとするならば、おそらくこの場所を置いて他にない。アーサーハイヴの更に西にはグリーティスタンの州都、マーダーが治めるスタディウム・ノーディスタンの地が控えている。その一方で、当初の進軍予定だったダシュタットの街がディーパ・ティイから南へ62Gizのところにある。俺は1時間後のブリーフィングに合わせ、ローンと今後の進路についての相談をしていた。
「…そういうハラか…」
「…はい。おそらくこちらが何もしなければリーヴァの居所など何もわからないでしょう。もしくは、あちらさんにとって都合のいい情報が流れてくるだけかもしれない。どうせ敵の情報屋が紛れ込んでいるというのなら、こちらが連中を情報で振り回してもいいでしょう?」
「…辛い選択になるぞ」
「分かっています。でも、クーリアに関連した人間を特定するには、どうしても必要なことなんです」
「…そうだな。こちらの情報がダダ漏れになっているのではないかとの懸念はあったのだが、やはりとはな」
「俺だって、仲間を疑いたくはない。でも…」
「もういい。君がその十字架を背負おうというのならば、私もまた責任者として君の十字架を背負おうではないか」
「勝手を言って、本当にすみません」
「いいさ。どうせ本来ならば私一人で背負うはずだった十字架だ。君が手伝ってくれるのならば軽いものさ…」
◇ ◇ ◇ ◇
「我々は今から、ダシュタットの街へ向かう。ここは以前、我々が開放しながら再び敵に奪還されてしまった場所だ。このグリーティスタン地方を押さえるためには、まずひとつひとつ落としやすい街を開放させなくてはならない。で、あるならば、このダシュタットはまだ我々の同胞が数多く潜んいるという事実を重く見るべきだ。故に、我々はこのダシュタットへと進路を取る!」
ブリーフィングルームに、ローンの声が響き渡った。
「はい」
「質問かね? いいだろう、フラウ」
「ありがとうございます。先の件でリーヴァが誘拐されてしまいました。彼女を追うという選択肢はなかったのですか?」
「その彼女を、どうやって追う? 現在の居場所もわからないと言うのに」
「ヌッツさんの情報網なら、あるいは…」
「そのヌッツが分からないと言ってきた。ならば、闇雲に探しても仕方あるまい?」
「それは… そうなのですが…」
「フラウ、ありがとう。でも、手がかりを知る最初の一歩なんだ。理解して欲しい」
「……」
「ボクは反対! ライヴ、キミがなんと言おうと、ボクは彼女を最優先すべきと思うけどな!」
「シェスター…」
「シェスター、待って。これは何か策があるみたいよ。…違うかしら、ライヴ」
「まぁ、考えてないこともないですが、ここでは言えません。…気遣いに感謝するよ、フラウ」
「あたしはローン様の言うとおり、ダシュタットの同胞を優先すべきと思います」
「何故そう思うかね、ヘリン」
「はい、ローン様。先程ローン様がおっしゃった通り、ダシュタットの同胞が我々の帰還を待ちわびていることでしょう。またダシュタットには主にアーサーハイヴの兵士がいます。一挙に敵の兵数を減らすいい機会だとあたしは考えます」
「俺もヘリンの意見に賛成です」
「マーン、君もかね?」
「はい。一度開放した地域を奪還されるとは、俺達の名前を汚すことにほかなりません。ここは一刻も早くダシュタットを開放すべきです!」
「ならば、決まりだ! 我々はこれからダシュタットへと向かう。各自装備を点検・補充の後、戦闘配備に付くように。作戦開始及び出立は明朝五時!…いいな?」
ローンが俺に目配せしてきた。俺は頷いて、それに答えてみせる。
「もう一度聞くわ。いいのね、ライヴ君?」
「君の気持ちを無駄にはしないよ。信じて欲しい」
シェスターは俺の目をジッと覗いてきた。
「…わかった。何か策があるのね。ボクの信頼を裏切ったら、許さないんだから!」
俺はリーヴァの姿を探して、一時避難場所内を彷徨っていた。アジ=ダハーカの仲間も騎士団も一緒になって近辺を捜索してくれている。だが、彼女の姿はたったひとつの証言を残して忽然と姿を消してしまっていた。
ボランティアの女性による証言。
逃げ遅れた老人がいると聞いて、キャンプ地へと引き返していった…。
それだけである。もちろん、証言した女性の身元も確認した。が、全く問題ない。問題なのは、誰がリーヴァにその情報を流したのか… 未だ誰もその部分に関する情報を掴めないでいたのだ。あの混乱の中、誰が逸れてしまっても不思議ではなかった。しかし、それがよりによってリーヴァだとは…。
「ライヴ、本当に申し訳ない。私の落ち度だ。責めるならいくらでも責めてくれてもいい。私としては全力で彼女の居場所を探す用意がある」
「いえ、これは俺自身の責任です。決してローンさんの責任ではない。連中がリーヴァを狙っていると知っていながら、何もできなかった俺の落ち度だ…」
ローンは俺の肩を叩きながら、「本当にすまない」とだけ言った。
「ほらほら、何暗くなってるの? あのメッドが言ったんでしょ? 我が手中にあるって。ならば片っ端から洗っていくしか無いじゃない。それに、ウチには優秀な情報屋だっているしね!」
ヘリン=イリュフレントだった。こういう時にはムードメーカーのヘリンの存在が本当に助かる。
「で、またこの男がいるのだが…」
シュタークに首根っこを掴まれたヌッツがそこにいた。なんともいいタイミング… というか、良すぎやしないか?
「ええ、本日もまっことお日柄も麗しく…」
「麗しくない。こっちは非常事態が起きて感情が高ぶってるんだ」
「まぁまぁライヴさん、そこは抑えて抑えて。それよりも、大事なお話がございます。少しばかり、お耳を拝借してもよろしいでしょうか?」
「それは、この場で話すにはマズいことか?」
「勿論でございます。おっと、決して疑われるようなことではありません。ただ、少しばかり気にかかることが…」
「…わかった。皆さん、少しばかり席を外します。リーヴァの件についてはまたあとで」
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を知るものは幸せである。心豊かであろうから。だからこそ皆に伝えよう、勇敢なる戦士たちの伝説を。さて皆さん、こんばんは。司会進行役のブレンドフィア=メンションです。ご機嫌いかがですか?
前回のお話では、少女リーヴァ=リバーヴァがアムンジェスト=マーダー卿に拐われた事実に触れてきました。では、何故この普通の少女がさらわえるようなことになってしまったのでしょう? かつて私が出演した映画では、彼女に何らかの秘密が隠されているといった内容でストーリーが構築されていました。それは魔法のような不思議な力… でもあくまでヒロイックファンタジーの域を出ていませんでした。では史実ではどうだったのでしょう?…」
「マーダー卿の性癖…もう一つの通り名”メッド=クラウン”の名にふさわしく、おそらくですが、ライヴ少年に大きく揺さぶりをかける事が目的だったのではないでしょうか?」
そう語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授である。
「彼は敵と認めた相手に対し、その相手を無抵抗なまま甚振ることを好んでいました。それは伝承や伝奇でもおなじみの通りです。また、ウィクサー首長国の捕らえた敵兵は皆串刺しにして国境に並べたりと、残酷な一面も持ち合わせていました。それらの事実は、このオベリスクに刻まれたレリーフの中に描かれています。そこには鬼神と化したマーダー卿の姿として表現されているのです。ですから、この時のライヴ少年の心中たるや計り知れません」
「ですがその一方で、非常にリアリストであった一面も、このマーダー卿は持ち合わせていたようです」
そのように語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「彼が無駄な戦いを避けるために、そう言った人の恐怖心を上手く利用していたと考えられています。それは”恐怖公”の名を冠することになった少年時代の敵討ちにおいて、その後暫くは強盗などの被害が減ったという珍しい記録が残っています。おそらくですが、そういう猟奇的な事件を起こすことで人の恐怖心を煽り、自体を最小限に留めるという彼自身が編み出した一つの方法論ではなかったのではないでしょうか?」
◇ ◇ ◇ ◇
俺はアジ=ダハーカに戻り、自室にヌッツを招き入れた。あれだけ狭く感じていた俺の部屋が、リーヴァがいなくなっただけでこんなにも広く感じる。本当に思いもよらなかった。俺はベッドに腰掛け、ヌッツをデスクの椅子に座らせる。
「で、俺だけに何の話があるっていうんだ?」
「ライヴさん、あなたは烏という存在をご存じですか?」
「いや、初めて聞くな。空を飛ぶ、あの烏じゃなくて?」
「ハイ、我々情報を商うものの間でも謎の多い存在です。一人であるとも言われてますし、ひとつの集団であるとも言われています。なんでもクリーアを雇うだけで天下を取れるだけの情報を収集できるとか。私どものようなコミュニティでは到底扱えないような機密事項でも簡単に手に入れてしまうと聞きます。他の方にこの話をしましても『都市伝説』扱いされてしまいますので、このような手段に出た次第で…」
「で、そのクリーアがどうしたって?」
「はい、おそらくですがこの度の一件にこのクリーアが深く関わっていると思われます」
俺はヌッツを見た。とても嘘を言っているようには思えない。だが、少しカマをかけてみようと思った。
「それにしては、随分と詳しいじゃないか。実はヌッツ、あなたがそのクリーアの一員であっても不思議ではないよな?」
「へ?」
「……」
「ええッ!? め、滅相もない。もしそうだとしたら、私ならば全員の前でこの話をします」
「いや、逆もあるよな。誰がクリーアに関わっているか疑心暗鬼に陥らせるって策もありえるよな?」
「そ、そんな…」
俺はヌッツの表情を深く観察した。その結果は… シロ。もし万が一関連があったとしても、その自覚なしにやっていると言ったところだろう。ヌッツはその顔いっぱいに汗をかきながら、否定する。
「いや、すまなかった。どうやら俺の勘違いだったようだ。どうか気にしないでくれ」
「本当ですよ、ライヴさんも人が悪い…。試すにしても質が悪すぎです!」
「ハハハ… 本当に申し訳なかった。これも癖になっててね。ヌッツさんは”人狼ゲーム”って知ってますか?」
「人狼…? 一体何なんです、それは?」
「ちょっとした鬼当てゲームですよ。会話の中からたった一人の鬼を見破るという内容のゲームなんです。そういった内容のゲームは、この世界にはないのかな?」
「まるで別の世界から来たようなことを言うんですな? 少なくとも、私は聞いたことはありません」
「そうか。では話を元に戻そう。そのクリーアがどのように関わっているって?」
「アジ=ダハーカの関係者の中に、クリーア、もしくはクリーアに関わっている人物がいます。そうでないと、こうもピンポイントで、しかも、こうも早くあっさりとリーヴァさんを目的にメッド=クラウン卿がやって来るとは思えない。彼はクリーアを雇っていると噂される一人でもあります」
「ふむ。それで?」
「ライヴさんも不思議に思いませんでしたか? リーヴァさんの居場所をああもピンポイントで押さえられるという不可思議な現象に。例え私が優秀なエージェントであったとしても、そこまでの情報は扱えません。それに、時折ですが、アジ=ダハーカの動きを的確に把握しているとも取れる帝国軍の動きもあります。こういった内容だからこそ、ライヴさんだけにお話したのです」
ナルホド。確かに一理ある。
「俺はクーリアは一人ではなく、一つの組織だと考える。そのほうが腑に落ちるからだ。難民キャンプに潜むテロリストを見つけるのと同じく、俺達レジスタルスや難民たちの中からクリーアに関連した人物を特定するのはほぼ不可能に近いだろう」
「ほほう。…ほぼ、ですか?」
「そう、”ほぼ”だ。決して不可能ではない。読みさえ間違えなければ、おそらく尻尾を出すだろう」
「やはりあなたにお話してよかった。くれぐれもご注意なさいませ」
「わかった、ありがとうヌッツさん。で、俺としてはお願いがあるのだけれど、聞いてもらえるかな?」
「わかりました。で、私は何をすればよろしいんで…?」
◇ ◇ ◇ ◇
「お待たせしました。ヌッツとの話は無事に終わりました」
「で、どんな話を聞いたんだ?」
「ちょっとした商売の話だよ、マーン。大したことではない」
「気になるわね。一体どんな儲け話を拾ってきたのかしら?」
「ヘリンさん、それも内緒です。儲け話とは秘匿性が高いから儲け話なんですよ」
「それもそうね。わかったわ、もとの話に戻りましょう。リーヴァの居所に関してなんだけど…」
「それよりも、ローンさん。俺達はこれからどのように展開するつもりですか?」
「それはどういう意味かな、ライヴ?」
「言葉の通りです。個人的な事情で作戦に遅れを生じさせる訳にはいかない。リーヴァもこのようになることは覚悟していた。
これはある意味で仕方のないこと…。でも戦は機を逃せば勝てるものも不可能になります。勿論、リーヴァのことは心配ですし、なんとしても救出したい。ですが、本作戦の二の次とするべきです」
「ちょっと…」
「どうしたの、フラウ?」
「無理しなくてもいいのよ、誰だって大事な人を奪われたら…」
「……」
俺は瞳でフラウの言葉を制した。
「…わかったわ。そういうことね。それ以上は何も言わない。でも、後悔するかもしれないわよ?」
「ボクは納得出来ないわ!」
「シェスター…」
「ボク、あんたがそういう男だとは思いもしなかった! 信じてたのに…。この人でなし!」
「な、どうせコイツはこういう男なんだよ。人情の欠片もないってか。ハッ!? 随分と御大層にできてるんだな、お前のココは!」
マーンが俺の胸を指差した。
「自分の彼女より、戦局のほうが大事とはよ!」
「…心配してくれてありがとう。でも、今はこうするしか無いんだ。…わかってほしい」
「…ライヴ、いいんだな」
ローンが重い口を開いた。俺はローンと目を合わせ、頷いてみせた。
「勿論です。リーヴァの件はいずれなんとかします…」
「もう、知らない!」
その場に耐えきれなくなったシェスターがその場を去ってしまった。
「では、今から1時間後にブリーフィングをする。間に合うよう、各自準備をすること!」
「私、シェスターのところに行ってくるわ」
フラウが手をあげてくれた。俺はただ一言「…頼む」としか言えなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ディーパ・ティイから更に西へ62Giz(約100km)に、ちょっとした城下街があった。アーサーハイヴである。未だ帝国の影響下にあるこの街は、グリーティスタンの各地方へと通じる要所のひとつとなっていた。もしマーダーが通るとするならば、おそらくこの場所を置いて他にない。アーサーハイヴの更に西にはグリーティスタンの州都、マーダーが治めるスタディウム・ノーディスタンの地が控えている。その一方で、当初の進軍予定だったダシュタットの街がディーパ・ティイから南へ62Gizのところにある。俺は1時間後のブリーフィングに合わせ、ローンと今後の進路についての相談をしていた。
「…そういうハラか…」
「…はい。おそらくこちらが何もしなければリーヴァの居所など何もわからないでしょう。もしくは、あちらさんにとって都合のいい情報が流れてくるだけかもしれない。どうせ敵の情報屋が紛れ込んでいるというのなら、こちらが連中を情報で振り回してもいいでしょう?」
「…辛い選択になるぞ」
「分かっています。でも、クーリアに関連した人間を特定するには、どうしても必要なことなんです」
「…そうだな。こちらの情報がダダ漏れになっているのではないかとの懸念はあったのだが、やはりとはな」
「俺だって、仲間を疑いたくはない。でも…」
「もういい。君がその十字架を背負おうというのならば、私もまた責任者として君の十字架を背負おうではないか」
「勝手を言って、本当にすみません」
「いいさ。どうせ本来ならば私一人で背負うはずだった十字架だ。君が手伝ってくれるのならば軽いものさ…」
◇ ◇ ◇ ◇
「我々は今から、ダシュタットの街へ向かう。ここは以前、我々が開放しながら再び敵に奪還されてしまった場所だ。このグリーティスタン地方を押さえるためには、まずひとつひとつ落としやすい街を開放させなくてはならない。で、あるならば、このダシュタットはまだ我々の同胞が数多く潜んいるという事実を重く見るべきだ。故に、我々はこのダシュタットへと進路を取る!」
ブリーフィングルームに、ローンの声が響き渡った。
「はい」
「質問かね? いいだろう、フラウ」
「ありがとうございます。先の件でリーヴァが誘拐されてしまいました。彼女を追うという選択肢はなかったのですか?」
「その彼女を、どうやって追う? 現在の居場所もわからないと言うのに」
「ヌッツさんの情報網なら、あるいは…」
「そのヌッツが分からないと言ってきた。ならば、闇雲に探しても仕方あるまい?」
「それは… そうなのですが…」
「フラウ、ありがとう。でも、手がかりを知る最初の一歩なんだ。理解して欲しい」
「……」
「ボクは反対! ライヴ、キミがなんと言おうと、ボクは彼女を最優先すべきと思うけどな!」
「シェスター…」
「シェスター、待って。これは何か策があるみたいよ。…違うかしら、ライヴ」
「まぁ、考えてないこともないですが、ここでは言えません。…気遣いに感謝するよ、フラウ」
「あたしはローン様の言うとおり、ダシュタットの同胞を優先すべきと思います」
「何故そう思うかね、ヘリン」
「はい、ローン様。先程ローン様がおっしゃった通り、ダシュタットの同胞が我々の帰還を待ちわびていることでしょう。またダシュタットには主にアーサーハイヴの兵士がいます。一挙に敵の兵数を減らすいい機会だとあたしは考えます」
「俺もヘリンの意見に賛成です」
「マーン、君もかね?」
「はい。一度開放した地域を奪還されるとは、俺達の名前を汚すことにほかなりません。ここは一刻も早くダシュタットを開放すべきです!」
「ならば、決まりだ! 我々はこれからダシュタットへと向かう。各自装備を点検・補充の後、戦闘配備に付くように。作戦開始及び出立は明朝五時!…いいな?」
ローンが俺に目配せしてきた。俺は頷いて、それに答えてみせる。
「もう一度聞くわ。いいのね、ライヴ君?」
「君の気持ちを無駄にはしないよ。信じて欲しい」
シェスターは俺の目をジッと覗いてきた。
「…わかった。何か策があるのね。ボクの信頼を裏切ったら、許さないんだから!」
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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