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第五章
大草原血に染めて-04
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「ねぇ、ライヴ君」
口を開いたのは、俺の朝練を体育座りして眺めていたシェスターだった。
「君、太刀筋、少し変わったね?」
「…そうかな?」
「そうだよ」
アジ・ダハーカの甲板上、あの日から俺は徹底的に鍛錬を重ねていた。朝のストレッチに始まり、剣による居合と殺陣の練習。それに加えて、受け身の稽古から始まる格闘技系の殺陣も加えたのである。あの日?…そう、脱走したクフールのおっさんと、”喧嘩”という名の稽古を付けてもらったあの日から、いろいろ考えてきた。
俺に足りないもの…。
クフールのおっさんは言った。見せるための無駄が多い剣でしかない、手数は少ない方がいい、と。
そんなことはわかってる。でも、そうは言ってもさ。具体的にどうしろって云うのさ?
「…シェスター。お願いがあるんだけど」
「なに? ボクにできることなら、何だってするよ!」
「一手、相手をしてくれないか?」
「え!?」
「…ダメかい?」
「ダメってことはないけど…」
「俺の方に縛りを入れようと思うんだ。俺は片手用の短い竹刀を使う。君は好きな竹刀を、好きな様に使っていい。それと…」
「な、なに?」
「フラウを呼んできて欲しい」
「なんでよ?」
「二対一だ」
「ボクが一人なの?」
「違うって! 俺! 俺のほうが一人だよ。シェスターとフラウがチームになって、俺に斬り込んできて欲しい」
「…大丈夫?」
「ああ。問題ない。ただし、俺の方にはバンバスの手甲と鉢金を装備させてもらうけどな」
「わかった! ちょっと待ってて。フラウを呼んでくるね!」
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を知るものは幸せである。心穏やかであろうから。故に、伝えよう。英雄たちの戦いぶりを。…皆さん、こんばんは。当番組のナビゲーターを努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌はいかがですか?
さて。今回はいよいよ第13騎士団… アムンジェスト=マーダー直轄部隊の登場です。最強を誇ったとも言われる第13騎士団、それは数あるグロウサー帝国騎士団でも最も不吉を意味するナンバー”13”を名乗っていることからも、伺い知ることができます。その戦い方は残虐にして非道。その隊旗”踊る人形”を見たものは恐れ慄き、逃げ惑うしかなかったと史書や演義書に描かれています。はたして、その強さは本物だったのでしょうか? 数々の資料から史実を探っていきたいと思います…」
「皆さん、私は今、フラックフェルト平原第58号遺跡に来ています」
アンスタフト=ヒストリカ教授は、かつてこの遺跡の発掘リーダーを任されたことがあるという。
「懐かしいですね…。今でこそ観光のために開放されていますが、当時はセンセーショナルな発見がいくつもありました。ここはオアシスの周囲にできた集落の跡地で、数千年前にはその集落の墓場でもありました。この58号遺跡はアーサーハイヴ-ダズアルト砦ルート、グランデ・ダバージス-ダズアルト砦ルートからも外れた場所にあります。この事実は一体何を意味するのでしょう? この墓場から出土した遺体はみな、当時の兵士のものが殆どでした。その兵士の遺体の数が非常に多いのです。それまで考えられていた戦場がアーサーハイヴ-ダズアルト砦の導線上にあると思われていたこの戦いでの戦場が、それよりも遙か南に位置していたのです。ブラウ=レジスタルスがフェイントをかけてグランデ・ダバージスを攻め落としたとされる口伝が史実であったことを証明する、何よりの証拠となったのです」
「その通りです。ブラウ=レジスタルスの軍勢はスターファとグランデ・ダバージスの挟撃を避けるために、あえて進路を変更したと考えられるのです」
そう語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「挟撃に失敗しグランデ・ダバージスに帰投しようとした本隊とブラウ=レジスタルスの軍勢とが一線混じえたのがこの58号遺跡周辺であると見るべきでしょう。今私がいるのが、グランデ・ダバージスの県立歴史博物館です。ここから出土されている数々のアイテムは、帝国にとって直轄地でもあるこの地がブラウ=レジスタルス或いはそれに準ずる勢力によって落とされた事実を示しています。そして本隊のいないこの地があっさりと落とされたということが、それらの出土品から読み取ることができるのです。で、あるならば。グランデ・ダバージス-ダズアルト砦ラインに程近い58号遺跡周辺で、大きな戦闘が行われたことも納得の行く話であります」
◇ ◇ ◇ ◇
「前方に敵影の感あり!」
アジ・ダハーカの艦内に急を告げる警報が響き渡った。俺はシェスター/フラウの二人と別れ、駆け足でブリッジに上がる。
「ライヴだ、現状はどうなってる?」
「大群です。斥候によると、クアットを中心とした先制部隊と、ランダー隊を中心とした第二波とを確認した模様!」
ブリッジ要員の慌てた声が俺に届いた。
「レーダーではどれだけの数が確認できる?」
「おそらくクアット隊と思われる第一波は、その数20!」
「ようやく来たか、ライヴ君。で、君ならどう見る?」
「ローンさん。これはおそらく、本来俺達を挟撃するはずだったグランデ・ダバージスの残党とスターファの連合軍だと考えます。…で、斥候班からの情報ではどうなってる?」
「旗は三種類だと言うことまではわかっています。それ以上は狼煙での情報ですので、まだ…」
「三種類… て事は、ダズアルト砦の軍勢も混ざっていると考えるのが自然ですね…。ランダーの数は?」
「まだレーダーの外です!」
「で、君としてはどう戦うかね?」
「はい、ローンさん。…合流前のファグナックと連絡は付けられますか?」
「感応波による連絡は可能です!」
「では、打電。ファグナックに残してきたスカイアウフ隊をこちらへよこしてください。合流ポイントは…」
俺は俺に思いつく全ての指示を出して回った。敵第一波が到着するまで後15分程度。できることは限られている。
「では全艦取舵一杯! 騎士団も装備回収班を残し総員左へ回り込む。ランダー隊は全騎発艦! 剣とガイスト・カノンを装備、そのまま前進せよ。敵が射程距離内に入り次第発砲を許可する。とにかく派手にやってください! 回収班はできるだけ目立たないよう後方に配置。スカイアウフ隊は命令があるまで待機!」
「…ナルホド、そう来たか」
「はい。では俺は出撃します。後のことはよろしくお願いします」
「了解だ」
俺はブリッジを出ると、格納庫へと足を早めた。
「総員準備はいいか?…回せェッ…!!」
◇ ◇ ◇ ◇
クアット隊を積んだままのアジ・ダハーカとルーカイランが戦線から離れていく。だが、それでいい。俺は大きく深呼吸をすると、大音声で気勢を上げた。
「ここはその名の通り大平原だ。逃げも隠れもできない。それは一見、俺達に不利だといえる。だが、物は見方だ。この大地を味方につける。連中の主兵装は飛び道具だ。ならば、縦横無尽に逃げ回ろう! 撹乱だ! あのクアット隊をここに貼り付ける。それが主任務だ。…敵の弾に当たるなよ? 各員、合図があるまで適度に発砲しながら逃げ回ることに集中せよ。騎士団はうろちょろして体を崩した敵クアットをガイスト・カノンで撃ち落とせ。…いいか、野郎ども、ここが正念場だ! 気合入れろ…ッ!」
『-おおぅ…!!!-』
…なんだ、こっちの戦意は十分じゃないか。俺はホッと胸をなでおろした。
『-…ライヴ-』
「どうした、フラウ?」
『-お前、なんだか変わったな?-』
「変わった? …どこが?」
『-あの日… 脱走したアルターマンと稽古をしたというあの夜から、お前の纏う雰囲気が随分と変わった-』
「それは、悪い方にか?」
『-少なくとも、私の知っていたお前ではない。だが、頼りがいがあるという点では以前よりも増している-』
「それは、褒め言葉としてとっておくよ」
『-ちょっぴり寂しいがな。なんだかお前が遠くに言ってしまったようだ-』
フラウの声が、なんだか弱々しく聞こえてきた。
「俺は、強くならなきゃならないんだ。みんなのためにも、俺自身のためにも」
『-以前なら、どこか頼りなげだったが… 今なら安心して作戦に参加できる。頼りにしているよ-』
「心配するな、フラウ。俺は俺だ。その中身は何も変わっちゃいないよ」
『-…そう願いたいものだ-』
「さぁ、敵さんがやって来たぜ。…そろそろ始めようか?」
『-ああ、皆お前を信じている-』
「だな。…総員に告ぐ。作戦を開始する!」
『-ウラァァァァ!!!-』
◇ ◇ ◇ ◇
「で、ローン様。ライヴ君はどうして…」
「あんなに変わったか? かな?」
私はシェスターの表情に一抹の不安を読み取った。
「そう。そもそもローン様がライヴ君に、アルターマンから戦い方を学べって話から…」
「彼の様子がおかしくなったと?」
「そうだよ」
「彼は… ライヴ君は何も変わってはいないよ。安心するといい。もし変わったとするならば、彼の人生観が少し、変わっただけさ」
「でも…」
「多分、今は彼にとっての通過点さ。それさえ超えてしまえば、シェスターたちが知っているライヴ=オフウェイが戻ってくるだろう。確実にだ。その事だけは断言するよ。心配しなくていい」
「ローン様…」
ああ、この少女はなんという表情をするのだろう。もし私に紛うことなき変化が訪れたならば、彼女は同じような表情で心配してくれるだろうか? ライヴ君、君は本当に果報者だな。こう何人もの女性から愛を受けられるなど、そうそうはありえないぞ。このシェスターも、あのフラウも、変わらず君を愛している。願わくば、ライヴ=オフウェイよ。彼女らの愛に応えられる存在に育ってくれ。それがきっと、君の命を守るだろう。君の望みを叶えるだろう。その時はそう、遠い未来ではない…。
「…そろそろ時間だ。出撃準備を始めてくれ、シェスター」
◇ ◇ ◇ ◇
そろそろ、かな?
残っている敵のクアット部隊の数は、15。対するこちらの損害はファハン3騎だ。俺は以前から温めてきたプランを、隊全体で練度を高めてきたプランを実行に移そうと考えていた。
「頃合いだ。敵の高度も下がってきた。例のプランを開始しようと思う。皆、心の準備はいいか?」
『-はい、いつもどおりやればいいんですよね!-』
どこかの班からの声が聞こえてきた。
「そうだ。練度の高い、機動性の高いものが上を飛ぶ。そうでないものは、踏み台だ。普段の練習通りにやればいい。…いいな!」
『-おおう!-』
「では、二段ジャンプ作戦を開始する。積極的攻撃に移るぞ。覚悟はいいな、野郎ども!」
『-了解!-』
練度の低いドラグナーが空高くジャンプした! 続いて練度の高いドラグナーが練度の低いドラグナーの背中めがけてジャンプする。…勘のいい方は、お気づきになったかもしれない。そう、俺達は練度の低いドラグナーを踏み台にして、更に高い硬度にいる敵クアット隊の高度まで達しようというのだ。練度の低いドラグナーはジャンプを繰り返し、俺達の足場になってもらう。そうすることで、我々攻撃隊の高度を保持しようというのだ。これまで平面でしか動けなかったランダーに、高度という新たなフロンティアを構築しようというのが狙いだった。果たして…。
『-連中は任せましたよ!-』
『-ああ、任せろ!-』
『-俺達の分も頼みます!-』
『-任されて!-』
各々が、自らを踏み台にした同胞と声を掛け合っている。うん、いい傾向だ。では、俺も…!
「頼んだ!」
『-はい、一騎でも多く頼みましたぜ!-』
「はいよ!」
二段ジャンプは練習回数の割に、思いの外高度を取ることができた。後は、いかに高度を保つための連続ジャンプを成功させるかだ。
『-な、何だこいつら!?-』
『-ランダーが飛ぶ、…だと?-』
「見たかよ。俺、参上!」
敵クアット隊の慌てふためく姿を横目に、俺はブースターを更に更ふかして勢いをつけた。俺は大剣をスラリと抜くと、勢いを殺すことなく、敵クアットの脇腹から肩口に向けて力の限り突き刺した! そして、俺は敵コクピットの中の様子を覗き見る。
…うん、怪我はしているものの、無事なようだ。俺は大剣を振り抜くと、一旦落下行動に移った。
「次、いるか?」
『-私がいます、ライヴ殿!-』
そのファハンは地面を蹴って空高くジャンプすると、俺の足元へと軌道を合わせてきた。
「頼む!」
『-もう一騎は落としてくださいよね!-』
「あいよ…ッ!」
俺はそのファハンを足場にすると、再びブースターをふかし飛び立った!
「ぐおおおお…ッ!」
スタビライザーのスラスター出力を調整しながら、俺は次の獲物を指向する。
「…少し、遠いか?」
俺は左腕に装備したハンディ・カノンの照準をつけた。照門と照星の向こう側、慌てふためいているクアットの姿があった。
「移動標的を撃つ時は、…え… と…」
俺は落ち着いてトリガーを引いた。
パパパァァ… ン!
連射三発! 思った以上に反動が強い。固定された標的を撃つ射撃訓練の際にはあまり気にならなかったのだが、これはなかなか難しい…ッ! が。
タタァァ… ン!
敵クアットの右腕を貫通し、左足を弾いた!
「次、頼めるやついるか…ッ?」
俺は落下しながら周囲を一望した。
うん。ぴょんぴょんと上手くやっているようだ。斬りつけている者もいれば、あくまで間接攻撃に徹する者もいる。中にはジャンプに失敗して地上にまで落下している者もいるようだが、特に大きなダメージを負っているという訳ではないようだ。なんとか上手く再トライしているようにみえる。
『-ライヴさん、次は私が…!-』
「はいよ、頼んだ!」
俺はそのヘイムダルを足場に、更に高度を目指した。
ちょうど直ぐ側をフラフラ飛んでいる一騎がそこにいた。俺は左腕のハンディ・カノンをパージし、すれ違いざまに左腕をフック気味に突き出した。
パァァ… ン!
パイルバンカーの”爪”が、背面下から喉元へと、結晶石を貫く! 俺のレクルートは勢いを失い、敵を道連れに落下モードに移行した。俺は”爪”をそいつから引き抜くと、右手に持った大剣をそいつの背部ブースターに叩きつける。
「次、頼めるか!?…」
…こうして。
俺達ランダー隊は、通常なら不利とされた対スカイアウフ戦において、なんとか手堅く勝利を得ることができたのだった。
次は…。
やって来る敵本隊との戦いだ。
「…斥候!」
『-…敵はヘイムダル10、ファハン30、騎士およそ1200、戦艦1、空母1!…艦船はそれぞれアイ・アバエクとセェレ!-』
「…サンキュ!」
俺は信号弾を打ち上げると、その身を翻して撤退行動にでた。その距離、約10km。全速で、僅か15分程度の撤退。
敵は… 全速で追ってきている。俺は攻撃開始を意味する信号を打ち上げた。
ランダー隊は超信地旋回で対面する。数字的には五分五分。だがね…。
敵空中戦艦、空中空母それぞれに着弾!
遙か上空からの同胞、スカイアウフ隊の雷撃戦だった。濛々と煙を吐く敵艦船を尻目に、俺達は地上の制圧に取り掛かった。
遥か南方からは、コレた同胞アジ・ダハーカとルーカイランのガイスト・カノンによる砲撃が加わった。やがて、更に暫くすると、北方から土煙が上がった。俺達と並行してダズアルト砦を目指していたフルッツファグ・リッター:ファグナックと残してきたドラグナー隊・騎士団の到着だった。ファグナックは無慈悲な砲撃を開始、それは地上の部隊にも深刻な影響を及ぼした。
「…詰んだ、ね!」
俺が戦線から離脱しようとしたその時だった。
ドォォ… ン…!
敵ルフト・スラッシュシフ:アイ・アバエクから火柱が上がった。かの艦船はこちらを指向して落ちてくる!
「ランダー隊、散開!」
俺は振り返ると、それしか言えなかった。数分と経たぬ内に、アイ・アバエクは地上に叩きつけられる。
「各小隊、即時被害を報告!」
…しかし、聞こえてくるのは雑音ばかりだった。目視では、何騎かの生き残りが確認して取れる。それにしても、自軍の艦船を爆弾代わりに落としてくるとは… 流石の俺も想像を超えていた。
「もう一度言う、被害報告!」
『-アーサーハイヴ第三小隊、騎士は全滅! ランダーは… 私一人しか確認できず!-』
『-ダシュタット第一小隊、ドラグナー隊が… 一騎も動いていません!-』
『-フィスクランド第一小隊、なんとか三騎全て無事! 騎士には… 損害がかなり出ている模様!-』
『-こちらダシュタット第三小隊!…我一騎のみ稼働せり!-』
報告されてくるのは、どれも深刻な内容ばかり。この地まで、俺は被害が出ないよう頭をフル回転させてきたんだ。それを、その努力をこんなにもアッサリと覆してくるなんて…。
もうどれくらい経ったのだろう。被害報告は今も続いている。俺は時計を見た。…いや、実際にはほんの数分も経っていない。
『-報告します! 敵の隊旗を確認。隊旗は… 隊旗は… 踊る人形!!-』
『-なんだと? …ダンズン・ボッパだと…!?-』
『-間違いありません! 敵将はおそらく…-』
『-メッド=クラウン!-』
『-…あのマーダーが来たというのか…!-』
通信はえらく混線していた。地上の炎は未だ音を立てて燃え上がっている。俺は。俺は…。
…悩むまでもない、俺は即時撤退を意味する信号を撃ち上げた。
『-…おいおい、撤退とは興ざめではないか…?-』
炎を背にして、漆黒の巨大なドラグナーが現れた。少なくとも俺が知っているドラグナーで最も大きなのが、シュタークのダグザード。俺のレクルート・ファハンより1.2倍ほどの巨体とパワーを誇っている。しかし、この敵の黒い奴はその比ではなかった。1.5倍はあろうかという巨躯に大きな飾り角。ダグザードがカブトムシをイメージするというのなら、コイツはヘラクレスオオカブトを連想させる。しかも、ボディにも言えることだが、顔からして非常に禍々しい。
『-我がオフツィーア・ベクツェと一手、混じえてみるかね?-』
一歩、また一歩。オフツィーア・ベクツェは肩を揺らせながらこちらへ近付いてくる。
『-ライヴ殿、逃げてください!-』
一騎のヘイムダルがオフツィーア・ベクツェに踊りかかった。しかし、その剣は敵に届くことなくスッと避けられ…
パパパァ… ン!
大きく振り回した右腕のパイルバンカーで、ヘイムダルを地に叩き伏せた。ヘイムダルを串刺しにしたその”爪”は三本。その”爪”がそれぞれ独立して稼働している。抜けた”爪”からヌルっとした血が滴り落ちていた。
『-ライヴ殿!-』
二騎のファハンが左右同時に攻撃を仕掛けた。これも意に解することなく、ヒョイと避けると、振り回した左の”爪”でファハンのコクピットを背後から貫き、それを抜くことなく腕を返してもう一騎のファハンへと投げつけた。そして右腕を大きく振り回しながら、ファハンの天骨からパイルバンカーを撃ち込む。キャノピーは割れ、搭乗員はかろうじて外へと脱出した。
『-…それで逃げられたとでも?-』
オフツィーア・ベクツェは大きく足を上げてヒールのピックをその搭乗員に突き立てた。
「ぎゃぁぁぁああああ…ッ!?」
『-まだまだ殺しはせんよ-』
そのピックは哀れな搭乗員の急所を外れ、左腹部に重篤なダメージを与えた。オフツィーア・ベクツェは少しづつ体重をそのピックに預けていくと、周囲に悲鳴が響き渡った。
「あがぁぁぁぁぁあああああああッ!?」
『-まだだ。まだだよ。…まだ死んでもらっては困る…-』
「ああッ… あがッ …ああああああ… ッ!?」
誰も、何もできなかった。ただ嬲られるように殺される同胞の姿を見せつけられるばかりだった。
「…や…ッ」
『-ん? …どうしたね?-』
「…や…、…クソッ!…」
俺は力を振り絞るように顔を上げた
「やめろぉぉぉッ!」
俺は叫んでいた。体が勝手に動いていた。俺は大剣を抜き、踊りかかった。
パァァ… ン!
俺の体重を載せた大剣での攻撃が、たった一発のパイルバンカーの一撃で弾かれた。俺は弾かれた右腕をそのまま回転させて、右腕に装着されたもう1基のハンディ・カノンをマーダーに向けた。
パパパ… ァン…!
轟砲三発… しかし、内一発は俺のものではなかった。マーダーの左腕から伸びた”爪”が、レクルートの右腕を貫通していた。マーダーの足元にいた搭乗員の息は既になく、その遺体は胴体で引きちぎれていた。
マーダーはその左腕を大きく振り回そうとした。その瞬間、俺は右腕をパージした。軽くなった右肩を軸に、レクルートの左腕をアッパー気味に振り回す! そして…。
パァァ… ン!
俺の”爪”が、マーダーの左肩を弾いた!
「チィィ…ッ!!」
俺は飛び出した”爪”をそのままに、左へ薙いだ。”爪”の切先が、オフツィーア・ベクツェのコクピットを虚しく掠っていく。
「こな…くそ…ッ!」
横へ薙いだ勢いを殺すことなく、俺は身体を回転させ、ピックを立てて後ろ回し蹴りを食らわせた。…顔面にヒット! だが、まだ浅い。
『-ほほう… この私のオフツィーア・ベクツェに傷を入れるものがいるとはね…-』
俺は態勢を立て直すと、すぐさま後方へ飛んだ!
コイツはヤバい!
今までにない恐ろしさがあった。
「…剣は最低限が基本… だったな…」
俺は呟くと、大音声で叫んだ!
「総員撤退! 繰り返す、総員撤退! グランデ・ダバージスまで全速で撤退する!」
口を開いたのは、俺の朝練を体育座りして眺めていたシェスターだった。
「君、太刀筋、少し変わったね?」
「…そうかな?」
「そうだよ」
アジ・ダハーカの甲板上、あの日から俺は徹底的に鍛錬を重ねていた。朝のストレッチに始まり、剣による居合と殺陣の練習。それに加えて、受け身の稽古から始まる格闘技系の殺陣も加えたのである。あの日?…そう、脱走したクフールのおっさんと、”喧嘩”という名の稽古を付けてもらったあの日から、いろいろ考えてきた。
俺に足りないもの…。
クフールのおっさんは言った。見せるための無駄が多い剣でしかない、手数は少ない方がいい、と。
そんなことはわかってる。でも、そうは言ってもさ。具体的にどうしろって云うのさ?
「…シェスター。お願いがあるんだけど」
「なに? ボクにできることなら、何だってするよ!」
「一手、相手をしてくれないか?」
「え!?」
「…ダメかい?」
「ダメってことはないけど…」
「俺の方に縛りを入れようと思うんだ。俺は片手用の短い竹刀を使う。君は好きな竹刀を、好きな様に使っていい。それと…」
「な、なに?」
「フラウを呼んできて欲しい」
「なんでよ?」
「二対一だ」
「ボクが一人なの?」
「違うって! 俺! 俺のほうが一人だよ。シェスターとフラウがチームになって、俺に斬り込んできて欲しい」
「…大丈夫?」
「ああ。問題ない。ただし、俺の方にはバンバスの手甲と鉢金を装備させてもらうけどな」
「わかった! ちょっと待ってて。フラウを呼んでくるね!」
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を知るものは幸せである。心穏やかであろうから。故に、伝えよう。英雄たちの戦いぶりを。…皆さん、こんばんは。当番組のナビゲーターを努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌はいかがですか?
さて。今回はいよいよ第13騎士団… アムンジェスト=マーダー直轄部隊の登場です。最強を誇ったとも言われる第13騎士団、それは数あるグロウサー帝国騎士団でも最も不吉を意味するナンバー”13”を名乗っていることからも、伺い知ることができます。その戦い方は残虐にして非道。その隊旗”踊る人形”を見たものは恐れ慄き、逃げ惑うしかなかったと史書や演義書に描かれています。はたして、その強さは本物だったのでしょうか? 数々の資料から史実を探っていきたいと思います…」
「皆さん、私は今、フラックフェルト平原第58号遺跡に来ています」
アンスタフト=ヒストリカ教授は、かつてこの遺跡の発掘リーダーを任されたことがあるという。
「懐かしいですね…。今でこそ観光のために開放されていますが、当時はセンセーショナルな発見がいくつもありました。ここはオアシスの周囲にできた集落の跡地で、数千年前にはその集落の墓場でもありました。この58号遺跡はアーサーハイヴ-ダズアルト砦ルート、グランデ・ダバージス-ダズアルト砦ルートからも外れた場所にあります。この事実は一体何を意味するのでしょう? この墓場から出土した遺体はみな、当時の兵士のものが殆どでした。その兵士の遺体の数が非常に多いのです。それまで考えられていた戦場がアーサーハイヴ-ダズアルト砦の導線上にあると思われていたこの戦いでの戦場が、それよりも遙か南に位置していたのです。ブラウ=レジスタルスがフェイントをかけてグランデ・ダバージスを攻め落としたとされる口伝が史実であったことを証明する、何よりの証拠となったのです」
「その通りです。ブラウ=レジスタルスの軍勢はスターファとグランデ・ダバージスの挟撃を避けるために、あえて進路を変更したと考えられるのです」
そう語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「挟撃に失敗しグランデ・ダバージスに帰投しようとした本隊とブラウ=レジスタルスの軍勢とが一線混じえたのがこの58号遺跡周辺であると見るべきでしょう。今私がいるのが、グランデ・ダバージスの県立歴史博物館です。ここから出土されている数々のアイテムは、帝国にとって直轄地でもあるこの地がブラウ=レジスタルス或いはそれに準ずる勢力によって落とされた事実を示しています。そして本隊のいないこの地があっさりと落とされたということが、それらの出土品から読み取ることができるのです。で、あるならば。グランデ・ダバージス-ダズアルト砦ラインに程近い58号遺跡周辺で、大きな戦闘が行われたことも納得の行く話であります」
◇ ◇ ◇ ◇
「前方に敵影の感あり!」
アジ・ダハーカの艦内に急を告げる警報が響き渡った。俺はシェスター/フラウの二人と別れ、駆け足でブリッジに上がる。
「ライヴだ、現状はどうなってる?」
「大群です。斥候によると、クアットを中心とした先制部隊と、ランダー隊を中心とした第二波とを確認した模様!」
ブリッジ要員の慌てた声が俺に届いた。
「レーダーではどれだけの数が確認できる?」
「おそらくクアット隊と思われる第一波は、その数20!」
「ようやく来たか、ライヴ君。で、君ならどう見る?」
「ローンさん。これはおそらく、本来俺達を挟撃するはずだったグランデ・ダバージスの残党とスターファの連合軍だと考えます。…で、斥候班からの情報ではどうなってる?」
「旗は三種類だと言うことまではわかっています。それ以上は狼煙での情報ですので、まだ…」
「三種類… て事は、ダズアルト砦の軍勢も混ざっていると考えるのが自然ですね…。ランダーの数は?」
「まだレーダーの外です!」
「で、君としてはどう戦うかね?」
「はい、ローンさん。…合流前のファグナックと連絡は付けられますか?」
「感応波による連絡は可能です!」
「では、打電。ファグナックに残してきたスカイアウフ隊をこちらへよこしてください。合流ポイントは…」
俺は俺に思いつく全ての指示を出して回った。敵第一波が到着するまで後15分程度。できることは限られている。
「では全艦取舵一杯! 騎士団も装備回収班を残し総員左へ回り込む。ランダー隊は全騎発艦! 剣とガイスト・カノンを装備、そのまま前進せよ。敵が射程距離内に入り次第発砲を許可する。とにかく派手にやってください! 回収班はできるだけ目立たないよう後方に配置。スカイアウフ隊は命令があるまで待機!」
「…ナルホド、そう来たか」
「はい。では俺は出撃します。後のことはよろしくお願いします」
「了解だ」
俺はブリッジを出ると、格納庫へと足を早めた。
「総員準備はいいか?…回せェッ…!!」
◇ ◇ ◇ ◇
クアット隊を積んだままのアジ・ダハーカとルーカイランが戦線から離れていく。だが、それでいい。俺は大きく深呼吸をすると、大音声で気勢を上げた。
「ここはその名の通り大平原だ。逃げも隠れもできない。それは一見、俺達に不利だといえる。だが、物は見方だ。この大地を味方につける。連中の主兵装は飛び道具だ。ならば、縦横無尽に逃げ回ろう! 撹乱だ! あのクアット隊をここに貼り付ける。それが主任務だ。…敵の弾に当たるなよ? 各員、合図があるまで適度に発砲しながら逃げ回ることに集中せよ。騎士団はうろちょろして体を崩した敵クアットをガイスト・カノンで撃ち落とせ。…いいか、野郎ども、ここが正念場だ! 気合入れろ…ッ!」
『-おおぅ…!!!-』
…なんだ、こっちの戦意は十分じゃないか。俺はホッと胸をなでおろした。
『-…ライヴ-』
「どうした、フラウ?」
『-お前、なんだか変わったな?-』
「変わった? …どこが?」
『-あの日… 脱走したアルターマンと稽古をしたというあの夜から、お前の纏う雰囲気が随分と変わった-』
「それは、悪い方にか?」
『-少なくとも、私の知っていたお前ではない。だが、頼りがいがあるという点では以前よりも増している-』
「それは、褒め言葉としてとっておくよ」
『-ちょっぴり寂しいがな。なんだかお前が遠くに言ってしまったようだ-』
フラウの声が、なんだか弱々しく聞こえてきた。
「俺は、強くならなきゃならないんだ。みんなのためにも、俺自身のためにも」
『-以前なら、どこか頼りなげだったが… 今なら安心して作戦に参加できる。頼りにしているよ-』
「心配するな、フラウ。俺は俺だ。その中身は何も変わっちゃいないよ」
『-…そう願いたいものだ-』
「さぁ、敵さんがやって来たぜ。…そろそろ始めようか?」
『-ああ、皆お前を信じている-』
「だな。…総員に告ぐ。作戦を開始する!」
『-ウラァァァァ!!!-』
◇ ◇ ◇ ◇
「で、ローン様。ライヴ君はどうして…」
「あんなに変わったか? かな?」
私はシェスターの表情に一抹の不安を読み取った。
「そう。そもそもローン様がライヴ君に、アルターマンから戦い方を学べって話から…」
「彼の様子がおかしくなったと?」
「そうだよ」
「彼は… ライヴ君は何も変わってはいないよ。安心するといい。もし変わったとするならば、彼の人生観が少し、変わっただけさ」
「でも…」
「多分、今は彼にとっての通過点さ。それさえ超えてしまえば、シェスターたちが知っているライヴ=オフウェイが戻ってくるだろう。確実にだ。その事だけは断言するよ。心配しなくていい」
「ローン様…」
ああ、この少女はなんという表情をするのだろう。もし私に紛うことなき変化が訪れたならば、彼女は同じような表情で心配してくれるだろうか? ライヴ君、君は本当に果報者だな。こう何人もの女性から愛を受けられるなど、そうそうはありえないぞ。このシェスターも、あのフラウも、変わらず君を愛している。願わくば、ライヴ=オフウェイよ。彼女らの愛に応えられる存在に育ってくれ。それがきっと、君の命を守るだろう。君の望みを叶えるだろう。その時はそう、遠い未来ではない…。
「…そろそろ時間だ。出撃準備を始めてくれ、シェスター」
◇ ◇ ◇ ◇
そろそろ、かな?
残っている敵のクアット部隊の数は、15。対するこちらの損害はファハン3騎だ。俺は以前から温めてきたプランを、隊全体で練度を高めてきたプランを実行に移そうと考えていた。
「頃合いだ。敵の高度も下がってきた。例のプランを開始しようと思う。皆、心の準備はいいか?」
『-はい、いつもどおりやればいいんですよね!-』
どこかの班からの声が聞こえてきた。
「そうだ。練度の高い、機動性の高いものが上を飛ぶ。そうでないものは、踏み台だ。普段の練習通りにやればいい。…いいな!」
『-おおう!-』
「では、二段ジャンプ作戦を開始する。積極的攻撃に移るぞ。覚悟はいいな、野郎ども!」
『-了解!-』
練度の低いドラグナーが空高くジャンプした! 続いて練度の高いドラグナーが練度の低いドラグナーの背中めがけてジャンプする。…勘のいい方は、お気づきになったかもしれない。そう、俺達は練度の低いドラグナーを踏み台にして、更に高い硬度にいる敵クアット隊の高度まで達しようというのだ。練度の低いドラグナーはジャンプを繰り返し、俺達の足場になってもらう。そうすることで、我々攻撃隊の高度を保持しようというのだ。これまで平面でしか動けなかったランダーに、高度という新たなフロンティアを構築しようというのが狙いだった。果たして…。
『-連中は任せましたよ!-』
『-ああ、任せろ!-』
『-俺達の分も頼みます!-』
『-任されて!-』
各々が、自らを踏み台にした同胞と声を掛け合っている。うん、いい傾向だ。では、俺も…!
「頼んだ!」
『-はい、一騎でも多く頼みましたぜ!-』
「はいよ!」
二段ジャンプは練習回数の割に、思いの外高度を取ることができた。後は、いかに高度を保つための連続ジャンプを成功させるかだ。
『-な、何だこいつら!?-』
『-ランダーが飛ぶ、…だと?-』
「見たかよ。俺、参上!」
敵クアット隊の慌てふためく姿を横目に、俺はブースターを更に更ふかして勢いをつけた。俺は大剣をスラリと抜くと、勢いを殺すことなく、敵クアットの脇腹から肩口に向けて力の限り突き刺した! そして、俺は敵コクピットの中の様子を覗き見る。
…うん、怪我はしているものの、無事なようだ。俺は大剣を振り抜くと、一旦落下行動に移った。
「次、いるか?」
『-私がいます、ライヴ殿!-』
そのファハンは地面を蹴って空高くジャンプすると、俺の足元へと軌道を合わせてきた。
「頼む!」
『-もう一騎は落としてくださいよね!-』
「あいよ…ッ!」
俺はそのファハンを足場にすると、再びブースターをふかし飛び立った!
「ぐおおおお…ッ!」
スタビライザーのスラスター出力を調整しながら、俺は次の獲物を指向する。
「…少し、遠いか?」
俺は左腕に装備したハンディ・カノンの照準をつけた。照門と照星の向こう側、慌てふためいているクアットの姿があった。
「移動標的を撃つ時は、…え… と…」
俺は落ち着いてトリガーを引いた。
パパパァァ… ン!
連射三発! 思った以上に反動が強い。固定された標的を撃つ射撃訓練の際にはあまり気にならなかったのだが、これはなかなか難しい…ッ! が。
タタァァ… ン!
敵クアットの右腕を貫通し、左足を弾いた!
「次、頼めるやついるか…ッ?」
俺は落下しながら周囲を一望した。
うん。ぴょんぴょんと上手くやっているようだ。斬りつけている者もいれば、あくまで間接攻撃に徹する者もいる。中にはジャンプに失敗して地上にまで落下している者もいるようだが、特に大きなダメージを負っているという訳ではないようだ。なんとか上手く再トライしているようにみえる。
『-ライヴさん、次は私が…!-』
「はいよ、頼んだ!」
俺はそのヘイムダルを足場に、更に高度を目指した。
ちょうど直ぐ側をフラフラ飛んでいる一騎がそこにいた。俺は左腕のハンディ・カノンをパージし、すれ違いざまに左腕をフック気味に突き出した。
パァァ… ン!
パイルバンカーの”爪”が、背面下から喉元へと、結晶石を貫く! 俺のレクルートは勢いを失い、敵を道連れに落下モードに移行した。俺は”爪”をそいつから引き抜くと、右手に持った大剣をそいつの背部ブースターに叩きつける。
「次、頼めるか!?…」
…こうして。
俺達ランダー隊は、通常なら不利とされた対スカイアウフ戦において、なんとか手堅く勝利を得ることができたのだった。
次は…。
やって来る敵本隊との戦いだ。
「…斥候!」
『-…敵はヘイムダル10、ファハン30、騎士およそ1200、戦艦1、空母1!…艦船はそれぞれアイ・アバエクとセェレ!-』
「…サンキュ!」
俺は信号弾を打ち上げると、その身を翻して撤退行動にでた。その距離、約10km。全速で、僅か15分程度の撤退。
敵は… 全速で追ってきている。俺は攻撃開始を意味する信号を打ち上げた。
ランダー隊は超信地旋回で対面する。数字的には五分五分。だがね…。
敵空中戦艦、空中空母それぞれに着弾!
遙か上空からの同胞、スカイアウフ隊の雷撃戦だった。濛々と煙を吐く敵艦船を尻目に、俺達は地上の制圧に取り掛かった。
遥か南方からは、コレた同胞アジ・ダハーカとルーカイランのガイスト・カノンによる砲撃が加わった。やがて、更に暫くすると、北方から土煙が上がった。俺達と並行してダズアルト砦を目指していたフルッツファグ・リッター:ファグナックと残してきたドラグナー隊・騎士団の到着だった。ファグナックは無慈悲な砲撃を開始、それは地上の部隊にも深刻な影響を及ぼした。
「…詰んだ、ね!」
俺が戦線から離脱しようとしたその時だった。
ドォォ… ン…!
敵ルフト・スラッシュシフ:アイ・アバエクから火柱が上がった。かの艦船はこちらを指向して落ちてくる!
「ランダー隊、散開!」
俺は振り返ると、それしか言えなかった。数分と経たぬ内に、アイ・アバエクは地上に叩きつけられる。
「各小隊、即時被害を報告!」
…しかし、聞こえてくるのは雑音ばかりだった。目視では、何騎かの生き残りが確認して取れる。それにしても、自軍の艦船を爆弾代わりに落としてくるとは… 流石の俺も想像を超えていた。
「もう一度言う、被害報告!」
『-アーサーハイヴ第三小隊、騎士は全滅! ランダーは… 私一人しか確認できず!-』
『-ダシュタット第一小隊、ドラグナー隊が… 一騎も動いていません!-』
『-フィスクランド第一小隊、なんとか三騎全て無事! 騎士には… 損害がかなり出ている模様!-』
『-こちらダシュタット第三小隊!…我一騎のみ稼働せり!-』
報告されてくるのは、どれも深刻な内容ばかり。この地まで、俺は被害が出ないよう頭をフル回転させてきたんだ。それを、その努力をこんなにもアッサリと覆してくるなんて…。
もうどれくらい経ったのだろう。被害報告は今も続いている。俺は時計を見た。…いや、実際にはほんの数分も経っていない。
『-報告します! 敵の隊旗を確認。隊旗は… 隊旗は… 踊る人形!!-』
『-なんだと? …ダンズン・ボッパだと…!?-』
『-間違いありません! 敵将はおそらく…-』
『-メッド=クラウン!-』
『-…あのマーダーが来たというのか…!-』
通信はえらく混線していた。地上の炎は未だ音を立てて燃え上がっている。俺は。俺は…。
…悩むまでもない、俺は即時撤退を意味する信号を撃ち上げた。
『-…おいおい、撤退とは興ざめではないか…?-』
炎を背にして、漆黒の巨大なドラグナーが現れた。少なくとも俺が知っているドラグナーで最も大きなのが、シュタークのダグザード。俺のレクルート・ファハンより1.2倍ほどの巨体とパワーを誇っている。しかし、この敵の黒い奴はその比ではなかった。1.5倍はあろうかという巨躯に大きな飾り角。ダグザードがカブトムシをイメージするというのなら、コイツはヘラクレスオオカブトを連想させる。しかも、ボディにも言えることだが、顔からして非常に禍々しい。
『-我がオフツィーア・ベクツェと一手、混じえてみるかね?-』
一歩、また一歩。オフツィーア・ベクツェは肩を揺らせながらこちらへ近付いてくる。
『-ライヴ殿、逃げてください!-』
一騎のヘイムダルがオフツィーア・ベクツェに踊りかかった。しかし、その剣は敵に届くことなくスッと避けられ…
パパパァ… ン!
大きく振り回した右腕のパイルバンカーで、ヘイムダルを地に叩き伏せた。ヘイムダルを串刺しにしたその”爪”は三本。その”爪”がそれぞれ独立して稼働している。抜けた”爪”からヌルっとした血が滴り落ちていた。
『-ライヴ殿!-』
二騎のファハンが左右同時に攻撃を仕掛けた。これも意に解することなく、ヒョイと避けると、振り回した左の”爪”でファハンのコクピットを背後から貫き、それを抜くことなく腕を返してもう一騎のファハンへと投げつけた。そして右腕を大きく振り回しながら、ファハンの天骨からパイルバンカーを撃ち込む。キャノピーは割れ、搭乗員はかろうじて外へと脱出した。
『-…それで逃げられたとでも?-』
オフツィーア・ベクツェは大きく足を上げてヒールのピックをその搭乗員に突き立てた。
「ぎゃぁぁぁああああ…ッ!?」
『-まだまだ殺しはせんよ-』
そのピックは哀れな搭乗員の急所を外れ、左腹部に重篤なダメージを与えた。オフツィーア・ベクツェは少しづつ体重をそのピックに預けていくと、周囲に悲鳴が響き渡った。
「あがぁぁぁぁぁあああああああッ!?」
『-まだだ。まだだよ。…まだ死んでもらっては困る…-』
「ああッ… あがッ …ああああああ… ッ!?」
誰も、何もできなかった。ただ嬲られるように殺される同胞の姿を見せつけられるばかりだった。
「…や…ッ」
『-ん? …どうしたね?-』
「…や…、…クソッ!…」
俺は力を振り絞るように顔を上げた
「やめろぉぉぉッ!」
俺は叫んでいた。体が勝手に動いていた。俺は大剣を抜き、踊りかかった。
パァァ… ン!
俺の体重を載せた大剣での攻撃が、たった一発のパイルバンカーの一撃で弾かれた。俺は弾かれた右腕をそのまま回転させて、右腕に装着されたもう1基のハンディ・カノンをマーダーに向けた。
パパパ… ァン…!
轟砲三発… しかし、内一発は俺のものではなかった。マーダーの左腕から伸びた”爪”が、レクルートの右腕を貫通していた。マーダーの足元にいた搭乗員の息は既になく、その遺体は胴体で引きちぎれていた。
マーダーはその左腕を大きく振り回そうとした。その瞬間、俺は右腕をパージした。軽くなった右肩を軸に、レクルートの左腕をアッパー気味に振り回す! そして…。
パァァ… ン!
俺の”爪”が、マーダーの左肩を弾いた!
「チィィ…ッ!!」
俺は飛び出した”爪”をそのままに、左へ薙いだ。”爪”の切先が、オフツィーア・ベクツェのコクピットを虚しく掠っていく。
「こな…くそ…ッ!」
横へ薙いだ勢いを殺すことなく、俺は身体を回転させ、ピックを立てて後ろ回し蹴りを食らわせた。…顔面にヒット! だが、まだ浅い。
『-ほほう… この私のオフツィーア・ベクツェに傷を入れるものがいるとはね…-』
俺は態勢を立て直すと、すぐさま後方へ飛んだ!
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俺は呟くと、大音声で叫んだ!
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