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第一部 六章 オーブを求めて
ズンダに届いた知らせ
しおりを挟むハイエンド王国領にあるメズール村。
湿原の中に存在しており、一部を除き木造の建物しかない。その例外と呼べるものが石造りの遺跡を模した場所である。
その石造りの建物の外でもっさりとした髭が生えている中年男性、ズンダが赤髪の女性と話をしていた。腰まであるさらさらな赤い長髪、着用している派手すぎないドレス、一つ一つの仕草が気品溢れる彼女はどこかの王族と言われても違和感ない。
ソラと名乗った彼女は建物内を見学し終わった後で、見学中は護衛であるという金髪の男と大変興味深そうに壁画を見つめていた。特にオーブに興味を持ったようで説明終わりにズンダへ話しかけてきたのだ。護衛の男は宿泊場所を確保するため宿屋へと向かっている。
話の途中、ズンダは驚愕することになる。
「レッドオーブがあった!?」
「正確にはもうありません。実は数百年前、我が国で保管されていたというのを書物で拝見したことがありまして。その書物では、風の勇者が神の住む大地へ向かうために授けたと記されておりました。その後の行方については私も存じ上げません」
「なるほど……それでその……我が国というのは、まさか」
我が国という言葉を使ったのは恐らく自分の国という意味でだ。つまり目前に立つ彼女はどこかの王族であると見て間違いない。
「申し遅れましたね、私はソラ・アランバート。アランバート王国現女王を務めている若輩者です。ふふ、自分から教えておいて図々しいとは思いますが、これは出来れば秘密にして頂きたいのです。よろしいですか?」
「まさかアランバートの女王様だとは……。そういえばもうサミットの時期が近くなっておりましたな。会場のあるクランプ帝国から一番遠いアランバート王国から向かうあなた様には少々嫌な時期でしょうが」
「そんなことはありませんよ。こうして自国他国の民達の暮らしを直に見れることは非常に嬉しいことです。王族は城に引き篭もって書類仕事をするだけでは務まりません。民達の悩みを聞き、改善し、より良い生活をしてもらうために尽力する。それが王族というものです」
アランバートの前国王が約一年前に他界していることはズンダも知っている。まだ寿命を迎えるという年齢でもないはずなので病死か、暗殺か、死因が何なのかまでは知らないが、遠く離れた地に住んでいたズンダでも既知の情報だ。前国王の娘、まだ十代後半の若い子供が国王に即位したとも風の噂で聞いている。
国を治めるというのは相当大変なこと。周囲からの協力はあるだろうがまだ十代後半の少女には重すぎる役目、そうズンダは思っていた。しかし実際に会ってみれば王に即位してから二年経っていないとは思えないほど、立派な志を持つ少女であった。
「……ソラ様、図々しいのを承知でお一つお願いがございます」
信頼出来る人間というのはそう多くない。だが少し前に訪れたエビルと名乗る少年とその仲間達は充分に信頼出来る優しい者達であった。目前の若き女王からも優しさ、慈愛が接しているだけで伝わる。この人なら任せられるとズンダは思う。
「他国の民とはいえ悩む者を放ってはおけません。何でも、とは言えませんが私に可能なことなら出来る限りのことはしましょう」
「感謝します。頼みというのは人捜しでして。クランプ帝国に向かうまででもいいんです、どうか私の知人を捜索してくれませんか」
頼みというのは他でもない。ズンダの娘、エレナの婚約者であったスレイという青年のことだ。すでにエビル達にも頼んでいるが人数は多い方が早く見つかるだろう。
「名前は――」
スレイの名前を口にしかけた時、小さく可愛らしい鳥が一羽降りてきた。
青い鳥の名はコミュバード。魔物に分類されているが人類に危害は与えず、むしろ郵便配達で活躍して貢献してくれている珍しい鳥である。そんなコミュバードがズンダの真横へ降りてきたので、ソラに「申し訳ない、手紙のようです」と口にしてから咥えられている手紙を受け取る。
差出人の名前はセイムと書かれていた。すぐには思い出せなかったがエビルの仲間であったと記憶から掘り出す。自分に何の用だと不思議に思いつつ手紙の封を開けて中身を取り出し、ゆっくりとそこに書かれた文章を眺めていく。
読んでいると、ある言葉が目に入って心臓が停止したかと思うほどの驚愕に襲われた。数秒、もしくは数十秒呼吸が止まっていたかもしれない。心配してくれたのかソラが「大丈夫ですか?」と問いかけてくるが返す余裕がない。
信じたくはなかった……が、以前から薄々思っていたことだ。
彼、捜していたスレイが死亡していることなど、可能性としては決して低くなかった。そもそも壊滅した村に死体がなかったからといって生きている保証などありはしないのだから。手紙に書かれた【死】の文字はショックを受けたものの段々受け入れられた。
無意識のうちにズンダの視界には空が映っていた。いつの間にか天を仰いで、瞳が潤んで涙が溢れてくる。目頭を手で押さえて、零れる涙を拭ってからようやくソラと話せる状態にまで心を整理出来た。
「申し訳ない、先程話していた頼み……もう、大丈夫です」
「……深く訊かない方がよろしいでしょうね。私は宿屋で休んできます。あなたも、少し心身を休めた方がよいでしょう」
そう告げるとソラは宿屋へ歩いて行く。
一人になったズンダの涙はいくら拭っても止まらない。いずれ止まる時が来るだろうが、それがいつになるかまでは彼自身も分からない。
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