新・風の勇者伝説

彼方

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第一部 六章 オーブを求めて

展示会

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 朝日が昇り、エビル達は気持ちいい朝を迎えて朝食をとる。
 宿屋に従業員がいないので、料理は店主自らが部屋に運んできた。運ばれてきたのは香ばしい匂いがするドリアとパン、そして色鮮やかなサラダだった。
 朝食を食べれば宿を出るのでもう部屋を分ける意味はない、エビル達四人は一つのテーブルに座っている。そんなことなら四人同じ部屋でいいのにと思うエビルだがサトリがそれを許さない。

「おおうまそうじゃん!」

「チーズがいい匂いしてるわ、こっちのパンも焼き加減絶妙!」

「この国ではチーズやお酒、熟成肉などが昔から作られているそうです。他の国には出回らない種類のものもあるとか……」

「昨日読んでた本に書いてあったっけね」

「あ、それ僕も寝る前に本で読んだよ。そっちにも同じ本あったんだね」

 一般家庭以下と店主は言っていたが、それは謙遜がすぎるとエビルは心の中でひっそりと思う。
 食材がいいのか、店主の料理の腕がいいのか、出された朝食はそこらの飲食店で出されているものと遜色ない。四人は「おいしい」と口ずさみながらあっという間に完食した。

「さて、食べ終わったことだし、今日どうするか考えようぜ」

「僕は来た時に何度も言った通り展示会に行くよ」

「アタシもエビルに付いていくから」

 そこでサトリやセイムも付いていくという選択肢が頭に浮かぶが、レミのことを見て選択肢を掻き消した。
 レミはエビルに少なからず好意を抱いている。それが友情方面ではなく恋愛方面なのは明らか。感情を感じ取れるくせして恋愛事に疎いエビルはともかく、他者からすれば分かりやすい。

「え、でもいいの? もしかしてレミも風の勇者ファン?」

「違うけどいいの! その、エビルと一緒にいたいから」

「そっか、じゃあ展示会を見終わったら町の観光でもしようよ」

 今も頬をうっすらと髪と同じように赤くしているレミは「うん!」と頷く。
 好意を察しているセイムとサトリはお互いの顔を見合わせ、一度だけゆっくりと頷いて気持ちを合わせる。

「俺はいいや、別に風の勇者に興味ねえし。そこら辺ぶらぶらしてる」

「私もセイムに同行します。この男一人だと何をしでかすか分かったものではありませんから」

「おいそりゃどういう意味だ? 問題児だとでも言いてえのか」

「ええ、事実そうでしょう?」

 笑みを浮かべて言い放つサトリに、セイムはひくひくと眉間と口を動かす。そんな二人を見てレミは何か閃いたとばかりにポンと手を叩く。

「二人は仲いいわね、もしかして好きだったりして!」

「当然だろレミちゃん、俺は全ての女性を愛する男だ。たとえ恋人がいたとしても俺の愛する気持ちは全然変わりゃしねえ」

「……こんなことを言う男など私は愛しませんがね」

「あはは。話も纏まったみたいだし、そろそろ行こうか」

 立ち上がりそう言うエビルに続きレミ達も立ち上がる。
 宿を出て、四人は二手に分かれてハイエンド城下町観光へと出かけていった。


 * * *


 風の勇者にまつわる物品の展示会。ハイエンド王国で三日間期間限定で開かれるそれには多くの人間が集まっている。
 一階建ての建物内部をくるりと回るように、ガラスケースに入れられて展示されている品は全体の四割以上存在していた。

 展示会場である館に集まる人間は物珍しさで来ている者が八割、残る二割が過激とも呼べるほどのマニアであった。エビルは前者でも後者でもないが、近いのはどちらかといえば後者だ。子供の頃から風の勇者の絵本を見てきたエビルにとって、風の勇者は憧れであり目標になっている。

 旅も自由気ままにしたいとは思うが、その間で困っている人間がいたら嫌な顔一つせず手を差し伸ばそうとも決めている。そういった旅のしかたは風の勇者を参考に、憧れに近付くためという想いもあった。

 一方レミは風の勇者などほとんど興味がなく、前者か後者かと問われれば間違いなく前者という回答が本人の口から出る。彼女はただエビルと一緒に町を回りたいだけで、柔らかい笑みを浮かべてはいるが本心では早く町の方を見たいとすら思っている。

「へぇ、風の勇者が纏っていたマント、それに履いていた靴なんてものもあるのかあ。マントの方は……すごい、砂漠地帯でも極寒地帯でも身につけていた風のマント。靴は全ての地面を踏みつけた一点ものの風の靴……!」

 エビルは目を輝かせて一つ一つじっくり観察していく。
 来て早々展示品回りが面倒になっているレミは隣でエビルをチラチラと見ていた。興味があるのは展示品より彼のことらしい。

「おお、こっちはいつも身につけていた風のペンダント。風のベルトなんてものもあるのかあ……!」

「ねえ、まさかとは思うけど、すごいあからさまだけど……語頭ごとうに風ってつけただけじゃない?」

 大きなガラスケースに入れられている白いマネキンが身につけているのは、風の勇者が纏っていたという装備品であった。
 汚れ一つすらない白いマント。高価ではなさそうだがきれいなペンダント。三百年以上前の物である歴史ある服、様々な場所を歩いただろう靴はどちらもボロボロになっている。だが装備品の中でも一番重要な武器が足りない。

「でも風の剣がないのか……残念だな」

「本当にそれで名前合ってる? もう風の剣で名前決まったの?」

「――本当に残念だよなあ、剣がなくて」

 じっと見ていたエビル達の横で、黒いもさもさの髭が生えている中年男性が呟く。
 中年男性はふくよかな体型を揺らし、笑みを浮かべてエビル達の方に体を向ける。

「悪い悪い、お前達の発言に同意するってことだ。俺も風の勇者のマニアでな、関わりのある品々を探し求めて世界中を旅している。……しかし、この展示会を開いた奴は相当なマニアだな。しかも相当な金持ちか? 俺がほとんど見つけられなかった物品をここまで揃えるなんて信じられねえぜ」

 話しかけられたエビル達は中年男性の方に視線を移す。

「自己紹介がまだだったな、俺の名はジークだ」

「僕はエビルです、それで彼女はレミ。僕も風の勇者が好きなんですよ」

「……エビル、この人の右手」

「気付いてるよ」

 太り気味なジークの体型、多少伸ばしている髭は気にならない。だがエビル達は人の外見にこだわらない性格であるにもかかわらず右手の甲を凝視していた。
 もう見慣れたエビルと同じアザがジークの右手にもあったのだ。驚愕を表面上に出さないようにしたとはいえ視線が向かってしまう。

「……ああ気になるか、この右手のアザ。へっ、お前も同じだろ? 風の勇者は風の秘術使いだってのは有名な話さ。俺らみたいにかなりのマニアは、右手に秘術使いの証であるアザの刺青いれずみを入れているんだよな」

「え、えぇ、そんなところです」

 自分と同じようにいきなり出てきたのかとエビルが思っていれば、思わぬ答えが返ってきて顔に出さないよう努める。
 ジークの右手にあるのは刺青いれずみなんだろう。だがエビルの右手にあるのは正真正銘、風の秘術使いの証である風紋だ。シャドウから保証されているし、己に備わった不思議な能力が証拠にもなる。

「そんなことより兜だ兜。ここにないってことは展示会を開催した奴でも持っていないということ。世界のどこかに風の兜が眠っている、そう考えたらワクワクしてこねえか?」

 マネキンが装備していないのは剣と兜。実はエビルも重要な装備が見当たらないことを気にしていた。ジークと違って気になったのは剣の方だが。

「……ですね。いったい誰が持っているのか、それとも遺跡とかに眠っているのか」

「でもさあ、別に有名人が持ってたってだけじゃない。ここにあるマントとか靴とか、モノ自体は大した価値ないんでしょ?」

「それは違うぜお嬢ちゃん、知識が浅い連中の常套句じょうとうくだ。確かに有名人が持っていたものだがこれらにはしっかりとした価値がある。例えばマント、これは風の力が通されていて砂嵐だろうが吹雪だろうが防ぎ、ずっと清潔で汚れないものだ。神から授かったなんて話もあるぜ」

 真っ白なマントを見て解説するジークにつられてエビル達も目を向ける。
 目視したところでは汚れがない。ジークの解説もあながち間違ってはいないものだと理解した。

「へぇ、じゃあこの服は?」
「それはただの古い服だな」

「……靴は?」
「それもただの古い靴だな」

「……なら、アクセサリーは」
「もちろん古いだけのものだ」

「価値あるのマントだけじゃない!」

 大声で叫ぶことはしなかったがレミは多少声を荒げて文句を言う。

「待て待て、確かにほとんどは古いだけのものだが価値がないわけじゃないだろ。古いってことはそれだけで価値があるんだ。この服とかだって今はどこに行っても手に入らないが、昔はどこでも売っていたんだぜ? この世に数少ない品って意味では価値があるだろ」

「まあそれはそうかもしれないけど……でもなんか、もうちょっとこう……すごいものがあると思ってたんだけどなあ」

「ははは、期待外れってか。でも風の剣は相当な業物だと聞いてる。なんでも持つだけで風のように速く動け、大地も海も炎も何もかもを斬ることができるらしい。所詮噂だがな」

 ふと、エビルは秘術の力を思い出す。
 剣を鋭い風で覆う技〈風刃ゲイルブレード〉。斬撃をさらに鋭くするそれなら固形でないものも斬れる可能性がある。もしかしたらイレイザーの熱線も斬れたかもしれない。おそらく風の剣の評判は秘術ありきのものだと予想を立てられた。

「……まあ、今日これだけのもの見たんだからいいけどよ。だが俺はいつか風の勇者を見つけ出してやるぜ」

「見つけ出す? はは、それじゃあまるで生きているみたいじゃないですか」

「なんだ知らねえのか? 生きてるんだよ、この世界のどこかで。俺達みたいなマニア内でも知っている奴は限られているけどな」

 息が止まりそうな感覚にエビルは陥る。それだけに衝撃的なことがジークの口からあっさりと告げられたからだ。
 風の勇者が生きている。小さい時から絵本で知っていた憧れの存在が実は生きていた。耳にした言葉を数秒かけてようやく現実のものとする。

「いやありえないでしょ。風の勇者が生きていたのってもう三百年以上前よ? アタシ達どころかアンタだって生まれてない、というか今生きている人間の誰も生まれてないわ。風の勇者が人間である以上、絵本に書いてあった通り寿命からは逃げられないでしょ?」

「絵本を読んでるだけの連中は知識が不足しすぎだ。そして疑うことを知らない。いや俺も実際生きているなんて思っていなかったが、風の勇者にまつわる品や伝説のため世界中を旅してようやく知ったんだ」

 目を少年のように輝かせてジークは語り出した。

「確かに生命は寿命に逆らえない。だが遠い遠いミナライフ大陸に、飲めば不老になれるという泉が存在するとの噂を俺は聞いた」

 ミナライフ大陸は今いるアスライフ大陸から一番離れている南の大陸だ。そんなに遠くまでの情報を収集できているジークに感心しつつ、レミは胡散臭い話だと冷めた視線を送る。

「でもどうせ噂でしょ? そんな泉があったら有名になってないわけないじゃん」

「逆だよ、そんなすごい効果がある場所だからこそ秘匿ひとくされるんだ。泉の水は飲めなかったが、俺は実際にその場所に行ったぞ。番人となる部族がいたせいで追い返されたがな。でもそこまで隠し通すとなると」

「信憑性を帯びてくる、ですか」

 隠そうとするほど、何かを隠していると怪しまれる。徹底した守りであったことからジークは噂が本当であると確信していた。それを確かめることは出来ていないが、可能性としては百パーセントに近いと結論を出している。
 話を聞いている内にレミは期待し始め、ジークに結論を急かす。

「それで、結局のところどうなの? 風の勇者は生きているの?」

「俺は、というか研究者共はそう思ってるさ。今もなんとか風の勇者の居場所だったり、泉を飲む方法を模索している。諦めずに方法やらを探しているのがもう十人かそこらかな。あ、俺もそこに入ってるぜ」

「すごい熱なんですね。僕も世界を旅するついでに捜したいなあ、風の勇者は憧れですし」

「いいじゃねえか、まあ見つけるのは俺だがな。ああそうそれと、生きている証拠とも言えるものがある」

 自慢気にジークは右腕を前に持ってきて、手の甲にある入れ墨をエビル達に見せる。

「風の秘術使いはまだ新しく現れていないんだよ。秘術使いってのは一世一代、決まって世界に一人しかいないのさ。そうだろ? 火の秘術使いさんよ」

「……知ってたの。そうね、同じ属性の秘術使いは二人以上いないわ。前の使い手が死んだら新しい使い手が生まれるものだから」

「こう見えても情報通でな。お嬢ちゃんがアランバート王国王女の妹であり、火の秘術使いってことは知ってたんだよ。まあとにかくそういうわけで風の勇者は生きているっつうわけさ」

 二人が話している間、エビルの顔から笑みが抜け落ちていく。
 己の右手の甲にあるジークと同じアザ。しかしそれは刺青として彫ったジークと違い、最近になって出現した本物。

 使用者が死ねば新たな使用者が生まれる。右手のアザが風の属性紋、風紋ふうもんである以上、風の勇者が生きていると口にするジークの根拠は崩れ去る。風紋がエビルに宿ったのは次代の秘術使いに選ばれた証になるのだから。
 もう風の勇者は生きていないとエビルは理解してしまった。それだけに、嬉々として語っていたジークが気の毒に思えてしょうがない。

「……会えるといいですね、風の勇者に」

 少し俯き、顔に影を落としたエビルは呟く。

「何言ってんだよ。俺が会えたら、次はお前達だぜ? お互い憧れる者同士、希望持って生きようぜ」

 希望なら砕かれたばかりだ。知っているエビルと、何も知らないジーク。二人の悲しいすれ違いが起きていた。
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