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第一部 八章 悪とは魔であり人でもある
サミット開始
しおりを挟むアランバート王国現女王、ソラ・アランバートは身支度を整える。
宿屋【水銀の矛】から出発してサミット会場へと向かうためだ。各国の王が集う、といっても此度はソラを入れて三人だが、だらしない服装などで出席するわけにはいかない。寝癖を可愛らしい櫛で直していき、バッグの中に収納していた紅いドレスを着用する。
これで参加は二回目だがやはり緊張は消えてくれない。
新参者ならこんなものだろうとは思いつつ、やはり自分はまだ未熟なんだとも思ってしまう。各国の王と対談するサミットでは発言に気を付けなければ非常にまずい。下手に喋って相手の怒りを買えば最悪戦争になる可能性を秘めている。魔信教などの犯罪者に対応を追われている現況ではさすがにありえないだろうが、細心の注意を払うのは至極当然。
会場であるクランプ城に向かう前に隣の部屋を訪れた。
この宿屋には隣に妹であるレミ・アランバートと仲間達が宿泊している。挨拶ついでに妹と話でもと思ったのだが、ノックしてから出て来た黒髪褐色肌の少年によればまだ目覚めていないとのことだ。昨日も一日中寝ていたが偶然だと思いたい。何かの病気を隠しているとかでなければいいのだが、とソラは心配する。
それからヤコンを連れてクランプ城へと出向いた。
入口にいる兵士に名乗ることで身分を明かす。相手はソラが誰なのか理解して慌てて一礼。それに合わせて軽く頭を下げてから城に足を踏み入れる。
塔のような縦に長い城は上るのが大変だ。サミット会場は最上階の一室なので、大きな螺旋階段を上りきらなければならない。一歩後ろにいる、普段運動しているだろうヤコンとは違う。あまり運動しないソラはドレスなのもあって歩き辛く、長い階段のせいで足腰にくるのを感じた。
階段を上りきった後でソラは深呼吸した。
疲労から乱れていた息を整えて、会場となる一室へヤコンと共に入室する。
広い部屋には話し合うための長方形の机が存在している。机を囲むように置いてある四つの椅子には既に二人が座っていた。
奥に座っているのは大柄で筋肉質な厳つい顔の男。鼻の下に硬そうな髭を生やしている彼はクランプ帝国皇帝、カシマ・セルデラ。
入口から一番近い席に座っているのは枯れ木のような痩せぎすの男。褐色肌のやつれた彼は砂漠王国リジャー国王、サマンド・キュルメルス。
二人の傍には兵士が立っている。
サマンドの方には一人。カシマの方には二人。
やはり帝国の兵士は見慣れない武器を持っている。L字型の長い武器。……銃でしたか、とソラは記憶にある名前を掘り起こす。海の向こうで売られているはずのものだ。以前そんなことを商人に聞いた記憶が確かにあった。
二人に対してソラは会釈する。
待たせてしまったかは関係ない。先に席に着いた者へ、後から来た者は礼儀として頭を軽く下げる必要があるのだ。挨拶も兼ねているのでしなければ無礼。旧知の仲の相手だったとしてもやるのが当然。やらなければ好感度が下がってしまう。
ソラは右奥の席に向かい、ゆっくりと腰を下ろす。
傍にいるヤコンは他の兵士同様立ったままだ。
「お久し振りです。カシマさん、サマンドさん。お変わりなく元気なようで何よりです」
「ふふふ、そういうソラもお元気そうだ。初めて会ったのは約一年ほど前だったかね、以前は随分と緊張していたが今年は平気そうだな。サマンドもそう思うだろう? 彼女はこの一年でかなり見違えたと」
「ああ、カシマ殿の言う通りだ。緊張の仕方が違う。もう立派な女王になれていると思う」
褒められて悪い気はしない。ソラも実際一年前、女王に即位して初めてサミットに参加した時よりも成長しているのを実感している。今も緊張はしているが、去年と比べれば遥かにマシと断言出来る。
「そんな、買い被りすぎです。その、先程はお元気そうと言ったのですが……サマンドさんはお痩せになりましたか? 去年よりもさらに……」
サマンドの体はもはや皮と骨が主で、筋肉などほぼない痩せた外見をしている。ソラも痩せているが女性として平均よりやや下程度。比べて彼は初見なら誰でも心配するだろう枯れ木のような肉体だ。
「問題ない。いたって健康だ」
「……サマンド、また食事を少量しかとっていないのか。いい加減にしっかり食べなければ死ぬかもしれんぞ」
「資金を掻き集めるのに忙しくてな。まあ必要最低限は食べている、心配はいらない」
「お前が金好きなのは理解しているがね。……やはり、いつか金集めの途中で死ぬかもしれんな。好きなことをして死ぬなら幸福かもしれないが」
どこまで本気なのだろう、とソラは思う。
あまりカシマはサマンドを心配していないように聞こえる。カシマ・セルデラという男は一番考えが分からない。多少傲慢なところがあるくらいしかソラは理解していない。
「放っておけ。それよりこれで今年は揃っただろう、もう始めていいんじゃないか?」
二人の男の纏う空気が一変した。
さすが王というべきか、一気に空気を張りつめさせた。先程までの気安く接せるような雰囲気はまるでない。ソラも多少遅れて思考を仕事用に切り替える。
「入った情報によるとハイエンドは王族が全滅したとか。アルテマウスも壊滅しましたし、今年は私達三人のみなのでしょう? 寂しいですが揃ったのは事実。サマンドさんと同じ意見になりますが、会談を開始してもよろしいのではないでしょうか」
「うむ、そうだな。……と言いたいところだが、実は今回急遽もう一人参加することになった。すまんが待ってくれ」
「もう一人? これ以上誰がいる、ハイエンドの王族で生き残りでもいたのか?」
もし生き残りがいるなら朗報だ。起きた悲劇は消えないが国の体裁は一応保てる。当然その生き残りが優秀であることが前提ではあるが。
カシマが返答しかけた時、部屋の扉が開かれた。
この王の集まる部屋にその者達は足を踏み入れる。
ハイエンドかアルテマウスの生き残りなのか、全く関係のない者達なのかソラには分からない。ただ面識がないことだけ分かっていた。この場に入れることから身分は確かなものだろうが心当たりはない。
唯一存在を把握していたカシマは忌々しそうな視線を向けている。
「来たか、遅かったな……ウィレイン」
「すまねえな。バカ従者がカジノで遊んでいたもので、捜していたら遅くなっちまったらしい」
入室したのは女性二人と男性一人。
先頭を歩くウィレインと呼ばれた女性こそが参加者だろう。
眼鏡を掛けた彼女のドレスはボロボロで、破れたところを縫い付けているような状態。とてもサミットに招待されたとは思えない服装だった。
服装だけではない。姿勢は猫背だし、歩き方はそこらのごろつき染みた大きなもの。水色の長髪は整えられていないのでボサボサ。サマンドもだろうが、ソラからの第一印象はあまりよくない。
「嫌だなあ、バカ従者とは何ですかバカ従者とはあ」
一歩遅れて続いている二人の内、女性の方が緊張を欠片も感じさせない自然体で口を開く。従者は誰もが固くなっているというのに彼女だけは違った。服装が白と桃色を基調とした神官服なことから神官だろうが、なぜ護衛になっているのかは不明だ。そしてどんな生活を送ればあそこまで育つのかと疑問に思うくらい、やけに大きな膨らみが二つ胸に付いている原因も不明だ。カシマの視線が胸にいっているのが視界に入ったのでソラは冷めた視線を向けておく。
「ほう、誰もお前のこととは言っていないんだが……自覚はあるのか?」
「い、嫌だなあ。カジノに居たの私ですし、それで自分のことだと思っちゃったんですって。……まったく、もうちょっとで大当たりだったのに連行するなんて酷いですよ~」
「サミットがあると分かっているのにカジノへ行く方が悪いのでは?」
「ストロウ君は頭固すぎだよん。何事にも息抜きって大事じゃない」
もう一人の従者。ストロウと呼ばれた、腰に剣を下げた大柄の男性。
兵士だということが見れば分かる。以前どこかで見かけた気もしたがソラは思い出せなかった。しかしヤコンは記憶から引っ張り出せたらしく驚きの声を上げる。
「ストロウ? まさか、アルテマウス兵士団第二部隊隊長、ストロウか!?」
ソラとウィレインは各々の従者に知り合いかどうかを訊ねた。
結果としてどちらも首を横に振った。その後、ストロウからの「どうして俺のことを?」という問いにヤコンが答える。
「元兵士長のタイタンさんと互角以上に渡り合ったんだ。試合を見たアランバートの兵士なら絶対に憶えているさ。俺の名はヤコン、一応現兵士長を務めている。よろしく頼む」
「ああ、タイタンのことは俺も憶えている。そうか、アランバートの兵士か。この場で挨拶をするのは気恥ずかしいが一応しておこう。俺はストロウ、こちらこそよろしく頼む」
二人は笑みを浮かべて挨拶しているが他の者は違う。
聞き流せない情報が耳に入って来たからだ。ストロウはアルテマウスの兵士だというが国はもう滅んでいる。滅亡した国の兵士がなぜ他国の従者になっているのか、そもそも生き残りがいた事実に驚きを隠せない。彼の主と隣の神官以外からの視線が彼へと集まる。
「どういうことだウィレイン。なぜアルテマウス出身の兵士が貴様の従者になっている? なぜ生き残りがいることを余に報告しなかった」
鋭く尖らせたカシマの目がウィレインへと移動したが、彼女は恐れることなく不敵に笑う。
「色々聞きたいことも話したいこともあるだろう。まずは始めちまおうぜ」
「……いいだろう。参加者は揃った、これよりサミットを開始する」
始まる前から話題が増えた各国トップ層の話し合い、サミットが始まった。
「さあ答えてもらおうか。アルテマウスの生き残りがいることをなぜ黙っていた。なぜそんな人物を護衛として傍に置いている」
サミット開始と同時、カシマがストロウの件についてウィレインを問いただす。
彼女が答えようと口を開ける前に「待て」とサマンドが口を出す。もし彼が止めなければソラが勇気を持って告げていた。未だにウィレインと呼ばれる女性のことすら知らないのだ。一人だけが理解して話を進めるなど会談とは呼べない。
「そちらのウィレイン嬢だったか、いったい何者だ? その説明をカシマ殿からも本人からも一切受けていない。話を進めるのなら情報を開示して周知させてからにするべきだ、ソラ嬢も私も付いていけん」
「む、すまんな。つい興奮して話を急いでしまった」
「そうか、そっちの二人は初めましてか。アタシの名はウィレイン・ウォッタパルナ。水上都市改め、水上国ウォルバドの女王さ。感じている通り堅苦しい言葉遣いは嫌いだからこの場でもしないぜ。呼び方は好きにしな、ウィレイン嬢ってのは恥ずかしいが構わねえさ」
水上都市ウォルバドの名前はソラも知っている。
女王に即位してから初めてのサミット、去年の話だが、カシマから行くのを強く止められた場所だ。クランプ大森林の西に位置するその町は巨大な湖の上に存在している。複雑に入り組んだ橋を道として扱い、建造物は橋の上と陸上どちらにもある。とにかく真下にある湖が透き通っていて綺麗な都市だとカシマは過去に話していた。……にもかかわらず止めたのは、ウィレインの態度で機嫌を損なうと思ったからだろう。さすがに王族を前にあの態度は我が強すぎる。
「水上国ウォルバド……ですか。都市から国に変化した情報など受け取っていないのですが。これはお二方のどちらかから発信すべき内容だったのでは?」
そう、何も事前に知らない。完全に不意打ち。
当然ウィレインとカシマ二人の間で何度か話し合いは行われているはずだ。水上都市ウォルバドはクランプ帝国の領土にある町なので一方的に決めることは出来ない。なんせ帝国側からすれば今まで管理していた町が国として対等になるのだから、相当慎重に話をして断ってもおかしくない。
「色々とごたついていたもんでな。アタシには無理だった」
「そもそも正式に決定したのがつい最近なのだ。連絡してもよかったが、どうせこの場に集まるのならここで教えた方が早いと思ったまでよ。……だがそうだな、コミュバードでも連絡しておくべきだったかもしれん。これについては謝罪しよう」
謝罪されたもののカシマの考えには納得出来る。
つい最近に正式決定したのなら情報発信には遅い。コミュバードでの連絡は遠距離で便利となるもの。サミットのため集まっているソラ達に直接話すのと、国内にいるのにコミュバードで連絡するのはあまり時間の差はないだろう。情報の重要度にもよるが国が一つ増えたのだ、平和的な知らせだし問題はない。
「ふむ、なぜわざわざ帝国の枠組みから抜けようとしたのだ? 帝国が滅亡しかけない限り、新しい国として変化を目指す必要性はなさそうだが。資金面やらで何か不満があったのか? それとも態度の悪さに愛想を尽かしたカシマ殿が発端か?」
「そんなことよりもアルテマウスの兵士だ。彼の存在は余も知らんのだぞ」
「そんなこと? 自らの所有していた町が消えたも同然なのを、そんなことで済ませるのかカシマ殿は。話したくないのなら結構。こちらは勝手によくない想像をするだけなのだから」
「ふっ、いやいや、突っ込んで来るなサマンド。……まあ、余とウィレインは関係がギクシャクしておってな。くだらん難癖を付けてくるから縁を切った、それだけのことよ」
実際に態度の悪さを見ているとそう思えてしまう。――もう一方が口を挿まなければ。
「おいおい、難癖だと? 皇帝さんよ、都市に戦力を一人も寄越してくれねえから寄越せっつーのは難癖なのかい? そいつは知らなかった悪かった。アタシはただ、周囲の魔物から町を守るのに兵士の一人でも欲しかっただけなんだがなあ」
兵士を一人も送らないという事実にソラは愕然とした。
特例はあるが、アランバート王国領土にある村には兵士を数名は送っている。いくら魔物が警戒してあまり襲ってこないとしても番人役くらい居なければ、いざ襲撃を受けた時に大惨事になりかねない。魔物だけでなく盗賊などもいるのだ、村人だけで対処するのはどんなに頑張っても無理がある。
もし兵士を送っていないのが本当なら虐待と言ってもいい。
ただでさえ帝国の兵士は銃のおかげで戦闘力が高いのだ。一人いるだけでも戦いの際にかなり楽になれるはずである。兵士の居ない状態で持ち堪え続けたウォルバドにこそ称賛を送りたくなる。
「……現状、魔信教など目下の敵の対処で兵士は忙しい」
「そりゃどこも同じだろ? なのに帝国だけ領にある町に兵士を寄越さない、おかしいじゃねえか。こちとら神官と傭兵で何とか平和を守っているっていうのによ」
「守れているならそれでいいではないか。わざわざ気にするな」
「神官は無償で働いてくれるが傭兵は金で雇ってんだ。兵士さえ送ってくれれば無駄な出費を避けられるっていうのにだぜ。これで気にすんなってのは無理があるだろうよ。……あー、つうかさ、そっちが忙しいのは本当に魔信教の対処か?」
睨むカシマは「何が言いたい」と低い声を出す。
「敵は本当に魔信教なのかって話だよ。兵士一人一人に支給されている、今のアスライフ大陸にはオーバーテクノロジーな武器。城の要塞化。過度な防衛機能。アタシには敵が魔信教だけには思えねえな。銃ってやつの出所も分からねえ、なんかすげえバックが付いているんじゃねえのか」
好き放題告げるウィレインに対して、唐突にカシマの傍に立っていた兵士二人が銃口を向ける。彼女の言動に苛つくのは理解出来るが、武器を構えては国への敵対行為と捉えられてもおかしくない。自国の兵士の失態にもかかわらず焦った様子を見せないカシマは口を開く。
「すまんが忠告させてもらおう。これ以上くだらんことを言うと兵士が怒りのままに殺してしまうかもしれん。一応、忠告はした。くだらぬ探りは止めてもらおうか、そちらの尊い命のためにも、な」
まずい、とソラは焦る。
仲が険悪なのは分かったがここまでとは思わなかったのだ。このままでは大事な会談の場で死体が出来上がってしまう。銃の出所についてはソラも気になるが今追求すべきことではないと判断した。言い争いにならないことが一番重要だ。各国と情報を共有したうえでどう動くのかを相談し合う、国同士の親睦を深めることこそがサミットの目的なのだから。
「ウィレインさん、ここは謝った方がいいです」
「いや、銃の出所か。私も気になるな」
サマンドも乗ってしまったことにソラは彼の名を叫ぶ。
「新たな物を作るのには莫大な資金が必要だ。金だ金、結局のところそれが全て。先程ウィレイン嬢が言っていたが銃は私達の文明を超えていると思う。作れるなら製造方法をお教え願えないだろうか。最近は見なくなったが砂漠にはレッドスコルピオンがいるのでね、強力な武器はいつでも欲しい」
強力な武器の情報を共有するのもサミットの役割だ。さすがに王として長年生きていることはある、ウィレインのように強引な切り口ではない。あくまでもサミットらしく、友好的に言葉を発している。
ここは下手に謝罪を強制するよりも、流れに乗るべきだとソラは考えた。
「……魔物を撃退するための武器を欲するのはどこも同じですね。我々が戦争するわけでもないのです。カシマさん、ここは銃の製造法を全員で共有しておきませんか。魔信教への牽制にもなるでしょう」
「そ、それは……すまんが、まだ出来ん。まだ安全に作れるとは言い切れないのだ、教えてからそちらで事故でも起きたりすれば国際問題になりかねん。もうしばらく待ってほしい」
「兵士全員が持っているのに安全じゃねえって? おいおい、安全に作れねえもんを持たせるのはどうかと思うぜ。それともそれは言い訳で、アタシ達に教えられねえ事情でもあんのか。……例えばそうだな、戦争でもするつもりとか」
カシマの傍にいた兵士が持つ銃からけたましい音が鳴った。
一人だけだ、一人だけが銃を発砲していた。
弾丸が真っ直ぐにウィレインの眉間へと飛来して、瞬時に剣を振るったストロウが盾となる。ソラには弾丸が見えていなかったが今も防ぎ続けているのは分かる。そして戦いに勝ったのはストロウであり、弾き返された小さな弾丸はヤコンの胸へと直撃する。
ソラは彼の名を悲鳴混じりに叫ぶ。
数歩分下がったヤコンは歯を食いしばっており、心配そうに見つめていると優しい笑みを浮かべて「問題ありません」と告げる。
軽鎧を着ていたことが救いであったのだ。もし金属の鎧がなければ胴体を貫通して死んでいたかもしれない。彼はレミが気を許す数少ない男の一人であり現兵士団長。失った場合の損失は計り知れない。
沸騰するような怒りでソラは鋭い目を発砲した兵士に向ける。ヤコンに直撃したのはストロウのせいだが、元をただせば全て撃った男が悪い。普段温厚な自覚があるソラでも煮える感情を抑え込めなかった。
「なぜ攻撃したのですか! 危うく死者が出るところでしたよ!?」
「迷いがなかったなあ、おい。お前、予め撃つように指示されてたろ」
「……まあ落ち着けソラ、ウィレイン。これは確かに余の国の兵士の失態。幸い死人は出ていない、後でこの者には罰を与えよう。何なら罰の内容はそちらで決めてくれても構わない。一先ずは退出させておこう」
立って抗議したソラは納得のいかないまま腰を下ろす。
撃たなかった方の兵士が撃った方の兵士の肩を掴んで外へ連れて行く。
気難しい表情をしていたが攻撃の理由は不明だ。会談中の他国の王を殺害しかけるなど、これからの人生を棒に振るも同義。よっぽど愛国心か忠誠心が強いのだろうが狂気すら感じる。この場からいなくなったのなら安心しても構わないのだが心配の種は消えない。
「ふぅ、とりあえず話を続けよう。戦争などバカバカしい。銃の製造方法については確実に安全と保障出来るようになったら公開しよう。今はまだ試作段階だ、さっきも言ったが事故に繋がる恐れがある。ウォルバドに兵士を送れなかったのは魔信教への対処もあるが、銃の試用でも人手が欲しかったというのも理由の一つだ」
問題が発生したから中止、とはならずにサミットは継続された。
カシマが告げたのは先程とほぼ同じ内容。誤魔化されている気もしたがこれ以上問い詰めても無駄だろう。何か隠しているのだとしても決定的な証拠がなければ嘘しか出ない。ウィレインも一応は「ふん、そうかい」と追及を諦めたように見える。もっともソラと同じで納得はしていないだろうが。
「この議題はもういい。今回の本来の議題は魔信教や盗賊団ブルーズの情報や対処だったはずだ、それを話そうじゃないか。銃については近い内コミュバードで製造法を連絡すると約束する。ウォルバドは国となったのだから兵士は自国の者で補えばいい」
「ま、今となっちゃそれしかないしね。兵士についてはもういいさ。銃については……まあ、またの機会で構わない。危ない犯罪者共について話すのも重要なことだしね、早いとこ情報を共有していこう」
魔信教。盗賊団ブルーズ。現在のアスライフ大陸において二大巨悪と言っていい存在。
元々、サミットで話す内容については事前に大まかだが決めている。今回はそれを話すために来ているといっても過言ではないのだ。ウォルバドの件よりも遥かに重大な、世界全体の危機として扱わなければならない。
先程の怒りを抑えたソラは「では私から」と言って情報を開示していく。
「アランバート王国は魔信教から城を襲撃されました。襲撃犯の名前はイレイザー、組織の幹部、四罪と呼ばれる一員であることが判明しています。その時は城にいた兵士達と偶然居合わせた少年の活躍で追い払えました。幸いなことに一般市民に怪我人は出ていません。ですが残念ながら犯人の生死は不明のままです」
「ああ、四罪については連絡が来たな。魔信教トップである教祖を支える四人の強者。国に甚大な被害をもたらすのはそやつらである可能性が高い。実質、幹部と教組を捕縛するなり殺すなりすれば脅威は減るだろう。……そういえば、まだアルテマウスの兵士の話を聞いていなかったな。実際に壊滅的な被害を受けた身として何か情報はないのかね」
「む、先程の一件ですっかり忘れていたな。私も是非意見を聞きたい」
ウォルバド側以外の人間の目がストロウへと集まる。
表情が固い彼にウィレインが「話せるか?」と問うと、彼はこくりと頷く。
「軍事国家アルテマウスはたった一人に滅ぼされました。それが教祖だったのか、四罪だったのかまでは分かりませんがどちらかの可能性が高いです。あれほどの実力者がそういるとは思えない。残念ながら俺は奴が尋常でないくらい強かったということしか把握出来ませんでした」
「どういう経緯でウォルバドへ?」
「こいつは帝国からの帰りに偶然見つけてね、アタシの下で働いてもらうことにしたのさ。まさかアルテマウス出身だったとは思わなかったがね。……報告しなかったのは、まあちょっと事情があってさ。悪かったね」
理由を述べている際にカシマを一瞥したことから帝国関係だろう。ウィレインがぼかしたのも、カシマが言及しなかったのもおそらくはこれ以上空気を悪くしないため。ソラは色々と察したため口は出さない。
「あ、ちなみにウォルバドは魔信教には襲われなかったね。盗賊団ブルーズの連中が窃盗を働いたことはあるけど、それくらいなもんさ。死者はゼロ。窃盗犯は神官や傭兵達の活躍で全員捕まえてる」
その後にウィレインは尋問、時に拷問も行ったが情報は吐かなかったと語る。
元からその点については誰も期待していない。そもそも二つの組織の情報が未だに不十分なのは捕縛しても絶対に吐かないからだ。誰か一人でもペラペラと喋ってくれれば楽なのだが、ほとんどの者は自殺するか暴れるかだけで話にならない。
「ブルーズの被害といえば以前リジャーでも発生してしまった。ホーシアンレースの賞品を盗まれてしまってな。犯人を捕らえようとしたものの返り討ち。兵士の話によれば優勝者の少年が戦って犯人を撃退したようだ。……そういえば似た話をノルドでも聞いたか、ソラ嬢はノルドの一件を聞いたか?」
「ええ、少年と仲間が漁師達と協力して、クラーケンなる怪物を討伐したとか。他の大陸へ船で行き来するのもしばらくしたら可能になるらしいですね」
「少年? そうだ、余も耳にしたことがある。最近、自分達を盗賊団ブルーズの残党だと言って自ら捕まりに来た馬鹿な連中がいたんだが、そやつらが言っておった。ブルーズは頭領が少年達に倒されたから空中分解していくとか、その少年達に帝国へ行って自首するよう言われたとか。さすがに全て信じられないので妄言か何かだと思っていたんだが」
間違いなくエビルのことだとソラは理解した。
昨日、長時間に渡って彼の旅の話を聞いていたからこそ分かる。リジャーでの一件も、ノルドでの一件も、盗賊団ブルーズの一件も全てエビルが関与しているのだ。例の発表をするには丁度いいかもしれないですね、とソラは密かに思う。
「おいアズライ、アタシは知らないんだがお前はどうだ?」
「うーん、知りませんねえ。単純にウォルバドを訪れてないんじゃないかなあ」
この約三百年もの間、世界に現れることのなかった風の秘術使い。
当時の魔王を打倒した風の秘術使いは風の勇者として、世界中にその名を広めたという。アスライフ大陸は魔王の住んでいた場所でもあるため知らない者はいない。絵本としても世に広まっているレベルだから子供でも知っている。
その風の勇者が再び現世に誕生した。この事実をソラはまだ他国へ伝えていない。何もない状態で広めても妄言とされる可能性が高いのを考慮して待ったのだ。そして今、謎の勇気ある少年として各国の王達が気にかけている。今なのだ、これ以上ないタイミングで言い放つべきだ。
――新たな風の勇者が魔信教を討伐すると。
「すみませんが一つ、みなさんにお伝えしていなかったことがあります」
「む、何だね? 先程の魔信教襲撃の話で言い忘れたことでも?」
「ええ、相当に重要な情報を公表していませんでした。話に出したアランバートを救ってくれた少年は現在旅をしています。もちろんリジャーにも、ノルドにも立ち寄っています」
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「もしやソラ嬢、こう言いたいのか? ついさっき話に出た少年は同一人物だと」
「ええ、実は昨日その少年と再会しまして、話をしたところ全ての当事者となっていました。盗賊団ブルーズの頭領を殺したのも証言していましたよ。そして最後にもう一つ重大な発表を。長きに渡って消失していた風の秘術使い、風の勇者とされる者……ようやく天が味方をしてくれたようで見つけることが出来ました」
ソラとヤコン以外に衝撃が走る。
軽く目を見開いた者達へソラは言い放つ。
「そう、その少年――エビル・アグレムこそが今代の風の秘術使い。この不穏な時代に光をもたらす、新たな風の勇者なのです!」
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である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
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