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第一部 八章 悪とは魔であり人でもある
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しおりを挟む「聖火は善を癒やし、悪を焼き尽くすことで平和を守る。心配しなくても仲間は燃やさないわ。……ま、色々あったけどレミ様完全復活! なんてね!」
ピースサインしたレミは照れるような笑みを浮かべた。
残りの敵を一人で殲滅した彼女のもとへエビル達は向かう。
「レミちゃん目が覚めたんだな! ずっと寝てたから心配したんだぜ!?」
「カシェ様からの疲労封印を解かれたら一瞬で眠くなっちゃって、そのまま随分長く寝てたみたいね。色々と訊きたいことはあるけど……まずはみんな、久し振り。アタシだけ再会遅れちゃったわね」
「ふふっ、随分とお寝坊さんなので王子様にキスでもしてもらおうか検討していましたよ」
サトリがそんなことを言うので反射的にエビルは「王子様?」と声を零す。
一応レミは王族だし女性だ。そういった話は聞いたことないが恋をしている可能性もある。自惚れでなければ自分に向けられる好意がそうなのかもしれない。残念ながら恋愛感情をよく理解していないエビルには判断が難しい。
レミは呆けた顔をしたが一瞬で頬を赤く染まてはサトリに詰め寄る。
「ちょっ、ちょおお! 何で知ってんのよ!」
次は「まさかアンタ話した!?」とセイムに詰め寄って、首を両手で絞めてから前後に激しく体を揺さぶる。首を絞められて苦しそうな彼は「いやいや俺何にも話してねえよ!」と喉を圧迫された状態で叫ぶ。
「見ていれば分かりますし前から知っていましたよ。メズールの宿屋であれだけ分かりやすく反応していれば誰だって気付きます。まあ、あの時あなたは誤解だと必死に否定していましたし、比べれば今は気持ちに素直なんじゃありませんか?」
「……くっ、何だか大人の余裕を感じるわね。これが年上か」
サトリの方に顔を向けたレミは唇を噛みしめる。セイムが「それより早く解放してくれよお!」と叫んだので彼の首を絞めて揺らすのは止めた。ゼーハーと激しく息切れして涙目になっている彼は膝から崩れ落ち、歩み寄ったサトリに頭を撫でられた。
「年齢は関係ありません、大人と決めるのは実際の年齢ではなく心の在り方です。あなたも成長しているのですからそう気にする必要はありません。肉体的にも、精神的にも、あなたはまだ完全に発達しきっていないんですから。自分の行き着く先を想像すればきっと理想に近付けますよ」
「そんじゃ余裕を持つとしてこの話題はおしまい。アタシが寝てる間に何があったか教えてくれる? さっき襲われてたのって機械竜でしょ。あの、ジークだっけ、あいつが使ってた兵器よね」
天空神殿出発から今の今まで寝ていたレミは現状を全く分かっていない。それなのに起きてすぐ加勢に来てくれたのは尊敬出来るところだ。エビルは感謝の念を込めつつ、帝国に着いてからのことを細かく説明始めた。
ソラとヤコンの話を出すと彼女は嬉しそうに「そっか、姉様達が来てるんだ」と呟く。彼女にとっては一人しかいない身内と、旅に出るまでずっと傍にいた護衛の兵士、王国での生活を懐かしんでいるのが風として伝わる。
サミット直前、リトゥアールと再会したことも話した。魔信教教祖である彼女の素性、目的、自分が知っていることを全て語る。三人が一番驚いたのは魔信教のアジトが魔王城だという情報であった。これで次の旅路が決まったし、最終決戦が目前だと判明して気も引き締まる。
それからサミットの会議内容、倒した無人機械竜についてを話して全てを語り終えた。あまりに多い情報でレミは頭を押さえて「頭痛い、情報過多だわ」と言う。それについては申し訳なく思うがエビルの一日がそれだけ濃かったともいえる。ただ省くわけにはいかない重要情報ばかりなのでどうしようもなかった。
「つまり次の行き先は魔信教のアジト、魔王城」
「俺達の旅もついに節目ってわけだな」
「リトゥアールさんのことはアタシ、殺したくない。エビルに賛成」
「……どうしても説得出来ない場合は嫌な結末になるけど、仕方ない。とにかく落ち着いたら魔王城に向かって出発しよう。過去も、現在も、全ての因縁をそこで断ち切るんだ」
全員で頷き合って想いが一つなのを確認する。
もう敵もいないので帝国城下町へ戻るために歩き出すと、手を振って「おーい」と叫ぶ女神官が町の入口にいた。屈強な男兵士も傍にいて会釈していた。一先ずやるべきなのは無人機械竜達を討伐した事実を報告することからだろう。
エビルは遅れてやって来たアズライ達と合流してクランプ城へ戻ることにした。
* * *
塔のように高く伸びたクランプ城。
サミットで話し合った部屋に戻って来たエビルは「ただいま戻りました」と一礼する。傍にいたアズライ、ストロウも同じ動作をした。アズライの方は若干軽かったが誰も咎めない。
王の面々はカシマを除いて笑みを浮かべていた。彼だけは俯いているため表情が分からないが感情は歓喜に満ち溢れている。色々あったせいで血迷った行動をする心配はいらないだろう。
「エビル、信じていましたよ。あなたなら、風の勇者ならこの危機を乗り越えると。仲間の手を借りたとはいえさすが勇者と言わざるを得ません。この国に住む方々や我々の命を守ってくれてありがとうございます」
最初に発声したのはアランバート王国女王のソラであった。
彼女はエビルに絶大な信頼を寄せている。正直なところ、彼女のように勇者を特別視する思想がリトゥアールを悪の道へ堕としたので思うところはある。考え方は好きになれない、レミの姉として個人的な交友があるためわざわざ告げることはないが。
「へっ、まったくよくやってくれたぜ。付いて行かせた二人は役に立たないまま終わっちまった。あんな馬鹿げた兵器相手に大した手傷も負ってねえし、想像以上だぜ勇者サマ」
「私も久しく心が躍った。絶望の中に見える希望がこれほど大きなものとは」
「……本当に……本当にその通り! 素晴らしかったよエビル君!」
突如、俯いていたカシマが勢いよく頭を上げた。
「銃や大砲などとは比較にならない圧倒的な力。あの強大な兵器をいとも簡単に破壊してみせる君の剣技。これほど興奮したのは何時振りか! ああ、懐かしい若い頃を思い出す、余も元は無邪気に剣を振るっていた時期があったのだ! もう剣は引退して試合を見るだけ、次第に熱が冷めていき、あのガクガンの商談、強い力が手に入る事実に呑まれて何も考えず受けてしまった。何と愚かだったのか、あれだけ好いていた剣を蔑ろにしてしまった! 愚か、実に愚か、剣こそが最強にしてロマンある武器だと忘れてしまっていた! エビル君、君は余に若き日の心を取り戻してくれたのだよ! ありがとう、本当にありがとう! 国を救ってくれたことにも礼を言おう!」
怖いくらいに興奮している彼は早口で感謝を言い放つ。
目が輝いているが狂気に近いものを感じさせる笑みを浮かべている。
若干後退りしてしまったエビルは頬を引き攣らせながら「い、いえ」と呟く。他の者も多少、いやかなり引き気味なことにカシマ本人は気付いていない。
「しかしあれだな。あんだけすげえんだ、是非ウォルバドに来てくれねえか? 周辺の魔物退治は結構大変で人手不足なんだ。相応の報酬は用意させてもらうぜ、金でも、女でも、男でも、何だって好きなもんを要求していいからよ」
女王から直々のスカウト。想定外の事態にエビルは目を丸くする。
隣にいるアズライが「お、いいねえ。来ちゃいなよ」と腕を組み、胸を押しつけてくる。その慣れない柔らかい感触に緊張が高まり、鼻血が出そうになるのを何とか堪える。このままではまずいので放すように優しく告げると彼女は「ちぇー」と口を尖らせて身を引いてくれた。未だにうるさく鳴る心臓を押さえて僅かに彼女と距離を取る。
「スカウトか。それが可能ならリジャーに来てほしいものだ。ホーシアンレースにも優勝していることだし、剣術の腕も申し分ない。エビル君のレースは見ていなかったことだし、次立ち寄った時に我が国へ永住してみるのはどうだろうか」
「いいや! そういうことなら帝国だ! 銃や大砲は残すつもりだが本日より兵士には剣技を習得してもらう。エビル君には是非とも剣技の指南を、この国の兵士長に就任してからやってほしい! 剣技最強の国を共に作ろうではないか!」
「おやおや、困りますね。彼は元々アランバート王国領にある村出身。順当にいけば彼が来るべきはアランバートでしょう、親しい相手もいることですし。……それに皆さん、彼にはやるべきことがあるのをお忘れですか?」
ソラの言う通り、エビルにはしなければならないことがある。
魔信教壊滅のために魔王城へ行くこと。
幼少の頃からの夢、世界を自分の目で見て渡り歩きたいこと。
その二つを伝えると全員が納得したようで引き下がってくれた。強く言われると断りづらいので引いてくれなければどうしようかと思っていたところだ。
「……ふ、そうか、そうだったな。余もようやく冷静になってきたところだ。エビル君、今代の風の勇者。君は君のしたいことをするといい。君の実力に惚れ込んだ身なので、そのしたいことには全力で協力させてもらおう。先程は協力しないなどと言って非常にすまない」
「いえ、考え直してくれたことに感謝します。今のところ僕はどこか一つの国に留まる予定はないんですけど、皆さんが窮地に陥っているのを知ればすぐさま駆けつけると約束します。ただ勇者としてじゃなく、僕個人としてあなた達を助けたいんです」
「ありがたく頼らせてもらおう。さあ、本日の会談は終了とする。予想外の事態もあったが実に有意義なものであった。新たな勇者の誕生をこの目に焼きつけられたのだからな」
サミット二日目は穏やかな雰囲気で終了した。
帰路が同じなのでエビルはソラ、手当てを受けたヤコンと共に宿屋【水銀の矛】へと帰る。
宿屋入口では仲間達が出迎えてくれた。レミは実姉との再会を喜び、部屋で夜が更けるまで話し込む。それを邪魔する輩は誰一人としていない。王族姉妹の会話内容は不明だが、ベッドで眠る際に隣の部屋から喜びの風を感じたエビルは微かに笑った。
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