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第二部 四章 各々の想い
神城アスクリエイト
しおりを挟むベジリータの町の宿屋にてエビル達は驚愕した。
驚いた理由は部屋に来た白竜の一言。
「……今の、本当?」
「嘘を吐く理由がない。それにしても、まさか貴様等が何も知らないとはな。随分な無理難題を押し付けられたらしいが、奴は俺と貴様等が会うのを見越していたのかもしれん。奴ならそれくらい可能だろう」
彼の言葉が事実なら確かに無理難題。
事前情報がなければ辿り着けないし、知っている者を捜すのも困難。
エビル達が心を整理していると、部屋の扉が開いてロイズが帰って来た。
「あ、おかえりロイズ。どこへ行っていたの?」
「……少しな。……いや、君達には話した方がいいか」
朝エビルが起きた時には既に部屋にいなかった。
隣の部屋に泊まっていた彼女がいないことを、リンシャンが心配して知らせてくれたのである。レミやクレイアは全く心配しておらず、エビルも彼女なら心配ないと思い帰りを待っていた。一人で特訓や買い物をしているかもしれない。余計なものに終わると思ったし実際五体満足で帰還している。
ただ、何かがあったのは感じた。
彼女の心には深い悲しみと使命感があり、頬には涙の痕がある。一人で泣いた理由には触れないようにしたかったが、彼女自身が話すというのなら止めない。
「これを見てくれ」
ロイズが腰に下げていた剣を両手で持ち、見やすい位置で維持する。
「……剣?」
槍ではなく剣ということにエビル達は疑問を持つ。
彼女の武器といえば槍だったはずだ。剣を持っているところなど見たことがない。しかも彼女が見せる剣が普通の剣ではないことがエビルには感じ取れる。おそらくだが、魔剣ではないかという考えが過る。
黒い剣身に無数の赤いラインが伸びる禍々しい剣。
エビル以外も異常な剣だと思ったようで困惑が強い。
剣をじっくり眺めた白竜が「魔剣か」と呟く。
「ああ、この剣は魔剣マガツウル。私はこれを……師から託された」
「ロイズの師匠から? でも、君の師匠は死んだって」
「私の師、ナディン・クリオウネは悪魔に改造されて七魔将となっていた。この魔剣は師と戦い手に入れたもの。これのおかげで私も奴等を殺す手段を得られた。師との一件を全て一人で片付けたのは謝ろう」
「……七魔将って」
それからロイズは今朝あった出来事を全て語った。
事情を知ったエビル達は言葉を失う。
しかし一番ショックを受けただろう彼女は既に吹っ切れている様子。
気遣いは必要だろうが、意思が折れてはいない。
寧ろ昨日までより意思が固くなったように思える。
「私のことは心配するな。それより、私が帰って来た時に何を話していたんだ? そこの彼と世間話をしていたわけではなさそうだが」
彼女が心配するなと言うのも強がりではない。
エビル達が話していたことも重要なことなので、彼女が吹っ切れているのなら遠慮なく話題を変える。
「――黄金卵の在処が判明した。君が戻ったら出発しようと思っていたんだ」
「本当か! そういえば師のことが衝撃的すぎて話すのを忘れたが、強生命タマネギの畑を荒らしていた魔物は討伐されたぞ。強生命タマネギは育ちが早く、種植えから収穫まで約一ヶ月。近いうちにまた青果店が売り出してくれるだろう」
「なら一月後にまたベジリータに戻りましょう」
「ようやくこの特訓ついでのお使いも終わりが見えてきたわね」
レミの言う通り、ハイパー特訓も終わりが近付いている。
無事に終われそうなのは白竜のおかげだ。彼が黄金卵の場所を知っているお陰で、エビル達は無駄な渡航をしないで済む。もし知らなければ何年も船旅していたかもしれない。……さすがにそうなる前に悪魔王城に攻め込むと思うが。
「それで、黄金卵はどこの国にあるんだ?」
「どこの国にもないらしい。遠い昔は地上にもあったらしいけど」
「何? どういう意味だ?」
戸惑うロイズに白竜が説明しようと口を開く。
「――神城アスクリエイト。かつて創造神アストラルなどの神が住まわれていた空に浮かぶ城。そこに黄金卵は存在する」
白竜が告げた言葉にロイズは愕然として息を呑む。
次の目的地はアスクリエイトと決まり、エビル達は宿を出発する。
*
黄金卵が存在するという神城アスクリエイトへとエビル達はやって来た。
天空に浮かぶ城にどうやって来たかは単純。天空神殿へ行った時のような上昇装置はないため、ドラゴンの姿となった白竜に乗せてもらったのだ。もし彼の助力を得られなければ、一度カシェに会って説得するよう頼み込むつもりでいた。彼しか場所を知らないので必然と言える。
真っ白な雲の上に大きい城が白竜の背中から見える。
空中に立派な城があるのも驚きだが、さらに驚くことがあった。
信じられないことにアスクリエイトは雲に乗っているのだ。
物体が突き抜けるはずの、何の変哲もない雲に城が乗っている。
「ここがアスクリエイトだ。降りてみろ」
「えっ、でも真下が雲――」
「一番乗り」
恐れを知らない女性が白竜の背から飛び降りた。
エビル達は慌てて「クレイア!」と彼女の名を叫ぶ。
天空神殿は大地そのものが浮かんでいたが、アスクリエイト近辺に大地はない。
着地ならぬ着雲しなければならないわけだが人間は雲に触れないのが常識。正確には触れるが大地のように人間が立つことは出来ない。つまり突き抜けて真っ逆さまに落ちていく。
「柔軟」
――しかしクレイアはそうならなかった。
地上へ落ちず、白い雲に沈んだと思えばワンバウンド。
触り心地がいいのか彼女は満足気に雲を揉んでいる。
「え、平気なわけ? 雲に浮かべるっていうの?」
「この城を支える雲は普通の雲と違う。触れるし歩ける。足を踏み外さない限り地上へ落ちることはない」
「……不思議な雲だな」
「私、子供の頃は雲の上に住むのが夢の一つでした。ワクワクしちゃいます」
「あーそれ分かるな。僕も一度は空に浮かぶ家に住みたいと思ったことがあるよ」
子供の頃のエビルは色々と妄想が凄かった。夢があったとも言える。
空高い場所に浮かぶ家やお菓子の家など、どんな家に住みたいかだけでも様々な妄想をしていた。もっとも、最終的に一番落ち着くのは故郷の実家であった。そんなことを思い出すと少し帰郷したくなってしまう。
「はぁ、もう下りるぞ」
「え?」
白竜が人型に戻った。
ドラゴンの背に乗っていたはずのエビル達は一気に、体重を預ける場所を失って真っ逆さまに落ちていく。白竜は華麗に着雲したが、頭から落下するエビル達は二回も跳ねて危うく落ちそうになる。かなり雲の隅の方なので油断すれば地上へ落下してしまいそうだ。そうなった場合確実に転落死するため気を付けなければならない。
「ちょっと! いきなり人型に戻んないでよ危ないでしょうが!」
「貴様等がいつまでもくだらん話をしていたからだ。さっさと行くぞ」
緑黄色の城に向かって白竜が歩き出したのでエビル達は後を追う。
雲を歩くとは不思議な感覚だ。この雲が特殊なだけとは分かっているが心躍ってしまう。まるで綿やウールのような柔らかさを持つ雲を進んでいくと、長い階段と城門が見えた。階段も白い雲だったため上から見た時は気付かなかった。
五十段以上ある雲の階段を上がり切ったエビル達は城門の前に立つ。
美しい黄金色の門には男性の姿が彫られている。
白竜曰く、その男性こそが創造神アストラル。
この世界を創り上げたと伝わる偉大な神。
クレイア以外が技術面でも驚いたが、彫られている者を知って二重に驚く。
「ね、ねえ白竜、門を開けるのアタシにやらせてもらえない? 神様が昔住んでいたすっごい城の門を自分で開けてみたいのよ。罰当たりかもしれないけどちょっとした好奇心でさ。ね、誰が開けても結果は同じだしいいでしょ?」
「……構わんが」
「ああずるいですよ! 私も開けたい、というか触りたいんですから!」
レミとリンシャンが楽しそうに扉へ触れる。
一歩引いたところで見ているロイズは若干戸惑う。
「……ただの門だろうに。何が二人のテンションをあそこまで高めるんだ?」
「摩訶不思議」
「うーん、分からないけど中に入るのはワクワクするよ」
「おい貴様等、言っておくがいくら力を加えても無駄だぞ。その門には鍵がかかっている。解錠しなければ開かん」
白竜が紺色のスーツのポケットに手を突っ込む。
鍵を持っているからこそ連れて来てくれたのだろう。
彼が鍵を探していると、レミとリンシャンから「え」という声が漏れる。
――二人が押したことで扉が開いていた。
振り返った二人と白竜の目が合い、三人共が驚愕を露わにしている。
「開いちゃった」
「開いちゃいました」
「……なぜ門が開く。施錠されているはずだぞ」
アスクリエイトについてエビルは詳細を知らないが異常事態なのは分かった。
施錠されているはずの門がなぜ開いたのか。
可能性としては二つ。
一つは鍵の閉め忘れ。
もう一つはエビル達以外の来訪者。
「白竜以外に鍵を持っている誰かが来たって可能性はあるかな」
「アスクリエイトの城門の鍵を所持しているのは俺、カシェ様、創造神とその配下のみ。しかし創造神達は悪魔王との戦いによって傷を負い、身動きが取れないと聞いている。カシェ様は基本天空神殿を出たりしないはずなのだが……入れば分かることだな」
考え込んだ白竜が開いた門を通って城内に足を踏み入れる。
エビル達は顔を見合わせて、警戒を怠らない確認のために頷き合う。
緑黄色の城内は色的にも清潔さ的にも綺麗であった。それには軽く驚いたが、一番驚いたのは部屋と部屋を繋ぐ通路や階段がないことだ。移動はどうするのか疑問に思っていると白竜が教えてくれる。眩しい光の長方形が部屋に存在しており、光を通過すると別の部屋へと移動出来るらしい。創作に出てくるワープゲートのようなものだ。
光のワープゲートを通っていくつか部屋を訪れていると女性を発見する。
小さな一室に佇んでいた彼女は水色のドレスを着ていた。ドレスの肩部分には読めない赤文字が書かれた白い札が何枚も貼られている。衣服は違うが彼女の後ろ姿には見覚えがある。足元にまで伸びた金の長髪を揺らしながら振り向いた彼女の顔を見て確信した。
部屋で佇んでいたのは封印の神、カシェで間違いない。
自らの主を目にした白竜は予想外だったようで激しく動揺している。
「カシェ様!? なぜこの場所に!?」
「白竜、それに今代の勇者と仲間達。あなた達こそなぜアスクリエイトに?」
「この者共が黄金卵を必要としていたので取りに。……それでカシェ様はどうしてアスクリエイトに……もしや、あの時期ですか?」
「ええ、あなたの想像通りです。封印を掛け直してきました」
気になる言葉が出たのでエビルはカシェに問う。
「封印というのは何ですか?」
「貴様が知る必要はない」
「まあまあ白竜、教えてもよいではありませんか。エビルは勇者という特別な存在。知りたいなら教えればいい。教えなければ気になってしまい、これからの戦いに支障が出るかもしれませんからね」
カシェはただ「付いてきなさい」と告げた。
机上にあった銀のティアラはを頭頂部に乗せた彼女と共にエビル達は移動する。
移動中にロイズがエビルの傍に近寄り、耳元で話しかけてきた。
アスクリエイト内は静かなので、どれだけ小声で話そうが周囲に響く。
城に使われた材料にも原因があるかもしれないが内緒話は不可能らしい。
本当に内緒話をするなら光のワープゲートを利用して二人きりになった方がいい。
「エビル、先程白竜があの女性をカシェ様と呼んでいたが、まさか彼女が神なのか?」
「私も気になっていました。カシェ様といえば通貨の単位にもなっていますし」
「神様だよ。封印の神様」
「懐かしいわね。アタシ達も初めて会った時は二人みたいな反応だったわ」
レミが「クレイアも驚いた?」と問いかけたが、クレイアはそもそも神を知らなかったようで「……神、何?」と首を傾げていた。バトオナ族の中には歴史を語り継ぐ者がいたとはいえ、そういった者以外は神の存在すら知らないのだろう。
「やはりか! ということはエビル、君は神と知り合いなのか」
「あはは、色々あってね。カシェ様が住む神殿で過ごした時期があるんだよ」
「何というか君が特別な悪魔だと再認識させられるな」
特別といえばエビルは特別だ。
ロイズの発言はおそらく神と対峙しても殺されなかったり、神殿で過ごしたと聞いたことから来たものだろう。通常の悪魔、言語も解せない下級やビンのような上級でも、神と対峙すれば襲われて殺される。そういう観点から見ればシャドウも特別な悪魔と言える。
悪魔は魔物。神からすれば生かす価値はあまりない。
天空神殿に行った際、風の秘術を持つエビルはともかく、なぜシャドウは殺されなかったのか今思うと謎だ。カシェからしてみれば敵側の大きな戦力。殺せるうちに殺さなかったのは、きっとエビルが想像もつかない考えがあるに違いない。
「――到着です」
カシェはとある光のワープゲートを通った先で呟く。
高さのある部屋に辿り着いたエビル達は、部屋の中央に巨大な黒き水晶が浮かんでいるのを見た。巨大な黒水晶はゆっくりと回転し続けているだけだが、異様に不気味な存在感を持っている。普通の水晶でないことだけは確かだ。
「この部屋の水晶にはとある男が封印されています。名は――魔神メモリア」
「魔神メモリア……? どこかで聞いたような」
記憶を掘り起こすエビルは思い出して「あ」と声を出す。
バトオナ族の集落にて、族長であるゼランから聞いた話に出た名前だ。
人類絶滅を目的としてしまった魔神メモリア。
ルイストを模した怪物、魔物を生み出した張本人。
今知る情報で簡潔に表すなら人類の敵。
「確か、バトオナ族の集落で族長から聞いた名だな」
「魔物を生んだ存在。つまり、今の戦いの元凶とも言える存在ですね」
「それがあの水晶に封じられているってわけね」
一度頷いて肯定したカシェは黒い水晶を見つめる。
「メモリアは強大な存在。彼を放っておけばいずれ復活してしまう。なので私が百年に一度か二度、時間経過で弱まった封印を掛け直しているのですよ。この役目は封印を得意とする私が一番適役なのです」
この世界の神が力を合わせても討ち滅ぼせず、封印しか出来なかった魔神。
話を聞いただけでも恐ろしい存在が目前の水晶に封じられている。
封印のせいだろうが黒い水晶からは何も感じない。風の秘術があるからこそ、何も感じられないのはエビルにとって恐れに繋がる。未知のものでも心が躍るものはあるが、目前の水晶は恐怖の塊だ。
「……もし、復活してしまったらどうなるんでしょうか」
「封印後も彼の意識は健在。今や人間だけでなく私やアストラルのような神、創造主である彼を助けない魔物すら憎悪の対象になっているでしょう。復活したらその憎しみで世界を滅ぼす可能性が高いです。ゆえに魔神メモリアは誰も触れてはならない。正しく禁忌の存在」
そう語るカシェの顔は若干の恐怖が滲み出ていた。
風の秘術で感じ取れなくてもエビル達は理解した。
神でも恐れるものがある。
それだけで、まだ姿を見たこともない魔神が絶望の権化のように思えてしまう。
「……ああ、禁忌の存在といえばもう一人。あなた達は既に出会っていますね」
カシェの言葉にエビル達は困惑する。
禁忌の存在なんて言われても全く心当たりがない。
「カシェ様。あれのことを話すのですか?」
「隠すことでもないでしょう。あれの、超次元生命体ミヤマのことなど」
「……ミヤマさんが……あの人が、禁忌の存在?」
予想外の名前が出てエビル達は目を丸くする。
只者ではないと思っていたがまさか、禁忌と呼ばれる存在など想定外だ。
ギルドマスターとして今まで協力してくれた人物だからこそ信じられない。
「ああ、誤解しないでくださいね。彼女は禁忌でも無害な存在。彼女本人が言っていたことですが、基本的に誰とも敵対せず、誰の味方もしない。ギルドなんて組織を作ったのもただの趣味。こちらから攻撃しなければ彼女は動きません」
ロイズがショックを受けて「……趣味、だったのか」と呟く。
全てを信じたわけではないがエビルもカシェの言葉は信じたい。彼女が無害だと断言するなら、たとえミヤマがどんな存在だろうと関係ない。今までの関係性を壊さず付き合っていけるはずだ。しかし、なぜ禁忌と言われているのかくらい知らなければいけないとエビルは思う。
「あの人は何者なんですか?」
「まだ、人間という種族が存在しなかった遠い昔。この世界では私含めた神が地上で暮らしていました。他に存在したのは虫や魚、動植物のみ。争いのない平和な生活を送っていました」
笑みを浮かべて語っていたカシェが「しかし」と言って笑みを消す。
「突如として、私が育てていた虫に変化が訪れました。体が人間の女性のものとなり、猫の耳と尻尾を生やした異形になってしまったのです。その彼女は自らのことを超次元生命体ミヤマと名乗り、事情を説明しました。思い出すだけでも恐ろしい能力を嬉々として語ったのです」
曰く、ありとあらゆる世界を自由に渡れる。
曰く、他の生命体の魂を自らのものに上書きして分身を作り出す。
曰く、どんな世界にも一人以上のミヤマが存在している。
「つまり簡潔に言ってしまえば、ミヤマはこの世界とは異なる世界からやって来た余所者。排除しようにも彼女は強すぎて排除出来ず、勝手にこの世界に居座る始末。……まあ、物騒な目的を持っていないのが不幸中の幸いでしたね。彼女はただ、ありとあらゆる世界を終焉まで見ていたいそうです。我々には到底理解出来ない目的ですがね」
聞いた話が本当だとエビル達は信じて呑み込む。
正直なところ、理解の範疇を超えた話で脳が破裂しそうであった。しかしミヤマの人物像は掴めた気がする。彼女は自分勝手で、我が儘で、誰よりも自由なのだろう。彼女への恐怖はあるが対応を変えるつもりはない。結局、エビルにとってミヤマとはマイペースなギルドマスターに過ぎないのだから。
「そっか、何だか、ちょっと納得したかも。ミヤマさんってさ、アタシ達のことを見る目がどうもおかしかったのよね。人間ってより実験動物を見る目って感じ。正直、気味が悪かったのよあの人」
「でも悪い人ではないんですよね? それなら……」
「うん、僕達は今まで通りでいいと思うよ。僕達にとってあの人はギルドマスターなんだから」
「ミヤマ、お菓子くれた。ママに、住む場所くれた」
「……そうだな。敵でないなら正体が何であれ構わない。私達が戦うべきは悪魔王とその配下だし、あの人は協力してくれている。何も不満はない。今日アスクリエイトに来た目的も果たそう。あの人のために黄金卵を手に入れようではないか」
少し嫌っていそうだがレミも「そうね」と後頭部を掻きながら呟く。
最終的に仲間もエビルと同じ意見で一致した。
ミヤマに関しては気にせず、今まで通りに接する方針だ。
「黄金卵? ああ、先程言っていましたね。黄金卵を欲しているのはミヤマなのですか? 呆れますね、自分で取りに来られるでしょうに。……まあ、そういう事情なら少し嫌がらせをしてあげましょう」
カシェと白竜の案内でエビル達は黄金卵の保管庫へ辿り着く。
黄金卵は栄養満点、最高峰の旨味、とろける食感と正しく神が食すに相応しい食材。
ミヤマが欲していた個数分、二十個の黄金卵を受け取ったエビルだがすぐ異常に気付く。二十個の内半分から他とは違う腐った風を感じた。恐る恐るカシェに訊いてみれば、陰湿な嫌がらせで十個だけわざと腐らせたらしい。
黄金卵を入手したエビル達は一旦ギルド本部へ戻ることにした。
ハイパー特訓という名のおつかいは中断する。強生命タマネギの再入荷まで約一ヶ月あるし、移動も白竜に手伝ってもらう約束を取り付けたので問題ない。移動時間の短縮が確定したので、ギルド本部に戻って強くなるために特訓しようと考えたのだ。
フォリア山脈の麓まで送ってもらったエビル達はギルド本部に向かう。
ドラゴンに乗って帰ったらギルドの人達を驚かせてしまうし、騒ぎになる。何せドラゴンは絶滅したと思われている。ギルドには学者や研究者もいるので、白竜の平穏を考えて直接は向かわなかった。
見えてきたギルド本部の正門前には猫耳を生やした女性がいる。
ミヤマだと思ったエビルは強烈な違和感に襲われる。
短かったメイド服の丈は長くなっており、雰囲気も表情も固い。
一切感情や気配が感じ取れなかったはずなのに今は感じ取れる。
違和感の正体、それは――。
「あ、ミヤマさんがいますよ。お出迎えでしょうか」
「当然ね。アタシ達に妙なおつかいさせたんだから」
クレイアが「お菓子、貰う」と駆け出すので、エビルは彼女の腕を掴んで止めた。
エビルは自分と瓜二つの悪魔が存在を知っている。これまでに深く関わってきたからか、風の秘術のおかげもあって最初に気付く。既に頭には、ミヤマと瓜二つの悪魔を思い浮かべている。
「待って。あれは、ミヤマさんじゃない」
「……違う? ミヤマ、いる」
「君は見たことないけど言葉では知っているはずだよ。あれがミーニャマだ」
正体を告げたことで仲間達に緊張が奔る。
ミーニャマは七魔将。エビル達の敵。
強い憎しみと殺意の風を感じ取ったエビルは彼女を見据えた。
「みんな気を付けて。彼女は強いし能力が厄介だ。油断しないで――」
注意を促すエビルの視界でミーニャマが動く。
あろうことか彼女は微笑み、正門を開けてギルド本部の敷地内に入ったのだ。
「なっ、中に入っただと!? マズい、早く追わなければ死人が出るぞ!」
ロイズの叫びで全員が走り出す。
ギルド本部の最高戦力、Sランクに所属する者達でもミヤマ曰くミーニャマに勝てない。もし襲撃されたら対抗出来る人物がいないのだ。彼女のことはミヤマが止めていたはずだが、なぜかこの場にはいない。カシェの話が本当なら敗北しないはずだ。神々が敵わない相手に七魔将が敵うはずない。
「ミヤマはどこにいるわけ!? あいつが対処するって話だったじゃないの!」
「あの人の気配は感じ取れないからな、困った。でもミーニャマの気配なら分かる。被害が出る前に彼女を食い止めないと……後ろだ! 彼女は僕達の背後に転移しているぞ!」
言いながら走るのを止めて振り向いたエビルは抜剣する。
同時に立ち止まって振り向いたロイズは槍を手に持ち、行動が僅かに遅れた他の面々も戦闘態勢に入る。
空中に出現したミーニャマは空気を蹴り、貫手で攻撃を仕掛けてきた。
指を真っ直ぐに伸ばして突く技。指を鍛えていない者が使えば突き指するか骨折するが、彼女の体は鋼よりも硬いため脅威だ。彼女はその気になれば素手で人体を抉れるし貫ける。対処するには武器を使わなければいけないがエビルは間に合わない。
攻撃対象がエビルなら間に合ったのだ。
しかし彼女の攻撃対象はリンシャンであった。
「させん!」
高速接近した貫手をロイズが槍で突いて軌道を逸らす。
鋼以上の強度を誇るミーニャマの肌を貫けずとも、槍は彼女の肌を傷付けた。
彼女の白い肌に作られた小さな傷口から萌葱色の血が流れる。
微かに目を見開いた彼女は再び転移して地面に立つ。
「ナイスだロイズ」
「ありがとうございますロイズ様」
「生命エネルギーを感知出来るおかげだ。敵の居場所を探ることに関してならエビルに劣らないかもな」
「奇襲は失敗に終わったけど侮れないわよ。リンシャンを真っ先に狙った理由、たぶん回復能力持っているからでしょ。敵からしたらある意味一番厄介な生命線だもん。アタシ達との戦闘に向けて計画を練っているってことじゃないの」
確かに、リンシャンがいるからダメージを考えずに戦闘出来る。
エビル達の生命線というのはあながち間違いではない。
敵からしたら真っ先に潰しておくべき存在だ。
見事先手を取ったミーニャマが攻撃してきた理由が何であれ、憎しみを抱く彼女が好意的でないのは事実。ただ、彼女から来たのは好都合。エビルは彼女に伝えたいことがある。聞いてもらうためには戦闘不能になるか落ち着いてもらう必要はあるため、今すぐ伝えても意味がないかもしれないが。
「ミーニャマ、君には伝えるべきことがある。一度落ち着いてくれ」
「どうでもいい。あなたからの言葉など、全てどうでもいい。ただ一つ確認したいことがあります。……ダグラス様を殺したのはあなた達ですか? あなた達が、ダグラス様を殺したのですか?」
「……それは、ああ、言い訳はしない。ダグラスは僕達が殺した。その時僕はダグラスから――」
「やはりあなた達でしたか。ならば、もう話すことはありません」
ミーニャマの目が見開かれ、ただでさえ強烈な殺意が膨れ上がる。
「私の全てだったあの御方を奪った愚者よ。悔いて、死ね!」
叫ぶ彼女の肉体に異変が生じた。
ゴボゴボと泡立つように体が膨れて、あっという間に人型とかけ離れた姿になる。体長五メートル程の巨大な猫と表せば可愛いものだが実際は悍ましい。猫といっても長くなった両耳は尖り、黒い尻尾は六本も生えている。あくまでも猫がベースのナニカとしか言いようがない。
赤の斑点が浮かび上がった彼女の体は獣と呼ぶに相応しいものだ。
変貌した彼女は真上を向き、周囲に咆哮を轟かせる。
「な、何なわけ!? どうなってんのよ!?」
「……正に悪魔です」
「驚愕」
「私の師も人型から容姿を変えたが、これは明らかに違うぞ」
「うん、僕にも分かる。真の姿とかじゃない。あれは、元々暴走の危険があったナニカだ」
「――あーらら、ありゃ私の細胞が暴走しているね」
いつの間にかエビルの隣にミヤマが立っていた。
あのミーニャマの姿を目にしても驚くことなく、淡々と述べる。
「ミヤマさん」
「いや、暴走させたが正しいか。今まで制御していたんだろうけど、制御する必要がなくなったのかな。あれは強いよー、この世界で上位に位置する君達でも勝てるかどうか分からない。本当は君達に任せて特訓のシメにする予定だったけど事情が変わった。あの子の尻尾は引き受けてあげるよ」
「……はぁ、後で色々聞かせてもらいますからね」
どういうつもりかミーニャマすら特訓の一部に組み込んでいたらしいが、予想外の事態が起こってミヤマが出陣するしかなくなったわけだ。何かが裏目に出たらしい。常識外れの行動にエビル達は呆れてしまう。
「さあみんな、負けられない戦いだ。ミーニャマを食い止めよう!」
エビルの叫びに仲間達が頷く。
喝を入れたのに反応したのか、再び咆哮した獣が飛びかかってきた。
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オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
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剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
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