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第2話
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「十五万ゴールド!」
「十六万と五千ゴールド!」
「十六万八千ゴールド!」
値段はどんどん釣り上がっていく。アナベルは殺気立った男達を見て、わなわなと震えていた。あそこにいるのは聖女反対派の伯爵だ――彼が競りに勝ったら、どんな屈辱を受けるか分からない。あっちで喚いているのはイザベルに求愛して振られた子爵令息だ――彼が競りに勝ったら、きっと暴力を振るわれる。彼女はそんな風に悪い想像をしてはひとり震えるだけだった。
「俺は十八万ゴールドだ! はっはあ!」
そう叫んだのは鬼畜として有名な侯爵だった。でっぷりと太った肉厚の顔面から恐ろしい眼球が覗いている。彼は女を痛めつけて犯すのが大好きだと噂で聞いたことがある。恐ろしいことに侯爵の相手を務めた女はもう二度と人前に立てない体にされるという――アナベルは目の前が真っ暗になった。
「い、嫌よ……! あの人に買われるのだけは絶対に嫌……――」
「うるさいッ! お前は黙って見ていなさいッ!」
「ああっ!」
アナベルの背中に大鞭が打ち付けられ、彼女は体を跳ねさせた。すると客達は色めき、立ち上がって歓声を上げた。聖女が痛め付けられている姿を見るのは彼らにとって愉悦でしかない。“もっとやれ!”という最低な野次の中、ただひとり冷静に会場を見詰める美青年がいた。
「……百万ゴールド」
美青年の声に会場が大きくどよめいた。
しかし彼はにやりともせずにアナベルを見詰めている。
「ひゃ……百万ゴールドです! 百万ゴールドが出ました!」
「ふざけるなよ! 競りを台無しにする気か!」
「どこのどいつだ! ぶん殴ってやる!」
美青年に向かって、ひとりの客が立ち上がった。その客は拳を振り上げると、彼に襲いかかっていく。しかし美青年はそれを華麗に躱すと、相手の腹を蹴り飛ばした。蹴りを受けた客は胃の中身をぶちまけて完全に伸びてしまったようだ。美青年はそれを見て、にっこりと微笑んだ。
「大変失礼しました、続きをどうぞ」
「い、いえ……これ以上の値段はないようです……」
「そうですか。それでは百万ゴールド、これで彼女を身請けしたい」
「み、身請けですか……!? それはちょっと……――」
「では、二百万ゴールドでどうです?」
「な、何ですと……!?」
娼館の主人は女将の耳元で囁き、値段の相談している。強欲の彼はもっと値段を釣り上げられるかどうか、相談しているのだった。アナベルはと言うと、目を見開いたまま謎の美青年を見詰めていた。黒い切れ長の目、真っ白い肌、黒い長髪を真ん中で分け、後ろでひとつに結んでいる。こんな美青年は他に見たことがない――彼は一体何者なのだろうか。
「もう一声……もう一声で身請けさせましょう……」
娼館の主人が揉み手でそう訴える。
すると美青年はにやりと口を歪めた。
「では、三百万ゴールド。これ以上は出せません」
「売れました! 聖女は三百万ゴールドで売れました!」
わあああっと会場が大きく沸き上がった。
客達は憤然と立ち上がり、娼館の主人と女将へ唾を吐く。
そんな混乱の中、美青年は素早くステージへ登ると、アナベルを連れ去った。
「さあ、聖女様。波止場に船を待たせてあります。参りましょう」
「船……? もしかして他国へ行くのですか……?」
「その通りです。あなたはある尊きお方のハーレムへ入るのです」
「ハ、ハーレムですって……――?」
そしてアナベルは小型船に乗せられて、旅立った。
行き先が隣国のハーレムであることを知らないまま――
「十六万と五千ゴールド!」
「十六万八千ゴールド!」
値段はどんどん釣り上がっていく。アナベルは殺気立った男達を見て、わなわなと震えていた。あそこにいるのは聖女反対派の伯爵だ――彼が競りに勝ったら、どんな屈辱を受けるか分からない。あっちで喚いているのはイザベルに求愛して振られた子爵令息だ――彼が競りに勝ったら、きっと暴力を振るわれる。彼女はそんな風に悪い想像をしてはひとり震えるだけだった。
「俺は十八万ゴールドだ! はっはあ!」
そう叫んだのは鬼畜として有名な侯爵だった。でっぷりと太った肉厚の顔面から恐ろしい眼球が覗いている。彼は女を痛めつけて犯すのが大好きだと噂で聞いたことがある。恐ろしいことに侯爵の相手を務めた女はもう二度と人前に立てない体にされるという――アナベルは目の前が真っ暗になった。
「い、嫌よ……! あの人に買われるのだけは絶対に嫌……――」
「うるさいッ! お前は黙って見ていなさいッ!」
「ああっ!」
アナベルの背中に大鞭が打ち付けられ、彼女は体を跳ねさせた。すると客達は色めき、立ち上がって歓声を上げた。聖女が痛め付けられている姿を見るのは彼らにとって愉悦でしかない。“もっとやれ!”という最低な野次の中、ただひとり冷静に会場を見詰める美青年がいた。
「……百万ゴールド」
美青年の声に会場が大きくどよめいた。
しかし彼はにやりともせずにアナベルを見詰めている。
「ひゃ……百万ゴールドです! 百万ゴールドが出ました!」
「ふざけるなよ! 競りを台無しにする気か!」
「どこのどいつだ! ぶん殴ってやる!」
美青年に向かって、ひとりの客が立ち上がった。その客は拳を振り上げると、彼に襲いかかっていく。しかし美青年はそれを華麗に躱すと、相手の腹を蹴り飛ばした。蹴りを受けた客は胃の中身をぶちまけて完全に伸びてしまったようだ。美青年はそれを見て、にっこりと微笑んだ。
「大変失礼しました、続きをどうぞ」
「い、いえ……これ以上の値段はないようです……」
「そうですか。それでは百万ゴールド、これで彼女を身請けしたい」
「み、身請けですか……!? それはちょっと……――」
「では、二百万ゴールドでどうです?」
「な、何ですと……!?」
娼館の主人は女将の耳元で囁き、値段の相談している。強欲の彼はもっと値段を釣り上げられるかどうか、相談しているのだった。アナベルはと言うと、目を見開いたまま謎の美青年を見詰めていた。黒い切れ長の目、真っ白い肌、黒い長髪を真ん中で分け、後ろでひとつに結んでいる。こんな美青年は他に見たことがない――彼は一体何者なのだろうか。
「もう一声……もう一声で身請けさせましょう……」
娼館の主人が揉み手でそう訴える。
すると美青年はにやりと口を歪めた。
「では、三百万ゴールド。これ以上は出せません」
「売れました! 聖女は三百万ゴールドで売れました!」
わあああっと会場が大きく沸き上がった。
客達は憤然と立ち上がり、娼館の主人と女将へ唾を吐く。
そんな混乱の中、美青年は素早くステージへ登ると、アナベルを連れ去った。
「さあ、聖女様。波止場に船を待たせてあります。参りましょう」
「船……? もしかして他国へ行くのですか……?」
「その通りです。あなたはある尊きお方のハーレムへ入るのです」
「ハ、ハーレムですって……――?」
そしてアナベルは小型船に乗せられて、旅立った。
行き先が隣国のハーレムであることを知らないまま――
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