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第3話

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「聖女アナベル、よくぞ我が国へ来てくれた! 心から歓迎しよう――」

 そう言って両手を広げたのは美しき王子ファースだった。
 流れるような金糸の如き髪、野性的な魅力を放つ褐色の肌、吸い込まれるようなエメラルドの瞳……彼は妹のイザベルが好きそうな飛び切りの美青年だった。一方、アナベルはその手に抱かれるべきなのか、それとも逃げるべきなのか、どちらとも決められずに狼狽えていた。するとファースはクスクスと笑って、手を降ろした。

「素直に抱かれても可愛かっただろうし、狼狽えている今も可愛いよ?」
「えっ……えっ……あのう……――」
「ふふ、落ち着くがいい。アナベル、僕は君を玩具にするつもりは全くない。ここまで売られてきた経緯も全て知っている。そんな君を大切な客人として扱うと誓おう」
「そ、それは本当ですか……?」
「本当だとも。信じてくれ」

 ファースは忠誠を誓う騎士の如くアナベル手に口づけた。
 そして再び動揺し始めた彼女を椅子に座らせると、テーブル一杯の料理と果物を勧めた。娼館に囚われていた間、ろくな食事がもらえなかった彼女はその恵みに感謝し、有難く頂戴しながら話しを聞いていた。

「我が国は今、途轍もない発展を遂げている。正直、前時代的なアナベルの祖国とは縁を切りたいと思っているのだ。しかしあの国には聖女という興味深い存在がいる――そのため、国交を維持していたがそれもう終わりだ。だって真の聖女はもう手に入れたのだからね?」
「私が聖女だと知っているのですね……?」
「ああ、あの国には我が国のスパイがいくらでもいる。分からないことはほとんどない。君の妹が性悪のペテン師だってこともね?」

 その言葉にアナベルは果物を喉に詰まらせそうになった。そんな彼女に黒髪の美青年サレクが水を勧めてくれる。サレクとは娼館でアナベルを競り落とし、ここまで連れて来てくれたあの美青年だった。

「サ、サレクさん……ありがとうございます……」
「いいえ、聖女様。礼には及びません」

 そんなやり取りをする二人をファースはにこにこと見詰めていた。
 そして急に思い付いたように身を乗り出すと、こう言ったのだ。

「そうだ、アナベル! 聖女の力を見せてくれないか?」
「はい、勿論です、ファース様。どの力をお見せしましょうか」
「それでは、擦り傷を負ったというサレクに治癒をかけてくれるか?」

 ファースは座っているサレクの足首を指差した。よく見てみると、確かに赤い擦り傷ができている。もしかして男に殴りかかられた時、怪我をしたのだろうか。言ってくれればすぐに治したのに――

「聖女様の手を煩わせる訳には……」
「サレク、遠慮するな。僕が見たいんだ」
「かしこまりました、ファース様。それでは聖女様、お願い致します」

 そしてアナベルはサレクの足首に治癒をかけた。
 すると赤かった足首はみるみるうちに白肌へ戻っていった。

「素晴らしい……! 跡形もなく消えたよ……!」
「このくらいは朝飯前です。力を溜めておけば、欠損も治せます」
「何だって……!? 隣国はこんな素晴らしい聖女を手放したのか……!?」
「祖国では聖女の力はペテンだと言われていましたから……――」

 アナベルの言葉に、ファースは信じられないという顔を見せた。
 そしてサレクは立ち上がると、丁寧なお辞儀をした。

「ありがとうございました、聖女様」
「い、いいえ……! とんでもないです……!」

 サレクは世話役として、このハーレムで高い地位にいるという。娼館で見た時は恐ろしい男だと思ったが、改めて見ると礼儀正しくて優しい人物だ。しかしハーレムの世話役と言うことは、彼は宦官のはずである――つまり男性自身を失っているという訳だ。アナベルがそのことを痛ましく感じていると、ファースが見透かしたかのように言った。

「アナベル、ここにいるハーレムの世話役に宦官はいないんだよ」
「えっ……!? そうなんですか……!?」
「僕はね、ハーレムの女や世話役の男に重たい枷を嵌めるのは嫌いなんだ。勿論、浮気は表向き禁止しているけど、中には世話役と子供を作ってハーレムを出ていく女もいる。だからサレクが好きなら、誘ってもいいんだよ?」
「そ、そんな……誘うなんて……――」

 サレクが少しだけ頬を染めている――そう見えたのはアナベルの目の錯覚だったのだろうか。彼はすぐさま顔色を戻すと、深々とお辞儀をして仕事へ戻っていった。残されたアナベルはファースに請われるまま聖女の力を発揮するのだった。
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