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第1話
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すえた匂いがする。熱気が気持ち悪い。男の声が耳障りだ。
アナベルは後ろに手を組まされ、胸を突き出す形で立たされていた。どんなに気丈に振る舞おうとしても、体が震えてしまう。なぜならこの聖女を絶対に手に入れてやろうとする男達のギラギラした目が自分を捕らえていたからであった。
ここは場末の娼館の競り場だ。広間に椅子を並べ、木箱を連ねてステージとしたようなちゃちな作りの会場である。アナベルはそのステージの中央に立たされて、大鞭を持った女将に見張られていた。逃げようとしたら容赦なく打たれることを知っていた彼女は大人しく立ち尽くす他ない。やがて嫌な笑みを浮かべた娼館の主人が現れると、客へ向かってこう告げた。
「今宵、お集まりのお客様! あなた達は幸運です! なぜなら聖女を一晩自由にできるかもしれないのですから!」
おお、と会場が騒めく。
私は聖女だけど、あなた達の望んでいる聖女じゃない!
アナベルはそう言いたかったが、彼女に発言する権利はなかった。
「どうして聖女がこんなところにいるんだ!」
「そうだ! 説明しろ、主人!」
そんな声に主人は下品な笑い声を漏らした。
そして信じられないような嘘を平気で吐いたのだ。
「ひひひ、この聖女は淫乱でしてね。自ら一晩、男達の自由になると志願してきたんですよ。だからお客様達は安心して聖女をお買い下さい。それでは競りを始めましょう! 競り落とした方は一晩中聖女を好きにできるのです! 一万ゴールドから!」
「二万ゴールド!」
「三万ゴールドだ!」
「俺は四万だ!」
男達が手を挙げ、値段が跳ね上がっていく。アナベルはそれを見詰めながら泣いていた――自分は今夜、男の玩具になる。その事実が込み上げて来て、胸をきつく締め上げる。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。それにはこの国の聖女と名高い実の妹が絡んでいるのだが、彼女の姿はどこにもない。きっと美しい王宮で王子と愛を交わしているのだ。
。・゚・。。・゚・。。・゚・。。・゚・。・゚・。。・゚・。
「ねえ、お姉様。聖女の力を私のために使ってくれない?」
妹イザベルがそう言い出したのは十三歳の時だった。
残忍で好色な性格をしたイザベルに逆らうことはできない――彼女が殺した動物の数も、女から寝取った男の数も、両手両足の指じゃ足りないほどなのだ。そんな恐ろしい妹の頼みを断れるはずがない。そして祈り、結界、治癒、聖魔法……その全てをアナベルがこなし、全てイザベルの手柄にした。人と関わる治癒や聖魔法は“妹から力を授かってきました”と言い訳し、自分の力を使っていた。次第にイザベルは国の聖女として認められ、祭り上げられていった。
「私ね、この国の王子様と結婚するの。だからお姉様はいらない」
イザベルは聖女としての実績が認められ、第一王子の婚約者に決まったそうだ。
でもどうして姉の私は用済みなのだろうか――そう尋ねると妹は嘲笑った。
「だってお姉様の力ってペテンでしょう? あれなら私だって誤魔化せるわ。やり方はプロのペテン師に習ったから、もうお姉様はいらない。さようなら」
「私の力はペテンなんかじゃないわ……! それにあなたはこの国の王子じゃなくて、隣国の王子が好きだったでしょう……? あの彼はもういいの……?」
砂漠の国の王子ファース――彼がこの国に顔を出してからというもの、イザベルはかなりの執着を見せていた。絶対に落として自分だけの恋人にする、と常々言っていたのだが、執念深い彼女がそれを忘れて、この国の王子に鞍替えするなんて有り得ない……アナベルははそう訝しんでいた。
「だーかーらー! その王子様を落とすために王妃になるの! 隣国同士だから交流があるでしょう? お姉様の頭ってカボチャなのかしら?」
やがてイザベルは“お姉様が王子様と婚約した私に嫉妬して、殺そうとしてきた!”と国に訴えた。王子の婚約者を殺そうとした罪は重い――アナベルは場末の娼館に売られてしまった。そして娼館の主人は、イザベルそっくりな彼女を本物の聖女と偽り、競りにかけたのだった。
アナベルは後ろに手を組まされ、胸を突き出す形で立たされていた。どんなに気丈に振る舞おうとしても、体が震えてしまう。なぜならこの聖女を絶対に手に入れてやろうとする男達のギラギラした目が自分を捕らえていたからであった。
ここは場末の娼館の競り場だ。広間に椅子を並べ、木箱を連ねてステージとしたようなちゃちな作りの会場である。アナベルはそのステージの中央に立たされて、大鞭を持った女将に見張られていた。逃げようとしたら容赦なく打たれることを知っていた彼女は大人しく立ち尽くす他ない。やがて嫌な笑みを浮かべた娼館の主人が現れると、客へ向かってこう告げた。
「今宵、お集まりのお客様! あなた達は幸運です! なぜなら聖女を一晩自由にできるかもしれないのですから!」
おお、と会場が騒めく。
私は聖女だけど、あなた達の望んでいる聖女じゃない!
アナベルはそう言いたかったが、彼女に発言する権利はなかった。
「どうして聖女がこんなところにいるんだ!」
「そうだ! 説明しろ、主人!」
そんな声に主人は下品な笑い声を漏らした。
そして信じられないような嘘を平気で吐いたのだ。
「ひひひ、この聖女は淫乱でしてね。自ら一晩、男達の自由になると志願してきたんですよ。だからお客様達は安心して聖女をお買い下さい。それでは競りを始めましょう! 競り落とした方は一晩中聖女を好きにできるのです! 一万ゴールドから!」
「二万ゴールド!」
「三万ゴールドだ!」
「俺は四万だ!」
男達が手を挙げ、値段が跳ね上がっていく。アナベルはそれを見詰めながら泣いていた――自分は今夜、男の玩具になる。その事実が込み上げて来て、胸をきつく締め上げる。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。それにはこの国の聖女と名高い実の妹が絡んでいるのだが、彼女の姿はどこにもない。きっと美しい王宮で王子と愛を交わしているのだ。
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「ねえ、お姉様。聖女の力を私のために使ってくれない?」
妹イザベルがそう言い出したのは十三歳の時だった。
残忍で好色な性格をしたイザベルに逆らうことはできない――彼女が殺した動物の数も、女から寝取った男の数も、両手両足の指じゃ足りないほどなのだ。そんな恐ろしい妹の頼みを断れるはずがない。そして祈り、結界、治癒、聖魔法……その全てをアナベルがこなし、全てイザベルの手柄にした。人と関わる治癒や聖魔法は“妹から力を授かってきました”と言い訳し、自分の力を使っていた。次第にイザベルは国の聖女として認められ、祭り上げられていった。
「私ね、この国の王子様と結婚するの。だからお姉様はいらない」
イザベルは聖女としての実績が認められ、第一王子の婚約者に決まったそうだ。
でもどうして姉の私は用済みなのだろうか――そう尋ねると妹は嘲笑った。
「だってお姉様の力ってペテンでしょう? あれなら私だって誤魔化せるわ。やり方はプロのペテン師に習ったから、もうお姉様はいらない。さようなら」
「私の力はペテンなんかじゃないわ……! それにあなたはこの国の王子じゃなくて、隣国の王子が好きだったでしょう……? あの彼はもういいの……?」
砂漠の国の王子ファース――彼がこの国に顔を出してからというもの、イザベルはかなりの執着を見せていた。絶対に落として自分だけの恋人にする、と常々言っていたのだが、執念深い彼女がそれを忘れて、この国の王子に鞍替えするなんて有り得ない……アナベルははそう訝しんでいた。
「だーかーらー! その王子様を落とすために王妃になるの! 隣国同士だから交流があるでしょう? お姉様の頭ってカボチャなのかしら?」
やがてイザベルは“お姉様が王子様と婚約した私に嫉妬して、殺そうとしてきた!”と国に訴えた。王子の婚約者を殺そうとした罪は重い――アナベルは場末の娼館に売られてしまった。そして娼館の主人は、イザベルそっくりな彼女を本物の聖女と偽り、競りにかけたのだった。
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