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第1話
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リジューレ伯爵であるお父様が、夕食の厚切り肉にナイフを入れて言いました。
「リリウム、お前はもう十六歳だな?」
「はい、お父様」
「それなら、この家を出てもいいだろう」
「え……?」
わたくしはテーブルをぐるりと見渡しました。お母様も、妹ロサも、お父様の言葉に頷いています。
「ええ、家を出ていくべきね。リリウムは森で彷徨っているところを保護して育ててあげたけど、もう十六歳だわ。ひとりでやっていける年齢よ」
「お父様とお母様の言う通りだわ。お姉様はこの家に居ていい年齢じゃないわよ? 養女なのに姉として居座るなんて、実子の私に失礼だわ」
三人の発言に、わたくしは首を傾げます。
「……しかしわたくしには婚約者がいたのでは? 彼と結婚して、この家を継ぐのでは?」
言葉の通り、わたくしにはリラック子爵家の次男ルース様という婚約者がいたはずです。それは自らの意志とは関係なく、勝手に結ばれた婚約なのですが。
それを尋ねると、ロサが身を乗り出して答えました。
「お姉様の婚約者なら私が譲り受けるわ」
「ロサが? どうして?」
「どうしてって、お姉様はもう長女じゃないでしょう? 元々、婚約者のルース様は伯爵家の長女へ婚約を申し込んだのよ? だから私が新たに婚約者になっても、何の問題もないわ」
するとお父様が嬉しそうに笑いました。
「ふふ、家督を継ぐのは養女のリリウムではなく、実子ロサだからな。その婿となるルース君は美男子だし、実家の子爵家は金持ちだ。これで私達三人はいつまでも幸せに暮らせるぞ」
わたくしはその言葉に呆れ返り、口を閉ざします。お父様とお母様はとても大切なことを忘れているようですが、今ここで言うべきではないでしょう。
「リリウム、お前の働き口は親戚に相談して用意してやった。これからは歯ブラシの部品を作る作業員として頑張りなさい。明日の朝に親戚が迎えに来るから、今晩中に荷物を纏めるがいい」
「良かったわね、リリウム。作業場には寮もあるし、最低限の暮らしはできるわよ。慣れるまで苦労するだろうけど、頑張りなさい。そもそもあなたは孤児の癖に、贅沢し過ぎだったのよ」
お二人は厚切り肉を咀嚼しながら、笑っています。
お父様は働き口を用意したと言っていますが、わたくしを親戚に売ったに違いありません。その親戚とは女好きの悪徳業者で、作業員の女性を低賃金で働かせた挙句、娼婦の仕事までさせると聞かされたことがあります。
「そうですか、分かりました」
わたくしは食堂を出ました。食事中に席を立つことはマナー違反ですが、わたくしには夕食が出されていないから構いませんね。
そして自室の屋根裏部屋に戻ると、手紙をしたためて妖精に託しました。そこにはリジューレ伯爵家で受けた酷い仕打ちの全てが書かれてあります。
「これを国王陛下へ届けてね?」
『はい! 姫様!』
小さな星の妖精が、ペコリとお辞儀をして飛び立ちます。綺羅星の如き鱗粉が夜空に輝き、美しい光景が描き出されました。
そう、わたくしの正体は妖精姫です。
今は亡き妖精王の命令通り、十歳の頃から人間と共に生活しているのです。
「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」
「リリウム、お前はもう十六歳だな?」
「はい、お父様」
「それなら、この家を出てもいいだろう」
「え……?」
わたくしはテーブルをぐるりと見渡しました。お母様も、妹ロサも、お父様の言葉に頷いています。
「ええ、家を出ていくべきね。リリウムは森で彷徨っているところを保護して育ててあげたけど、もう十六歳だわ。ひとりでやっていける年齢よ」
「お父様とお母様の言う通りだわ。お姉様はこの家に居ていい年齢じゃないわよ? 養女なのに姉として居座るなんて、実子の私に失礼だわ」
三人の発言に、わたくしは首を傾げます。
「……しかしわたくしには婚約者がいたのでは? 彼と結婚して、この家を継ぐのでは?」
言葉の通り、わたくしにはリラック子爵家の次男ルース様という婚約者がいたはずです。それは自らの意志とは関係なく、勝手に結ばれた婚約なのですが。
それを尋ねると、ロサが身を乗り出して答えました。
「お姉様の婚約者なら私が譲り受けるわ」
「ロサが? どうして?」
「どうしてって、お姉様はもう長女じゃないでしょう? 元々、婚約者のルース様は伯爵家の長女へ婚約を申し込んだのよ? だから私が新たに婚約者になっても、何の問題もないわ」
するとお父様が嬉しそうに笑いました。
「ふふ、家督を継ぐのは養女のリリウムではなく、実子ロサだからな。その婿となるルース君は美男子だし、実家の子爵家は金持ちだ。これで私達三人はいつまでも幸せに暮らせるぞ」
わたくしはその言葉に呆れ返り、口を閉ざします。お父様とお母様はとても大切なことを忘れているようですが、今ここで言うべきではないでしょう。
「リリウム、お前の働き口は親戚に相談して用意してやった。これからは歯ブラシの部品を作る作業員として頑張りなさい。明日の朝に親戚が迎えに来るから、今晩中に荷物を纏めるがいい」
「良かったわね、リリウム。作業場には寮もあるし、最低限の暮らしはできるわよ。慣れるまで苦労するだろうけど、頑張りなさい。そもそもあなたは孤児の癖に、贅沢し過ぎだったのよ」
お二人は厚切り肉を咀嚼しながら、笑っています。
お父様は働き口を用意したと言っていますが、わたくしを親戚に売ったに違いありません。その親戚とは女好きの悪徳業者で、作業員の女性を低賃金で働かせた挙句、娼婦の仕事までさせると聞かされたことがあります。
「そうですか、分かりました」
わたくしは食堂を出ました。食事中に席を立つことはマナー違反ですが、わたくしには夕食が出されていないから構いませんね。
そして自室の屋根裏部屋に戻ると、手紙をしたためて妖精に託しました。そこにはリジューレ伯爵家で受けた酷い仕打ちの全てが書かれてあります。
「これを国王陛下へ届けてね?」
『はい! 姫様!』
小さな星の妖精が、ペコリとお辞儀をして飛び立ちます。綺羅星の如き鱗粉が夜空に輝き、美しい光景が描き出されました。
そう、わたくしの正体は妖精姫です。
今は亡き妖精王の命令通り、十歳の頃から人間と共に生活しているのです。
「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」
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