魔女化する病

にのみや朱乃

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3. 魔女化する病

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 烏の言葉の意味を考えていたら、その日の天翔の授業は全て過ぎ去った。ただ机の前に座っているだけで、授業の内容は全く身に入らなかった。

 しかし、天翔の中で結論は出た。烏に聞けばよいのだと気づいた時、悩んでいることが馬鹿らしく思えた。わからないなら、わかる奴に聞けばよいのだ。自分や悠未がいくら考えたところで、魔女だ何だという話がわかるはずもない。

 天翔は急ぎ足で悠未を迎えに行った。今日は図書館で待ち合わせだ。
 いつもなら図書館で勉強しているはずの悠未が、今日は図書館の外にいた。天翔が来たことに気づくと、悠未は顔を綻ばせた。

「あ、てんちゃん」
「待たせたな。今日は中に入らなかったのか?」
「うん。早くてんちゃんに会いたくて」
「外でも中でも変わらねえだろうが。まあいいや、帰るぞ」

 天翔は悠未を連れて学校から出る。朝のショックはだいぶ和らいだのか、悠未の表情はいつもと同じように明るかった。

 学校から自宅までの道を歩きながら、天翔は烏を探していた。疑問を解決するには烏と話すしかない。だが、こちらが話したい時に限って、住宅街に烏の姿は見当たらない。
 天翔がきょろきょろと首を動かしていたからか、悠未が不思議そうに尋ねた。

「てんちゃん、何か探してるの?」
「ああ。烏がいないかと思って」
「烏? どうして?」

 悠未は朝の出来事を思い出して不安そうな顔をした。天翔は悠未を勇気づけるように、努めて優しく微笑んだ。

「朝聞いたこと、意味わかんなかっただろ。それを聞くんだよ」
「そっか。烏、呼ぼうか?」
「は?」

 悠未の言っていることが理解できず、天翔は聞き返した。
 悠未はおずおずと片手を掲げ、空気を掴むように拳を握った。すると、どこからか一羽の烏が飛んできた。烏は二人の前に着地し、悠未のほうを見上げた。

「え? お前、烏呼べるの?」
「うん。ほら、来たでしょ。わたしが呼んだの」
「でも、普通の烏だな。全然喋らねえ」

 天翔には何も聞こえなかった。朝のように姦しい烏を想像していたが、喋らない烏もいるのだと思った。どの烏でもよいわけではないようだ。
 けれど、悠未は首を振った。

「ううん、喋ってるよ。あ、てんちゃんには聞こえないのかな。これでいい?」

 悠未が天翔の手を握る。すると、朝にも聞いた声がするりと耳に入ってくる。

「騎士様、聞こえますか? 私に何の御用でしょうか?」
「うわ。聞こえた」
「わたしとくっつかないとだめなんだって。えへへ、ちょっと、恥ずかしいね」

 悠未は照れたように笑った。天翔には何が恥ずかしいのか理解できなかったため、曖昧に頷くだけにした。それよりも、自在に烏と喋る方法が見つかったほうが大事だった。

 何から聞くか。天翔はその場で頭を整理する。この烏は悠未が呼んだだけあって友好的に思える。聞けば何でも答えてくれそうだった。

「聞きたいことがある。教えてほしい」
「私にわかることであれば、何なりと」

 烏は恭しく言って、頭を動かした。人間でいうところの一礼のようなものだろう。随分と礼儀正しい烏を呼んだものだと思った。

「どうして悠未は魔女になった?」

 それは天翔の最大の疑問だった。天翔が知る限りでは、悠未は何の前触れもなく魔法を使えるようになったと言い出した。そして、実際に魔法が使えている。悠未とほぼ毎日顔を合わせている天翔でさえ、きっかけとなるような出来事は思い浮かばなかった。魔女になるきっかけなど、あったとしても見つけることはできないだろうが。
 烏はその黒い瞳でじっと天翔を見つめて、言った。

「魔女化する病です」
「は? 魔女化する、病?」

 聞いたことのない病名だった。いや、正式な病名なのかどうかさえわからなかった。天翔の反応を見て、烏は言葉を続けた。

「魔法を行使できない一般人が魔女になるには、ふたつのパターンがあります。ひとつは、大量に魔力を浴びること。もうひとつは、魔女化する病に冒されることです」

「その、魔女化する病ってのは?」
「一般人が魔女になる病です。病に冒されると魔法が使えるようになり、徐々に魔女に近づいていきます。しかし元が一般人ですから、いずれ魔力を内包できなくなり、最終的には暴走します」
「暴走? 正気じゃなくなるってことか?」
「そう表現する烏もいます。手当たり次第、生物を殺戮するようになります」

 悠未の手に力が入り、天翔の手が強く握られる。天翔も言葉を失ってしまっていた。
 最終的には生物を殺戮する。その言葉の衝撃はあまりにも大きかった。魔法が使えるようになって便利になる、という話ではないのだ。病というだけあって、幸せなものではないのだ。

「どうすればいい? どうすれば治せるんだ?」

 天翔は縋るような気持ちで烏に尋ねた。病なのだから、治し方があるはずだと思った。まさか不治の病ではないだろう、そう思っていた。

「治りません」

 烏はにべもなくそう答えた。

「治らないって、じゃあ何も手段はねえのかよ? ただ黙って頭おかしくなるのを待てって言うのか?」

 天翔は苛立ちながら烏に聞く。何もないはずがない。根拠もなく天翔は信じていた。悠未が、何も悪いことなどしていない悠未が、そんな救われない病に苛まれるはずがないのだ。

「進行を抑える方法はあります。その方法を用いることができれば、暴走せずに日々を過ごすことができるはずです」
「その方法ってのは?」

「真実の愛を捧げることです」

「は?」

 これが烏ではなく医師の発言だとしたら、天翔は間違いなく藪医者だと断じたことだろう。本来は会話できない存在が言うからこそ、その言葉の信憑性が増す。

 真実の愛。そんな、ファンタジーで使い古されたようなものが、ここで出てくるのか。天翔はどのように言葉を返せばよいか判断できなかった。嘘だ、と反発するのも、そうか、と納得するのも違うように思えた。
 烏は天翔の動揺を悟っていないのか、話を続けた。

「魔女化する病を止めるには、魔女に真実の愛を捧げるしかありません。暴走した魔女を止めるには、魔女を殺すしかありません」
「ま、待てよ。じゃあ、真実の愛を捧げるか、殺すか、その二択ってことか?」
「そうです。早く真実の愛を探さないと、魔女様を殺すことになります」

 天翔は頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。どこにあるかもわからないものを探せ、さもなくば悠未を殺す。そう言われているようなものだ。真実の愛など、いったいどこを探したら見つかるというのだ。

 しかし、抗わなければ悠未は殺されてしまう。そんな悲しい結末は避けなければならない。どうにかして、真実の愛とやらを見つけ出さなければならない。
 天翔は悠未の顔を盗み見る。表情だけでは、悠未はさほど驚いていないように見えた。まるで別のことを聞いているかのようだった。

「真実の愛はどこにある?」

 天翔の問いに、烏は首を傾げた。まるで人間のように。

「存じません。これまで、魔女化する病で助かった人はいません」
「誰も、真実の愛を見つけられなかったのか?」
「はい。それほどまでに、真実の愛というのは見つからないものなのです」
「そんなもの、本当にあるんだろうな?」
「ないとは申しません。存在するからこそ、魔女化する病の特効薬だと言われているのです」
「誰にも使われたことのない特効薬かよ。本当に効くのか?」
「存じません。誰も手にしたことのないものですから」

 天翔はひとつ深い息を吐いた。衝撃的な内容が多すぎて、頭が混乱していた。
 このままだと悠未は暴走してしまう。それを防ぐためには真実の愛が要る。しかし、真実の愛がどこにあるかはわからない。あるかどうかさえ不確かなものだ。天翔には、にわかには信じられなかった。

「騎士様。どうか、真実の愛を見つけ出してください。それができないのなら、魔女様が暴走する前に殺してください。魔女の殺し方ならばお伝えすることができます」
「聞かねえよそんなもん。真実の愛を見つけりゃ済む話なんだろ?」
「そうです。真実の愛を見つければ、魔女様の魔女化を抑えることができます。魔女様を殺す必要はなくなります」
「探してやるよ。どこだろうが、絶対に見つけてやる」

 烏は首を揺り動かした。それがどのような意味を持つのか、天翔には理解できなかった。

「それでは、また何かあればお呼びください、魔女様。すぐに飛んでまいります」
「ありがと。それじゃあね」

 烏は大きな漆黒の翼を広げて飛び去っていった。悠未が軽く手を振って見送る。
 烏の姿が見えなくなってから、天翔は悠未に尋ねた。

「お前さ、いつのまにあの烏と仲良くなったんだよ?」
「え? 知らない烏だよ?」
「でも、お前が呼んだんだろ?」

 悠未が呼んだのだから悠未の烏なのだと天翔は思っていたが、天翔の疑問は、悠未には難しいもののようだった。悠未は唸りながら言葉を探している。天翔は急かすことをせず、悠未が答えを見つけるのを待った。

 やがて、悠未が口を開いた。

「なんて言うかね、魔法の使い方がぼやぁっとわかるの。烏の呼び方もそう。こうしたら烏が飛んでくるんだって、頭の中でイメージできるの。その通りにしたら、今の烏が来たの」
「よくわかんねえな。とりあえず、知り合いの烏じゃねえんだな」
「烏に知り合いはいないし、見分けはつかないよ」

 悠未は笑いながら言った。天翔もようやく緊張した面持ちを崩すことができた。

「てんちゃん、帰ろ」
「ああ、うん」

 悠未の様子は普段と変わりなかった。たった今聞いた衝撃的な話などなかったかのようだった。あるいは、自分とは関わりのない他人の話であるかのようだった。悠未には自分のことだという意識が感じられなかった。天翔はそれを疑問に感じたが、聞くことができなかった。強がっているだけかもしれないと思ったのだ。

 悠未と並んで歩き出す。こうして二人でいられるのはあとどれくらいなのだろうか。真実の愛はいつまでに見つけなければならないのだろうか。天翔の頭の中はそれで一杯だった。

 だから、悠未と手を繋いだままだということにも、悠未が照れ臭そうに微笑んでいることにも、気づくことができなかったのだ。
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