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魔女の国
しおりを挟む或る豊かな国には、薄汚れた隻眼の魔女が居ました。
隻眼の魔女は美しく飾ることを厭い、自ら貧しき民の如く振る舞います。
国王の後ろに控える姿は、まるで亡霊のようでした。
国王はどの家臣よりも隻眼の魔女を信じていました。何か思い悩むことが有れば魔女に助言を求めました。故に、この国は汚れた魔女の国、国王は魔女の傀儡と揶揄されていました。
けれど、国王は全く気にする様子は有りません。
民と国が豊かであるならば、魔女の奴隷になることも厭いません。
王妃亡き国で、隻眼の魔女は王妃の如き寵愛を受けていました。
けれど、魔女は全く応える様子は有りません。
魔女は言います。この汚れた身に愛など無用です、国王様。魔女には愛など理解できません。
国王は言います。その美しき心は愛を受けるべきだ、魔女よ。魔女ならば愛を識るべきだ。
其方は魔に染まらぬ魔女なのだから。
或る地域で飢饉が起こりました。
大臣は国王に勧めます。他国から奪えば彼の地は豊かとなりましょう。
国王は魔女に問います。賢しき魔女よ、奪わぬべきではないか。
魔女は国王に勧めます。彼の地に在る祠が崩れているのでしょう。奪えばより多くを奪われましょう。
国王は魔女に従いました。彼の地は豊かさを取り戻しました。
或る地域で流行病が起こりました。
大臣は国王に勧めます。彼の地を封鎖すれば蔓延を防げるでしょう。
国王は魔女に問います。賢しき魔女よ、封じぬべきではないか。
魔女は国王に勧めます。彼の地に呪いが放たれています。速やかに民を逃さねば死に絶えます。
国王は魔女に従いました。彼の地の民は救われました。
王子は声高に責めます。何故魔女に従うのですか。
国王は静かに応えます。何故賢者に従わぬのだ。
大臣は声高に責めます。あの魔女は国から追い出すべきです。
国王は静かに応えます。この無礼者を国から追い出すべきだ。
魔女は静かに諫めます。その家臣はまだ失ってはいけません。
国王は魔女に従いました。大臣はその命を奪われずに済みました。
多くの民が国王を称賛しました。
嗚呼、偉大なる国王様。その叡智を永遠に享受できますように。
しかし全ての民ではありません。
王子と大臣は密かに集い、企てます。
国王は隻眼の魔女の傀儡だ。あの悪しき魔女を滅ぼさねばならぬ。
この国から魔に染まる者を駆逐せねばならぬ。
或る曇天の日でした。噴煙の如き灰色の雲が空を塞いでいました。
隻眼の魔女は国王に寄り添います。嵐が来るでしょう。外に出てはなりません。
国王は尋ねます。如何程の嵐か。城は無事か。
魔女は答えます。少なからず民は傷を負います。城も幾許か崩れるでしょう。不吉な風を感じます。
国王は微笑みました。嵐の前に、其方は東の外れの館に行け。嵐であろうと館を崩すことはできぬ。
魔女は拒みました。お側に居らねば国王様を護れません。風は国王様を護れと仰います。
国王は魔女に従いませんでした。その先を知っているから。
魔女は若き侍女に連れられて東の館に行きました。
魔女は懇願します。どうか、どうか、国王様のお側にお連れください。
侍女は懇願します。どうか、どうか、国王様の御命令をお聞きください。
魔女は泣きました。愛するあの方をお護りせねばなりません。風が叫んでいるのです。
侍女は譲りません。愛する魔女様をお護りせねばなりません。国王様の厳命を受けているのです。何よりも私自身が、魔女様を失いたくないのです。
嵐は国中に残酷な足跡を残しました。
国王は殺されました。嵐の最中、魔女を忌み嫌う反逆者によって。魔女の傀儡と侮る家臣によって。
国王は死の間際に言いました。
隻眼の魔女よ、我が民を頼む。虐げられることがないように。
聡明な侍女よ、我が魔女を頼む。魔に染まることがないように。
国王の死は風よりも疾く知れ渡ります。
民は嘆き悲しみました。嗚呼、偉大なる国王様。その叡智が失われる日が来ようとは。
隻眼の魔女は怒りに震えました。愛する国王様を奪ったのなら、彼らからも愛する者を奪いましょう。わたしの力はそのために。
侍女は魔女の怒りを抑えました。愛する国王様は望みません。魔に染まってはなりません。
どうか、どうか、暫くは異国の地で静かに暮らしましょう。共に参ります。
悲しみに沈む魔女の手を引き、聡明な侍女は森を抜けていきます。まるでこの未来を視ていたかのように、躊躇無く。
侍女は語ります。雪よりも白いあの方ならば、きっと魔女様もお気に召すでしょう。
魔女は尋ねます。民はどうなるのでしょう。あの方が愛した民は。
侍女は答えます。まずは魔女様の御身を隠さねばなりません。愚かな反逆者は魔女様も殺めようとしています。
森の中に馬蹄の音が響きます。隻眼の魔女を殺さんとする追手でした。
魔を使わぬ魔女が馬から逃げることはできません。
反逆者は魔女を見つけました。魔に染まる者を駆逐せよ。
反逆者は弓を構えます。悪しき魔女よ、この地で散れ。
侍女は怯みません。魔女様、どうか、どうか、お逃げください。
そして、異国の魔女様に、私の名をお伝えください。
矢が放たれます。魔女を狩るために。
侍女は魔女を庇いました。その身は矢に貫かれました。
侍女は言いました。魔女様、どうか、どうか、お逃げください。魔に染まってはいけません。
けれど、その声は隻眼の魔女には届きません。
隻眼の魔女はその力で反逆者の血肉を四散させました。森が赤く染まりました。
そして、識りました。愛することの虚しさを。愛しても奪われることを。
隻眼の魔女は怒りに震えました。どうして。どうして、彼らを赦すのですか。赦さねばならぬのですか。
魔女の怒りを抑える者は居ませんでした。
大地が震えました。大空が怯えました。鳥も獣も逃げ出しました。
嗚呼、魔女の怒りが降り注ぐ。生ある者は尽く死に絶える。
逃げろ、逃げろ、隻眼の魔女の力が及ばぬ地へ。
魔女を侮る家臣達は城に集いました。新たな王の誕生を祝うために。
王子は国王の冠を被ります。私こそ真なる王だ。魔女に屈することなど有り得ない。
魔女を忌み嫌う者は歓声を上げました。嗚呼、偉大なる国王様。その栄光が永遠に続きますように。
その夜、月は霞んでいました。地を映さぬかのように。
城は混乱に陥っていました。薄汚れた魔女が訪れたのです。
その手に魔を滾らせて。その片瞳に殺意を滾らせて。
罪無き衛兵は幾度も殺されました。死の苦しみを刻み込むように。
罪無き騎士は幾度も殺されました。死の苦しみを見せつけるように。
罪深き大臣は幾度も殺されました。死の苦しみを忘れられぬように。
魔女の力で蘇ってはまた殺されました。何度も、何度も。
その魂は永劫に死の苦痛に囚われました。
断末魔の叫びが反響する城内で、魔女は王子を見つけました。
王子は怯えました。何用だ、悪しき魔女め。
魔女は告げました。まずはこの国を壊すのです。魔女に成るために。
罪深き王子もまた、永遠に続く蘇生と殺戮の牢に閉ざされました。
一夜にしてその国から民は消えました。
かつての豊かさは、鮮血と絶望に塗り替えられました。
隻眼の魔女がその国を離れても、国から断末魔の叫びは消えません。
もはや国とは呼べませんでした。そこは、魔女に逆らう者の処刑場。
隻眼の魔女は鮮血に汚れながら笑います。
魔に染まらぬ魔女など間違っていたのです。
人の愛を識る魔女など間違っていたのです。
魔女とは、略奪と破壊を以て世界を淘汰すべき者。
魔女とは、愛も情も踏み躙り絶望を知らしめる者。
ねえ、そうでしょう、国王様。
†
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