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その日の夜、アーリアはジェイドの私室に来ていた。
まだ展望台で味わった興奮は冷めていなかった。多くの国民が自分とジェイドの婚約を祝福し、歓声を上げるさまを、アーリアは心に刻みつつあった。まだ完全に刻みきっていないからこそ、その熱が今も心でくすぶっているような気がした。
アーリアは寝巻でベッドに寝転がり、同じように寝巻姿のジェイドに寄り添った。ジェイドは優しくアーリアを抱き寄せて、その髪の香りを嗅ぐ。
「陛下、今日のあたしはうまくやれたんですかねぇ?」
アーリアはジェイドにぽつりと呟いた。国民は熱狂していたようだが、うまくできたかと言われると自信がなかった。もっと良いやり方があったのではないかと思ってしまう。
ジェイドはアーリアの身体を抱き寄せて、言った。
「そうだな、百点で表すなら」
「表すなら?」
「八十点というところだろう」
アーリアはくすりと笑い、ジェイドに身をすり寄せた。
「残りの二十点は何なんです?」
「もっと民に手を振るべきだった。もっと堂々とすべきだった。そんなところだ」
「無茶なこと言いますねぇ。本来は魔女なんて裏方なんですよ」
「しかし、お前は俺の側室になったのだ。国民への愛想の振りまき方も覚えねばならぬ」
アーリアは無言でジェイドをじっと見つめ、抗議の念を露わにした。そんなもの、魔女に求められても困る。本来、魔女は国民の前に出るような仕事はない。常に裏方で、アトリエと国王の執務室を往復するような生活のはずなのだ。
ジェイドはふっと優しく笑い、アーリアの身体を抱いた。
「まあ、よい。今すぐ満点を取れとは言わぬ」
「満点なんて取れる気がしないんですけどぉ?」
「何度も続けていれば自然と慣れるだろう。儀式のたびにお前は出席することになるのだから」
「えぇ? あたし、ただの側室ですよね? そーゆーのってセイジ様がやってくださるんじゃないんですか?」
「そんなわけがないだろう。正室が出席するのなら、側室だって出席すべきだ。俺はそう思う。俺が愛しているのは、アーリア、お前なのだから」
まっすぐな言葉を向けられて、アーリアは照れくさくなってしまう。ふいとジェイドから顔を背けた。
「ちゃんと正室と側室の立場はわきまえてくださいよぉ。正室が出席すべき儀式には、セイジ様を出席させてくださいね?」
「ああ、俺もそれは理解している。だが」
ジェイドはそこで言葉を切った。アーリアは不審に思って、ジェイドの顔を見る。
「だが、何です?」
「お前が俺の子を産んだら、どうだろうな。正室と側室の立場も変わるのではないか」
アーリアは頬が熱くなるのを感じた。ジェイドの胸をばしんと叩き、抗議する。ジェイドは笑うだけで、全く効いていないようだった。
「陛下の子を産むのは、セイジ様ですよ。あたしじゃないです」
「だが、俺はお前に産んでもらいたいと思っている。だから毎晩のように肌を重ねているのだろうが」
「だめですよ、陛下。たまにはセイジ様のところに行ってください」
「俺はアーリアを愛しているのだ。なぜそれを理解しないのだ?」
「伝わってます。伝わってますけど、たまにはセイジ様のところへ行ってあげてください」
「ふん。まあ、そうだな、ではたまには行くことにしよう」
絶対行かないだろうな、とアーリアは思った。
けれど、それに喜ぶ自分がいることにも、アーリアは気づいていた。ジェイドを独占したいという想いがあることも、アーリアは理解していたのだ。
「ねぇ、陛下」
「なんだ」
「いつまでもあたしを愛してくれますか?」
アーリアの問いに、ジェイドはやわらかく笑った。
「誓おう。いつまでもアーリアを愛する」
「ふふ。どうでしょうね、もっと可愛い子が来るかもしれませんよぉ?」
「それでも俺はお前を愛するだろう。この愛がお前に伝わらぬか」
「じゃあ、伝えてくれます?」
アーリアの空色の瞳がジェイドを妖しく捉える。ジェイドはその瞳に引き込まれるようにして、アーリアの唇を奪った。二人の唇が重なり、離れる。
「伝えてやろう。俺がどれだけお前を愛しているのか」
「はい。陛下」
そうして、二人の夜が始まる。今までよりもずっと意味のある、国王と側室との夜が。
まだ展望台で味わった興奮は冷めていなかった。多くの国民が自分とジェイドの婚約を祝福し、歓声を上げるさまを、アーリアは心に刻みつつあった。まだ完全に刻みきっていないからこそ、その熱が今も心でくすぶっているような気がした。
アーリアは寝巻でベッドに寝転がり、同じように寝巻姿のジェイドに寄り添った。ジェイドは優しくアーリアを抱き寄せて、その髪の香りを嗅ぐ。
「陛下、今日のあたしはうまくやれたんですかねぇ?」
アーリアはジェイドにぽつりと呟いた。国民は熱狂していたようだが、うまくできたかと言われると自信がなかった。もっと良いやり方があったのではないかと思ってしまう。
ジェイドはアーリアの身体を抱き寄せて、言った。
「そうだな、百点で表すなら」
「表すなら?」
「八十点というところだろう」
アーリアはくすりと笑い、ジェイドに身をすり寄せた。
「残りの二十点は何なんです?」
「もっと民に手を振るべきだった。もっと堂々とすべきだった。そんなところだ」
「無茶なこと言いますねぇ。本来は魔女なんて裏方なんですよ」
「しかし、お前は俺の側室になったのだ。国民への愛想の振りまき方も覚えねばならぬ」
アーリアは無言でジェイドをじっと見つめ、抗議の念を露わにした。そんなもの、魔女に求められても困る。本来、魔女は国民の前に出るような仕事はない。常に裏方で、アトリエと国王の執務室を往復するような生活のはずなのだ。
ジェイドはふっと優しく笑い、アーリアの身体を抱いた。
「まあ、よい。今すぐ満点を取れとは言わぬ」
「満点なんて取れる気がしないんですけどぉ?」
「何度も続けていれば自然と慣れるだろう。儀式のたびにお前は出席することになるのだから」
「えぇ? あたし、ただの側室ですよね? そーゆーのってセイジ様がやってくださるんじゃないんですか?」
「そんなわけがないだろう。正室が出席するのなら、側室だって出席すべきだ。俺はそう思う。俺が愛しているのは、アーリア、お前なのだから」
まっすぐな言葉を向けられて、アーリアは照れくさくなってしまう。ふいとジェイドから顔を背けた。
「ちゃんと正室と側室の立場はわきまえてくださいよぉ。正室が出席すべき儀式には、セイジ様を出席させてくださいね?」
「ああ、俺もそれは理解している。だが」
ジェイドはそこで言葉を切った。アーリアは不審に思って、ジェイドの顔を見る。
「だが、何です?」
「お前が俺の子を産んだら、どうだろうな。正室と側室の立場も変わるのではないか」
アーリアは頬が熱くなるのを感じた。ジェイドの胸をばしんと叩き、抗議する。ジェイドは笑うだけで、全く効いていないようだった。
「陛下の子を産むのは、セイジ様ですよ。あたしじゃないです」
「だが、俺はお前に産んでもらいたいと思っている。だから毎晩のように肌を重ねているのだろうが」
「だめですよ、陛下。たまにはセイジ様のところに行ってください」
「俺はアーリアを愛しているのだ。なぜそれを理解しないのだ?」
「伝わってます。伝わってますけど、たまにはセイジ様のところへ行ってあげてください」
「ふん。まあ、そうだな、ではたまには行くことにしよう」
絶対行かないだろうな、とアーリアは思った。
けれど、それに喜ぶ自分がいることにも、アーリアは気づいていた。ジェイドを独占したいという想いがあることも、アーリアは理解していたのだ。
「ねぇ、陛下」
「なんだ」
「いつまでもあたしを愛してくれますか?」
アーリアの問いに、ジェイドはやわらかく笑った。
「誓おう。いつまでもアーリアを愛する」
「ふふ。どうでしょうね、もっと可愛い子が来るかもしれませんよぉ?」
「それでも俺はお前を愛するだろう。この愛がお前に伝わらぬか」
「じゃあ、伝えてくれます?」
アーリアの空色の瞳がジェイドを妖しく捉える。ジェイドはその瞳に引き込まれるようにして、アーリアの唇を奪った。二人の唇が重なり、離れる。
「伝えてやろう。俺がどれだけお前を愛しているのか」
「はい。陛下」
そうして、二人の夜が始まる。今までよりもずっと意味のある、国王と側室との夜が。
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