桜ノ森

糸の塊゚

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序章:花のprologue.

桜の転校生

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 春。春と言えば世間の人間は何を思い浮かぶだろうか。
 世間的には単なる四季の一つ。ぽかぽかとして暖かい季節。入学式や卒業式と言った出会いと別れの季節。後は桜が綺麗に咲くから花見の季節でもあるか。
 人によってそれぞれ思い浮かぶものは違うだろう。現にオレだってそうだ。
 オレにとって春は他のどの季節とも変わらないありふれた日常の一つで、今日もまたいつもと変わらない一日の予定だったけど、生憎この世には入学式や卒業式以外にも始業式なるものが存在しているので、オレは欠伸をしながら学園長の有難くもなんともない無駄に長い話を立って聞いていた。
 周りの生徒を見渡しても話を真面目に聞いているやつなんて存在していないので、少しでも目を休めようと目を瞑るもタイミング悪く始業式が終わりを迎え、大人しく自分の教室へと歩き始める。
 この学園、擂乃神学園すのがみがくえんには一年の始まりの楽しみの一つであるクラス替えというものが無い。
 使う教室も一年の頃から変わりない。本来なら担任の教師すら変わることがないのだが、今までオレ達のクラスを受け持っていた教師は二年の終業式を境に定年退職してしまった。
 今年新たに担任となる教師はどんな人なのか、という会話で盛りあがっている同じクラスの奴らの後ろを歩く。
 
 「勇樹ゆうきくん、一緒に帰ろう、だよねぇ」
 
 背後から聞こえた聞きなれた声にオレは歩きながら振り返る。
 振り返って少し……いやかなり目線を下げればやはり見慣れた顔の少年が後ろを着いてきていた。
 勇樹というのはオレの名前である。今の所それ以外に説明できることは何も無いから放っておいて、声をかけてきたそいつはこの学園にオレが入学してからずっと付き合いのある腐れ縁である影村直季かげむらなおきだった。
 直季は束ねた新緑のような色の長い髪を揺らしながら笑顔でオレの右隣に並び歩く。
 
 「勇樹くん、すごく眠そうだったよねぇ。また夜中まで小説でも読んでたのかい?」
 「んー、まぁな。」
 「キミが本を、特に小説を読むのが大好きなのは重々承知だけどねぇ、翌日に影響をもたらすのはよした方がいいってボクは思うんだよねぇ」
 「お前にだけは言われたくねぇよ、直季。お前だって夜中までゲームしてたんだろ?」
 「なっ、何を言うんだい勇樹くん。ボクはキミとは違ってちゃぁんと今日の始業式の為に朝までぐっすり眠ったんだよねぇ!」
 「目の下にクマ、出来てる」
 
 しょうもない嘘をつく直季にそう指摘してやればそいつは「やっぱりわかっちゃうんだねぇ」と肩を竦めて笑う。
 そのまま二人、ここに綴るほどのことでも無い、普通の高校生の様な会話をしながら歩いて行けば、間もなく慣れ親しんだ教室の扉の前にたどり着き、二人で中に入って、校庭を見下ろせる窓際の後ろの席にくだらないことを話しながら並んで座る。 
 それから程なくして始業のチャイムが鳴り響くのと同時に教室の扉がガラッと音を立てて一人の女が入ってきて、カツカツとヒールを鳴らしながら教卓の前に立つと、生真面目に挨拶を始めた。
 定年で退職した教師に変わる担任だという所まで聞いて後はどうでもいいや、と机に突っ伏して目を瞑って少しだけでも眠気を覚まそうとするが。
 
 「後ろの窓際の席の貴方、人の話は最後まできちんと聞きなさい」
 
 と声をかけてきたことで断念する。
 仕方なく体を起こして前を見れば先生は満足そうに笑って続けた。
 
 「本日から貴方達と学びを共にする生徒がいます。入ってきてください」
 
 その言葉を合図に前の扉がガラガラッと音を立てて開き、そのまま一人の男が入って教卓の隣に立ち止まった。
 水色が混じったような癖のある銀髪。血が通っていない様な白い肌に映える水色の瞳のそいつを一目見てクラスの女子が黄色い声を上げる。
 「自己紹介をお願いします」という言葉を受けて口を開いた。
 
 「桜赤おうせき間乃尋まのひろ……」
 
 それだけ言うとそいつは口を閉ざし、ちらりと先生を見つめ、それに対し先生は「はい、ありがとうございます。空いている席に座ってください」と告げる。
 その声を受けてそいつはさっさと空いてる席……オレの後ろの席に腰掛けた。
 
 「では本日のホームルームは終了致します。10分の休憩時間の後、委員会決めを行います。号令は、そうですね……出席番号一番の方、お願いします」
 
 指名された生徒が号令を行うと、先生は教室内から立ち去り、それまで静かだった生徒達が一気に話し始める。
 その大半は先程新しくクラスの一員となった転入生の席の周り…つまりはオレの席の近くに群がり、それぞれ好き勝手に質問を転入生に投げかけ始めた。
 オレの隣の席に座った直季はと言えば、転入生には興味が無い様で、後ろの方を気にすることなく、オレに笑顔で話しかけてくる。
 
 「ねぇ、勇樹くん!放課後ねぇ、ゲームセンター行かないかい?この前話したと思うけど新しいゲーム入ったんだよねぇ!」
 「新しいゲーム?んな話したっけ 」
 「したよ!忘れたのかい?」
 
 わざとらしく頬を膨らませる直季の様子にとりあえずと自分の記憶を探ってみるが、思い当たるものはなく直季をじっと見る。
    そうすれば長年の付き合いである直季はまったくもー、と拗ねたように頬を膨らませた。
 
 「思い出せないって顔だねぇ?まぁあの時勇樹くん眠そうだったもんねぇ、忘れちゃったんだねぇ」
 「悪いな。で、どんなゲームよ」
 「ガンシューティングだよねぇ。ゾンビ化した化け物をひたすら撃っていくんだよねぇ」
 「ゾンビ化した化け物……?」
 
 ゾンビそのものが化け物じゃないのかとは思ったが、楽しそうにそのゲームについて話す直季に絆されて、帰りに本屋に寄って荷物持ちするという条件で、放課後にゲームセンターに行くことになった。
 既に楽しそうに笑う直季を横目にふと何となく気になって、ちらっと後ろの席を見る。
 あれだけ集まって転入生を囲んでいた生徒達はいつの間にか居なくなっており、転入生は一人ぼうっと窓の外を眺めていた。
 
 
 ─────────
 
 
 「いやぁ、楽しかったねぇ!結構難しくてボク好みだったよねぇ!」
 「ん、天使がゾンビ化した時にはそんなのアリか?って思ったけどな」
 
 あれから間もなく休憩時間の終わりを知らせるチャイムが鳴り、言われた通りに委員会決めを行ったものの、何年も同じクラスで居れば誰がどの委員会に入るかなんて決まっているようなもので、そう時間はかからなかった。
 かなり早く終わったのでそのまま早めに解散したらいいと思ったけど、新しい担任はやはり生真面目そうな雰囲気と違える事なく残った時間はこの一年間の間にある行事についての説明や、学園内最高学年としての心構えについて延々にきっちりと終了のチャイムがなるまで話していた。
 チャイムが鳴って、「それでは本日のホームルームはこれで終わりです。各自帰宅お願いします。桜赤君はこの後説明がありますので職員室までお願いします」という担任の合図の後、そのまま直季とオレは学園に外出届を出して休み時間に話していたゲームセンターで散々遊んで今に至る。
 
 「どうする?このまま勇樹くんのお目当ての本屋に行ってもいいけど、お腹空いたしどこか入っても良いかい?」
 「んー、オレはいいよ。荷物持つのは直季だろ。別にオレは食べなくても飲み物だけ飲めばいいし」
 「それもそうだねぇ。何食べようかねぇ……」
 
 飲食店が多い方へと街中を歩きながら、直季は、「ラーメン……いや、お魚も良いかもねぇ……」と呟いているかと思えば、ふと直季が立ち止まった。
 
 「どうしたんだよ、直季」
 「いやねぇ……あれ、あそこにいるの桜赤くんじゃないかい?」
 「ん、桜赤?」
 
 直季がそう言いながら小さく指を指す方を見てみると、確かに見覚えがある銀髪のくせっ毛が目に入った。
 そいつはどこかの店を探している様ではなく、ただその場に立ち止まって、ぼうっとそこら中に生えている桜の木を見つめている。
 直季がちらっとオレの方を見てくるので、それに対して小さく頷くと、直季は桜赤の方へ歩いてゆき、それに続くようにオレは直季の斜め後ろに立って静かに桜赤の方を見た。
 
 「何してるのかねぇ、桜赤くん」
 
 直季がそう話しかけて漸くそいつはこちらに振り向く。
 無感情な水色の瞳に薄く混る紅に目を奪われていると、これまた無感情な声がオレを正気に戻した。
 
 「何って……桜を見てたんだ」
 「桜、好きなのかい?綺麗だよねぇ。こんなに綺麗な桜の花がこの街では年中見られるから、ありがたみは減ってる気がするけどねぇ。ところで今暇かい?」
 「暇、だけど……」
 「そっか。なら行こうか」
 
 そう言って直季は桜赤の腕を取ると、そのまま引っ張りながら歩き始める。
 最初は困惑していたらしい桜赤だが、これと言った抵抗を見せずそのまま直季に着いていく。
 オレも置いていかれないように後ろを追いかけて、直季に「どこに行くんだよ」と聞いてみると直季はいつも通りに笑いながら言った。
 
 「お昼ご飯。ボク、ハンバーグが食べたいんだよねぇ」
 
 
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