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1章:深悔marine blue.
深海マリンブルー (Ⅰ)
しおりを挟むあの学園祭から約一ヶ月後。俺達は勉強が得意らしい勇樹にみっちりと絞られ、期末テストも何とか赤点無しで乗り越え、学園は夏休みに入っていた。
俺と勇樹と直季と尋希、それから着いてくることにしたらしい奏の五人であの時の約束通り海水浴に来ていた。
とはいっても、尋希は奏を引っ張りながら「そこら辺のお姉さんに声掛けてきますね!」と早速別行動取ったり、勇樹と直季はボール遊びをしている。
俺はと言えば、備え付けのビーチパラソルの下で近くの売店で買ったかき氷を食べながら勇樹と直季を眺めていた。
暫くすれば尋希から逃げてきたらしい奏が、「隣、失礼します」と言いながら俺と同じパラソルの下に入ってくる。
そのまま俺と奏は無言で勇樹と直季のボール遊びにいつの間にか混ざっていた尋希達を眺めていた。
食べていたかき氷が最初の半分くらいの量になった頃、不意に奏が「桜赤先輩は、」と口を開こうとして、閉じる。
「どうした?」
「……桜赤先輩は、無くした記憶の事、どう思ってますか」
唐突なその問に、俺は少し考えて、「どうとも思わないよ」と返してそのまま続けた。
「なにか大切な事があったとしてもさ、今それを覚えてないんじゃあ、それはもう、今の俺には全く関係ない事なんだよ。……きっと」
「そういうもの、ですか?自分の事なのに案外冷たいんですね」
「……自分の事だけど、他人事みたいに考えてるのかもしれない。それに」
そこまで言って、俺は口を閉ざして、楽しそうに遊ぶ尋希を見る。
……それに、尋希は俺に記憶を思い出して欲しくないみたいだ、というのはここ数ヶ月共にすごしていれば簡単に察しがついた。
それを奏も分かっているのか、「そうですか」とだけ返し、一拍置いて続ける。
「……尋希の事は関係無しとして、先輩自身はどう思いますか。記憶を思い出したいって思いますか」
「……」
奏の質問に、俺は無意識で左腕を右手で強く爪を立てながら握る。心なしか首筋がじん、と痛くなった気がして、何も考えられなくなる。
「俺、は……正直分からない。思い出したいのか、思い出したくないのか」
「……そうですか」
奏はそう言うと、どこか遠くを見ながら、小さく「俺も、全部忘れられたら楽になれるのかな」と呟いた。
俺はそれに対して何も言わず、ただ無心で溶けきったかき氷だったものを飲み込む。
折角のかき氷が溶けてしまったのがとても残念に思って俺は立って、ぼうっとしている奏に「かき氷、新しく買ってくる」と言ってその場から立ち去る。
少しして新しいかき氷を手に戻ってみると、どこかへ出かけたのか、そこに奏は居らず、代わりに遊んでいた勇樹達が休憩していた。
「あ!兄さーん!聞いてくださいよ兄さん!直季先輩ったら大人気ないんですよ!」
「真剣勝負って言ったのは尋希くんが最初だよねぇ。ボクはそれに応えただけだよねぇ」
元気よく言い争う直季達を横目に、疲れ果てたのか、完全にダウンしている勇樹に俺は話しかけた。
「……勇樹、大丈夫か?」
「無理……」
「お疲れ様、なのかな」
「ん。なんなんだよこいつら。どんだけ体力あんだよ……」
相当に疲れているらしい勇樹はその場から全く動かない。その様子を見た尋希が、「奏が熱中症対策にって麦茶をデカイ水筒に入れてたんでこれ飲んでください」と奏の手荷物から紙コップと確かに大きい水筒を取り出して、麦茶を紙コップに注いで、勇樹に手渡した。その際に直季が「勝手にやっていいのかい?」と尋希に尋ねる。
「良いですよー。来る時に麦茶と紙コップ持ってきてるから喉乾いたら飲めよって言われてたんで。奏って案外面倒見良いんですよ」
「その奏はどこ行ったんだ?さっきまでパラソルの下に居たと思うけど」
俺がそう聞くと、尋希は「さぁ?どこか近くを歩いてるんじゃないですか」と応えた。
すると、突如近くの海岸の方から悲鳴が聞こえてくる。誰かが「人が!人が溺れたぞ!」と騒ぎ始めると、それに釣られる様に海水浴に来ていた人達がそちらの方に向かっていく。
俺達も騒ぎの方へ向かうと、人混みの中心には両親らしき人達になだめられながら泣いている少女が一人。
「何があったんですか?」
直季が近くの野次馬の男性にそう聞いてみると、「金髪の兄ちゃんが海で溺れたみたいだ」と教えてくれる。
「金髪?それって……」
尋希が言葉を続けようとした途端、少女が泣きながら、叫んだ。
「おうじさまみたいなお兄ちゃんがね、わたしのねこまるを助けるために海に入ったら動かなくなって、沈んじゃったの」
きらきらと輝く金髪で、海のような青い瞳。それからどこか日本人離れした顔をしていれば、幼い少女にはアニメや絵本に出てくる王子様みたいだ、と思えるだろう。それならば、間違いない。
……海に沈んだのは俺達と一緒に着いて来ていた奏だ。
俺も考えついたことは勇樹も、直季も、尋希も直ぐに考えついたらしく、勇樹は急いで直季に「監視員とかライフセーバーとかいるだろ、探して連れてきてくれ」と言い、当人は水着の上から羽織っていた上着から携帯を出し、救急車に電話をしはじめる。
俺はどこか他人事のようにそれを眺めていれば、視界の隅で赤い髪が海の方へ向かって走っていった。
「あっ、おい、尋希!?」
勇樹が電話をしながら慌てたように尋希を止めようと手を伸ばすも、届く訳もなく、尋希はそのまま振り返らず海の中へと消えていった。
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