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1章:深悔marine blue.
海色の記憶 (Ⅰ)
しおりを挟む────俺には、幼馴染がいた。
日本で言う小学校に入学したその時からずっと一緒に過ごした幼馴染が。
だって、他の誰と遊ぶよりその幼馴染と遊んだ方が楽しかったし、幼馴染の方もそう思っていたらしく、お互いに何かあればお互いを誘う、そんな関係だった。
幼馴染はとても明るくて、人見知りもせず、運動も得意で人気者だった。
対する俺は人付き合いも得意じゃなくて、外に出て運動よりも家でお菓子作りをしている方が楽しく感じて、成績こそは良い方だけども、いつも幼馴染の陰に隠れているような子どもだったと思う。
俺の父親は知っている人は知っているだろう、テレビにも出たことがある役者で、いつも多忙にしていて、家庭のことにあまり興味が無い人だった。
母親は下に生まれた双子にかかりっきりで忙しそうにしていて、ある程度大きくなった俺は放っておきがちで、当時、中学生とも言える年齢の俺が一番信頼出来たのがその、幼馴染ただ一人だった。
ある日、いつも通りに幼馴染と登校した俺の机の中に手紙が一通入っている事に気づいた。うっすら桃色に見える便箋。裏返して見るとそこには女の子らしい可愛らしい文字で"シャーロット"と書かれている。
シャーロットと言えばクラスでも人気者の一人で、この学校で一番可愛いと評判の女子で、幼馴染の"リューク"とよく話していて、クラスの人みんながお似合いだと騒いでいた記憶がある。
そんな女の子からの手紙。少し困惑しながら開けてみると、『今日の放課後、隣の空き教室に来てください。二人きりで話したいことがあります』、というシンプルな内容が書かれていた。
正直、驚いてつい、既に席についている彼女の方を見ると、彼女の方も俺を見ていたらしくふわりと微笑まれる。つい心臓が高鳴って、頬が熱くなるのも仕方ないと思う。
横で俺の様子を見ていたらしいリュークは、俺を揶揄いながら祝ってくれていた。
けど、リュークは手紙の差出人を見て、笑うの止めて、真剣な顔で「行かない方が良いと思う」と言った。……きっとこの時のリュークの忠告を聞いていればあんなことにはならなかったんだと思う。
その日の放課後、結局俺は呼び出しに応じることにした。リュークは俺が向かう直前まで心配そうな顔をして、「終わったら一緒に帰ろうぜ。オレ、この教室で待ってるから」と言っていた。
俺が隣の空き教室に入ると、呼び出してきた彼女はまだ来ていなかった。俺は、緊張を紛らわす為に、長らく使われていないせいか少し汚れている教室の床を近くにあった箒で軽く掃きながら待った。
そのまま少しすれば、走ってきたのか息を切らしながら件の彼女が教室に入ってきて、「ごめんね、待った?」と微笑んだ。それに対して俺はいまさっき来たばかりだから大丈夫、と手に持っていた箒を片付けながら答えると、彼女はくすり、と笑った。
「リュークくんの言った通り、カナデくんって優しいんだね。いっつも聞いてるよ」
彼女は語り出す。幼馴染から聞いた俺の話を。
カナデくんの作るクッキーはとても美味しくて自慢していたこと、カナデくんの字はとても綺麗で読みやすいこと、昔やったお芝居の時、演技が上手くて大活躍だったこと。
「本当に、ほんとうに、リュークくんったらあなたの話ばかりするのよ。自慢で、大切な幼馴染だって。とっても楽しそうに。あまりにもあなたの話ばかりするから、私ね……」
そこまで話して、彼女は一息おいて、意を決したように、美しく微笑みながら俺に、その気持ちを伝えてくる。
「────私ね、あなたの事が嫌いで、憎くて仕方ないの」
俺の事が嫌いで、憎くて仕方ない。そんな憎悪に満ちた言葉を、クラスの人達に賞賛され、多くの男子生徒を見惚れさせるその笑顔で、俺に面と向かって言い放った。
表情と裏腹に込められた悪意に満ちた言葉とのアンバランスさに俺は驚いて、思考停止してしまって、動きが止まってしまう。まるでここの空間だけ、時間が止まってしまったかのように。
その様子を見た彼女は何を思ったのか、先程までの笑顔をぐしゃりと歪めて、憎悪に満ちた目を俺に向けて、口を開いた。
「何その顔!まさかアンタなんかが私に告白されるって、好かれてるって思ってたわけ!?ありえない!キモイんだけど!アンタなんかが私に釣り合うわけないじゃん!この私に釣り合う男子はただ一人、リュークくんだけ!リュークくんだって私を好きでいるべきなの!」
徹頭徹尾、自分勝手すぎる意見を俺に怒鳴りつけてくる彼女に圧倒されて、思わず半歩後ろに下がる。そんな俺の様子なんか知ったことでは無い、と言ったように「それなのに」と呟いて、俺を強く睨みつけながら続ける。
「それなのに、リュークくんはアンタの話しかしない」
好きな食べ物を聞けば、奏の作ったクッキーが特別に好きと返される。他人の魅力的に映る要素を聞けば、奏みたいに綺麗な字が魅力的だと返される。小さい頃の思い出を聞けば、奏とやったお芝居で、奏がかっこよくて記憶に残っていると返されて。
何を聞いてもアンタの話しかしない、と憤る彼女をどうにかなだめようとするけど、「触らないで!気持ち悪い!」と拒否される。
「なんでアンタなんかなの。アンタなんかどこにでもいるような普通の男じゃない。なのに!なのに!!」
あまりの剣幕に行き場を無くした手をおずおずと下げると同時に、先程まで鋭く睨みつけてきていた彼女はまた美しくにっこりと微笑むと、口を開いた。
「だからね、嫌われてよ。カナデくん」
そう言った彼女の手にはいつの間にかどこにでも売ってそうなカッターナイフが握られており、彼女はそれで自身が着ている制服を思いっきり切り裂いて、そのまま俺の手にカッターナイフを押し付けて、空き教室から悲鳴をあげながら、走り出た。
その悲鳴に部活中だった生徒達や教師達が集まりだすのを俺は気づかなくて、思わずほとんど下着が見えている状態の彼女を追いかけてしまった。
そう、追いかけてしまったんだ。
「来ないで!ごめんなさい、私が悪かったんだよね?」
泣きながら俺を見て叫ぶ彼女に困惑していると、彼女は近くに居た男性教師に駆け寄ると、「先生っ!助けてください!さっき、カナデくんにそこの教室で襲われて……っ!」と泣きながら抱きつく。
俺は反射的にやってない、と否定するものの、周囲の俺を見る目は冷たいものになっていく。
氷のように冷たい視線に恐怖で動けなくなる。
「────違う!奏はやってない!そんなこと、やる奴じゃない!」
毎日聞いているその声に安心するのもつかの間。騒ぎに気づいた隣の教室で待っていたリュークが動けなくなっていた俺の手を力強く握って、引っ張って人混みをかき分けるようにその場から離れた。
連れ出された俺は、リュークに手を引かれるまま無言で帰路についた。
そのままリュークに家まで送られ、俺は家に入る。家の中では母さんが双子のきょうだいにかかりきりで、俺が帰ってきたことすら気づいていない様だった。
「ただいま」
一応挨拶もしてみるけど、母さんは何も返さず、振り返ることも無かった。
俺はそのまま自室に向かって、服を着替えて、今日あったことを忘れてしまいたくて、眠った。
次の日、いつも通りに迎えに来たリュークに、「学校行こうぜ。昨日のことなんか気にするなよ」と手を差し伸べてくれる。俺はその言葉に頷いて、その手を取っていつも通りに登校した。
登校した俺に突き刺さるのは昨日以上の冷たい視線。教室に向かって自分の席に着けば机は多くの傷が付けられ、"犯罪者"やらストーカー野郎"やらと沢山の罵詈雑言が落書きされていた。
この日から、俺にとっては地獄のような日々が始まった。
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