桜ノ森

糸の塊゚

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2章:望執dream truth.

幕間2:とある姉は。

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 ────崩れていく。
 誰よりも好きで、愛した弟が屋上から落ちていって、それと同時にこの世界が壊れていくのを感じる。

 あの子と出会ったのは埃の積もったとてもとても暗い書庫の中だった。
 私の母は元々良家のお嬢様で、決められていた婚約者が居たけど好きな人が居て、その人と十代で駆け落ちをして産まれたのが私、優香と双子の弟だった。
 両親仲は良好で、普通の幸せな一般家庭だったはずの私達家族が壊れたのは母の婚約者の父を名乗る男が現れてからだった。
 男は母を婚約者と結婚させる為に卑怯な手段を使って大好きだった父と母を引き離した。どうしてそんなに母にこだわるのか聞いてみた所、「とびきり顔が良く、家柄も良い」ただそれだけの理由だった。

 男のせいで両親の仲が冷え切り、離婚届と新たな婚姻届にサインをした母が、私達兄弟を父に託すと話し、父もそれを了承したが、それを許さなかったのはまた男だった。

 「子供という枷がつけばあいつは尚更逃げられないだろう」

 そういやらしく笑いながら男は無理やり私達を車に乗せて新しい家へと連れていった。弟と二人で「誘拐だ」とか何とか騒いだけど、警察にツテがあるらしい男には通じなかった。

 家に着くとそこはかなり大きな豪邸で、高校生位の男の人が出迎えた。
 「おかえり、父さん」と男に言うその顔に表情なんて無く、少し怖く思って無表情で立つ母の服の裾を掴んだ。
 男の人は私達に気づくと、にこりと笑って口を開いた。

 「依頼の人かな?どうぞ、こちらに」

 そう言って客間に招き入れようとする男の人に男は「こいつらはお前の婚約者とその子供だ」と言い、それを聞いた男の人は少し目を丸くした後すぐに顔を顰めながら男を睨みつけた。

 「……僕は結婚なんかしないって言いましたよね」
 「お前の意思なぞ関係あるか。私がしろと言えばお前は黙って頷く事しか許さん。わざわざ離婚までさせてお前に相応しい女を連れてきてやったのだ。少しは感謝というものを覚えろ」
 「待って、離婚させたってどういう事!?」

 偉そうな態度を崩さないまま男はその場を去る。男の人は男を追いかけていって、しばらく経った頃酷く疲れた顔をした男の人が戻ってきて、私達を客間に案内した。
 椅子に座るなり男の人は私達に向かって深く頭を下げた。

 「父から全て聞きました。謝っても許される事ではありませんが、約束します。いつか貴女を旦那さんの所へ帰します」

 「君達も、すぐに元のお父さんの所に返すからね」と笑う男の人に私と弟なその人に対する警戒心を解いた。母がおずおずと男の人にあなたは……と尋ねると、男の人は笑った。

 「申し訳ありません。名乗るのを忘れていましたね。花咲悠仁はなさきゆうじ、探偵をしています」

 それから悠仁さんは自分の事を何も話さず、殆ど仕事に駆り出されて家に居ないことも多かったが、空いている時間は私達にとても優しく接してくれた。最初の内は豪華な食事も喉を通らないほど精神的に参っていた母も次第に悠仁さんに心を許していき、どこか悠仁さんに惹かれているような様子だった。

 そんな日々が続いていくある日から男から母に悠仁の子を産むように言ってくるようになり、私達子どもたちの影で悠仁さんと男が言い合う声も多くなってきた。
 悠仁さんが、「ずっと我慢してきたけどもう沢山だ。僕はこの家を出るし探偵も辞める!」と叫び、男は「お前は探偵以外になれはせん」と冷たく言い放ったその時、母が「分かりました、分かりましたからそれ以上はどうか」と二人の間に入った。
 私達にはそれがどういう事なのかまだよく分かっていなかったけど、悠仁さんの青ざめた顔色と男の分かればいいんだ、と鼻で笑う態度で、良いことではないんだろうなと子どもながらに察した。

 それからまたしばらく経って母の妊娠が発覚した。母は私達に「あなた達の弟よ、大事に守ってあげてね」なんて笑いながら膨らんだお腹を撫でていたのを覚えている。
 悠仁さんは今まで以上に母を気にかけながら仕事をするようになった。子どもの私にも分かるほど無理をしているのは分かっていたけど、悠仁さんは弱音ひとつ吐かなかった。
 そして、待ちわびた出産の日。その場には私達と悠仁さん。そして、あの男が立ち会っていた。母子共に無事に出産を終え、母は優しい顔で産まれてきたばかりの赤子を抱き、それを悠仁さんも優しく見守っていた。
 悠仁さんが優しく赤子に触れようとしたその時、今まで黙っていた男が悠仁さんの手を振り払って言った。

 「お前に自由に実子に会う権利は無い。会いたければ今までより一層仕事に励むが良い。お前に、自由など無いのだ」

 その日から悠仁さんは御屋敷の別館に押し込まれ、私達にも悠仁さんは会わせて貰えなくなり、産まれたばかりの弟も会えるのは男と母のみで、私達には会わせて貰えなかった。
 最初の内は一週間に一度は悠仁さんが本館に入れて貰えたが、それが段々期間が空くようになって、それが一年に一度くらいの頻度になった頃、私と双子の弟は中学生になった。

 中学生になった私は酷く精神が疲弊していた。悠仁さんと会えなくなった母はまた自暴自棄になり、ヒステリックに喚く様になった。双子の弟はあの男に小間使いとして扱き使われ、私には嫌な視線を浴びせ、たまに身体に触れてくる様になった。
 抵抗はしたが、男は容赦なく私の顔を殴ってきたし、それを助けようとした双子の弟もやり返されてその日の食事は抜かれたりする、そんな毎日だった。

 ある日、祖父から逃げたくて普段は入らないように言われている書庫に入り込んだ。そこは酷く暗く埃っぽくて、思わずこほ、と咳を漏らすと奥の方からガタッと物音がした。
 そこで出会ったのだ。最愛の弟……勇樹に。

 その日から私はこっそり書庫に通った。勇樹に文字や言葉を教えたり、かなり多い傷の手当をしたり、こっそりおやつを持ってきたり。
 その全てに嬉しそうに笑うその子が生活の唯一の癒しで、幸せだった。ずっと、ずっと勇樹の傍に居たい、と思った。

 ある日、勇樹が何やら考え込んでいる様だったからどうかしたのか聞いてみると、先日、この書庫に知らない男の人が来たという。そう言われて、そう言えば昨日は悠仁さんが来ていた、と思い出した。

 「お爺様は、僕のお父さんは僕を要らないって捨てたって言ってたけど、本当はあの人が僕の……」

 どこか期待するような声色で話す勇樹を私は抱きしめて、こう言った。

 「違う。違うよ、勇樹。そんな人の言葉なんて信じちゃ駄目。勇樹の味方はお姉ちゃんだけだから」

 自分でもどうしてこんなこと言ったのか分からない。でも、勇樹が私以外の事を見るのは嫌で仕方なかったのだ。だって、この子には私だけだったのに。

 ある日、いつものように勇樹の元へ向かう途中、声をかけられた。振り向くと、産まれた時から一緒にいる双子の弟だった。

 「姉ちゃん。いつもこの時間になったら居なくなるけど、どこ行ってんだよ」

 「まさか……あのクソジジイに変なこととかされてないよな?」と聞いてくる片割れは自惚れでもなんでもなく私の事を心配してくれているのだろう。中学生になって体格に差が出て、声も低くなってなんだか似ている別人に思える。

 「私は大丈夫だよ」

 本心からそう言うと、片割れは少し訝しながらもその場は「なんかあったら、オレに言えよ」と言った。

 「じゃあ、私は行くね」
 「あっ、おい姉ちゃ……」

 大丈夫なのは本心のはずだ。はずなのに、どうしてか息が詰まる。早く、早くあの子に会いたくて仕方なくて、何かまだ言いたげな片割れを無視して足を進めようとして、立ち止まった。

 「優香。今から私の書斎に来なさい」

 そう言って私の前に立ちはだかったのは片割れ曰くのクソジジイ……あの男だった。
 抵抗が許される訳も無く、言われるがまま男に連れられ書斎の中に入ると、中年くらいの見知らぬ男が座っていた。
 中年男の品定めでもするかのような目線に思わず身じろぐ。

 「あぁ、ごめんね。僕は君の婚約者として挨拶にやってきたんだ」

 そう言いながら中年男はいやらしく笑う。その横で、男が口を開いた。

 「優香。中学を卒業した暁にはこのお方の家に移住し、そこで花嫁修業をしなさい。十六になったら嫁として励め」
 「いやぁ、僕は幸せですよ。あの花咲先生のお孫さんを娶らせて頂けるなんて。しかもかなり美人さんで……これは将来が楽しみですな」

 「────気持ち悪い」

 端的にそう思ったし、そう口に出た。だってどう見ても中年男は四十代後半にしか見えない。対して私はまだ中学校も卒業出来ていない歳だ。
 そんな歳の差で許嫁として寄越す男も、それをニチャニチャと笑いながら受け入れる中年男も気持ち悪くて仕方なかった。
 それに男は激昂し、私の顔を殴りながら「女が口答えするな!!私がしろと言えば黙ってすればいい!!」と叫ぶ。
 私がここで何を言ったって結局男の思い通りになるんだろう。そう思って私はそれ以上には何も言わず口を閉じて……ふと気づいた。
 
 中学を卒業したら中年男の家に住む、という事はあの純粋で穢れを知らない愛おしい勇樹と会えなくなるのだろうか。それは嫌だ。それだけは絶対。だってあの子は私の希望で幸せそのものなのだ。

 それから私は勇樹と離れない方法を考えた。考えて、考えて、沢山考えて……勇樹が心配そうに私を見つめた時、思いついた。
 私と勇樹がいつまでも一緒にいられる方法。そんなものは無い。ならばいっそ、共に死んでしまえば最期まで一緒に居られるのだ。

 そうして、私は勇樹と共に外に出た。決行日はあの男が居ない日。朝からこっそり抜け出して、勇樹を色んな所に連れ回した。最期だからと悠仁さんから隠れて貰っていたお小遣いも全て使い切るつもりで遊んだ。
 そして私と勇樹は二人手を繋いで信号待ちをしている時。夕暮れが近くて空が赤く染まりつつあるその時。大きな車がこちらに向かって曲がってくるのが見えた。
 その車が目前に迫ってきた時。信号の色が変わるのを待っている勇樹の背中を私はとん、と押した。
 驚いて振り向く勇樹に私は微笑んで、共に車道に出て勇樹を抱きしめようと腕を伸ばした。
 しかし、あと少しで届きそうだったのに、突如強い風が吹いて、無防備だった私は歩道に押し戻された。
 ビックリしながら勇樹を見ると、勇樹は笑っていた。
 ────勇樹が私を魔法で歩道まで押し戻したんだ。
 それに気がついた時には辺りは鈍い音と周囲の人々の悲鳴で埋め尽くされていた。

 私は勇樹に駆け寄った。同年代の男の子より小さく、細いあの子が生きているわけなんて無い。そんな事頭ではわかっているけど泣き叫ぶことを辞めることなんて出来なかった。

 「……どうしてもその子を助けたい?」

 その声に私は振り向く。そこにはいつの間に背後にたっていたのか見知らぬ女の人が立っていた。
 こちらを案じるかのような表情をした彼女は朱い目をしていて、どこか悠仁さんに似た顔立ちをしている気がして、思わず私は頷いた。
 女の人はそれを見ると勇樹の傍にしゃがんで勇樹の頬にそっと触れた。

 「────花術、夢彼岸菊ゆめひがんぎく

 女の人がそう呟くと同時に勇樹を中心として菊の花が突如咲き始めたかと思えば、すぐに枯れていく。
 その摩訶不思議な光景に目を白黒としていると、意識のなかった勇樹が、小さくけほ、と咳をした。

 「勇樹!」

 思わずそう声をかけるも、未だ意識は戻らないままで、それでも息が戻ったのは事実だった。
 女の人にお礼を言おうと勇樹の傍にしゃがんでいた女の人の方へ向き直ると、その場には誰も居なくて、代わりに菊の花びらが風に吹かれて飛んで行った。

 その後。漸くやってきた救急車に勇樹は乗せられ、私も共に乗って病院にやってきた。
 病院にはあの男が待ち構えていて、「お前の考える事などお見通しだ」と笑った。

 「お前には三日後、あのお方の家に行ってもらう。卒業まで待ってやろうと思ったが、その心遣いを無為にされたのではな」

 相変わらず傲慢な態度に反抗する気も起きなくて、私はにっこりと笑って「わかりました」と答えた。

 次の日、学友にお別れを言うと告げて私は中学に来て、教室には向かわず屋上にやってきた。
 あの男は勿論認めようとはしなかったが、片割れが庇ってくれたおかげでこの場に来れた。でも、その気遣いを私は今から今度こそ無為にする。

 転落防止の柵を乗り越えて、グラウンドを見下ろす。親子以上の歳の差がある男との結婚なんて嫌だし、勇樹と会えなくなるのはそれ以上に嫌だった。
 本当は勇樹と共に逝きたかった。でもそれが叶わないなら一人ででも。
 そうして私、花咲優香は通っていた中学校の屋上から飛び降りた。最期まであの子の事を考えながら。

 次に目が覚めたら辺りは何も無い、真っ黒な世界だった。自殺したんだし、天国には行けないとは思っていたけど地獄にしては何も無さすぎて、困惑していると、突如世界にザザザっとノイズが走ったかと思えば、瞬きをした次の瞬間には世界が変わっていた。
 色は無くて分かりにくいが、暗く埃っぽいそこは私と勇樹が出会ったあの書庫で、奥の方では初めて会った時のように勇樹が目を丸くしてこちらを見ていた。
 慌てて私が勇樹に駆け寄ると、勇樹は怯えたようにこちらを見てくる。それに対して私は、困惑したように口を開いた。

 「勇樹……?どうしたの?お姉ちゃんだよ?」
 「おねえ……ちゃん……?」

 未だ怯えを瞳に宿しながらそう尋ねる勇樹に、私は怖がらせないようににっこりと微笑んで、「絵本、読んであげようか」と言った。

 それからいつものように勇樹に本を読み聞かせてあげていると、勇樹が眠っていて、再び世界にノイズがかかる。そして瞬きをしたら、そこは元いた、何も無い真っ黒な世界に戻っていた。勿論、隣に居たはずの勇樹も居なかった。
 私は血の気が引くのを感じながら辺りを走り回って勇樹を探した。何時間も、何日も、いくら探しても世界は真っ黒のままで、疲れて立ち止まると再び世界にノイズがかかった。

 今度は保健室の様な場所だった。私が通っていたのとは違う、その見覚えのないその場所を見渡すと、保健室にあるベッドの様な場所で勇樹が起き上がってこちらを見ていた。

 「お姉ちゃん……?」

 寝起きのような舌足らずな声でそう言う勇樹に私はまた笑った。
 前と同じようにその場にある本の話をしてしばらくすると、勇樹が眠そうにしている事に気づく。遠慮せず寝るように言うと、勇樹は笑って「おやすみ、お姉ちゃん」と言って眠り始めた。
 途端に世界にノイズが走り、また真っ黒な世界に放り出される。
 勇樹が眠った瞬間、という事は、どういう訳か私は勇樹が視る夢の世界に閉じ込められた様だった。

 それから私は勇樹がこの世界に来るのを待った。会う度に勇樹はどんどん成長していく。この世界に作られる学校の様な場所はどうやら現実世界で勇樹が通っている学園らしい、ということは夢で会う勇樹から聞いた。
 そして、勇樹が高校一年生になった頃、いつものように勇樹が来るのを真っ黒な世界で待っていると、ふと目の前に人が倒れている事に気がついた。
 久しぶりに見る勇樹以外の人間に私は警戒していると、倒れていた人間はその場から起き上がると、辺りを見回した。

 「……へぇ、こんな事になるんだ」

 そう一人で呟くその人と私は目が合う。しかしその人はすっと目を逸らすと、そのままその場から立ち去ろうとした。

 「えっ、ちょ、ちょっと!」
 「……何か用か?」
 「何か用か、じゃないよ!貴方、誰なの?ここは私と勇樹だけの世界じゃないの?」

 立ち去ろうとするその人を思わず呼び止めて、そう問いかけると、その人は一瞬だけ目を丸くして、すぐに感情の籠っていない冷たい笑顔を向けて告げてきた。

 「勇樹、というのが誰なのかは知らないけど……ここに俺が来たんだ。それじゃあお前たちだけの世界じゃないんだよ」

 そのまま去っていこうとするその人を追いかけて次々質問をなげかけていくと、その人は足を止めないまま律儀にも全て答えてくれた。

 この世界は花術の残滓の世界、だということ。
 やってくる勇樹は真偽夢病という病気にかかり、その影響で夢を見ているということ。
 私の存在は、死の直前もしかしたら魔法の力に目覚めて、勇樹に対する執念だけでこの世界に閉じ込められたのかもしれない、ということ。
 その内、勇樹はその病気の影響でこの世界に永住するかもしれない、ということ。

 「まぁ、それを選ぶのはその病にかかったお前の弟自身だけど」

 そう冷たく言い放つその人を他所に私は内心歓喜に溢れていた。だって。だって!もしかしたら今度こそ、勇樹と二人で生きていけるかもしれないのだ。勇樹は絶対私を選んでくれる。そうに違いない。

 「……俺も大概だけど、お前も狂ってるよ」

 どうやら内心どころか態度にも現れていたらしく、その人にそう言われて気がついた。そう言えば色々教えてくれた目の前の人の名前を聞いていなかったことを。
 見てくれは勇樹とそう変わらない歳だろう。真っ黒なフード付きのマントの下には黒いスーツの様なものを着ているその人の顔をよく見れば世間一般的に言えば美少年、と呼ばれる類のものだろう。

 「貴方、名前はなんなの?」

 私がそう訪ねると、その人は曖昧に笑って、答えてはくれなかった。

 それから、勇樹がこの夢世界にやってくる時以外はその人と色んな夢世界を渡り歩いた。だってしょうがない。やることが無くて正直退屈していたのだ。
 その人は私がついてきてくる事に何も言わないので、まぁ了承されたんだろう。

 夢世界、というのは本当になんでもありの世界のようで、とある人は大金持ちになって遊んで暮らす夢を見ていて、はたまたある人は女の人を周りに侍らせて酒池肉林としていたり。
 その世界で私を夢世界で創られた人だと勘違いされて世界の主に襲われた時はどうなる事かと思ったが、私と共にいたその人が追い払ってくれたりもした。
 その時のその人は物語に出てくるような紅い大鎌を持っており、それが服装も相まって死神のように見えたから、私はその人の事を"死神さん"と呼ぶようになった。

 そうこうしている内に運命の日はやってきた。
 勇樹が高校三年生になると同時に真偽夢病の最終段階に差し掛かっているのか、この世界に勇樹がやってくる頻度が多くなり、そして。
 何時もより一際大きくノイズがかかったかと思えば、瞬きをして目を開けると、そこはいつもとは違い、モノクロの世界ではなく、現実世界の様な色とりどりとした世界が広がっており、私はどうやら空き教室に立っているみたいだった。
 ついに。ついに勇樹と共に居られる日がやってきたのだ。その嬉しさを早く死神さんと共有しようと振り返ると、そこにはいつもとは違う格好をした少年が居た。
 ふわふわとしたくせっ毛はいつも通りなのだが、その髪色は水色っぽい銀髪で、いつも冷たく微笑むその瞳は水晶の様な水色。そして死神の様に真っ黒だった服装は勇樹の着ている制服と同じに変わっていた。

 「死神さん?どうしたのその服装」
 「……さぁ?」

 どうやら死神さん自体も困惑しているらしく、突如変わった自分の服装をじろじろと眺めていた。そして、「もしかしたら」と口を開いた。

 「お前の弟、俺と知り合いなのかもしれない」
 「何を言ってるの?貴方、この世界に勇樹が来る時いつも何処かに行ってるじゃない」
 「いや、今ここにいる俺の事じゃなくてさ」

 尚更何を言っているのだろう、と正気を疑う目で思わず見てしまっても仕方がないと思う。その言い方だとまるでこの場にいる死神さんの他に現実世界にもう一人死神さんが居る、と言っているようなものでは無いか。

 「言っているようなもの、というかそう言ってるんだよ、俺は。まぁそんな事はどうでもいいんだよ」
 「どうでも良くは無いと思うの……多分」

 咄嗟にそう返したもののよくよく考えてみれば私にとっての一番は勇樹なのだから死神さんが二人いるとか三人いるとか確かにどうでもいい事かもしれない。

 「お前もぶれないな……とりあえず俺が言いたいのは一つの夢世界に同じ人間は複数存在できないんじゃないかって話だよ」
 「へぇ、どうして?」
 「俺もそこまで詳しいわけじゃないけど、辻褄が合わなくなるからじゃないか?」

 そう言いながら死神さんは教室を出ていこうとする。

 「どこ行くの?」
 「別に。いつもみたいにこの夢世界を見て回ろうかなって」
 「そう。あ、そうだ。ねぇ死神さんお願いがあるんだ」

 私がそう言うと死神さんは教室の入口に立ったまま止まる。聞いているのかは分からないがとりあえず私は続けた。

 「勇樹に会ったらさ、ここに連れてきてよ。すぐに」

 私がそう言うと、死神さんは返事もせずにそのまま去っていった。多分、聞いてくれる筈だ。


────────────


 そして、世界を否定した勇樹はこの偽物の学園の屋上から飛び降りて、世界も壊れて無くなってしまった。
 私はと言うとその場に座り込んで勇樹の名を呼びながら泣く事しか出来なかった。
 死神さんはそんな私を見て何も声をかけることなくその場から去ろうとする。

 「まってよ」

 涙声でそう声をかけると、死神さんは素直に立ち止まる。

 「貴方も、貴方までも私を置いていくの」
 「さぁ」
 「貴方っていつもそうだね。自分の事は誤魔化して、何にも答えないの。泣いている女の子を放っておいて慰める事すらしないのね」
 「自分の事は答えようがないから答えないだけだよ……それに泣いている女の人を慰めろ、だなんて誰からも教わったこと無くて」

 そう言いながら死神さんが私の傍にしゃがむのを感じる。そしてそのまま死神さんは口を開いた。

 「……もし、あいつが外を捨ててこの世界を選んだら、きっとお前はいつか後悔してたと思うよ。だからきっと、これで良かったんだ」
 「……どうしてそう思うの?」
 「俺も、弟が居たから」

 「もっとも、俺はあいつを泣かせてばかりだったけれど」と微笑む死神さんを見て、初めて笑った、と思った。そう思える程には普段とは違う、暖かみがある微笑みだった。

 「……だから、あいつの世界で笑っている弟を見た時は良かった、って思ったんだ」
 「それが、勇樹に手を貸した理由?」

 死神さんは何も答えなかった。でも、私は何となくその問いの答えは分かっていたから私も何も言わなかった。

 だって、私もお姉ちゃんだから。だから、きっとこれで良かったのだ。弟が笑っていられるなら、これで。
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