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11 ~怪盗はいなくなった
しおりを挟む巫祝が方術を執行するには、巫技と巫法のふたつが不可欠である。
巫技は動作、巫法は呪言。動作は、術を執行する者の技術を行為として現したものであり、それが手刀である。左手の人差し指と中指を立てる――この手刀ができねば、たとえ巫祝としての知識があって呪を誦することができたとしても、方術は執行されない。
見鬼師も同じである。
(彼女は鬼を使役しているのに?)
巫祝は考えこむ。
藍生楼で目撃したとき、確かに彼女の手は手刀をつくっていなかった。にもかかわらず、方術を執行した。しかも、ろくに呪言もしていない。鬼の名字を呼んだだけ。
見鬼師の決まり事を一切無視している。
(どういうことだ?)
やはり見鬼師ではないのだと、巫祝は結論づけるしかなかった。
そこへ一人の男が現れる。
「ああ、戻ったか」
弼戈いわく、この男は美貌のもち主らしい。
美貌の男は戻ってすぐに、姿を変える。人から紙へと形を変えて一枚の霊符になった。
霊符はくるりくるりと中空に輪を描きながら、やがて巫祝の掌へと着地する。
戻ってきたのは霊符でつくりだした巫祝の分身である。
職掌上、何事にも慎重な巫祝は、分身を南衙禁軍の軍営へやっていた。
いくつにも増やせる分身はどれも自分の顔かたちと衣までまったく同じなので、軍営での打ち合わせは分身に任せている。霊符に戻せば、分身の記憶が我が身〈本体〉の記憶に追加されるため、生きるのに手間がはぶけてよい。
我が身が泊まっているのは、西市の宿である。
巫祝の姓は戎、名は礼寿という。
仙術という怪しい術を扱えるためか巫祝は、名の上に【魔】をつけて呼ばれることもある。魔礼寿――これが巫祝のふたつ名である。
魔性のごとき美しさだから【魔】なのだと、緋芭が言ったとか言わなかったとか。
それはさておき。
巫祝は別段、自分を美しいとは思っていない。美にこだわりもない。が、目立つのは確かなので、我が身は前髪をこれでもかと垂らして顔を隠していた。
礼寿が鬱陶しい前髪を払えば美しい顔貌が現れる。
(世には顔を隠すために同じことを考える者がいるものだ)
美貌がわずかにゆがむ。藍生楼での一件を、再び思い出したからだ。
阿愁は白虎を従えていた。
(見鬼師ではないのに?)
阿愁も自分に負けないくらい髪を垂らしている。隠しているらしいが、礼寿は出逢いの日から彼女の双眸の色が異なることに気づいていた。
(憑かれてもいないのに鬼が見えるのは、妖しい色の左眼にからくりがあるのか)
礼寿は推測しながら[百鬼律]の写しを手に取った。
写しのすべてをもらってはいないのでなんとも言えないが、この頁まで、阿愁の従えていた白虎についての記述はない。
妓楼での一夜。
彼女の身体を護るように白虎が見えた。
(四肢に水煙を纏う、あれはまぎれもなく鬼だった)
寝ても覚めても頭を離れないから礼寿は我知らずため息をこぼす。
そして、もうひとつの謎。
優先すべきはこちらの問題なのだ。
礼寿は、南衙禁軍によって国都へ招聘された。その理由は、どれほど能武であっても武官では手に負えない怪盗・我来也を捕縛するためである。
なぜ、国家の正規軍でありながらたった一人を捕縛できないのか。
(それは)
情けなくも礼寿自身、取り逃がして判明したことだが、我来也は鬼を従えている。鬼の妖力を借りて財物を隠し、移動している。
だから優秀な南衙将軍でも追跡できずお手上げだったのだ。
(我来也は見鬼師なのか?)
だとすれば、巫祝の自分も不利になる。見鬼の能力がないので鬼を追えない。
鬼は、見鬼の能力をもつ者か、とり憑かれた者達しか目に映せない。万人に見えるとすれば見鬼師によって使人見鬼術がかけられている。この術がかけられ使役されていれば、鬼は変幻自在に姿を現せるし、鬼が見えない無能の者でも目に映せるようになる。
まずは我来也が従えている鬼の特徴を知ろうと[百鬼律]を欲したのだが。
物資の豊かな国都であればすぐに入手できるだろうと軽く考えていたのに、なかなか見つからず、あのときはまいったものだ。魏書店にあったのは僥倖だったものの、ここでまた阿愁という人物の謎と遭遇してしまうとは因果なものである。
鬼の制御法は未だ見つからず。
対峙してひと月が経ち、怪盗の情報も途絶えたまま――
我来也はどこへ消えたのか?
書店にウキウキウッキーの素韻がやって来た。
どうやら好きな殿方ができたらしい。
「どんな殿方なの?」
阿愁は興味や関心があって訊いたのではない。
惚れた腫れたで大騒ぎするために素韻は書店へやって来たのだろうから、店側には面倒でも訊かないという選択肢は与えられない。
「職人なの」
「職人?」
ということは庶人である。
結婚で貧乏な范本家の家格を上げるという夢は捨てたのだろうか?
さすがは乙女、乗り換えが早い。
「東市に作業場があってね。とても腕がよいのよ」
東市は街東の高級階層区にある市であるから、官営の工房や朝廷御用達の店、貴族相手の店などが軒を連ねている。
寒門とはいえ范氏も貴族、素韻はご令嬢である。東市で買い物するのが通常であり、繁栄しているとはいえ西市まで出向くほうが珍しいといえた。
「珠玉〈玉細工〉職人でね」
素韻の夢と希望とついでに女的な打算に満ちた恋話は続いている。
立ったり座ったり。女の子らしく頬を染めて落ち着かない様子である。動いた拍子に阿愁の目にとまったのが、彼女の腰帯からさげられている玉製の飾りだった。これを玉佩といい、貴族や官吏達が身分を証明するために身につけている。庶人には馴染みの薄い習慣だった。
(これまでに見たこともない飾りね。さては素韻、貢いだか)
お目当ての職人の気を引くために注文して、つくってもらったのかもしれない。
恋愛の第一の目的『男に貢がせる』はどこ行った? 貧しいのに散財してどうするのだ。
「珠玉職人殿はバツイチなのだけれど独身で」
「バツイチ!? ……やめておいたら」
「あら、どうして? 二兄だってバツがあるわよ、今時珍しくもない」
(それはそうだが)
バツイチになった理由にもよる。緋芭は捨てられたのだからしようがないとして、女癖が悪いなど、性根の腐った男だったら最悪だ。完全に正常な人間などいないとはいえ、恋は分別のある狂気とはよく言ったものである。
(緋芭様、ワルイ見本になっちゃってますけど)
かの珠玉職人は、子供が二人もいるという。一緒に暮らしている子供が何歳かは知らないが、まだ子供の領域にいる素韻が好きになるとは。
(いいのだろうか?)
《次回 恋愛師再び》
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