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第一景 それは決意とともに
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第一景 それは決意とともに
1
「うわぁ、人がいっぱいいるよ」
大通りのド真ん中で立ち止まった少女に、連れの男があからさまに嫌な顔を向けた。
「街だから人が多いのは当然だ。恥ずかしいからお前は私と距離をとって歩け」
しっしっと犬を追い払うような仕種で男――厲瑶(れいよう)に片手を振られた少女は、「ううっ」といじけた。先程からこんな調子で何度も立ち止まるので、瑶は機嫌が悪いのだ。
少女の名は、厲紘里(れいこうり)。
今年十六歳になる紘里は、こんな大きな街に来たことはないので、どうしても物珍しさに視線がきょろきょろと落ち着きなく動き、はしゃいでしまう。
ここは国のほぼ真北に位置する恵(けい)州、その州都許昌(きょしょう)である。
許昌は碁盤の目のように東西南北に通りがのびていて、その区画ごとに民家や店や宿が整然と建ち並んでいる。許昌中央を抜ける大通りの道端に並ぶ建物のいくつかは石造りで、みな屋根には瓦がふかれていて、二階建てや三階建てのものもあった。
許昌に来る前、瑶には街の雰囲気を教えてもらっていたし、地図のようなものも描いてもらっていたので、それなりに心の準備はできていた紘里ではあるが、実際にその街並みを己の目で眺めてみれば、驚きがあとからどんどん溢れてくる。
しかし冷たい瑶は、「あれはなに?」と紘里が訊いても、しらっと無視するのだ。
なにしろ生まれて初めての州都である。もうちょっとかまってくれてもいいのになと、恨めしげに瑶の背を見つめたとき、彼が振り返った。振り返った拍子に長い白髪が揺れて、その白皙の頬を打つ。
正直なところ、瑶の年齢を紘里は知らない。
けれど白髪になるほど歳をとっているわけではなく、姿勢のよい凛としたその姿は、肌艶からしてもせいぜい三十前後に見えた。
「もうすぐ雨が降る」
歩きながら空を見上げた瑶が、鼻をすんと動かした。昼間なのに空はどんよりと雲っていて、瑶の言うとおり、雨の匂いが微かに混じっている。
「雨季に入る前に許昌に着けてよかったな」
彼の言葉につられるようにして、紘里も空を見上げた。
恵州は北に位置するため、国内では比較的寒い地域となる。季節は春が終わり、夏がこようとしていた。
州の北方には激しく雪の降る馬嵬山がそびえるために、その冷たい大気と国の南側の暖かい大気がぶつかりあって雨雲をつくり、恵州のこの時期にはひと月程度の雨季が到来するのだ。雨季の季節は小雨が続き、肌寒い。
紘里たちの住んでいる恵州の北の端句容(くよう)から許昌までは、徒歩でひと月の距離にあるが、馬嵬山の雪解け水が流れる汨羅江(べきらこう)を船で下ってきたので、五日の行程で済んでしまった。おかげで雨季の前に、許昌に入ることができたのだった。
「貴族様さまだね。前金をもらったから、船旅ができたんでしょ?」
紘里が言えば、「まあな」と瑶が素っ気なく呟いた。
「街がにぎやかなのも、公子が妃をとるってふれをだしたから?」
そのことは旅の途中で、田舎者の紘里の耳にも入っていた。
今の王には何人か公子がいて、その一番上の公子が妃を選ぶために各州侯にその旨を伝えたという。受けた州侯たちが己の姫君を着飾らせるために様々な品を店に注文するので、売り上げを競うようにして店は繁盛し、そうして連鎖的に街は活気づくのだそうだ。
「恵州に限って言えば、それは関係ない。なにしろ恵州侯には娘がいない」
「へ? そうなの」
ということは、許昌の大通りはいつもこれだけの人で溢れかえっているのだ。瑶は背が高いので見失わないですんでいるが、ちょっと距離をとれば歩く人波に埋もれてしまう。
街ってすごいんだなと、ここでまたひとつ紘里は驚いたのだった。けれど、この国が豊かになったのは、随分と最近のことなのだ。
五十余年前までこの一帯は六雄国(ろくゆうこく)が覇権を争い、戦が絶えなかった。六雄国とは六州のことで、上から順に、江(こう)・徐(じょ)・恵・益(えき)・予(よ)・胡(こ)がそれである。州の序列は最後の戦が終結したときに決められた。序列のとおり、長く続いたこの戦を連覇したのが江州侯である。
州侯とは、州を治める者のこと。この江州侯が王となり、国を舜(しゅん)と号し、舜王朝を建てたのだ。以来五十年、代々の王は善政を布いた。十六年前に一度だけ内乱が起こったものの、それは王都のある江州での出来事で、その内乱も一年で鎮圧されている。
この時代、貴族はおしなべて「士」の階層に属し、一般の庶民には絶対に越えることのできない一線があった。「士庶のけじめは天隔す」という言葉がすべてを表している。
いつでも争いは、そうした貴族が起こすもの。しかし五十年前に争いが決着したことで、貴族の考え方も少しずつ変化をみせていた。これまでは政治にばかり囚われていた貴族たちが、人の営みというものに注目しはじめたのだ。戦で荒れ果てた諸州の復興が成った頃から、質実剛健よりも優美や華麗を好むようになり、芸術をはじめとする新たな文化が咲き誇ろうとしていた。
貴族の暮らしというものは、少なからず庶民にも影響する。
今回、紘里と瑶が許昌まで出向いてきたのも、それが理由だった。
「それにしても、瑶が風水師として貴族に招聘されるなんてね」
ちょっとだけ、紘里は遠い目をした。
それは遡ること二十日前のこと。
許昌からの使者が「厲老師(せんせい)はご在宅でいらっしゃいますか」と家にやって来たとき、紘里は一瞬、誰のことを言っているのかと、ぽかんとしたものだ。そのすぐあとに、外出していた瑶が戻ってきて、白髪のせいで誤解したのかと納得したものの、その使者も瑶の若さに驚いているふうだった。
使者は「この辺りに厲巫祝は、師お一人ですか?」とわざわざ確認してきたので、老人とばかり思っていたのだろう。紘里にしても、瑶が「師(せんせい)」と呼ばれたのは初めてだったこともあって、使者との会話がちぐはぐになってしまったのだ。
使者がやって来た理由を、紘里は瑶から聞かされた。このとき、瑶にしては珍しく、紘里にも意見を求めた。紘里に対してだけ不遜で横暴な瑶が意見を求めてくるなんて、今年の雨季は雪が降るのではないかと、紘里は身震いしたものだ。
「許昌の貴族が、私に来いと言ってきた」
瑶の言い方も随分とふてぶてしいが、毎度のことであり、これが彼の本性である。
「へえ、すごいじゃない。瑶の名が許昌にまで伝わってるってことでしょ?」
「風水師なんぞ、州都にもごろごろいるだろうに。そもそも私は巫祝であって風水師ではない」
行きたくないのか、不機嫌丸出しの瑶。
「だって瑶は句容では有名なんだし。いい機会だから行ってくれば?」
紘里の言葉のなにがいけなかったのか、瑶の機嫌は更に悪くなった。
「私が行くなら、お前も行くんだ。お前は私の下僕だろう」
言われ慣れたことでも、その都度頭にくるものだ。
「はぁ? 下僕って言うなら給金ちょうだい! タダ働きなんて、もうヤだっ」
「三度の食事と寝る場所と着る物を与えてやっている」
「ぅ……くっ」
そうでられると紘里も反論できず、無言で睨むしかできない。しばしの睨み合いの末、これまた珍しく瑶が折れた。
「給金については考えてやるから、お前が選べ。自分で選べば、後悔はないだろう」
瑶は、妙な言い回しをしたのだった。
結局、「許昌に行こうよ」と紘里が返事をしたのは、それから五日後のこと。
五日も待たされた使者は、句容から離れた場所にしか宿をとれなかったので(句容には宿がない)、これで毎日遠距離を通わずにすむと、心底ホッとした様子で帰っていった。
出発までに更に十日もかかってしまったのは、瑶が薬師でもあるために、病人や急な怪我人の当面の薬を用意しておかなければならないからだった。
句容には未開墾の土地が多く、毎年民は、作づけの季節を目処にして土地を開墾する。開墾の際は川の位置や方角が重要で、これを瑶が風水の知識をもって助言するので、「しばらく留守にします」と挨拶に行った彼を民が引きとめたのも出発が遅れた原因だった。何事も助言してくれる瑶が、作づけの頃に近くにいないのは不安なのだろう。
紘里にしてもそうだった。「行く」と返事をするのに五日もかかったのは、初めての旅や初めて足を踏み入れる州都に少なからず不安を覚えたからだった。けれど瑶が傍にいるのだからと、決心したのだ。つまり瑶は、態度はデカいがそれなりに存在意義もデカく、頼れるのである。
「……お前、なんだか機嫌がいいな?」
一応、――本当に一応心配してくれているのか、前を歩く瑶は時々振り返って紘里の姿を確認する。振り返った顔は相変わらず不機嫌だった。普段から瑶は、紘里に対しては仏頂面ばかりだが、許昌に行くと決めてからはそれがひどくなった気がする。
「うん。だってさ、これから伺うのって永子雲(えいしうん)さんのお邸なんでしょ?」
瑶が不機嫌な理由は考えないようにして、紘里は答えた。
「子雲さんて、献之(けんし)さんのお父さんなんだよね?」
「…………ああ」
妙な間の空いたのが気にかかるところではあるが、紘里にしてみればそれどころではない。「永献之」といえば当代随一の書家であり、「書聖」と呼ばれている人物なのだ。
一般庶民である紘里が、貴族である献之の書を見たことは、もちろんない。それでも噂は耳に入るものだ。今回、許昌行きを決めた理由のひとつは、献之の書を見られるかもしれないからだった。
芸術にも目を向け始めたこの時代、文字の美を発見し、芸術としての書を確立した一人である永献之。その運筆は巧みで、構成は素晴らしく、「雲が飛び露が結ぶようにきれるかに見えてまた連なり、鳳が羽ばたき竜がわだかまるように、傾いているかのように見えてきちんと型が決まっている」と評されている。
書聖とは、書の世界における聖人を指すものであり、そもそも聖人とは人間のあらゆる営みにおける第一人者を呼ぶべきもの。そのように喩えられる献之に逢える(かもしれない)のに、浮かれないわけはないのだ。
思わず鼻歌をうたいそうに浮かれている間に周囲の景色はかわり、貴族の邸が建ち並ぶ区画に入っていた。通りを歩く人の数も急激に減っていて、道往く人の身につけているものも若干高価に感じるのは気のせいだろうか?
さすがは貴族というべきか、邸と邸の間の塀は恐ろしく長く、それぞれの門には長柄刀を地についた門番のような人間が立っている。こういうのを目にしてしまうと、本当に許昌に来たんだな、と実感する紘里だった。
「あのさ、瑶。約束(、、)……忘れてないよね?」
「どうやら着いたようだ」
紘里の問いかけをあっさりと無視した瑶が、とある門の前で立ち止まった。
その後ろで、紘里は思わず「え?」と声をあげてしまった。
「ちょ、待っ、……ホントにここ?」
「ここだ」
私が間違うはずがない――というふうに瑶に睨まれても、紘里は信じることができなかった。その邸は明らかに今まで通ってきた邸とは雰囲気が違う。なにより門番の数が多いのだ。
紘里は嫌な予感がした。
嫌な予感というものは高確率で的中するものだが……
「……ねえ瑶。ここってさ」
「恵州侯の邸だ」
一瞬、聞き間違えたのかと紘里は思った。もしくは瑶が言い間違えたか。
その言葉を吟味してから「えええっ!?」と紘里が叫ぶと、「反応が遅いッ」と瑶に頭をはたかれた。
2
「ちょっと、瑶! 永子雲さんが恵州侯だなんて一度も言わなかったじゃないっ」
客室に案内された紘里と瑶は、並んで椅子に座っている。
家人に茶をだされ、二人きりになった途端に紘里は瑶に喰いついた。
「永氏といえば、恵州侯だろうが」
「そうだけどっ」
だけどまさか、その「永氏」とは考えないだろう。恵州侯が「永姓」であることは紘里も知っていたが、遥か昔に血のつながった親戚? くらいにしか捉えていなかった。
「お前は底なしの無知だな。住んでいる所の州侯の名くらい、覚えておけ」
「うぐっ」
無知と突きつけられて、紘里は言葉につまる。
瑶の書棚に並ぶ書物を片っ端から読んで、それなりに勉強はしていたつもりだ。わからないところは瑶に訊いて教わってきた。とはいえ、こういううっかりがあると、身近なことでも知らない事柄が多いんだなと、改めて知ることになる。
永氏は舜国の筆頭貴族であり、六州の序列で示すとおり、第三位の由緒正しき家柄である。そんなトコにのこのこ来ちゃってどうするの――と、紘里は全然落ち着けないのだ。ただでさえ、貴族と庶民では歴然たる差があるのに。
対して瑶は、茶をずずっとすすって椅子にもたれ、のんびりと室内を眺めている。およそ緊張というものに無縁なその態度にならうようにして、紘里も室内に目を向けた。
この客室に案内されるまでかなりの距離を歩いたので、歩数で邸内の広さが知れるというものだ。調度品もすべてが品よく整えられていて貴族らしいといえばそうだが、州侯にしては質素のような気がしないでもない。紘里としては、もっと華美なものを想像していたので、細工などでゴテゴテしていない家具を見ていれば、わずかながらに落ち着いた。
耳を澄ませば、院子(なかにわ)からさらさらと雨音が響いてきている。紘里と瑶が邸の門をくぐったと同時に雨が降りだしたのだ。
雨季の到来であった。
そのとき、カタンッと小さな音がしてそちらに顔を振り向ければ、人が入ってくるところだった。その人は瑶を見た刹那、目を見開いたものの、すぐに微笑んだ。片方の掌にもう片方の拳をつけて礼をとる。
「厲師、よくお越しくださいました。私が恵州州侯を拝命しております永子雲です」
名乗られて、紘里は椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた。州侯がこれほど丁寧に挨拶してくれるとは考えてもみなかったのだ。そのせいで、立ち上がるのが遅れた。
「お招きありがとう存じます。どうか私のような未熟者を師と呼ぶのはおやめください」
紘里以外の人間にはたいへん愛想がよくて、きちんと礼もわきまえている瑶が挨拶をする。続いて紘里を紹介すると、子雲はかわらぬ穏やかな笑みを向けてくれた。
「では、お二人に私の家族を紹介しましょう」
子雲がパンッと手を打ち鳴らすと、扉から三人が入ってきた。
そのうちの一人で視線が止まった紘里は、あれ? と思う。
この人、どこかで……
「……あああっ!」
叫んで、しまったと悔いたがもう遅い。見えないところで、こっそりと瑶に足を踏みつけられた紘里は激痛に悲鳴をあげそうになったが、賢明にもこれは堪える。
突然に叫んだ紘里を見つめて、子雲が笑った。
「いつぞやは、馬嵬山で崖から落ちた息子を助けてくださったとか。父として、お礼申し上げます」
「いえっ、助けるなんて……そんな」
どこまでも丁寧に謝意を表されて紘里が赤くなっていると、あのとき出逢った青年もにっこりと笑ってくれた。
「改めて紹介します。これが息子の献之です」
名を聞いて三拍の間の後――不覚にも紘里は「ええっ」と叫んでしまった。失態続きにもほどがあるが仕方ない。この青年が逢えればいいなと望んだ書家の永献之なのだ。
不躾にも献之を凝視する紘里の足を、再び瑶にふんづけられて、今度は「うがっ」と悲鳴をあげてしまったのだった。
永献之の歳は確か二十三のはずだから、そこから逆算すれば恵侯のだいたいの年齢がわかる。それにしては身体(からだ)はすらっとしていて、髭を生やしていないせいか紘里の目には若く映った。
「妻はずっと王都暮らしだったのですが、これからは一緒に住むことにしまして」
向かいの榻(ながいす)に座る恵侯が、穏やかに話し続けている。彼の脇にはその妻・登綺(とき)と第二子である幼い延之(えんし)が座っていて、献之だけが少し下がったところの椅子に腰かけていた。
貴族が四人も揃うと、その煌びやかさに圧倒される。思わず「うわぁ」と声をあげそうになり、喉の奥へぐぐっと声を押し戻した紘里だった。
許昌に入ってすぐ、使者から前金を受け取っていた瑶が「失礼のないように」と着る物を新調してくれたが、やはり貴族のそれとはつくりが全然違う。
紘里は前で合わせる袍(きもの)の腰を革の帯でとめていて、女であっても動きやすいように足は褲(ずぼん)に革の長靴(ちょうか)といった恰好だ。これが庶民の一般的な恰好で、帯は瑶のように布帯と飾り紐を巻いて整えることも多い。
貴族の恰好もこれと大差ないが、決定的な違いは、着る物に使われている布の量と生地である。布は高価なものなので、金のない庶民の袍は布の量を節約するために裾も袖も短くつくられている。対して貴族の袍は裾も袖も引き摺るほど長く、なにより生地が絹なのだ。瑶が丈の長い羽織り物を纏っているのは、彼が巫祝だからである。
人が動く度に絹が煌めいて、星空みたく綺羅っとしてるなぁ、と紘里は見入ってしまう。
「王都と違い恵州は田舎ですから。太平を謳歌する時代ですし、妻にも喜んでもらいたいので、妻と延之のために増設する邸には趣というものを取り入れようと思っているのです」
言って、恵侯は優しく妻を見つめた。
視線を受け止める妻も、随分と若いような気がする。これぞ貴族というようにふんだんに使われた絹を重ね着していて、美しく結い上げた髪にはたくさんの簪を挿し込んでいる。
比べて紘里は、顔にかかる部分の髪を後ろで束ね、紐で結っているだけだ。
「句容に住まう民は、瑶殿の風水の知識に頼りきりとか。実際のところ、瑶殿の助言をいただけるようになってから、句容の収穫高は年々上がっているのです」
恵侯の過分の褒め言葉に、瑶は微笑する。
「本来風水とは、いかにすれば人々が快適に暮らせるかという学問なのです。なにをどこに配置するのがよいかと、常に居住環境を重視して物事を選択します。これを陽宅といって、聚落に当てはめて助言させてもらっているだけで、収穫が伸びたのは、あくまで民の努力の結果なのです」
瑶の説明を受けて、「なるほど」と恵侯が頷いた。
「陽の当たる方角と、家や土地にかかわってくる水の位置や植物の位置が重要というわけですか」
今度は瑶が頷く。
「その瑶殿の知識を、我が邸の増設に活かしていただきたいのです。息子の献之は書家として大成していますが、どうも私は昨今注目されている芸術の美というものに疎くて。代々付き合いのある大木師傅(だいく)に頼めば、美を取り入れた今風の邸に仕上げてくれるでしょうが、やはり瑶殿の言われる〝環境〟も重視して、快適な造りにしたいのです」
「承りました」
短く瑶が答えると、恵侯は紘里に向き直った。
「紘里さんには、幼い息子・延之の話し相手をお願いしたいのです」
これを受けて紘里は、やっぱりか、と思った。
瑶が「許昌に行くか」と意見を求めてきたとき、「お前には第二子の教師を頼みたいそうだ」と言ったので、一庶民の紘里に「教師」なんてヘンだな、と疑っていたのだ。とはいえ、日頃の独学の成果が確かめられると微かに期待もしていたので、「話し相手」とはっきり告げられて、少々落ち込んでしまう紘里だった。
日々努力したって、それが暮らしに活かされなければなんの意味も為さない。一生懸命に勉強しました、でも努力の成果をなんにも活用できず人生に結果を残せませんでした、――なんていうのは言い訳に過ぎず、勉強したことにはならないのだ。
軽く塞ぎこむようにして眉を垂れる紘里に、延之がにこっと笑った。
「紘里師とお呼びします。ぼくとたくさんお話してください」
まるで紘里の心を読んだかのような延之の挨拶に、自分が情けなくなってきた。たとえ話し相手でも仕事は仕事なのだし、貴族の子息を相手にいい加減なことは伝えられない。
気を引き締めてかからねばならないのだ!
「いいえ、延之様。私のことは、どうぞ紘里とお呼びください」
「じゃあ、ぼくのことも延之で」
にこやかに返され、惑うようにして恵侯に視線を移せば「そのように」と優しく目配せをされた。どうもこの家族は、州侯の一家と思えないほど気位がなく鷹揚らしい。紘里のほうが戸惑ってしまうほどだ。
「はい、延之くん」
呼びなおした紘里に、延之はにこにこと笑う。
「末の息子に句容の暮らしぶりなど、存分に聞かせてやってください。それで、滞在中のお二人の房室(へや)を用意したのですが」
「お気遣いは無用です。私にはこの下僕がおりますので」
恵侯の気遣いを受けて瑶が返した言葉は普段どおりなので、聞き流しそうになった紘里は、一瞬後にガチッと固まった。恵侯にしてみれば下僕を末の息子の話し相手にさせるのかと、いい気持ちはしないだろう。現に、和やかだった州侯一家は唖然としている。
どうしたものかと紘里が首筋にダラダラと汗をかいていると、瑶がダメ押しをする。
「房室も一緒でかまいません」
掃除も洗濯も下僕がしますので、としゃあしゃあとしゃべり続ける瑶の首を、今すぐこの場で絞めてやりたい!
瑶がしゃべり終わった途端にやってきた沈黙が、紘里には心底つらかった。蒼くなったり赤くなったりする顔をこれ以上恵侯たちに向けるのは苦行でしかなく、遁走したかった。
「これはこれは。お二人はとても仲がよく、片時も離れていたくないのですね」
瑶の吐き捨てた言葉のどこをどう解釈すればそうなるのか――相好を崩す人のよすぎる恵侯に、紘里はツッこみたくて堪らない。しかし瑶は、
「そうなのです。下僕は私から離れられないのですよ」
と、とんでもないことを言った。
ここで口を挟めば話がややこしくなるかと判断し、それでもいたたまれずに紘里が顔を背けたとき。
妻の登綺にじっと見られていることに気がついた。
3
どうやら瑶の言葉を本気でとったわけではないらしく、恵侯の侍者は紘里と瑶を別々の房室へと案内してくれた。当然、掃除も洗濯もする必要はなく、恵侯が冗談のつうじる温厚な方で本当によかった、と紘里はホッとしたのだった。
紘里にあてがわれた房室は広くてゆったりとしていた。卓子(つくえ)も椅子も牀榻(しんだい)も、先程までいた客室に置いてあったものと遜色なく、庶民だからと差別されてはいないようだ。
この房室だけで、句容にある紘里たちの住む木造平屋建ての家の半分はありそうで、貴族ってお金持ちなんだなと、つくづく思ってしまう。
物珍しさと初めて貴族邸に滞在する緊張が相俟って、紘里が房室をうろうろ歩き回っていると、扉をトントンと叩かれた。
きっと瑶が「あれはするな、これもするな」と細かく注意しに来たんだろうと思い、先程の恵侯へのいちじるしく誤解されるような言い方はどうなのかと怒ってやるつもりで、バンッと扉を開けた。
「…………あ」
瑶は見上げないと視線を合わせられないので、上に目を向けていた紘里は、その小さな声が下から聞こえたことに驚いた。顔を俯ければ、びくっと肩を震わせた延之がいる。
「……あの、お、お忙しかったですか?」
肩をすくめたままの延之が呟くように言った。
まずい! ――脅してしまったかと、慌てて紘里はその場にひざまずく。五歳になる延之の背は、紘里の腰より低いのだ。
「いいえ。すみませんでした、瑶だと思ったんです」
すると延之の顔が、小花がほころぶようにぱあっと華やいだ。餅をくっつけたようにふっくらとした頬も、薄桃色に色づいていく。あまりの可愛さに、抱きつぶしたくなった。
「延之くんは、ここまで一人で来たんですか?」
貴族の邸は広くて廊下が複雑に入り組んでいるので、よく迷わなかったものだと紘里は思ったのだが、よくよく考えてみなくてもここは延之の家なのだ。迷うはずがなかった。
「はい。父上が、おつかれだろうから今日は遠慮しなさい、と言ったんですけど。ちょっとでもお話したくて」
「延之くんは忙しくないんですか?」
自由な子どもに忙しいことなどないだろうがそう訊くと、意外なことを延之が答えた。
「勉強は朝にして、午(ひる)過ぎからは武術の稽古をするんです。でも夕刻に近いこの時刻は、きまっていないので」
子どもにもかかわらず貴族ってなにもかもが庶民と違うんだなと、紘里は目をむいた。
「これをどうぞ」
言って、つと差し出された延之の小さな右手には、ほどよい長さに手折られた山吹が握られていた。
さっきから片手を後ろに回したままなので妙だとは思っていたのだが……
「……山吹を私にくださるのですか?」
「はい、おそ咲きのものが咲いていたので。髪かざりにする……と、よいと思います」
妙な間のとき、延之の視線が泳いだ。ひっかかったものの、紘里も女なので男から花を贈られるのは気分がよくて、素直に礼を言う。すると、
「お忙しくないのなら、少し園林(ていえん)に出ませんか?」
と、なかなかに口説き上手な延之に手を握られた。
延之は将来、大物になりそうだ。
延之に手を引かれ、案内されたのは園林にある四阿(あずまや)だった。四阿の屋根から雨が滴り、しとしとと心地よい音がしている。
ここに着くまでいくつかの回廊を抜けてきた。回廊の柱や手摺には彫刻が施してあって、そこから見える景色は手入れがいきとどいており、目の保養になった。歩くたびに景色のかわるのを眺めながら、これのどこに瑶の助言がいるのかと、紘里は細い顎を傾けたものだった。
四阿に腰を落ち着けてすぐに、紘里の手にあった山吹をそっと取り上げた延之が、髪に挿し込んでくれた。流れるような自然な動きに、紘里は目をぱかぱかと瞬く。さっきもそうだったが、幼い延之から早くもタラシ的要素が垂れ流しなのである。
「よくにあっています、とてもきれいです」
お世辞も巧みな延之に、うかつにも紘里の胸が高鳴った。子ども相手に、なにをドキドキしているんだろう、と紘里は慌てる。
延之の言葉と立ち居振る舞いはとてもしっかりしていて、紘里の近所に住む悪戯盛りの五歳児とは比べものにならない。貴族の教育は早くからいきとどいているのだろう。
「ありがとうございます。……それで延之くん、そんなに丁寧に話さないでください」
延之の目が、そわと泳いだ。
どうやら言いにくいことがあると、目が泳ぐのが癖らしい。
「えと、……ですが父上が、……礼をつくしてくださる人には礼をもって接しなさいと」
この言葉に恵侯の人柄が表れていた。
あの御方は決して民を軽んじないのだ。だから恵州は一番に復興したのかもしれない、と紘里は考える。恵州は六雄国の争いのときも比較的民への被害が少なかったと伝わっているし、その永氏の血を継いでいるのだから、他の州侯のように位に囚われることなく、いい意味で無軌道でいられるのだろう。
「では、私と二人きりのときだけ普段どおりに話しませんか?」
「ぼくは、……ええっと、……じゃあ紘里もふだんどおりにおしゃべりしてくれる?」
「もちろん。あたしになにか訊きたいこと、ある?」
「うん、あのね、紘里の住んでいるところのこと。父上が、句容は遠いのだから、そこに住む人の話をじかに聞けるのはとてもたいせつなことだ、って言ってたから」
これを聞いて、紘里は思う。恵侯は「話し相手」と言ったけれど、本当に「教師」として紘里を呼んでくれたのではないだろうか、と。きっと幼いうちから民と接する機会を息子にもたせたかったのだ。俄然、紘里はヤル気になった。
「あたしの住んでいるのはね、恵州の北の端――舜国としてみても最北端になる琅邪郡句容っていうところ」
わかりやすいように、紘里は宙に地図を描くように指を動かして説明する。
「うん、わかるよ。馬嵬山のふもとなんだよね?」
「そうそう」
「紘里はどうやってくらしてるの?」
なにから話そうかと、紘里はわずかに黙考する。何事も砕いて説明しないと、子どもには難しいだろう。
「さっきの白髪のお兄さん――瑶はね、巫祝なの。巫祝っていうのは、自然と向き合って修練を積みながら学問に取り組む人のことなんだけど」
「ふしぎな術を使えるんでしょ? 鬼とか動物とかをシエキするって聞いた」
それは讖緯(しんい)や巫蠱(ふこ)という術のことだろう。
「使役かぁ。瑶はそういうのはできないの。できるのは、あくまでも自然と向き合うものだけね。山と川がどの方角にあるかを見て、〝気〟の流れを見極めたりとか」
古くから「天人相関」という考え方があり、天の現象は少なからず人間界の現象に感応すると捉えられている。現象は天と人の発する気によって感応するというものだ。
山から吹きおりる気(この場合は風)が、大地のどこにわだかまり、どの方向に抜けていくか――気を見極めることは重要である。
芸術に注目しはじめたこの時代、貴族は邸の造りにも関心が高く、気を見極める風水術を取り入れようとする。
「たとえば日陰に田畑をつくったって、お日さまが当たらなければ野菜も穀物も育たないじゃない? 人も同じで、北向きの陽が当たらないところに住んでいたら、気持ちが暗くなっちゃうでしょ。そういう悲しいことが起こらないように方角を見て、命あるそれぞれのものが元気で生きられるようにするの」
人々の悩みを聞き、その悩みの裏に潜む願いに応えようとするのが巫祝なのだ。だから占いや、時には祈禱をしたりする。
「お薬もつくってるんだよね?」
「そう、薬草探しはあたしの仕事のひとつだね。煎じた薬で句容の人を助けているから、お礼にって、野菜や肉をくれるんだよ。あたしも畑を耕してるんだけど、一人じゃそんなにつくれないから、みんなからもらえるのはすごく助かってるの」
延之が小首を傾げた。
「巫祝どのは、お金をもらわないの?」
「うーん、あんまりもらってるのは見たことがないなぁ。そもそも句容の人は、お金をほどんど持ってないから。食べ物をくれるか、つくった食事を分けてくれたりするかだね」
「お金がないとこまらない?」
延之の質問はもっともだった。
今回、許昌行きを紘里が決意したのは、独りで暮らせる当面の金が欲しいからなのだ。
「普通に暮らす分には困らないんだけどね。袍が予定外に破れて着替えがなくなったときとか、読みたい書物があるときなんかは、お金がないと買えないからすごく不便」
「書物はみんなから貸してもらえない?」
「それは難しいかも。袍や書物は高いから、庶民は持っていないもの。袍は洗濯したり、破れたら繕って何回も着れるし、書物はなくたって生きていけるから、みんなあんまり買わないの。それよりも作づけの種を買って育てれば、食べる物には困らずに生きていけるから、みんなそっちを買うんだよ。人はとにかく食べないと元気に生きられないからね」
書物は高いのか、と眉根を寄せた延之は、子どもなりに難しい顔をした。
「句容は北の端の僻地だから、もともと人が少ないの。お店もないから未だに物々交換で成り立ってしまうのよね。句容より北を目指しても、もう馬嵬山しかないでしょ? だったら働き口のたくさんある州都や、便利なその周辺に住もうと思うのが人だもの」
事実、復興期にはたくさんの人が州都の周辺へと移住していた。本来庶民の移住はそう簡単に認められるものではないが、戦乱のあとで人口が極端に減少したこともあり、州都の復興を急ぐためにも移住の特別措置が一時期とられていたのだ。
「馬嵬山をこえたら太原だね。紘里は行ったことある?」
「ないなぁ」
一度は行ってみたいと思っているものの、瑶の許可が下りないのだ。
諸事情あって、紘里の外出に、瑶はとても心が狭い。
「……兄上が、太原を見にいったけれどさむくてまだ無理でした、と父上と話しているのを聞いた」
そういえば、延之の兄である献之と出逢ったのは春先だった。
それにしても気になったのは、父のことを話すときよりも、兄のことを話す延之の表情が、わずかに翳ったことだった。山吹の花をくれて目が泳いだときもこんな顔をしていた。
子どもの切ない顔はどうしてか、大人の気持ちを沈ませる。
「太原はすごく寒いらしいよ」
努めて明るく、紘里は話の流れをかえた。
「広くて人の住まない原野なんだって。住まないというか、住めないんだろうね」
へええ、と延之が目を丸くする。
「夏でもね、大地が凍ってるらしいの。木は一本も生えてなくて、短い草しかないらしいんだけど、その草も凍ってるから踏むとパキンッて音がするって聞いたことがあるな」
「まるで地にはった氷みたいだね。ぼく、冬にうすい氷をふむの、好き」
顔の前で小さい両の掌を合わせるようにした延之が、楽しそうに語ってくれる。
紘里も子どもだった頃はよくやったものだ。靴の底でパリパリと氷の割れる感触は、一度やるとクセになる。延之の子どもらしい一面を見られて、ちょっと安心する紘里だった。
「秋から春先にかけて、太原にはずっと雪が降り続くんですって。そんなに雪が降ったら、白銀一色の幻想的な世界になるんだろうな」
一面に色のない世界というものは、どんなものだろう?
その景色を眺めたら、人はなにを想うのだろう?
紘里は時々、ふとそんなことを考える。
けれど馬嵬山にも雪が降るため、冬季の山越えは無理なので、雪の白に染まる太原を見た人間はいない。死にに行くようなものなのだ。行楽として献之のように出向く者もあるがそれは稀なことで、いたとしても夏季に食料を調達して山を越えていく。
「あのね、紘里」
「なに?」
「いつかぼくがひとりでお出かけできるようになったら、一緒に太原をみにいってくれますか?」
きらきらとした双眸でじーっと見上げられて、紘里は軽い眩暈がした。
お願い事をするときだけ丁寧に話すその技術、まったくもって瑶に見習わせたいものであるが。
――こういう口説き文句をどこで覚えてくるんだろう……。
1
「うわぁ、人がいっぱいいるよ」
大通りのド真ん中で立ち止まった少女に、連れの男があからさまに嫌な顔を向けた。
「街だから人が多いのは当然だ。恥ずかしいからお前は私と距離をとって歩け」
しっしっと犬を追い払うような仕種で男――厲瑶(れいよう)に片手を振られた少女は、「ううっ」といじけた。先程からこんな調子で何度も立ち止まるので、瑶は機嫌が悪いのだ。
少女の名は、厲紘里(れいこうり)。
今年十六歳になる紘里は、こんな大きな街に来たことはないので、どうしても物珍しさに視線がきょろきょろと落ち着きなく動き、はしゃいでしまう。
ここは国のほぼ真北に位置する恵(けい)州、その州都許昌(きょしょう)である。
許昌は碁盤の目のように東西南北に通りがのびていて、その区画ごとに民家や店や宿が整然と建ち並んでいる。許昌中央を抜ける大通りの道端に並ぶ建物のいくつかは石造りで、みな屋根には瓦がふかれていて、二階建てや三階建てのものもあった。
許昌に来る前、瑶には街の雰囲気を教えてもらっていたし、地図のようなものも描いてもらっていたので、それなりに心の準備はできていた紘里ではあるが、実際にその街並みを己の目で眺めてみれば、驚きがあとからどんどん溢れてくる。
しかし冷たい瑶は、「あれはなに?」と紘里が訊いても、しらっと無視するのだ。
なにしろ生まれて初めての州都である。もうちょっとかまってくれてもいいのになと、恨めしげに瑶の背を見つめたとき、彼が振り返った。振り返った拍子に長い白髪が揺れて、その白皙の頬を打つ。
正直なところ、瑶の年齢を紘里は知らない。
けれど白髪になるほど歳をとっているわけではなく、姿勢のよい凛としたその姿は、肌艶からしてもせいぜい三十前後に見えた。
「もうすぐ雨が降る」
歩きながら空を見上げた瑶が、鼻をすんと動かした。昼間なのに空はどんよりと雲っていて、瑶の言うとおり、雨の匂いが微かに混じっている。
「雨季に入る前に許昌に着けてよかったな」
彼の言葉につられるようにして、紘里も空を見上げた。
恵州は北に位置するため、国内では比較的寒い地域となる。季節は春が終わり、夏がこようとしていた。
州の北方には激しく雪の降る馬嵬山がそびえるために、その冷たい大気と国の南側の暖かい大気がぶつかりあって雨雲をつくり、恵州のこの時期にはひと月程度の雨季が到来するのだ。雨季の季節は小雨が続き、肌寒い。
紘里たちの住んでいる恵州の北の端句容(くよう)から許昌までは、徒歩でひと月の距離にあるが、馬嵬山の雪解け水が流れる汨羅江(べきらこう)を船で下ってきたので、五日の行程で済んでしまった。おかげで雨季の前に、許昌に入ることができたのだった。
「貴族様さまだね。前金をもらったから、船旅ができたんでしょ?」
紘里が言えば、「まあな」と瑶が素っ気なく呟いた。
「街がにぎやかなのも、公子が妃をとるってふれをだしたから?」
そのことは旅の途中で、田舎者の紘里の耳にも入っていた。
今の王には何人か公子がいて、その一番上の公子が妃を選ぶために各州侯にその旨を伝えたという。受けた州侯たちが己の姫君を着飾らせるために様々な品を店に注文するので、売り上げを競うようにして店は繁盛し、そうして連鎖的に街は活気づくのだそうだ。
「恵州に限って言えば、それは関係ない。なにしろ恵州侯には娘がいない」
「へ? そうなの」
ということは、許昌の大通りはいつもこれだけの人で溢れかえっているのだ。瑶は背が高いので見失わないですんでいるが、ちょっと距離をとれば歩く人波に埋もれてしまう。
街ってすごいんだなと、ここでまたひとつ紘里は驚いたのだった。けれど、この国が豊かになったのは、随分と最近のことなのだ。
五十余年前までこの一帯は六雄国(ろくゆうこく)が覇権を争い、戦が絶えなかった。六雄国とは六州のことで、上から順に、江(こう)・徐(じょ)・恵・益(えき)・予(よ)・胡(こ)がそれである。州の序列は最後の戦が終結したときに決められた。序列のとおり、長く続いたこの戦を連覇したのが江州侯である。
州侯とは、州を治める者のこと。この江州侯が王となり、国を舜(しゅん)と号し、舜王朝を建てたのだ。以来五十年、代々の王は善政を布いた。十六年前に一度だけ内乱が起こったものの、それは王都のある江州での出来事で、その内乱も一年で鎮圧されている。
この時代、貴族はおしなべて「士」の階層に属し、一般の庶民には絶対に越えることのできない一線があった。「士庶のけじめは天隔す」という言葉がすべてを表している。
いつでも争いは、そうした貴族が起こすもの。しかし五十年前に争いが決着したことで、貴族の考え方も少しずつ変化をみせていた。これまでは政治にばかり囚われていた貴族たちが、人の営みというものに注目しはじめたのだ。戦で荒れ果てた諸州の復興が成った頃から、質実剛健よりも優美や華麗を好むようになり、芸術をはじめとする新たな文化が咲き誇ろうとしていた。
貴族の暮らしというものは、少なからず庶民にも影響する。
今回、紘里と瑶が許昌まで出向いてきたのも、それが理由だった。
「それにしても、瑶が風水師として貴族に招聘されるなんてね」
ちょっとだけ、紘里は遠い目をした。
それは遡ること二十日前のこと。
許昌からの使者が「厲老師(せんせい)はご在宅でいらっしゃいますか」と家にやって来たとき、紘里は一瞬、誰のことを言っているのかと、ぽかんとしたものだ。そのすぐあとに、外出していた瑶が戻ってきて、白髪のせいで誤解したのかと納得したものの、その使者も瑶の若さに驚いているふうだった。
使者は「この辺りに厲巫祝は、師お一人ですか?」とわざわざ確認してきたので、老人とばかり思っていたのだろう。紘里にしても、瑶が「師(せんせい)」と呼ばれたのは初めてだったこともあって、使者との会話がちぐはぐになってしまったのだ。
使者がやって来た理由を、紘里は瑶から聞かされた。このとき、瑶にしては珍しく、紘里にも意見を求めた。紘里に対してだけ不遜で横暴な瑶が意見を求めてくるなんて、今年の雨季は雪が降るのではないかと、紘里は身震いしたものだ。
「許昌の貴族が、私に来いと言ってきた」
瑶の言い方も随分とふてぶてしいが、毎度のことであり、これが彼の本性である。
「へえ、すごいじゃない。瑶の名が許昌にまで伝わってるってことでしょ?」
「風水師なんぞ、州都にもごろごろいるだろうに。そもそも私は巫祝であって風水師ではない」
行きたくないのか、不機嫌丸出しの瑶。
「だって瑶は句容では有名なんだし。いい機会だから行ってくれば?」
紘里の言葉のなにがいけなかったのか、瑶の機嫌は更に悪くなった。
「私が行くなら、お前も行くんだ。お前は私の下僕だろう」
言われ慣れたことでも、その都度頭にくるものだ。
「はぁ? 下僕って言うなら給金ちょうだい! タダ働きなんて、もうヤだっ」
「三度の食事と寝る場所と着る物を与えてやっている」
「ぅ……くっ」
そうでられると紘里も反論できず、無言で睨むしかできない。しばしの睨み合いの末、これまた珍しく瑶が折れた。
「給金については考えてやるから、お前が選べ。自分で選べば、後悔はないだろう」
瑶は、妙な言い回しをしたのだった。
結局、「許昌に行こうよ」と紘里が返事をしたのは、それから五日後のこと。
五日も待たされた使者は、句容から離れた場所にしか宿をとれなかったので(句容には宿がない)、これで毎日遠距離を通わずにすむと、心底ホッとした様子で帰っていった。
出発までに更に十日もかかってしまったのは、瑶が薬師でもあるために、病人や急な怪我人の当面の薬を用意しておかなければならないからだった。
句容には未開墾の土地が多く、毎年民は、作づけの季節を目処にして土地を開墾する。開墾の際は川の位置や方角が重要で、これを瑶が風水の知識をもって助言するので、「しばらく留守にします」と挨拶に行った彼を民が引きとめたのも出発が遅れた原因だった。何事も助言してくれる瑶が、作づけの頃に近くにいないのは不安なのだろう。
紘里にしてもそうだった。「行く」と返事をするのに五日もかかったのは、初めての旅や初めて足を踏み入れる州都に少なからず不安を覚えたからだった。けれど瑶が傍にいるのだからと、決心したのだ。つまり瑶は、態度はデカいがそれなりに存在意義もデカく、頼れるのである。
「……お前、なんだか機嫌がいいな?」
一応、――本当に一応心配してくれているのか、前を歩く瑶は時々振り返って紘里の姿を確認する。振り返った顔は相変わらず不機嫌だった。普段から瑶は、紘里に対しては仏頂面ばかりだが、許昌に行くと決めてからはそれがひどくなった気がする。
「うん。だってさ、これから伺うのって永子雲(えいしうん)さんのお邸なんでしょ?」
瑶が不機嫌な理由は考えないようにして、紘里は答えた。
「子雲さんて、献之(けんし)さんのお父さんなんだよね?」
「…………ああ」
妙な間の空いたのが気にかかるところではあるが、紘里にしてみればそれどころではない。「永献之」といえば当代随一の書家であり、「書聖」と呼ばれている人物なのだ。
一般庶民である紘里が、貴族である献之の書を見たことは、もちろんない。それでも噂は耳に入るものだ。今回、許昌行きを決めた理由のひとつは、献之の書を見られるかもしれないからだった。
芸術にも目を向け始めたこの時代、文字の美を発見し、芸術としての書を確立した一人である永献之。その運筆は巧みで、構成は素晴らしく、「雲が飛び露が結ぶようにきれるかに見えてまた連なり、鳳が羽ばたき竜がわだかまるように、傾いているかのように見えてきちんと型が決まっている」と評されている。
書聖とは、書の世界における聖人を指すものであり、そもそも聖人とは人間のあらゆる営みにおける第一人者を呼ぶべきもの。そのように喩えられる献之に逢える(かもしれない)のに、浮かれないわけはないのだ。
思わず鼻歌をうたいそうに浮かれている間に周囲の景色はかわり、貴族の邸が建ち並ぶ区画に入っていた。通りを歩く人の数も急激に減っていて、道往く人の身につけているものも若干高価に感じるのは気のせいだろうか?
さすがは貴族というべきか、邸と邸の間の塀は恐ろしく長く、それぞれの門には長柄刀を地についた門番のような人間が立っている。こういうのを目にしてしまうと、本当に許昌に来たんだな、と実感する紘里だった。
「あのさ、瑶。約束(、、)……忘れてないよね?」
「どうやら着いたようだ」
紘里の問いかけをあっさりと無視した瑶が、とある門の前で立ち止まった。
その後ろで、紘里は思わず「え?」と声をあげてしまった。
「ちょ、待っ、……ホントにここ?」
「ここだ」
私が間違うはずがない――というふうに瑶に睨まれても、紘里は信じることができなかった。その邸は明らかに今まで通ってきた邸とは雰囲気が違う。なにより門番の数が多いのだ。
紘里は嫌な予感がした。
嫌な予感というものは高確率で的中するものだが……
「……ねえ瑶。ここってさ」
「恵州侯の邸だ」
一瞬、聞き間違えたのかと紘里は思った。もしくは瑶が言い間違えたか。
その言葉を吟味してから「えええっ!?」と紘里が叫ぶと、「反応が遅いッ」と瑶に頭をはたかれた。
2
「ちょっと、瑶! 永子雲さんが恵州侯だなんて一度も言わなかったじゃないっ」
客室に案内された紘里と瑶は、並んで椅子に座っている。
家人に茶をだされ、二人きりになった途端に紘里は瑶に喰いついた。
「永氏といえば、恵州侯だろうが」
「そうだけどっ」
だけどまさか、その「永氏」とは考えないだろう。恵州侯が「永姓」であることは紘里も知っていたが、遥か昔に血のつながった親戚? くらいにしか捉えていなかった。
「お前は底なしの無知だな。住んでいる所の州侯の名くらい、覚えておけ」
「うぐっ」
無知と突きつけられて、紘里は言葉につまる。
瑶の書棚に並ぶ書物を片っ端から読んで、それなりに勉強はしていたつもりだ。わからないところは瑶に訊いて教わってきた。とはいえ、こういううっかりがあると、身近なことでも知らない事柄が多いんだなと、改めて知ることになる。
永氏は舜国の筆頭貴族であり、六州の序列で示すとおり、第三位の由緒正しき家柄である。そんなトコにのこのこ来ちゃってどうするの――と、紘里は全然落ち着けないのだ。ただでさえ、貴族と庶民では歴然たる差があるのに。
対して瑶は、茶をずずっとすすって椅子にもたれ、のんびりと室内を眺めている。およそ緊張というものに無縁なその態度にならうようにして、紘里も室内に目を向けた。
この客室に案内されるまでかなりの距離を歩いたので、歩数で邸内の広さが知れるというものだ。調度品もすべてが品よく整えられていて貴族らしいといえばそうだが、州侯にしては質素のような気がしないでもない。紘里としては、もっと華美なものを想像していたので、細工などでゴテゴテしていない家具を見ていれば、わずかながらに落ち着いた。
耳を澄ませば、院子(なかにわ)からさらさらと雨音が響いてきている。紘里と瑶が邸の門をくぐったと同時に雨が降りだしたのだ。
雨季の到来であった。
そのとき、カタンッと小さな音がしてそちらに顔を振り向ければ、人が入ってくるところだった。その人は瑶を見た刹那、目を見開いたものの、すぐに微笑んだ。片方の掌にもう片方の拳をつけて礼をとる。
「厲師、よくお越しくださいました。私が恵州州侯を拝命しております永子雲です」
名乗られて、紘里は椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた。州侯がこれほど丁寧に挨拶してくれるとは考えてもみなかったのだ。そのせいで、立ち上がるのが遅れた。
「お招きありがとう存じます。どうか私のような未熟者を師と呼ぶのはおやめください」
紘里以外の人間にはたいへん愛想がよくて、きちんと礼もわきまえている瑶が挨拶をする。続いて紘里を紹介すると、子雲はかわらぬ穏やかな笑みを向けてくれた。
「では、お二人に私の家族を紹介しましょう」
子雲がパンッと手を打ち鳴らすと、扉から三人が入ってきた。
そのうちの一人で視線が止まった紘里は、あれ? と思う。
この人、どこかで……
「……あああっ!」
叫んで、しまったと悔いたがもう遅い。見えないところで、こっそりと瑶に足を踏みつけられた紘里は激痛に悲鳴をあげそうになったが、賢明にもこれは堪える。
突然に叫んだ紘里を見つめて、子雲が笑った。
「いつぞやは、馬嵬山で崖から落ちた息子を助けてくださったとか。父として、お礼申し上げます」
「いえっ、助けるなんて……そんな」
どこまでも丁寧に謝意を表されて紘里が赤くなっていると、あのとき出逢った青年もにっこりと笑ってくれた。
「改めて紹介します。これが息子の献之です」
名を聞いて三拍の間の後――不覚にも紘里は「ええっ」と叫んでしまった。失態続きにもほどがあるが仕方ない。この青年が逢えればいいなと望んだ書家の永献之なのだ。
不躾にも献之を凝視する紘里の足を、再び瑶にふんづけられて、今度は「うがっ」と悲鳴をあげてしまったのだった。
永献之の歳は確か二十三のはずだから、そこから逆算すれば恵侯のだいたいの年齢がわかる。それにしては身体(からだ)はすらっとしていて、髭を生やしていないせいか紘里の目には若く映った。
「妻はずっと王都暮らしだったのですが、これからは一緒に住むことにしまして」
向かいの榻(ながいす)に座る恵侯が、穏やかに話し続けている。彼の脇にはその妻・登綺(とき)と第二子である幼い延之(えんし)が座っていて、献之だけが少し下がったところの椅子に腰かけていた。
貴族が四人も揃うと、その煌びやかさに圧倒される。思わず「うわぁ」と声をあげそうになり、喉の奥へぐぐっと声を押し戻した紘里だった。
許昌に入ってすぐ、使者から前金を受け取っていた瑶が「失礼のないように」と着る物を新調してくれたが、やはり貴族のそれとはつくりが全然違う。
紘里は前で合わせる袍(きもの)の腰を革の帯でとめていて、女であっても動きやすいように足は褲(ずぼん)に革の長靴(ちょうか)といった恰好だ。これが庶民の一般的な恰好で、帯は瑶のように布帯と飾り紐を巻いて整えることも多い。
貴族の恰好もこれと大差ないが、決定的な違いは、着る物に使われている布の量と生地である。布は高価なものなので、金のない庶民の袍は布の量を節約するために裾も袖も短くつくられている。対して貴族の袍は裾も袖も引き摺るほど長く、なにより生地が絹なのだ。瑶が丈の長い羽織り物を纏っているのは、彼が巫祝だからである。
人が動く度に絹が煌めいて、星空みたく綺羅っとしてるなぁ、と紘里は見入ってしまう。
「王都と違い恵州は田舎ですから。太平を謳歌する時代ですし、妻にも喜んでもらいたいので、妻と延之のために増設する邸には趣というものを取り入れようと思っているのです」
言って、恵侯は優しく妻を見つめた。
視線を受け止める妻も、随分と若いような気がする。これぞ貴族というようにふんだんに使われた絹を重ね着していて、美しく結い上げた髪にはたくさんの簪を挿し込んでいる。
比べて紘里は、顔にかかる部分の髪を後ろで束ね、紐で結っているだけだ。
「句容に住まう民は、瑶殿の風水の知識に頼りきりとか。実際のところ、瑶殿の助言をいただけるようになってから、句容の収穫高は年々上がっているのです」
恵侯の過分の褒め言葉に、瑶は微笑する。
「本来風水とは、いかにすれば人々が快適に暮らせるかという学問なのです。なにをどこに配置するのがよいかと、常に居住環境を重視して物事を選択します。これを陽宅といって、聚落に当てはめて助言させてもらっているだけで、収穫が伸びたのは、あくまで民の努力の結果なのです」
瑶の説明を受けて、「なるほど」と恵侯が頷いた。
「陽の当たる方角と、家や土地にかかわってくる水の位置や植物の位置が重要というわけですか」
今度は瑶が頷く。
「その瑶殿の知識を、我が邸の増設に活かしていただきたいのです。息子の献之は書家として大成していますが、どうも私は昨今注目されている芸術の美というものに疎くて。代々付き合いのある大木師傅(だいく)に頼めば、美を取り入れた今風の邸に仕上げてくれるでしょうが、やはり瑶殿の言われる〝環境〟も重視して、快適な造りにしたいのです」
「承りました」
短く瑶が答えると、恵侯は紘里に向き直った。
「紘里さんには、幼い息子・延之の話し相手をお願いしたいのです」
これを受けて紘里は、やっぱりか、と思った。
瑶が「許昌に行くか」と意見を求めてきたとき、「お前には第二子の教師を頼みたいそうだ」と言ったので、一庶民の紘里に「教師」なんてヘンだな、と疑っていたのだ。とはいえ、日頃の独学の成果が確かめられると微かに期待もしていたので、「話し相手」とはっきり告げられて、少々落ち込んでしまう紘里だった。
日々努力したって、それが暮らしに活かされなければなんの意味も為さない。一生懸命に勉強しました、でも努力の成果をなんにも活用できず人生に結果を残せませんでした、――なんていうのは言い訳に過ぎず、勉強したことにはならないのだ。
軽く塞ぎこむようにして眉を垂れる紘里に、延之がにこっと笑った。
「紘里師とお呼びします。ぼくとたくさんお話してください」
まるで紘里の心を読んだかのような延之の挨拶に、自分が情けなくなってきた。たとえ話し相手でも仕事は仕事なのだし、貴族の子息を相手にいい加減なことは伝えられない。
気を引き締めてかからねばならないのだ!
「いいえ、延之様。私のことは、どうぞ紘里とお呼びください」
「じゃあ、ぼくのことも延之で」
にこやかに返され、惑うようにして恵侯に視線を移せば「そのように」と優しく目配せをされた。どうもこの家族は、州侯の一家と思えないほど気位がなく鷹揚らしい。紘里のほうが戸惑ってしまうほどだ。
「はい、延之くん」
呼びなおした紘里に、延之はにこにこと笑う。
「末の息子に句容の暮らしぶりなど、存分に聞かせてやってください。それで、滞在中のお二人の房室(へや)を用意したのですが」
「お気遣いは無用です。私にはこの下僕がおりますので」
恵侯の気遣いを受けて瑶が返した言葉は普段どおりなので、聞き流しそうになった紘里は、一瞬後にガチッと固まった。恵侯にしてみれば下僕を末の息子の話し相手にさせるのかと、いい気持ちはしないだろう。現に、和やかだった州侯一家は唖然としている。
どうしたものかと紘里が首筋にダラダラと汗をかいていると、瑶がダメ押しをする。
「房室も一緒でかまいません」
掃除も洗濯も下僕がしますので、としゃあしゃあとしゃべり続ける瑶の首を、今すぐこの場で絞めてやりたい!
瑶がしゃべり終わった途端にやってきた沈黙が、紘里には心底つらかった。蒼くなったり赤くなったりする顔をこれ以上恵侯たちに向けるのは苦行でしかなく、遁走したかった。
「これはこれは。お二人はとても仲がよく、片時も離れていたくないのですね」
瑶の吐き捨てた言葉のどこをどう解釈すればそうなるのか――相好を崩す人のよすぎる恵侯に、紘里はツッこみたくて堪らない。しかし瑶は、
「そうなのです。下僕は私から離れられないのですよ」
と、とんでもないことを言った。
ここで口を挟めば話がややこしくなるかと判断し、それでもいたたまれずに紘里が顔を背けたとき。
妻の登綺にじっと見られていることに気がついた。
3
どうやら瑶の言葉を本気でとったわけではないらしく、恵侯の侍者は紘里と瑶を別々の房室へと案内してくれた。当然、掃除も洗濯もする必要はなく、恵侯が冗談のつうじる温厚な方で本当によかった、と紘里はホッとしたのだった。
紘里にあてがわれた房室は広くてゆったりとしていた。卓子(つくえ)も椅子も牀榻(しんだい)も、先程までいた客室に置いてあったものと遜色なく、庶民だからと差別されてはいないようだ。
この房室だけで、句容にある紘里たちの住む木造平屋建ての家の半分はありそうで、貴族ってお金持ちなんだなと、つくづく思ってしまう。
物珍しさと初めて貴族邸に滞在する緊張が相俟って、紘里が房室をうろうろ歩き回っていると、扉をトントンと叩かれた。
きっと瑶が「あれはするな、これもするな」と細かく注意しに来たんだろうと思い、先程の恵侯へのいちじるしく誤解されるような言い方はどうなのかと怒ってやるつもりで、バンッと扉を開けた。
「…………あ」
瑶は見上げないと視線を合わせられないので、上に目を向けていた紘里は、その小さな声が下から聞こえたことに驚いた。顔を俯ければ、びくっと肩を震わせた延之がいる。
「……あの、お、お忙しかったですか?」
肩をすくめたままの延之が呟くように言った。
まずい! ――脅してしまったかと、慌てて紘里はその場にひざまずく。五歳になる延之の背は、紘里の腰より低いのだ。
「いいえ。すみませんでした、瑶だと思ったんです」
すると延之の顔が、小花がほころぶようにぱあっと華やいだ。餅をくっつけたようにふっくらとした頬も、薄桃色に色づいていく。あまりの可愛さに、抱きつぶしたくなった。
「延之くんは、ここまで一人で来たんですか?」
貴族の邸は広くて廊下が複雑に入り組んでいるので、よく迷わなかったものだと紘里は思ったのだが、よくよく考えてみなくてもここは延之の家なのだ。迷うはずがなかった。
「はい。父上が、おつかれだろうから今日は遠慮しなさい、と言ったんですけど。ちょっとでもお話したくて」
「延之くんは忙しくないんですか?」
自由な子どもに忙しいことなどないだろうがそう訊くと、意外なことを延之が答えた。
「勉強は朝にして、午(ひる)過ぎからは武術の稽古をするんです。でも夕刻に近いこの時刻は、きまっていないので」
子どもにもかかわらず貴族ってなにもかもが庶民と違うんだなと、紘里は目をむいた。
「これをどうぞ」
言って、つと差し出された延之の小さな右手には、ほどよい長さに手折られた山吹が握られていた。
さっきから片手を後ろに回したままなので妙だとは思っていたのだが……
「……山吹を私にくださるのですか?」
「はい、おそ咲きのものが咲いていたので。髪かざりにする……と、よいと思います」
妙な間のとき、延之の視線が泳いだ。ひっかかったものの、紘里も女なので男から花を贈られるのは気分がよくて、素直に礼を言う。すると、
「お忙しくないのなら、少し園林(ていえん)に出ませんか?」
と、なかなかに口説き上手な延之に手を握られた。
延之は将来、大物になりそうだ。
延之に手を引かれ、案内されたのは園林にある四阿(あずまや)だった。四阿の屋根から雨が滴り、しとしとと心地よい音がしている。
ここに着くまでいくつかの回廊を抜けてきた。回廊の柱や手摺には彫刻が施してあって、そこから見える景色は手入れがいきとどいており、目の保養になった。歩くたびに景色のかわるのを眺めながら、これのどこに瑶の助言がいるのかと、紘里は細い顎を傾けたものだった。
四阿に腰を落ち着けてすぐに、紘里の手にあった山吹をそっと取り上げた延之が、髪に挿し込んでくれた。流れるような自然な動きに、紘里は目をぱかぱかと瞬く。さっきもそうだったが、幼い延之から早くもタラシ的要素が垂れ流しなのである。
「よくにあっています、とてもきれいです」
お世辞も巧みな延之に、うかつにも紘里の胸が高鳴った。子ども相手に、なにをドキドキしているんだろう、と紘里は慌てる。
延之の言葉と立ち居振る舞いはとてもしっかりしていて、紘里の近所に住む悪戯盛りの五歳児とは比べものにならない。貴族の教育は早くからいきとどいているのだろう。
「ありがとうございます。……それで延之くん、そんなに丁寧に話さないでください」
延之の目が、そわと泳いだ。
どうやら言いにくいことがあると、目が泳ぐのが癖らしい。
「えと、……ですが父上が、……礼をつくしてくださる人には礼をもって接しなさいと」
この言葉に恵侯の人柄が表れていた。
あの御方は決して民を軽んじないのだ。だから恵州は一番に復興したのかもしれない、と紘里は考える。恵州は六雄国の争いのときも比較的民への被害が少なかったと伝わっているし、その永氏の血を継いでいるのだから、他の州侯のように位に囚われることなく、いい意味で無軌道でいられるのだろう。
「では、私と二人きりのときだけ普段どおりに話しませんか?」
「ぼくは、……ええっと、……じゃあ紘里もふだんどおりにおしゃべりしてくれる?」
「もちろん。あたしになにか訊きたいこと、ある?」
「うん、あのね、紘里の住んでいるところのこと。父上が、句容は遠いのだから、そこに住む人の話をじかに聞けるのはとてもたいせつなことだ、って言ってたから」
これを聞いて、紘里は思う。恵侯は「話し相手」と言ったけれど、本当に「教師」として紘里を呼んでくれたのではないだろうか、と。きっと幼いうちから民と接する機会を息子にもたせたかったのだ。俄然、紘里はヤル気になった。
「あたしの住んでいるのはね、恵州の北の端――舜国としてみても最北端になる琅邪郡句容っていうところ」
わかりやすいように、紘里は宙に地図を描くように指を動かして説明する。
「うん、わかるよ。馬嵬山のふもとなんだよね?」
「そうそう」
「紘里はどうやってくらしてるの?」
なにから話そうかと、紘里はわずかに黙考する。何事も砕いて説明しないと、子どもには難しいだろう。
「さっきの白髪のお兄さん――瑶はね、巫祝なの。巫祝っていうのは、自然と向き合って修練を積みながら学問に取り組む人のことなんだけど」
「ふしぎな術を使えるんでしょ? 鬼とか動物とかをシエキするって聞いた」
それは讖緯(しんい)や巫蠱(ふこ)という術のことだろう。
「使役かぁ。瑶はそういうのはできないの。できるのは、あくまでも自然と向き合うものだけね。山と川がどの方角にあるかを見て、〝気〟の流れを見極めたりとか」
古くから「天人相関」という考え方があり、天の現象は少なからず人間界の現象に感応すると捉えられている。現象は天と人の発する気によって感応するというものだ。
山から吹きおりる気(この場合は風)が、大地のどこにわだかまり、どの方向に抜けていくか――気を見極めることは重要である。
芸術に注目しはじめたこの時代、貴族は邸の造りにも関心が高く、気を見極める風水術を取り入れようとする。
「たとえば日陰に田畑をつくったって、お日さまが当たらなければ野菜も穀物も育たないじゃない? 人も同じで、北向きの陽が当たらないところに住んでいたら、気持ちが暗くなっちゃうでしょ。そういう悲しいことが起こらないように方角を見て、命あるそれぞれのものが元気で生きられるようにするの」
人々の悩みを聞き、その悩みの裏に潜む願いに応えようとするのが巫祝なのだ。だから占いや、時には祈禱をしたりする。
「お薬もつくってるんだよね?」
「そう、薬草探しはあたしの仕事のひとつだね。煎じた薬で句容の人を助けているから、お礼にって、野菜や肉をくれるんだよ。あたしも畑を耕してるんだけど、一人じゃそんなにつくれないから、みんなからもらえるのはすごく助かってるの」
延之が小首を傾げた。
「巫祝どのは、お金をもらわないの?」
「うーん、あんまりもらってるのは見たことがないなぁ。そもそも句容の人は、お金をほどんど持ってないから。食べ物をくれるか、つくった食事を分けてくれたりするかだね」
「お金がないとこまらない?」
延之の質問はもっともだった。
今回、許昌行きを紘里が決意したのは、独りで暮らせる当面の金が欲しいからなのだ。
「普通に暮らす分には困らないんだけどね。袍が予定外に破れて着替えがなくなったときとか、読みたい書物があるときなんかは、お金がないと買えないからすごく不便」
「書物はみんなから貸してもらえない?」
「それは難しいかも。袍や書物は高いから、庶民は持っていないもの。袍は洗濯したり、破れたら繕って何回も着れるし、書物はなくたって生きていけるから、みんなあんまり買わないの。それよりも作づけの種を買って育てれば、食べる物には困らずに生きていけるから、みんなそっちを買うんだよ。人はとにかく食べないと元気に生きられないからね」
書物は高いのか、と眉根を寄せた延之は、子どもなりに難しい顔をした。
「句容は北の端の僻地だから、もともと人が少ないの。お店もないから未だに物々交換で成り立ってしまうのよね。句容より北を目指しても、もう馬嵬山しかないでしょ? だったら働き口のたくさんある州都や、便利なその周辺に住もうと思うのが人だもの」
事実、復興期にはたくさんの人が州都の周辺へと移住していた。本来庶民の移住はそう簡単に認められるものではないが、戦乱のあとで人口が極端に減少したこともあり、州都の復興を急ぐためにも移住の特別措置が一時期とられていたのだ。
「馬嵬山をこえたら太原だね。紘里は行ったことある?」
「ないなぁ」
一度は行ってみたいと思っているものの、瑶の許可が下りないのだ。
諸事情あって、紘里の外出に、瑶はとても心が狭い。
「……兄上が、太原を見にいったけれどさむくてまだ無理でした、と父上と話しているのを聞いた」
そういえば、延之の兄である献之と出逢ったのは春先だった。
それにしても気になったのは、父のことを話すときよりも、兄のことを話す延之の表情が、わずかに翳ったことだった。山吹の花をくれて目が泳いだときもこんな顔をしていた。
子どもの切ない顔はどうしてか、大人の気持ちを沈ませる。
「太原はすごく寒いらしいよ」
努めて明るく、紘里は話の流れをかえた。
「広くて人の住まない原野なんだって。住まないというか、住めないんだろうね」
へええ、と延之が目を丸くする。
「夏でもね、大地が凍ってるらしいの。木は一本も生えてなくて、短い草しかないらしいんだけど、その草も凍ってるから踏むとパキンッて音がするって聞いたことがあるな」
「まるで地にはった氷みたいだね。ぼく、冬にうすい氷をふむの、好き」
顔の前で小さい両の掌を合わせるようにした延之が、楽しそうに語ってくれる。
紘里も子どもだった頃はよくやったものだ。靴の底でパリパリと氷の割れる感触は、一度やるとクセになる。延之の子どもらしい一面を見られて、ちょっと安心する紘里だった。
「秋から春先にかけて、太原にはずっと雪が降り続くんですって。そんなに雪が降ったら、白銀一色の幻想的な世界になるんだろうな」
一面に色のない世界というものは、どんなものだろう?
その景色を眺めたら、人はなにを想うのだろう?
紘里は時々、ふとそんなことを考える。
けれど馬嵬山にも雪が降るため、冬季の山越えは無理なので、雪の白に染まる太原を見た人間はいない。死にに行くようなものなのだ。行楽として献之のように出向く者もあるがそれは稀なことで、いたとしても夏季に食料を調達して山を越えていく。
「あのね、紘里」
「なに?」
「いつかぼくがひとりでお出かけできるようになったら、一緒に太原をみにいってくれますか?」
きらきらとした双眸でじーっと見上げられて、紘里は軽い眩暈がした。
お願い事をするときだけ丁寧に話すその技術、まったくもって瑶に見習わせたいものであるが。
――こういう口説き文句をどこで覚えてくるんだろう……。
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