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22.空港から

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到着口からでて出口に向かって歩いていると、聞き覚えがある声を耳にした気がした。
気のせいだと多い気にせず歩いていたが、転がしていたトランクを掴まれて驚いて立ち止まった。

「桐原さーん」

そこに犬飼が立っていたので、さらに驚く。今は平日昼間、つまり普通なら就業中である。
桐原を見つけて嬉しそうにしている犬飼はデニムにTシャツとラフな格好をしている。

「お前仕事中だろ?」

「今日帰国って書いてあったので、向かいにきちゃいました」

来ちゃいましたじゃねぇ、と思ったが、トランクを取り上げられるように持たれてしまう。

「サボりじゃないです。有給とったんですよ」

「そういうんじゃなく、お前な…」

「…ケイの部下?」

桐原が立ち止まったのでつられたように立ち止まっていたアレクシスがおもむろに口を聞いた。
今までアレクシスの存在に気づいていなかったらしく、いきなり声をかけてきた外国人に犬飼は驚いたようだった。

「ええと…」

「そうです。俺の部下の犬飼です」

アレクシスは犬飼を見、犬飼はすこし緊張したようだった。
トランクのハンドルを握る手にぎゅっと力が入るのがわかった。

「前にプレイバーで見かけたね。ケイにはいつもお世話なってます。私は車が迎えにきているはずだけど、二人は一緒に乗っていく?」

意味深な言い方に、犬飼の顔がかすかにこわばった。

「いいえ、結構です」

そう、と鷹揚に笑うと、アレクシスは桐原の耳元で囁いた。

「君の今のパートナー?随分と執心だけど、大丈夫?」

「何がですか?」

「…気をつけてね」

ではまたといって去っていくが、エントランスに滑り込んできた黒い車から運転手が降りてきて、荷物を積み込むのを当然のようにしてアレクシスが車に乗り込むのが見えた。

「ハイクラスの人間って感じですね。日本語ペラペラでしたけど、あの人は取引先の人なんですか?」

「スミス&ミッチェルのCOOだそうだ」

「えー、コンサルですか?めっちゃエリートですね。…あの人に名前で呼ばれてるんですね」

「お前だって外国人とはなすときはユキと名乗るだろうが」

「そうですけど…」

「…たまたま飛行機で一緒になったんだ。あまり意味はない」

犬飼はキャリーをゴロゴロと転がしながら何か察知したのか何気なく探ってきた。

犬飼が借りてきたというレンタカーに乗り込みながらありがたいと思う反面、出張で疲れているのに痴話喧嘩のような会話の流れになってしまい、桐原はうんざりしてきた。
それに悪いことをしていないのに、なんだか言い訳じみたことを言ってしまっている自分もよくわからない。

犬飼はそうですか、と言うと出張はどうだったか、飛行機は快適だったのかと無難な会話をどこかうわのそら気味にはじめた。

桐原の家に着くと自分で運ぶからいいと言う桐原の言う事を聞かずに犬飼は玄関まで荷物を運んできた。

「寄るか?」

なんとなくそのまま帰すのも悪い気がしてしまい誘うと、犬飼は喜んで飛びついてきた。

「いいんですか?」

「何もないけどな」

「初めてだし、嬉しいですよ!」

犬飼はこれが部長の家…と感心しながら1Kを見回した。
本当に寝に帰るだけなので、ベッドとテーブルがあるだけの殺風景な部屋である。
そのテーブルも本と書類が積んでありあまり機能していないし、家で食事をしないので、冷蔵庫にはミネラルウォーターがあるくらいである。

「本当に何もない。絵に描いたようなワーカホリックの家ですね」

「嫌ならさっさと帰れ」

よく考えると何で誘ったのだろうと自分でも思うのでついぶっきらぼうになってしまう。とはいえ、だんだん存在に慣れてきたのか、自分の空間に犬飼を入れてもそれほど嫌な感じはしなかった。

「すみません!嬉しいです」

ミネラルウォーターの瓶を投げると、犬飼は器用に受け取った。嬉しそうにキョロキョロして、テーブルに積まれた経済や経営学の本をとってパラパラと見る。

「色々勉強しているんですね」

「まあな…お前より社会人長いからな」

桐原は言葉を濁した。
今現在外資だの、部門長だの一見華々しく見えても、実際はといえば、高卒で働きだしてから血のにじむような努力を重ねてずつステップアップした結果である。
…など、犬飼に言う必要があるのだろうか。
大変でしたね、などと労りや理解を他者から得たいわけでもないのに。

「そこにある本は読み終わったやつだから、もしほしいのあったら持っていっていい。終わったらあとは捨てるだけだから」

ぺらぺらとページをめくる音が止まる。
犬飼の本を見ていた手が止まっていた。

「もういらないから捨てちゃうんですか?」

「もうゴミだからな」

犬飼は急に複雑そうな顔をした。

「部長ってほんとそういうとこ潔いというか……ですね。ところで、先程の人、DOMですよね?」

「サロンで知り合ったんだよ」 

「あの人、もしかして新しいパートナー候補とかなんですか?かなり親密な感じでしたよね」

珍しくしつこい。
別に犬飼とパートナーを解消し、アレクシスとパートナーになるのを決めたわけではなかったが、桐原はカチンときた。
いつもより疲れてたから、いつもより短気になっている。

「お前とは仮採用だって言ったろ」

もうそれ以上、踏み込んで来るな。
そう思い眉根を寄せ睨むが、犬飼は大股でぐるりとテーブルを回ってきた。

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