騎士団長、狼王の花嫁になるーー拾った子犬はワーウルフの王子でした

鳥海あおい

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第三章

10.戦略的撤退

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あと、気がかりなのは「刺して」という言葉だった。
そうしるとロイドは刺されたのだろうか。

「ロイド王はご無事なのか」

「何を言ってる。やったのはお前たちのくせに」

クライヴは喚いたが、グレンは無視してすがるようにシエルを見た。

「…今医師が見ているが、傷が深くて予断を許さない状況だ。なお使われたのは彼の、レオンの短剣だ」


シエルの周りの空気は当然だがいつになくピリピリしていた。強い言葉には抑えた怒りと威圧感が漂う。それでもシエルは律儀にこたえた。
亡くなったわけではないと聞いてグレンはほっとしたが、予断を許さないというのはいつどうなるかわからないということでもあることに気づき、改めて動揺する。
うかつな事態を招いてしまった気がしてならなかった。

「暗殺する気なら、自分の剣なんて使うわけないねぇだろ!ちょっとは考えろよ」

しかも、キレて荒くれ騎士団員の本性まるだしになったレオンが丁寧さをかなぐり捨て年相応の喧嘩と早さで言いはなったので、グレンは頭を抱えたくなった。
挑発的なものいいに、シエルの周りの空気が凍りついた。

「---実際逃げようとしている。グレンが関与してようがしまいが、レオンが僕の父を刺して、逃がそうとしたのではと思われても仕方ない状況だな。竜から下りろ」

「下りるわけあるか」

レオンは一笑すると騎竜に合図をくれた。
はっとしたシエルが槍を投げたが、当たると思えた槍先を竜は器用に軌跡を変えて間一髪槍避けた。
本気がうかがえる鋭い投擲に、グレンは震えあがった。

「逃げるな!」

「うるせぇ!逃げてねえわ。戦略的撤退と言ってほしいね」

あとは脱兎のごとく庭園を走り抜けていく。
レオンのあっというまに小さくなる後ろ姿に、シエルは二本目の槍をとり握りしめた。

「シエル、やめてくれ!お願いだ。俺たちじゃないんだ」

もし槍が当たったら。
シエルがレオンを殺す、などということは絶対あってほしくなくて、グレンは立ちふさがった。

「…お前の息子が刺したという目撃者がいる。話を聞こうとしたのに逃げたのはそっちだろう」

ちゃんと訳が、と話をしかけて、グレンは口をつぐんだ。
今、誰がシエルの味方で、誰がクライヴの味方なのかわからない状態で今知っていることを口にするには危険かもしれない。クライヴがどこまで何を掴んでいるのかもわからないし、レオンは証拠があると言っていた。

ここで乱戦になるよりは、危険はあるが待つ方がよいかもしれない。

「グレン、どけ!あなたに当てたくない」

「いや、どけない。…シエル、俺を信じてくれ」

「------」

シエルはグレンを見た。
青い、暗い中でも光る綺麗な双眸を、グレンもじっと見返す。
まるで長い時間に感じた数秒だったが、シエルのその目に怒りの炎が再燃するのを見た。
それから、レオンの竜が城壁の低いところを垂直にかけあがると、壁の向こうに消えるのが見えた。

城壁につめていた見張りの兵士が叫ぶ声がそれに続いたが、たぶん、この調子だと騎竜の機動力にまかせて追手をまくのは容易そうだとグレンは思い、ほっと胸を撫で下ろした。

だが、怒りに燃えたワーウルフの王子が眼前に迫っていた。
がん、と、槍の長い柄で殴られて、グレンはよろめいた。
先程足に傷を受けたので、身体を支えきれずに地面に手をついてしまう。
冷たい敷石に、手が擦れるのを感じた。

「…この状況でどう信じろと?」

ぐさり、と、槍の穂先がその側に突き刺さり、グレンを動けなくする。
眼前に真剣の冷ややかな鋼の反射がひらめいた。
そして、それ以上にシエルの声は冷ややかだった。今まで聞いたことがないくらいに。

「この男を捉えて、牢にいれろ。決して逃さないように、先程の奴が助けにきても決して奪いされないように、見張りをつけろ」

抵抗しないまま手に縄をうたれたグレンを冷たく一瞥すると、シエルはきびすを返した。


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