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7.清人の嘘★
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その目立つ美貌の男は…見間違えようがない。
山下だった。
―――あの二人は付きあっているという噂が…
不意に思い出し、目の前が真っ暗になってしまう。
追いかけて確認したかったがベビーカーも立夏も置いてゆくわけにはいかない。
人波に消えてゆくのをただ見守ることしかできなかったが、頭の中で色んな考えがぐるぐるした。
清人が病院行った後にたまたま山下と会った…にしては、時間が早すぎるし方向も正反対だ。
どうみても嘘をついて出ていって山下と会ったとしか思えなかった。
大体、土曜日に急に病院に行くというのがもとはといえばおかしかったのだと思う。
まさか…という気持ちと夫への信頼が渦巻いてしまい、怜は思わず額を押さえた。
「まー、あー」
「あ、ごめん。りったん…」
うわの空になってしまったが、立夏の声に我にかえる。がんばって笑うが顔が少し引きつってしまった。
そのあとは自分でも頭の中が混乱してよく覚えていないのだが習慣とは恐ろしいもので、スマホには立夏のキッズスペースでの写真がたくさん残っていたし、気がついたらいつもどおり昼ご飯の支度をして、立夏に食べさせていた。
寝室のベッドでお昼寝させながら添い寝していると、鍵がガチャリという音をたて清人が帰ってきた気配がした。
怜はそうっと寝室を出ると、ランドリールームに向かった。
「おかえり」
「…ああ、怜さんは寝てるかと思った」
清人は洗濯かごの前で着替えをしていた。
声をかけたときにビビッとしていたから、寝ていると思っていたところに現れたからびっくりしたのだろう。
パジャマに着替えているからまた横になりにいくのだろう。
ふと、彼は長い1日を布団の中で過ごしている間どんな事を悩みどんな事を考えているのだろうかと考える。
少なくとも安らかな時間ではないことは確かなのだろうと思いながらも怜は清人の前に立ちふさがった。
清人は戸惑ったらようだった。
「いや、立夏はお昼寝してるけど…ねえ、僕は清人くんを信用している。それを先に言っておく」
「どうしたの?何か真面目な顔して」
「…今日って病院に行ったんだよね?」
「そうだけど」
清人は――嘘をつきながらも視線を泳がせることすらしなかった。
あれほどはっきり見なかったら、その言葉をまるっきり信じていたろう。
怜は深いため息をついた。
落胆のため息だった。
ワンオペなのはしんどいけど許せる。
やらないのではなく、できないのだとわかっているからだ。
本音を言わないのもまあいい。伶だってまだ全部さらけだしているわけではないし、お互い時間が必要だと思うからだ。
だが、嘘は――すべての根幹が揺らいでしまう。
ガラガラと自分の中で何かが崩れる音が聞こえた気がした。
「……今日。僕と立夏は外に遊びに行ったんだ。○○百貨店に」
怜は清人を見上げた。
「なにかいうことない?」
「………なにもないよ」
見上げた顔からは感情が窺えなかった。
話したくないんだ、と怜は悟った。
山下とはどういう関係だったか知らないが不倫を疑うにもデートだとしても実際時間が短すぎる。
そもそも、信用度は下がったものの、元々そういうことを平気でする人間とは思えない。
でも家族なのにと想う。
一番近しい関係のはずなのにちゃんと話もできないなんて…何の意味があるのだろう。
山下くんといたよね?嘘突くなよ!と、問い詰めてしまえば簡単だし、いつもならこういうことはハッキリさせる派なのだが、なんだかドッと疲れた気がして言う気力が急速に失せてしまった。
「…わかった」
思ったより冷たい声が出てしまい、沈黙が下りた。
怜はなるべく和やかに過ごすように心がけていたし、きっと清人もそうだったのだろう。
だから家の中でこんな凍りついた空気は初めてだった。
寝室に戻ろう。
すぅすぅいう息子の寝息が急に恋しくなった。
穏やかなその寝息が満ちる平和な空間に戻って眠りたい…そう思いながらきびすを返した怜の襟首を後ろから大きな手が捉えた。
「!」
ぞくん!と、全身に戦慄がはしる。
その慄きは甘さをたっぷりと帯びていた。
そこは……
「やめろ、そこは触るな!」
思わず跳ね除けて壁に背をつける。
うなじは駄目だ。
何も考えられなくなってしまうから。
「怜…」
誘う声。
名前を呼ぶその声はたまらなく甘みを帯びている。この甘さの先にあるセックスのよさを知ってしまった身体は、Ωの急所ともいえる項を刺激されて反応しはじめた。
うなじからじわりと身体が熱くなり、怜は我知らず下半身が兆しているのを感じ唖然とした。
思わず屹立を強く押さえると腹の奥と股の間がきゅんと疼きはじめズキンズキンと首筋の熱と連動し、本来は濡れない器官がじわりと濡れはじめるのがわかった
産後の休養を終えた身体が本能的にαの種を欲しがり、それを迎え入れたいと疼きをあげている。
そしてそれを与えてくれる彼のαは眼前にいた。
このままなし崩しにされてしまうのはこの前以上に受け入れ難い。だが、悠々と清人が距離を縮めてくると抗えないくらいの欲情が湧き出てきた。
ごくりと唾をのむ。
男の手が服をめぐりあげながら潜り込んでくる。
ひやりとした手が腹を撫であげ胸に触れる。周りの隆起した肉を確かめるようにしてから、胸の先端に指が触れた。
くりくりと指でいじられるとその指の間で乳首が尖り、生まれたうずうずした感覚が波紋のように身体に広がってゆく。
「あっ!!やあ、やだ……」
抵抗を示そうとするが首に触れられるとその気力がぐにゃりと萎えてしまう。
熱い息が首筋にかかり首輪ごしに首を幾度も幾度も執拗に噛まれると、さらに意識がとろりと悦楽に飲まれてしまいそうになる。がちんと鳴る歯が鼓膜を震わせる音すらも伶を恍惚とさせた。
αの前のΩはこんな風になってしまうのか…と暴走しはじめた身体をよそに頭のどこかで考える。
それともΩの前ではαはこんな風になってしまうのかといったらよいのか。
「清人、くんっ…!」
清人が首から顔を離した瞬間、怜は残っている力と気力を振り絞り頭をひいて頭突きをした。ひるんだところを
突き飛ばす。
「―――こんな風に身体で誤魔化すな、馬鹿野郎がっ!」
怒りのあまりものすごくドスのきいた声がでた。
怜はそのままきびすもかえさずに寝室に飛び込み、急いで鍵をかけた。
すーすーという相変わらず安らかな寝息と、丸まった幼子の背中が上下しているのを見たらへなへなと力が抜けてしまう。
心の中は怒りでいっぱいだが、悲しみもまた大きかった。
山下だった。
―――あの二人は付きあっているという噂が…
不意に思い出し、目の前が真っ暗になってしまう。
追いかけて確認したかったがベビーカーも立夏も置いてゆくわけにはいかない。
人波に消えてゆくのをただ見守ることしかできなかったが、頭の中で色んな考えがぐるぐるした。
清人が病院行った後にたまたま山下と会った…にしては、時間が早すぎるし方向も正反対だ。
どうみても嘘をついて出ていって山下と会ったとしか思えなかった。
大体、土曜日に急に病院に行くというのがもとはといえばおかしかったのだと思う。
まさか…という気持ちと夫への信頼が渦巻いてしまい、怜は思わず額を押さえた。
「まー、あー」
「あ、ごめん。りったん…」
うわの空になってしまったが、立夏の声に我にかえる。がんばって笑うが顔が少し引きつってしまった。
そのあとは自分でも頭の中が混乱してよく覚えていないのだが習慣とは恐ろしいもので、スマホには立夏のキッズスペースでの写真がたくさん残っていたし、気がついたらいつもどおり昼ご飯の支度をして、立夏に食べさせていた。
寝室のベッドでお昼寝させながら添い寝していると、鍵がガチャリという音をたて清人が帰ってきた気配がした。
怜はそうっと寝室を出ると、ランドリールームに向かった。
「おかえり」
「…ああ、怜さんは寝てるかと思った」
清人は洗濯かごの前で着替えをしていた。
声をかけたときにビビッとしていたから、寝ていると思っていたところに現れたからびっくりしたのだろう。
パジャマに着替えているからまた横になりにいくのだろう。
ふと、彼は長い1日を布団の中で過ごしている間どんな事を悩みどんな事を考えているのだろうかと考える。
少なくとも安らかな時間ではないことは確かなのだろうと思いながらも怜は清人の前に立ちふさがった。
清人は戸惑ったらようだった。
「いや、立夏はお昼寝してるけど…ねえ、僕は清人くんを信用している。それを先に言っておく」
「どうしたの?何か真面目な顔して」
「…今日って病院に行ったんだよね?」
「そうだけど」
清人は――嘘をつきながらも視線を泳がせることすらしなかった。
あれほどはっきり見なかったら、その言葉をまるっきり信じていたろう。
怜は深いため息をついた。
落胆のため息だった。
ワンオペなのはしんどいけど許せる。
やらないのではなく、できないのだとわかっているからだ。
本音を言わないのもまあいい。伶だってまだ全部さらけだしているわけではないし、お互い時間が必要だと思うからだ。
だが、嘘は――すべての根幹が揺らいでしまう。
ガラガラと自分の中で何かが崩れる音が聞こえた気がした。
「……今日。僕と立夏は外に遊びに行ったんだ。○○百貨店に」
怜は清人を見上げた。
「なにかいうことない?」
「………なにもないよ」
見上げた顔からは感情が窺えなかった。
話したくないんだ、と怜は悟った。
山下とはどういう関係だったか知らないが不倫を疑うにもデートだとしても実際時間が短すぎる。
そもそも、信用度は下がったものの、元々そういうことを平気でする人間とは思えない。
でも家族なのにと想う。
一番近しい関係のはずなのにちゃんと話もできないなんて…何の意味があるのだろう。
山下くんといたよね?嘘突くなよ!と、問い詰めてしまえば簡単だし、いつもならこういうことはハッキリさせる派なのだが、なんだかドッと疲れた気がして言う気力が急速に失せてしまった。
「…わかった」
思ったより冷たい声が出てしまい、沈黙が下りた。
怜はなるべく和やかに過ごすように心がけていたし、きっと清人もそうだったのだろう。
だから家の中でこんな凍りついた空気は初めてだった。
寝室に戻ろう。
すぅすぅいう息子の寝息が急に恋しくなった。
穏やかなその寝息が満ちる平和な空間に戻って眠りたい…そう思いながらきびすを返した怜の襟首を後ろから大きな手が捉えた。
「!」
ぞくん!と、全身に戦慄がはしる。
その慄きは甘さをたっぷりと帯びていた。
そこは……
「やめろ、そこは触るな!」
思わず跳ね除けて壁に背をつける。
うなじは駄目だ。
何も考えられなくなってしまうから。
「怜…」
誘う声。
名前を呼ぶその声はたまらなく甘みを帯びている。この甘さの先にあるセックスのよさを知ってしまった身体は、Ωの急所ともいえる項を刺激されて反応しはじめた。
うなじからじわりと身体が熱くなり、怜は我知らず下半身が兆しているのを感じ唖然とした。
思わず屹立を強く押さえると腹の奥と股の間がきゅんと疼きはじめズキンズキンと首筋の熱と連動し、本来は濡れない器官がじわりと濡れはじめるのがわかった
産後の休養を終えた身体が本能的にαの種を欲しがり、それを迎え入れたいと疼きをあげている。
そしてそれを与えてくれる彼のαは眼前にいた。
このままなし崩しにされてしまうのはこの前以上に受け入れ難い。だが、悠々と清人が距離を縮めてくると抗えないくらいの欲情が湧き出てきた。
ごくりと唾をのむ。
男の手が服をめぐりあげながら潜り込んでくる。
ひやりとした手が腹を撫であげ胸に触れる。周りの隆起した肉を確かめるようにしてから、胸の先端に指が触れた。
くりくりと指でいじられるとその指の間で乳首が尖り、生まれたうずうずした感覚が波紋のように身体に広がってゆく。
「あっ!!やあ、やだ……」
抵抗を示そうとするが首に触れられるとその気力がぐにゃりと萎えてしまう。
熱い息が首筋にかかり首輪ごしに首を幾度も幾度も執拗に噛まれると、さらに意識がとろりと悦楽に飲まれてしまいそうになる。がちんと鳴る歯が鼓膜を震わせる音すらも伶を恍惚とさせた。
αの前のΩはこんな風になってしまうのか…と暴走しはじめた身体をよそに頭のどこかで考える。
それともΩの前ではαはこんな風になってしまうのかといったらよいのか。
「清人、くんっ…!」
清人が首から顔を離した瞬間、怜は残っている力と気力を振り絞り頭をひいて頭突きをした。ひるんだところを
突き飛ばす。
「―――こんな風に身体で誤魔化すな、馬鹿野郎がっ!」
怒りのあまりものすごくドスのきいた声がでた。
怜はそのままきびすもかえさずに寝室に飛び込み、急いで鍵をかけた。
すーすーという相変わらず安らかな寝息と、丸まった幼子の背中が上下しているのを見たらへなへなと力が抜けてしまう。
心の中は怒りでいっぱいだが、悲しみもまた大きかった。
応援ありがとうございます!
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